||Φ|(T|T|)|Φ||    監獄☆日記    ||Φ|(T|T|)|Φ|| -19ページ目

裁判傍聴のススメ。

 私は別に司法フリークでも、現体制に一家言あるわけでもないが、今さら庭の枯れ木について書くのも妙なので、もう少し司法について書くことにする。

 

 裁判見学(傍聴という)は、非常に簡単だ。近くの裁判所に行って、直接法廷に行くだけだ。

 受付には開廷される事件の一覧表もある。

 民事事件はたいてい書類のやり取りだけで終わってしまうので、刑事事件がいい。

 「法廷ガイド」というパンフレットもあって、法廷での位置関係が、イラストで書かれている。

 

 私がよく座るおすすめの席は、最前列中央の、やや右か左よりだ。

 この席からだと、裁判官・検察官・弁護人・被告人・護送警察官が、一度に目に入る。

 

 即日結審するような簡単な事件だと、検察官の冒頭陳述(なにをやったか)から、判決までが1回で終わるので、事件がよくわかる。

 傍聴人が1人でもいると、弁護人もがぜん発奮するようだ。

 運がよければ「逆転裁判」ばりに、異議あり! と立ち上がるのが、見られるだろう。

 

 私は、殺人事件の被告人の弟に間違えられ、殺された被害者の同僚というおばさんに、罵声を浴びせられた経験が1回だけある。

 

 そのおばさんは、うつむく被告人を睨み付けたり、退廷する被告人に「うそつき!」などと悪態をついていたが、矛先が私に向き、「あんたも立場が分かってるなら一番後ろに座りなさいよ!」と罵ったのだ。

 たまたま弁護側が被告人の実弟を情状証人に申請した日で、早とちりしたのだろう。

 

 被害者感情を察してか、本当に関係者だと思ったのかは知らないが、4人並んだ弁護人は揃ってうつむいたままで、「違います! その人は○○の弟じゃありません!」ととりなしてくれたのは、検察官だった。

 

 被害者のお兄さんは、「どうも申し訳ありません」と、頭を下げてくれた。

 妹を殺されながらも謝る兄が、どこの世界にいるだろうか?

 腹が立つより先に、私は暗澹たる気持ちになった。

 

 勘違いおばさんは、最後まで私に謝らなかった。

 

                                       

留置場に伝わる都市伝説。

 覚醒剤と言うのは、気持ちがよいものらしい。

 同房のヤクザが言っていたが、「セックスをするとか、マッサージを受けるとか、そういう想像できる気持ちよさをはるかに超えた気持ちよさ」なんだそうだ。


 留置場に伝わる都市伝説がある。

 それは、覚醒剤使用嫌疑で逮捕された被疑者が、「自分は使っていない。ただし行きずりの女とセックスをして、その尿を飲んだ」と供述したら、無罪になったというものだ。

  

 私はこの事例の裁判を、実際に傍聴したことがある。

 判決は、「被告人は、ヒロミなる素性の知れない女と性行為をして、その尿を飲んだと供述しているが、ヒロミなる女が実在したことを信ずるに足る証拠がない。また十分に信じられる○○県警科学捜査研究所の鑑定によれば、被告人の尿からこれだけの濃度の覚醒剤反応が出るには、ヒロミなる女自身が致死量を超える覚醒剤を使用していなければならず、科学的に不合理である」というものだった。

 

 傍で聞いていても「一刀両断」という感じの判決で、懲役2年(再犯だった)。

 否認するものだから刑事も2人傍聴に来ていて、最後被告人は退廷の際、「刑事さんありがとうございました!」と、傍聴席に一礼していた。

 

 「女とセックスをして、その尿を飲んだと供述したら、無罪になった」というのは、まことしやかだが、明らかに都市伝説だ。

 マネすることのなきよう。それ以前に、皆様方が覚醒剤の魔の手に捕らえられぬよう、切に願う。

ホームレス。

 ホームレスが取調べを受けているとき、消灯後の我々の房に、看守が来た。

 これからこの房にホームレスが入る、今は刑事が取調べているが臭いので先に職員用の風呂に入らせてある、それでも臭うかもしれない、悪いけど仲良くやってくれ。 

 

 同房ホームレスが蹴り殺した(かもしれない)ホームレスは30代半ばで、のちに明らかになったところによると、妻と子供がいた。

 またこの同房ホームレスには子供がいると、留置管理課長が言っていた。

 

