||Φ|(T|T|)|Φ||    監獄☆日記    ||Φ|(T|T|)|Φ|| -20ページ目

今後は不定期更新になります。

 「監獄☆日記」、本編の読了、誠にありがとうございました。

 

 まだもう少し書きたいことがありますので、ブログの終了はいたしません。

 

 毎日更新ではなくなりますが、そのぶん内容の濃いものをお届けできたらと考えております。


 なお大変遅ればせながら、読者設定を「公開」にさせていただきました。

 

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 今後とも「監獄☆日記」をお引き立てのほど、よろしくお願い申し上げます。   亭主敬白

平成16年9月29日(水) 判決・後編

 執行猶予となったことで、私を身柄拘束する権利は消滅する。

 よって警察官は、もと来たドアから出て裏口から帰り、さっきまでの被告人は今度は、傍聴人出入り口から1人で出るのが通例だ。

 しかし私の場合、荷物を護送車両に置いてきたことから、裏から警察官と一緒に出ることになった。

 

 もう手錠は掛けられていない。

 警察官の前を歩き、両手を挙げて、「いよっ!」と飛び上がって曇天の空を仰いだ。

 これが、自由の空気だ。

  

 警察官がドアを開けて、荷物を2つ渡してくれた。

 「お世話になりました。正義のためにがんばってください!」と言うと、2人とも笑った。

 

 裁判所の玄関から、保護観察の説明を受けるために書記官室に向かうと、母親と弁護士がいた。

 「保護観察ついちゃったからさぁ。ここで説明聞いて」。

 じゃあ私次あるから・・・と、やはりこの弁護士にはどこまでも他人事のようだ。

 

 母親に晩飯でも食わせてもらおうと思ったのだが、「友達と約束しちゃったよ。だってすぐ出てくると思わないから」という。なんでも、友達とカラオケに行くのだそうだ。

 まあいい。私もいい年だし、母親も老人だ。

 私のことにいつまでもかかわり合いになっているよりは、残りの人生を楽しく過ごしてほしい。

 

 被害者が待ち構えていて、近所のレストランで話し合いの後、ある金額を支払うことになったが、そのことは省く。

 

 逮捕され刑事被告人となったこと、有罪判決を受けたこと、金銭的な損害賠償の責任があること、資格制限があること。その他もろもろの不都合はあるが、これが社会人としての責任というものだ。

 その責任を果たしていくことが、今回傷つけたいろいろな人への償いにもなり得るだろう。

 

 先を考えれば、途方もなく、長い。

 しかし釈放されて外に出て両手を挙げて飛び上がった瞬間、確実に私の中の何かが変わった。

 たぶんもう、私は、犯罪を犯すことはないだろう。


 深い自戒を込めて、この日記を記す。


                       (監獄☆日記了。明日は拘禁のある副産物に関して書きます。) 

平成16年9月29日(水) 判決・中編

 「ただし、この裁判が確定した日から4年間その刑の執行を猶予し、その刑の猶予の期間中、被告人を保護観察に付する。」

 

 あ、執行猶予だ・・・・・・。

 少し物を考えることができた。

 保護観察か・・・・・・。

 

 昨日の夜弁護士が来た。

 「まず主文の言い渡し。懲役何年何ヶ月とか、そういうやつ」

 「で、そのあとに『ただし・・・』って付いたら、執行猶予になる」

 

 だから、私は動転(ほぼ卒倒)したのだ。

 弁護士は、「ただし」の前に、未決算入が読み上げられるということを、私に説明しなかったのである。

 

 裁判官の読み上げは、判決理由へと続いている。

 

 「・・・・・・であったことは言うまでもない。それにもかかわらず、本件各犯行に及んだ被告人の犯行動機に酌量の余地はまったくない。」

 「・・・・・・またその犯行動機は、インターネットに関する自己の知識を悪用し、巧妙かつ執拗に犯行を繰り返したもので、非常に悪質である。」

 「・・・・・・以上によれば、本件各犯行の犯情は非常に悪く、被告人の刑事責任を軽くみることはできない」

 

 (中略)

 

 「しかしながら、他方、被告人が犯罪事実を素直に認め、反省の情を示し、今後、二度と犯罪を犯さないことはもとより、被害者に対する損害賠償や慰藉に努める旨の約束もしていること、被告人が既に4か月以上身柄拘束されていること、前科がないこと、被告人の身を案じる高齢の母親がいることなど、被告人のために酌量すべき事情もある。」

 

 「そこで、これらの事情を総合考慮して、被告人を主文の刑に処し、今回に限り、刑の執行を猶予することとしたが、本件各犯行の内容や被告人の一連の行状、被告人にみるべき監督者がいないことなどを考慮すると、今後、社会内で被告人の更正を図るためには、専門家の指導・監督を受けさせるのが相当なので、執行猶予の期間中、被告人を保護観察に付することとした。」

 

 裁判官から何か生活上の注意があったが、よく覚えていない。

 よく聞こうとしているのだが、頭が白くなって集中できない。

 とにもかくにも、終わったのだ……………。

 

 執行猶予がついたことで、検察官は不服そうに、しかめ面でふんぞり返っている。

 保護観察がついたことで、弁護人は無念そうに、頭を抱えている。

 とんだ茶番だ。

 

                                                   (明日へ続く)

平成16年9月29日(水) 判決・前編

 10時、留置場から出され、荷物を持たされた上で、裁判所に護送。
 返された荷物は、自分で持てという。
 荷物を手錠の腕に持つ。白いゴミ袋に入れられたノートパソコンが重い。

