だいすけの沖縄音楽紀行? -4ページ目

紫 / MOTHER NATURE'S PLITE その1

僕が沖縄に渡ったのは1986年のことだ。

                                                                                                                                                                              正直、沖縄に感慨はなく、音楽に関しても細野晴臣サンディー&サンセッツがやっていた沖縄音階のポップス以外は知らなかった。

                                                                                                                                                                              沖縄の宜野湾にアパートを借りて、住み始めて三日目のことだ。部屋でナイトレンジャーを大音量で聴いてる所に隣りの住人N君が、ドアをノックしつつ現れた。

                                                                  「お前、ロック好きなら知ってるか?」

紫?知らない。聞いた事もない。躊躇する僕には沖縄のバンドで70年代には日本を代表するバンドだったんだとN君は勝手に熱く語り始めた。

興味を示さない僕にN君は、聞けとばかりにテープを一本置いていった。曲名もかいてないレコードから録音された生テープだった。

                                                                  僕は、一応隣人のお付き合いとして聞いてみたのだが、最初の印象はディープパープルみたいで古臭いと感じた。僕は、テクノやロックといってもLAメタルをあいする人だったので、全然関心が湧かなかった。

                                                                  だが、テープがB面になってから、は僕の中に一気に入り込んで来た。

今思うと、そのテープはのベスト盤MURASAKI FOREVERであった。

                                                                  僕の耳にヘビーなリフを繰り返す、英語の歌が聞こえてきた。曲が長いなあと間奏を聴いていると、不意に曲が静かになり、波の音が流れてきた。そして、シンセの沖縄音階とそれに被るように後追いで同じ沖縄音階を弾くギターが聞こえてきた。

                                                                  僕には衝撃的だった。細野等の提示する沖縄は一言でユーモアだったのだが、このは違った。

後で民謡のなんた浜と解るそのメロディーは美しかった。

一応、音楽ファンを自認する僕は、運命を感じずにはいられなかった。少し大袈裟だな(笑)

                                                                  曲は、なんた浜が終わるとまた、急速にテンポを増し、沖縄音階が交錯する展開になった。          フィニッシュは、ギターのジャーンだった。                                        で、波の音と海鳥の鳴き声が続き、フェードアウトしていった。

                                                                  僕は、最後のジャーン(他にいい表現が思いつかん)に沖縄のくそ暑い太陽と美しい海をかんじてしまった。僕の真の意味での沖縄初体験と言っていい。

                                                                  聞き終わって直ぐにN君の部屋を訪ね、

「このってバンドはいい!」

と語り、また自分の部屋に戻って直ぐにテープのダビングをした。

                                                                     僕との出会いだ。

                                                                        僕が感銘を受けたその曲の名は

MOTHER NATURE'S PLITE

                                                                   以後、僕は飽きることなく、を聞き続けることとなる・・・・つづく。

                                                                                                                                                                                   

アーティスト: 紫
タイトル: MURASAKI FOREVE

饒辺愛子 / 肝がなさ節

愛とは何か?僕は饒辺愛子の大ヒット曲肝がなさ節を聴く度に考えてしまう事がある。

一度、結婚に失敗し、今尚独り者の僕には肝がなさという言葉は未だ身についていない言葉であり、謎の多い言葉なのだ・・・・

                                                                  かなさを日本語に訳すのは難しい。

単純にと訳する事が多いがやはりLOVEとは違う意味を含んでいる気がする。

                                                                  かなさは、感じで可愛さとあてられる。沖縄の告白の言葉「かなさんどー」「愛してます」と訳すのはニュアンスが違うような気がする。思い切り昔風に「お慕いしてます」と訳した方がしっくりくるのだ。

                                                                  今は、絶滅しただろうが(苦笑)、かつて夜の営みを情交と言い、女性は床につく時に「情をもらいに行く」と言う表現が使われた。

僕的には、かなさは、情けを交わすと訳した方が合ってるとおもっているのだが。                 志情ちと言う言葉もあるが、不勉強なもんで意味は何となくわかるが、うまく訳せない。