 本人は、みんなからはハマちゃんと呼ばれていて、本名はハマダだと言っていたが、それも偽名だった。

 妻子のもとから一方的に去ったり、二重三重に名を変えてまで遠ざけたい過去が、彼らにはあるのかもしれない。

 

 それにしてもホームレスの日常は過酷だ。

 朝暗いうちから自転車で出て、日中15キロほどを走り回り、空き缶や鉄くずを集めてゆく。

 少しでもタイミングがずれると、早すぎればゴミが出されていないし、遅ければ他のホームレスに持ち去られてしまう。また他人の縄張りに不用意に踏み込めば、争いは避けられない。

 そうやって掻き集めた空き缶や鉄くずは、夕方にスクラップ屋に持って行き、700円ほどの小銭を手にする。

 そしてコンビニでコップ酒を買い、公園で酒盛りをし、県道の橋の下のねぐらへ帰って、1日が終わる。

 貴重品は川岸の欠けたブロックの穴に隠してあり、他人にはわからないらしい。

 残飯漁りをするのかどうかは、聞いていない。

 

 俗に、ボロは着てても心は錦という。そんなものは大嘘だ。

 世界各地を放浪した私の経験から言えば、西側諸国は治安がよく、東側諸国は悪い。アジアに目を向ければ、ミャンマー・カンボジア・インド・パキスタンなどは、場所によっては最悪だ。

 荷物を持たずに、短パンとTシャツ1枚で日中を過ごしたこともある。あなた方が盗る物は何もありませんよ、という意思表示である。

 そこまで大げさな話でなくとも、日本の公園で鳩だの猫だのをいじめているのは、たいていホームレスであることが多い。 

 鳩や猫ならともかく、ホームレス同士での盗みや、昏睡強盗(酒に薬を混ぜるそうだ)も日常茶飯事らしい。

 やはり自分に多少の余裕がないと、思いやりを始めとする他者への関心が向かないということだろう。

  

 反面、「ホームレス狩り」と称して殴られたり、時には殺されたりする「弱者」でもある。

 ニューヨークでは、プライドを持つホームレスのためにブルーハウスと呼ばれる簡易避難所みたいなものがあって、ニューヨークのホームレスはプライドを持って、そこを利用する。

 しかし日本のホームレスは、「俺たちは乞食じゃない」などといって、善意の炊き出しを拒否したりする。

 メディアは彼らを、「管理社会に追い詰められた被害者」というニュアンスで報じることも時々あって、彼ら日本におけるホームレスの存在は、ますます曖昧なものになっていく。

 

 新宿駅地下道でそこに住み着くホームレスの排斥があったとき、「ホームレスの人権」を唱え、彼らを擁護する動きがあった。

 ダンボール小屋に火をつけられて死んだホームレスもいて、それは明らかに行き過ぎだが、当時私は「でも公共の場で寝るなよ」という、強い違和感を持ったことを覚えている。

 そんなことが許されるなら、私は道路の真ん中に自転車を駐めるだろう。

 

 自己責任の時代だと言われる。

 そのままでは老後に満足な社会保障が受けられないことも、現状でも不便な暮らしを強いられるということも、彼らは彼らでリスクを負っているのだから、他人がどうこう言うことではないのかもしれない。

 

 ホームレスは、気楽だろうか? ある意味、気楽かもしれない。

 しかし私は、ホームレスになってみたいとは思わない。 

釈放。その直後。(監獄日記完結編)

 判決の日の朝、私はホームレスとひとつの約束をした。

 それは、「金を少しだけ差し入れる」というものだった。

 

 出られるかもしれないという高揚感で、「俺は今日、たぶん釈放になる。ジイサン、何かしてほしいことあるかい?」と何となく尋ねたら、手を口元へやり、「たばこが吸いたい」と言ったのだ。

 確たる気持ちがあったわけではない。たわむれに、じゃあ外からたばこがしばらく吸えるだけの金を差し入れる、と約束をしたのだった。

 

 1日24時間のうち、運動と朝晩の洗面の時間を除いた23時間30分を房の中で過ごす我々にとって、ほんのわずかばかり外に出られる機会だというのに、運動の時間ホームレスは房から出ずに過ごした。

 出ても本箱からマンガを抜き取るだけで、すぐに房の中へ戻ってしまう。

 私にはその行動が理解できずに理由を聞くと、「歯槽膿漏が痛むから」と言っていたが、本当は、他人がたばこを吸うのを見たくなかったのだ。

 