 警察署の裏庭から、個別護送用のワゴン車に乗せられる。

 中年と若手の2人の警察官は、普段はパトカーに乗っているそうだが、当番ではないとき、このように裁判所への護送係も務める。いわゆる人手不足だ。


 裁判所の裏口から入ると、すぐ脇に拘置所の刑務官が待機する一角がある。
 冷めた視線と大きな態度で周囲を威圧する彼らの脇を抜け、進んでゆく。


 すると1階の外国人用待合部屋で、中国人の○ちゃんが手錠のままマンガを読んでいた(外国人は扱いが違うようだ)。

 向こうが先に気づき、両手錠の腕を上げ挨拶してきたので、私は驚き、少し戻っておー! と両手錠を上げ応じると、護送警察官にそんなのいいから! と腰縄を引かれた。

 2階、刑事法廷裏の廊下の長いすに、警察官に両側を挟まれて座る。

 目の前を、○ちゃんが拘置所の刑務官に引かれて、法廷に入っていった。

 なんという偶然だろう。彼と私の判決は、前後だったのだ。

 

 5分後、ガチガチに顔をこわばらせた○ちゃんが、私の前を通り過ぎるとき「どうだった?」と聞くと、顔を引きつらせたまま一瞬考え、「しっこうゆうよ」と答えた。

 瞬間、おいしゃべるな! と刑務官が彼の手錠を引き、彼は引っ立てられていった。

 

 次が私の番だった。

 

 法廷に腰縄手錠のまま入ると、思った以上に傍聴人の数が多い。

 中には、被害者の姿もあった。

 

 「判決を言い渡すから、被告人はその台の前に立つように」。

 私の手錠が外されると裁判長が言い、私は証言台の前に立った。

 手錠を外した警察官2人は、そのまま私のうしろの長いすに座る。

 

 傍聴席から突き刺さる視線が痛い。母親の姿もある。

 

 「判決。主文、被告人を懲役1年6月に処する。未決勾留日数中70日をその刑に算入する」。

 生まれて初めて、歯ぐきまで血が引くのがわかった。

 顔はきっと、真っ青に青ざめていたことだろう。

 

 目の前が、暗くなった。

 

                                                 (明日につづく)

平成16年9月28日(火) 勾留141日目

 今日1日、こんなことを繰り返せば、シャバに出られる。

 心の中で「釈放祝い」とつぶやきながら、3時のおやつを食べた。

 まだ長引く人がいるから、おおっぴらにニコニコするわけにはいかない。

 

 兄に少し嫌味な手紙を書いた。

 看守には、「どうせ同じことなんだから明日出せば?」と言われた。

 検閲後の翌日投函なので、どうせ一緒というわけだが、留置場から出すことに意味があるのだ。

 今日の担当看守の巡査部長が、16時過ぎに私の荷物整理だと告げに来た。
 例のトロい人だ。
 

 荷物整理とは、逮捕時の領置物品を本人立会いのもとで数や金額を合わせ、返還手続きすることだ。
 荷物整理は釈放のための、ひとつのメルクマールになる。
 再犯で、執行猶予がつかないことが分かっている刑務所行きの人間は、判決後また留置場に逆戻りなので、荷物整理はしない。
 移送の日の朝にでもやればいいことだからだ。


 しかし判決内容が裁判官から警察に事前に知らされるわけもなく、本当のところは、まだわからない。

 仮に実刑判決だったとしても、本人以外には「残念だったね」の一言で済むことだ。

 


平成16年9月27日(月) 勾留140日目

 あと2日、こんなことを繰り返せば、シャバに出られる。

 

 よく分からない人は、修○館高校 ⇒ ○大経済学部 ⇒ 大手広告代理店 の超エリートだった。

 児童福祉法違反、要するに、17歳の高校生とやったのだ。

 18歳未満の少年は児童福祉法に定める「児童」とされ、その中の「児童に淫行をさせたもの」という規定に触れたのだ。

 だから援助交際は、この規定と都道府県の条例で裁かれる。


 この人の場合、なぜバレたかというと、補導した女子高生から事情を聞くうちに男の名前がズルズル出てきて、その中の1人がその人だったのだ。

 

 右耳は相変わらず・・・。

 

平成16年9月26日(日) 勾留139日目

 あと3日、こんなことを繰り返せば、シャバに出られる。

 

 もうすぐには違いないが、まだ何があるかわからない。

 だから私はまだ、自分に喜ぶことを許していない。

 

 右耳は、相変わらず聞こえない。

 

 

平成16年9月25日(土) 勾留138日目

 あと4日、こんなことを繰り返せば、シャバに出られる。

 

 右耳がまったく聞こえなくなってきた。

 護送人員の都合とかで、頼んでも医者に連れて行ってもらえない。

 どうなることやら。

 

 よくわからない人が入ってきた。

 


平成16年9月24日(金) 勾留137日目

 あと5日、こんなことを繰り返せば、シャバに出られる。

 

 右耳がズキズキ痛んで仕方がないが、ここには鎮痛剤をもらうと翌日タバコが吸えなくなるという不合理なルールがあるため、薬を飲むのはガマンせざるを得ない。

 


平成16年9月23日(木) 勾留136日目

 あと6日、こんなことを繰り返せば、シャバに出られる。

 

 ・・・はずだが、○○部長(取調べ刑事の先輩)にも○○さん(取調べ刑事の後輩)にも、俺の判決の行方について、確証はないようだった。

 

 ○○さんは、「出られると思って実刑になって、ガクッと来ちゃった人見てるから、重めに考えといたほうがいいよ」とのことだったが・・・・・・。

 

 もはやそれもどうでもいい。

 「神のみぞ知る」だ。