                                                                  里がするかなさ

肌がなさ かなさ

年重び重び

肝ぬかなさ

                                                                 「彼のしてくれた情交は、もっぱら体目当てだったのだが、年を重ねる度に心を交わす様になった。」

                                                                  肝がなさ節の一番の歌詞だ。

僕には、耳の痛い歌詞なのだが(笑)、今の僕なら出来ると思ってもいる。

                                                                  琉歌には、教訓歌、いわば箴言とも言えるジャンルがある。黄金言葉と呼ばれる事もあり、てぃんさぐぬ花等は、この手の物だ。ことわざなので、裏で意味するもの、行間にある物まで読むと面白いし、為になる。

                                                                    世間や走川ぬ

夢ぬ間やてぃん

互に肝がなさ

しちょてぃ浮世

                                                                   「世の中は川の流れの様に束の間の夢だが、お互いに心交わしつつ行くこその浮世である」

                                                                  4番の歌詞だ。いい歌だ。そうでないといけない。

肝がなさの意味を汲んで欲しい。人生の酸いも甘いも知り尽くした上での言葉の感じが出ているようにおもう。やはりLOVEみたいな本能からくる言葉とは違うのが解ってもらえるだろうか。

                                                                  饒辺愛子は現代的なポップシンガーである。この唄のような教訓歌を押し付けがましく歌ったりはしない。

でも後から効いてくるような歌い方をしている。

彼女の別のヒット曲のなんた浜もそうで、あとに尾を引くような感じがする。

彼女の歌は多彩だ。CMでもよく起用され、老若男女問わず歌の楽しさを体現してくれる貴重な人だ。

                                                                  普久原恒男の曲もいい。この人は伝統的なフレーズを使わずに沖縄を表現するのが凄い!沖縄音階にはレもラもあるのだ。使い方に癖があるだけなのだが、普久原はそれを越えて、独特の沖縄メロディーを量産し続けている。きっと天才なのだろう。

                                                                  肝がなさ・・・いい言葉である。でも僕はたまに肌がなさしたくなる。人間は不思議だ(笑)

アーティスト: 饒辺愛子
タイトル: 沖縄の花


古典 / 上い口説

今回は、古典口説なのだが、僕は古典琉球王朝期宮廷音楽には詳しくない。

                                                                   だが、この口説は、明治後、士族の手により庶民に浸透し、様々な形に進化した曲だ。

糸数カメ十番口説セイ小酒飲み口説嘉手苅林昌黒島口説なんかが、代表であろうか。

セイ小は、元のメロを崩し、林昌のは、都都逸みたいな節を付け足したりしてて面白い。

                                                                  上い口説も古典とは言え、口説のバリエーションの一つなのだが、僕は歌詞が気に入っている。

江戸時代の薩摩支配下の琉球で、沖縄から薩摩までの船旅の行程を詞にしており、曲事態も大和調なのもあって不思議な魅力を感じてしまう。

                                                                  那覇は、昔は狭く埋め立てにより、その市域を広げてきた町だ。首里の外港であった事から港湾施設は、にあったのだろう。

今でも、首里から安里に下りていくと泊に行く道が優先であり、国際通りは枝道だというのはわかるはずだ。

上い口説では、首里から大道、安里、泊高橋を通る行程が描かれ、道程上にある、観音様や八幡などに寄って旅の安全祈願する描写もある。

                                                                  僕が一番気に入っている箇所は、4番の歌詞だ。

                                                                  沖の側までぃ 親子兄弟連りてぃ

別ゆる旅衣

袖とぅ袖とぅに露涙

                                                                  薩摩までの船旅は、今よりずっと困難であったろう。

家族との涙の別れの情景を想い浮かべさせてくれる胸に来る歌詞だ。

恋人との別れの際には、やはり白手拭を船が見えなくなるまで振ったりしたのだろうなあと想像したりもできる。

                                                                   帆にはらむ風や

かりゆしぬきざし

安き灘越いてぃ

大和目指し

今、即興で琉歌を詠んでみた。何となく、詠みたくなったんで(苦笑)