 約束は、簡単に反故にすることもできた。以前の私なら、結局面倒になって、そのまま反故にしていただろう。しかし私は、約束を果たそうと思った。

 それは私に何彼となく物や本を、巧妙な方法で買い与えてくれ、最後まで名も明かすことがなかった、あの「男」の存在だった。

 「男」は、いろいろなことがあって人間不信だった私に、「見返りを求めない無償の行為が世の中にある」ということを、その行動をもって示してくれたのだ。

 

 被害者との話し合いのあと、レストランを出ると、曇天の空模様は強い雨に変わっていた。

 秋だというのに私はといえば留置場を出たときのままのTシャツ姿で、ひとつの季節をまるまる逃して外へ出た身に風と雨はかなり冷たく、私を家路へと急かした。

 しかし少しの逡巡のあと、私は近くにあったコンビニでビニール傘を買い、両手に返された荷物とノートPCを抱え、警察署へと戻った。

 

 逃亡中のオウム信者の等身大の立て看板と、県警のマスコットキャラクターが出迎える玄関を入り、運転免許証の更新でごった返す1階を抜け、古びた暗い階段を上がると、留置管理課がある。

 自分が入っていたところだから2階にあることは知っていたが、外から見るのは初めてだ。

 中に入っている人間の家族だろう。妻か母親らしき人が、肩身が狭そうに恐縮しきって面会の手続きをしている。

 

 少し待ち、窓口で定められた手続きを終えホームレスに1,500円を差し入れると(1日2本しか吸えないから、しばらくもつだろう)、奥から課長が「1,500円も入れてやるのか。いいんだあのジジイ、好きでホームレスなんかやってるんだから!」と声を掛けてきたが、私には約束を果たした満足感のほうが大きかった。

 歯が出ているのでデッパちゃんと名づけていた巡査の看守がよおと通り過ぎて行き、私はどうも、と会釈を返した。

 

 その後、3階にある刑事二課と生活安全課に顔を出し、世話になった礼を述べると、「律儀だねぇ。そういう人あんまりいないんだけど」と言われ、妙に照れくさかった。

 

 長い時間を掛け家に戻ったが、あれほど楽しみにしていた冷えた弁当以外の食い物にも、食欲は湧かなかった。

 それどころか心身はくたくたに疲れ切っているはずなのに、ロヒプノールという睡眠薬を2錠飲んでも、一睡もできなかった。さんざん言われたいびきも、ひそかに気にしていた寝屁も、だれ気兼ねせずに眠れると安堵していたはずだった。

 何なんだろう、と考えた。

 

 私は寂しがっているのだ、と気がついた。

 

 

【ちなみに】

 

 「差し入れをしてくれた人にお礼のハガキを出したい」などと言えば、看守が差し入れ者の住所氏名を教えてくれるので、いくら留置場内で素性を隠していたとしても、相手に知れてしまうことがある。

 そういうことになると、事後頼られたり、脅迫・強要されたり、共犯に誘われたり、良からぬ事態になりかねないので、十分な注意が必要だ。

 一生悪の道を歩いていくというのであれば、話は別だが。

 

保護観察(3)

 「夜回り先生 」と呼ばれる人がいる。

 水谷修という高校教師(今は退職)だ。 


 釈放されてから立ち寄った書店で、その水谷先生の本がいくつも平積みになっていた。

 そのうちの何冊かを立ち読みしたが、自分自身が前科持ちということもあるし、留置場の中で薬物依存症者を間近で見たことなどもあって、具体的にその世界になじむことができた。

 

 保護観察官も、水谷先生の著書を買って読んでいた。

 でもあれぐらいの内容なら買わなくても読めるよね、と言っていた(立ち読みで済ませられるということらしい)。

 その話の中に、専門官らしいなと思わせる言葉があった。

 

 「水谷先生が夜回りに出ているあいだ、水谷先生への電話は通じない。ということは、本当に保護が必要なのはその電話を掛けてきている子ってことにならないかな。水谷先生につながれない子こそ、本当は誰かの助けが必要なんじゃないかって、個人的にはそう思うんだけど」

 

 うーん、すごいな、と思った。

 「不在で出られない電話を掛けてきた人」というものは、普通に考えれば、考えても答えが出ないパラドックスで、私を含めた一般人は、「しょうがないものはしょうがない」で終わらせてしまうのではないかと思う。

