日本の中の日本人、その人口を知らず
席替えは、ドキドキするものだ。
「あぁ、また前の席かぁ」「後ろでよかった」とか。いつも慣れ親しんだ教室ではとても退屈なものになってくるはずなんだけど、自分のいる位置や周りのみんなが入れ替わるだけで、妙に新鮮で心持ちになったりする。たかだか30人の世界でも、その広がりは果てしない。
そんな気持ちを社会で味わおうとすると、「家替え」ってことになる。引越しではなく、「家替え」。自分だけが移動するのでなく、みんな替わるから。法律では決まっていないけど、何となく決まっている慣例みたいなものだろうか。
去年の年末は一軒家だったけれど、今春は、マンションの1階。秋は、知らない家族と同居ってこともあり得る。「あぁ、次もここかぁ」「今冬は南でよかったわぁ」とか。
自分の住む場所や周りの住民がコロコロ替わるので、「家替え」できたとしたならば、この日本に1億2千万の人たちが住んでいるって実感を今より少しは味わえるのかもしれない。
故意に恋焦がれ故意に泣く
写真とは、故意に撮るものだ。
その場所で撮ろう。あの時に撮ろう。そうやって撮ろう。という意識が働くから。
と、やたらエラそうなことを言ってみる。
そんなエラそうなことを少し言いかえてみるならば、
写真とは、わざと撮られるものだ。
その場所で撮ろう。あの時に撮ろう。そうやって撮ろう。という意識が働くから。
この2つの文の違う点といえば、「故意」か「わざと」か。どちらもエラそうなこと言っているのに変わりはないのだけれど。どちらかと言うと、前者を果敢につかっていきたいところ。
なんてったって熟語がつかわれている。熟語をつかったほうが、若干頭が良くみえるものだ。若干頭が良くみえることで、相手が思わず納得してしまうこともあるかもしれない。
だから、「わざと」と言わずに「故意」と言いたい。
でも、この「故意」。聞きようによっては、「恋」に聞こえてしまうのが難点。
「お前、この前のこと、あれって、故意だよね」が「お前、この前のこと、あれって、恋だよね」になってしまう。・・・取り扱い要注意だ。
つかいたいと言って、むやみやたらつかっていると、思わぬ誤解を受けてしまい。
万が一、誤解を受けたときは「故意に恋焦がれ故意に泣く♪」と熱唱しよう。
グレイゾーンに引きずりこむのだ。