                                                                  後半の歌詞には、前向きな姿勢が垣間見え、残波、伊平屋、伊是名、硫黄島、開聞岳、桜島と薩摩に着くまでの行程も描かれている。

旅愁を感じさせるいい歌なのだ。

                                                                  僕は、この歌を三線で弾くときは早弾ちだ。その方が後半の生き生きした情景に合うように思うからだ。

                                                                  歌の最後に富士と見紛う櫻島とある。

少し、オーバーにも思うが、ウチナンチュには美しい光景だったのだろう。

そして、薩摩行きとは別に江戸行きの船もあったのかと想像までさせてくれる。

                                                                  江戸上い口説なんて曲もあったら面白いなあと思う。

                                                                  今回は、古典のCDを紹介する。

沖縄の披露宴の始まりに必ず舞われる舞踊曲かじゃで風も収録の一品である。

                                                                  アーティスト: 民族音楽, 玉城正治, 西江喜春, 宮里秀明, 嘉数世勲, 比嘉聡, 又吉真也
タイトル: 琉球王朝の華~沖縄の古典音楽

フォーシスターズ / ケーヒットゥリ節

今回はまず、毛遊び唄の解説から入る。

                                                                  昭和の初めまで見られた毛遊びとは、内地で言う唄垣と似た様なもので、

当時、仕事を終えた若者達は、夕間暮時になると村の外れの森なり、野原(沖縄ではと言う)なりに集まって、共に語らい、又、三線を弾き、唄い踊った。

言わば、一種の風俗であり、娯楽であった。夕涼みと言う現実的な面もあったらしい。

                                                                  男女垣根の無い風習ゆえに、恋愛の場であり、、いかに唄で好きな娘の気を引くかがポイントだったらしい。

それ故、両思いになったカップルは、輪から外れて思い思いに散って行ったという。

ちなみに貧乏くじを引くのは、三線弾ちゃーであり、弾くのに忙しく、自分の思いを告白する暇さえ無かったらしい。

                                                                  その様な場で歌われる毛遊び唄は、節こそあれど詞に定型は無く、参加者各々の感性で作られた琉歌を乗せて歌っていたらしい。だからこそ、自分の格好のアピールにもなったのだ。

                                                                  ケーヒットゥリ節毛遊び唄の一つだが、一応一般的に歌われている歌詞がある。

これが、例え様も無く美しい歌詞なのだ。

                                                                  さやか照る月に

誘われてぃ互に

眺みらんとむてぃ

出じてぃ行ちゅさ

                                                                     十五夜照る月

名に立ちゅる如ん

四方に照り渡る

影ぬ美らさ

                                                                 「月の光に誘われて、皆で毛遊びに行こう。十五夜の月は、その名の通りに全てを照らし出す。その月光により出来る影は、例え様も無く美しい。」

                                                                  意訳すると、この琉歌のムードが伝わりにくい様に感じる。

琉歌そのものの字面から雰囲気を読み取ってもらいたい。

                                                                  フォーシスターズ、その名の通りに四姉妹によって歌われるケーヒットゥリは可愛らしさが前面に出ており、聴く者に若き日を思い出させる様な魅力を感じる。

合いの手の様に入ってくるケーヒットゥリ、ヒットゥリのユニゾンのコーラスは、この唄の最高の聴き所だ。

僕は、たまに彼女等の童歌を聴きたくなる。

何かやさしい気持ちにさせてくれる歌声なのだ。

                                                                  現代に毛遊びと呼べる風習は消えても、若者は似た様なイベントを作り出して青春を謳歌している。

例えば、ビーチパーティー等はそうではなかろうか。

                                                                  コンビニに群れる若者達も実は、掛買いの無い集いなのかも知れない。

願わくは、そこに上記の琉歌の様な美しさがあって欲しいと思う。

                                                                  今回は、若者と言う言葉を連発してしまったが、僕も(多分)若者である。きっと(笑)