 

 私も逮捕される前までは一応、まっとうな社会人として生きてきた。

 ここでいうまっとうな社会人とは、小学校・中学校・高校あるいは大学という教育期間を経て、社会に出て、国家の一構成員として財を生産してきた人間を言う。

 

 日本の近代教育は、明治時代に始まる。

 西欧列強と対等にわたり合うためには、近代化された軍隊が必要で、そのために開始された義務教育だった。

 戦後は、経済界と産業界の要請で、「命令に忠実で」「均質化された」「まじめな」労働力の育成に、教育の主眼が置かれた。そのための学習指導要領であって、偏差値であって、制服であって、校則だった。

 

 そこからはみ出した子供たちを、私はいったい、どのような目で見ていただろう。

 私の属する側からは、「落ちこぼれ」「ドロップアウト」「異端児」としてしか、見ていなかったのではないか。

 出生という一定の生産数の中の「歩留まり」、要するに「不良品」としてしか、見ていなかったのではないか。

 

 保護観察官は違った。

 社会というワクに収まりきれない子の最後の1人までも、水谷先生の懐にすがれなかった子の最後の1人までもを、救おうというのである。

 「中には攻撃的で、どうしようもないヤツもいる」と、保護観察官は言う。しかしその「どうしようもないヤツ」をも救おうというのが、保護観察官だ。

 

 日本という国はいいなあ、犯罪者の更正まで面倒みてくれちゃうんだから…と、ひねくれた目の私が思う。

 日本社会には、制度としての無償の善意がある…と、純粋な目の私が思う。

 

 まっとうに働く社会人のために、幾重にも張られた社会的なセーフティネットをものの見事に突き破って、一瞬のうちにどん底に叩きつけられた私が得た、ひとつの価値観である。

 

 このブログには、東京大学からの複数の定期的なアクセスがある。

 近い将来日本の中枢に進むであろうあなた方に私が知っておいてほしいことは、あなた方が歩んできたエリートコースからは外れた多くの人々もいるという事実だ。

 

 このことはあなた方が政府の一員となったあとも、いつも忘れずにいてほしいと願う。

 それが、私がこのろくでもない経験を書き綴れ続けたことの、モチーベーションのひとつでもある。

 

保護観察(2)

 私はときおり、保護観察所に行って、担当の保護観察官に近況報告をする。

 私の家の墓所が保護観察所の近くにあるから、墓参りのついでだ。

 

 約束さえ取れば、気軽に面会してくれる。

 「それがアピールになるわけですよ」とも言う。

 アピールとは、保護観察官にちゃんとやってますよということを見せるアピールだ。

 アピールの効果は、「保護観察の仮解除」が早まるかもしれない、というメリットである。


 性犯罪者の保護観察を保護司ではなく保護観察官直轄にするという案が出てきたときに、どう思いますか? という質問をしたことがある。

 あくまで私見だから保護観察官がこう言ってたって言われちゃうのは困るんだけど、という前置きで、次のような話をしてくれた。

 

 「保護観察官は全国で600人しかいない。反面保護司さんは49,000人いて、地域にくまなく配されている。日常接するのは保護司さんなんだから、対象者と保護司さんの連携を強めてもらうほうが、結果的に本人のためになると思うんだよね」。

 

 それはそうだ。

 私が保護司さんのお宅に伺うのは自転車で5分だが、保護観察所に行くには、電車で1時間以上かかる。

 性犯罪者が保護観察官の指導を受けるために、律儀に2週に1度、電車に乗って行くだろうか。

 

 その反面、私の保護司さんも、困惑を隠さない。

 「こらだめでしょ! って言ってやらなくなるってもんでもないだろうし、そういう人に対する、指導の仕方がわからない」。

 

 治療プログラムも含めた対策の遅れが、今ごろになって出てきている感じだ。

 しかし、ただ簡単に「遅れ」と言ってしまっていいものかどうかは、非常にデリケートな問題である。

 例えば「性犯罪者の矯正は難しい」という事実ひとつとっても、これは心理学や精神医学の発展とともに解明されてきたことで、以前の段階で対策を講ずることは、たぶん難しかっただろう。

 

 しかし「保護観察中の犯罪」ということに、メディアが過剰反応していて、これを保護観察制度の欠陥と言いたがるせいもあって(何かの問題のせいにして一応の結論を得れば、訳の分からない不安から一時的に逃れることができて、大衆もそれを求めているからである)、これからしばらくの間、保護観察制度は、混迷を深めていくだろう。

 

 保護観察所の待合室には、たくさんのマンガが置かれている。

 これは、保護観察が少年審判によって多く付されることと関係があるのかもしれない(裏を返せば、保護観察所に来るのは少年が多いということだ)。

 その待合室で担当の保護観察官を待っていたら、若くて悪そうな兄ちゃん姉ちゃんたちが、親同伴でゾロゾロと講習会場に入っていった。

 あとで保護観察官に、「あの人たちは何ですか?」とたずねたら、「あれは未成年者で赤キップを切られた人たち」とのことだった。

 

 担当の保護観察官に電話をしても、講習中だったり会議中だったり外出していたりすることも、非常に多い。

 私たちの知らないところで、保護観察所と保護観察官は、いろいろなことをしているのである。

 

 【 13階段  】 より

 

 「保護観察所の待合室に入った純一は、タイル張りの床に並べられた椅子の一つに腰かけた。純一の他に、十名ほどの男たちが所在なげに座っている。しばらくしてから純一は、待合室にいる人間全員が保護観察中の前科者だと気づき、自分の立場も忘れてぎょっとしてしまった。」

 

 「純一は挨拶もそこそこに、保護観察官室に入った。部屋の中には執務机があって、落合という四十代の保護観察官が待っていた。」

 

 「『前科があると、警察が必要以上に強い態度にでることもある』と落合は言った。『しかし、筋の通らないことがあったら、遠慮なく私に言いなさい。君の人権を擁護するために、あらゆる手段は尽くすから』

 優しい言葉に驚いた純一は、思わず保護司の久保を見た。久保は、間違いないと言うように微笑んで頷いた。」

 


                  保護観待合部屋

 

               保護観察所の待合部屋。マンガが多く置いてある。

        別に撮影禁止とは書かれていなかったので、記念に撮っておいた。

 

保護観察(1)

 私の担当保護司さんは、64歳のおばさんだ。

 数年前に保護司登録されたばかりで、順番が回ってきて私が初めての受け持ちなのだという。

 

 釈放後すぐに保護観察所から手紙が来た。実際の保護観察期間の開始は、判決が確定する判決言い渡し日の14日後からだが、そこから保護司の選任に入るのでは日程的に間に合わないので、今のうちに私と面接しておく必要があるのだという。

 指定された日に保護観察所に出頭すると、30代の保護観察官との面接があり、「厳しい人と優しい人どっちがいいですか?」とか、「男性と女性はどちらがいいですか?」とか、一応私の希望も容れて保護司が決められた。

 厳しい保護司は、毎日日記を書かせたりするという(私の場合言われなくても書いていたが・・・)。

 

 私は仏教に興味があるので、「お坊さんがいい」と言ったのだが、少し遠いとのことだった。

 家から遠いと、最初はよくても、あとが続かなくなってしまうのだという。

 それならということで、保護観察官に一任したところ、この保護司さんを選任してくれたのだ。

 相性はいい。

 

 本来なら月1回だが、「当面は月2回」ということで、今でも2週間おきに通っている(いつまで当面が続くのだろう?)。自転車で5分くらいだ。

 

 保護観察を、「刑罰」だとか「面倒なもの」と考えてしまうと、反発心がわき、失敗する。

 天から与えてもらった「更正のチャンス」ととらえるとよいと思う。

 

 保護観察は、本当に本当に、「他者からの無償の善意」なのである。

 信じてみて飛び込んでみてゆだねてみても、損はない。


 私の保護司さんは、風邪を引いて寝込んだときに肉を持ってきてくれたし、先日はお米をくれた。野菜もくれたしお菓子もくれたし、キーホルダーもコーヒーもくれた。

 だからいい人というわけではないが、一生の付き合いになるだろう。

 向こうは年だから、生きてあと10年20年といったところだろうが、少なくとも私は一生、お付き合いさせていただきたいと思っている。 

 

 保護司登録をしている人は、全国に約49,000人いる。

 保護観察の対象者は約6,000人くらいだから、相当数の保護司候補が控えていることになる。

 しかしここでも新人・ベテランの別はあって、新人保護司には犯罪傾向の進んでいない者が割り当てられ、ベテラン保護司ほど複数の対象者を受け持ち、また仮出獄してくる者の周辺の生活環境を整える「環境調整」と呼ばれる職務にも割り当てられるのだという。