アーティスト: フォーシスターズ
タイトル: 決定盤 フォーシスターズ
                                                                  申し訳ないが、上記のCDにケーヒットゥリ節が入っているかは、未確認だ。
                                                                  マルフクから出ているテープ フォーシスターズ / 遊びしょんがねー・てぃんさぐぬ花には収録されているので、もし手に入るのなら、こっちのがいいかも知れない。

安室奈美恵 with TK + 知名定男 / NEVER END at 沖縄サミット

沖縄サミットについては言いたい事が沢山あるのだが・・・

                                                                   サミットのビデオは3本あったが、今手元に残しているのはアムロちゃんがレセプションで歌った場面だけだ。

NEVER ENDが、サミットの公式イメージソングになったのは、時の首相小渕恵三たってのものだったからだ。ちなみに非公式に地元で沖縄サミット音頭があった(笑)

                                                               NEVER ENDを初めて聴いた時、何だこんなもんかと思った記憶がある。

プロデューサーのTKは沖縄音楽を勉強すると来沖し、知名定男等に教えを請うたにも関わらず(他にアルベルト城間がいた。なぜ?)、沖縄色のほとんど無い曲だったからだ。

間奏で知名定男の三線が入る位だった。

                                                                  しかし、僕は今でもこのレセプションのビデオを見る度に感動してしまう。

世界に発信する沖縄を感じてしまうのだ。

                                                                  レセプション会場のステージには、後列に沖縄の中学生からなるコーラス隊、前列にTK(piano)、外人のコーラス隊(日本人もいた)、知名定男(三線)、沖縄の女性(島太鼓、囃子)と並んでいた。

見る方は勿論、G7各国首脳と関係者、それに稲嶺ガサミヂラー県知事等だ。

                                                                  アムロちゃんは、決してリラックスしてたとは言えなかったが、途中、暴走気味の白人コーラスに苦笑してたあたりからいい表情で歌っていたと思う。

                                                                  TKは、終始にこやかで、ピアノを余裕タップリに弾いていた。

                                                                  拍手物は、知名定男で、CDには無い場面で三線を弾きまくっていた。

TKの曲はコード進行が変で、大変だろうに歌メロ、特にBメロ部分で飛び切りの三線を鳴り響かせていた。

                                                                  圧巻は、島太鼓で、曲に中盤に入ってきたのだが、違和感がない。

しかも、イヤササとばかりにノリノリのお囃子を入れて来たから堪らない。聴く者の心に一気に沖縄を刻み込んでしまったのだ。

ラストのサビのリフレインは最高だった。

熱唱するアムロちゃんとコーラス隊、笑顔のTK、黙々と三線を弾く知名、そして、場を盛り上げてくれた島太鼓とお囃子

閉めもお囃子で、イヤササという声と共に終わった。

                                                                  クリントンは、口を半開きで光景に魅入り、首相の隣りの和服の女性(誰だろ?)は、涙を流し続けていた。各国首脳は無表情にも見えたが、どう反応してよいか分からない風にもみえた。

                                                                  良かった。リアルタイムで見た時の僕の感想だ。拍手もした。

ビデオを何度見ても僕は、つい拍手をしてしまう。

                                                                      サミットが沖縄に残した物は、水はけの良くなった道路位しか思いつかない。

しかし、僕にはアムロちゃんの歌声と素晴らしい演奏を心に残してくれた。

                                                               NEVER ENDのサビの元ネタは民謡の赤田首里殿地と確信している。

赤田首里殿地のサビ部分、「シーヤープー、シーヤープー」と唄われる箇所にNEVER ENDのサビの歌詞を乗せて唄ってみて欲しい。違和感無く、リズムも崩れずに乗るはずだ。

                                                                  追伸

この演奏で、島太鼓を担当していた女性が誰なのか、分かる方教えて戴きませんか?