 

 

【 13階段  】 より



 「仮出獄者特有の問題があった。刑期が満期となる三ヵ月後まで、罰金刑以上の罪を犯せば、純一は刑務所に逆戻りになる。交通違反すらも許されないのだ」

 「常時携帯を義務付けられている『連絡カード』、通称『前科者カード』が、シャツの胸ポケットの中でやけに重く感じられる」

 

                前科者カード1

 

                  連絡カード、通称「前科者カード」。

保護観察のおはなし。

 手元に、「執行猶予中に保護観察を受けるみなさんへ」というパンフレットがある。

 イラストつきで、漢字にはすべてルビが振ってあり、なんだか楽しそうだ。

 テキスト部分のみ転載してみる。


  

 あなたは、裁判官から、保護観察の付いた執行猶予を言い渡されましたが、控訴をしない場合には、言渡しの日から2週間後に裁判が確定して、確定の日から執行猶予の期間が終わるまで、保護観察を受けることになります。

 

 このしおりには、保護観察のルールなどが書かれていますので、しっかりと読んで、保護観察を受けるようにしてください。

 

 わからないことがあれば、担当の保護観察官や保護司にたずねるようにしてください。

 

 Q.1 「保護観察」とは、どのようなものですか?

 

 保護観察は、罪を犯した人が地域社会の中で普段の生活をしながら立ち直っていくことを支援するために、決められた約束事を守るように指導したり、相談に乗ったりするものです。

 保護観察は、「保護観察所」という国(法務省)の機関がおこなっています。


  

 Q.2 「保護観察官」や「保護司」はどんな人ですか?

 

 保護観察になると、あなたの住む場所によって担当の「保護観察官」と「保護司」が決められ、この2人が協力して保護観察をおこないます。

 「保護観察官」は、罪を犯した人の立ち直りに関する保護観察の仕事を専門的におこなう、法務省に所属する国家公務員です。

 「保護司」は、あなたの日常生活面の指導や助言をおこなう、法務大臣から依頼された民間のボランティアです。

 

 

 Q.3 保護観察の期間中は、何に気を付けて生活すればよいですか?

 

 (1) 「遵守事項」と「指示事項」を守ること

 「遵守事項」とは、以下の2つです。 ①善行を保持すること  ②転居するときや1ヶ月以上家を空けるときは、保護司を通じて保護観察所の長に届け出ること

 「指示事項」では、善行を保持し、再び罪を犯すという失敗を繰り返さないために、あなたが注意すべきこと、実行すべきことが指示されます。

 

 

 Q.4 「保護観察」はいつまで続くのですか?

 

 保護観察の期間は、執行猶予の期間と同じです。例えば、執行猶予が3年であれば保護観察の期間も3年となります。

 ただし、保護観察の期間が終わる前であっても、あなたが保護観察のルールを守って、安定した生活を送り、再犯のおそれがないと認められた場合には、保護観察官や保護司の面接を毎月受けなくても済む措置(「仮解除」といいます)がとられることもあります。

 

 

 Q.5 もし保護観察のルールを守らなければ、どうなるのでしょうか?

 

 あなたが「遵守事項を守らない」、「保護観察官や保護司の指導を受けない」、あるいは「再び罪を犯した」というような場合には、執行猶予が取り消されることがあります。

 そのような場合、あなたは刑務所に入ることになってしまいます。

 そのようなことにならないように、まじめに生活することを心掛けてください。

 

 

                                            

あの金で何が買えたか

 日本興業銀行   公的資金投入額     6,000億円

 第一勧業銀行   公的資金投入額     9,000億円

 さくら銀行      公的資金投入額     8,000億円

 富士銀行      公的資金投入額    10,000億円 (1兆円)

 住友銀行      公的資金投入額     5,010億円

 大和銀行      公的資金投入額     4,080億円

 三和銀行      公的資金投入額     7,000億円

 東海銀行      公的資金投入額     6,000億円

 あさひ銀行     公的資金投入額     5,000億円

 三井信託銀行   公的資金投入額     4,002億円

 末野興産      負債総額          6,000億円

 住専         一次損失         64,990億円 (6兆4,990億円)

 北海道拓殖銀行  不良債権額        23,433億円 (2兆3,433億円)

 山一證券      負債総額         35,085億円 (3兆5,085億円)

 日本長期信用銀行  債務超過額      26,535億円 (2兆6,535億円)

 日本債権信用銀行  債務超過額      30,943億円 (3兆934億円)

 みなと銀行     公的資金援助額     10,560億円 (1兆560億円)

 木津信用組合   資金援助額        10340億円 (1兆340億円)

 日本リース     負債総額         24,443億円 (2兆4,443億円)

 東海興業      負債総額          5,110億円

                                   (数字は村上龍「あの金で何が買えたか」から引用)

 

 

 「代用監獄」を廃止するためには、取調べ可能な設備を備えた拘置所をくまなく全国に配置する必要があるが、それには費用が、4,000億円かかる。

 それだけの費用を計上するのは、現実的ではない・・・というのが、政府の言い分だ。

 

 しかし、バブル崩壊による破産処理で消えたり、「公的資金投入」という名で実際につぎ込まれた税金は、いったいいくらに上るのだろう。

 

 大和銀行に投入された税金の額は、4,080億円。

 これだけをみても、冒頭の拘置所を全国にくまなく配置しても、お釣りがくるのである。

 

 結局、大和銀行は消えた。

 貸してもらった税金を使っても、大和銀行単体では、再生することができなかったのである(こんな例は他にいくらでもあるけど)。

  

 いつ「再建」、「復活」して利益を出し、穴埋めされた税金を返せるのか見当もつかない民間企業を助けるより、前近代的な制度を見直し、社会全体のストックとしたほうが、はるかに有益で、健全な金の使い方なのではないか。

 

 被留置者や収監された者の人権問題は、あくまで限定されたならず者、要するに犯罪者だけの問題で、どうせあたいはカンケーないもんね・・・・・・とする態度は、間違いだ。

 前にも書いたが、社会の問題はそれがどのような問題であれ、結局のところは社会の構成員である個々人の問題であると同義だからである。

  

対人恐怖症を克服。

 監獄への拘禁は、私にとって思わぬ副産物をもたらした。

 対人恐怖症を克服したのである。

 

 北芝健氏の指摘を待つまでもなく、犯罪は利己主義を突き詰めたものである。

 ここでいう利己主義とは、要するに怒りや恨み、あるいは必要以上の自分へのこだわりなどによって、周囲が目に入らなくなっている状態である。

 

 名古屋のほうに、ひきこもりの青年を無理やり連れ出し、強制的に寮生活をさせるおばさんがいるが、「ひきこもりに世間を見せる」という点において、これは極めて理にかなっている。

 寮で出会う他者とは、自分以外の世間にほかならないからである。

 

 ひきこもりは、世間が怖い。

 自分は他人に傷つけられたという思いや、他人に対する恨みは、それが適切に放出されない限り、やがて自分の内部で自己循環を始める。

 それが昂ずると、世間が怖くなり、ひきこもりとなるのである。

 

 ひきこもりと犯罪者の両者に共通するのは、自分と自分に近い周りのことだけに注意が集中し、外部を考えに容れることができなくなるという、視野狭窄である。

 その堂々巡りの状況を打破する突破口として、強制的な集団生活というのは効果的だ。

 他人にも自分と同じように感情があり、暑さ寒さを感じ、悩みがあり、挫折があり、人生があるのだということが、体験的に分かるからだ。

 

 特に留置場のように、他人のクソの音まで分かるという状況では、さらにその効果は強まる。

 強制的に狭いところへブチ込まれて、何もしないのだから、森田療法の「絶対臥褥期」のバリエーションとも言えるかもしれない。

 

 誤解しないでほしいが、私は別に、対人恐怖症やひきこもりの人は犯罪を犯して勾留されましょうなどと言っているわけではない。

 また代用監獄に代表される人権侵害は明らかに別問題で、これは即刻、改善・改革されるべきだ。

 

 またもちろんこの拘禁効果は、全ての人に現れるわけでもない。

 なぜ再犯者がいるのか、刑罰に矯正効果などないのではないかという意見にも関係するが、もし拘禁に矯正効果があるとすればそれは、自分の精神面や社会面での更正への高い意欲、自分と他者の内奥への深い理解。

 

 これは言い換えれば、「問題意識の高さ」ということになるが、こうした人間だけが、ある日突然に、集団生活の神(そういうものがいるとすればだが)の恩恵を受け取ることができるのである。