                                                                      

アーティスト: 安室奈美恵, 小室哲哉
タイトル: NEVER END




MAX RENA / 那覇市立○○中学校 校歌

今回は、変なネタをひとつ・・・

                                                                                                                                                                              僕の手元に一つのムービーファイルがある。

たった4秒のファイルだ。

どっかでDLしたんだろうと思う。

                                                                                                                                                                         MAXRENAが字幕付きで、出身中学校の校歌の出だしを歌っているものだ。

RENAは絶対にこの歌をネタにしているに違いない。

テレビのスタッフも分かっていて大文字で字幕をつけてるし、会場のファンも笑ってる。                                                                                                                                                                            確信犯だ(笑)

                                                                                                                                                                                                  僕はこの中学校が解る。

よく、野良猫の餌付けに通っていた○○○公園のすぐ側にそびえたっているのだ(笑)

                                                                           校歌の一番の歌詞を紹介する。

何が面白いか、よく見て欲しい(笑)

                                                                    浮島の漫湖のほとり

そびえたつ我らが母校

集え友よ スクラム組んで

誠の道を歩もうよ

僕達は沖縄の中学生

母校は○○中学校

                                                                  う~ん。今回は、息抜き。

又、こんなネタがあったら紹介するぞ!(笑)

マリー with メデューサ / 愛は限りなく

喜屋武マリーの歌声を沖縄ではもう聞けないのは寂しいものである。

                                                                  マリーwithメデューサは、コンディショングリーンと共に沖縄ハードロックの全盛を築いた。

僕が、沖縄ハードロックに最も入れ込んでいた80年代後期がマリーの全盛期だったであろう。

                                                             PIECEFUL LOVE ROCK FESTIBALのトリを努め、唄うマリーは、その豊富な声量と共に圧倒的なロックを

僕に見せ付けてくれたものだ。

                                                                  若く幼い僕は、太股も露わにボンテージを着て、シャウトするマリーに禁断の感情を抱いた事もある(笑)

琉米日の混在する客の前でオリジナルでないZEPPELINROCK'NROLLを熱唱するマリーは最高だった・・・

                                                                  マリーは、琉米間(日米間ではない)に生まれたハーフで、その生い立ちは決して幸せな物ではない。

                                                                     「私にはロックしかない!」

                                                                  と言い切り、最愛の夫喜屋武KENNY幸雄と共に歩む姿は美しかった。

                                                                   彼女の生い立ちは利根川裕著・喜屋武マリーの青春に詳しく書かれている。

この本は当時、評判を呼び、まだ沖縄ロックを聞き始めて日の浅い僕のバイブルであった。

本を原作にAサインデイズと言う映画も公開された。

愛はかぎりなくは、その映画の主題歌で、沖縄でもチオビタのCMで連日、耳にする事ができた。

曲自体は、スケールを感じさせるバラードだ。

                                                                  喜びも悲しみも

胸に限りないいたみさえも

今ならあなたに言える

全ては二人の為に起こったと

                                                                    歌詞のサビ部分なのだが、当時はマリーから喜屋武幸雄へのメッセージだと思ったものである。

                                                                       いつか全国放送の番組でマリーのスカートのホックを「お前も太ったなあ」とわらいながらはめてあげる幸雄の姿を見た事がある。それは微笑ましいものだった。

この二人のその後については詳しくは書かない。

鮎川誠シーナみたいになって欲しかったのだが・・

                                                                  マリーは注目を浴びていた頃、露出する媒体でしきりに

                                                                 「最近、Aサイン出身のアーチストの扱いが冷たい。沖縄の歴史を背負った私達をもっと見て欲しい」

                                                                     と言っていた。暗示的な表現だったが、その後、沖縄音楽の多様化と共にハードロック勢はマニアックに展開せざるを得なくなる。

                                                                  先日、近くのリサイクル屋で愛は限りなくを収録したマリーwithメデューサのミュージックテープ

I was born in OKINAWAを買った。

たったの50円だったそれは、職場にいる沖縄出身の若い奴にあげた。

少しでも関心が湧いてくれれば嬉しいのだが。

                                                                    

CDを紹介したかったが、今は手に入らないみたいだ。残念である。

                                                                    

    

嘉手苅林昌+伊波貞子 / 軍人節

嘉手苅林昌言わずと知れた島唄の神様である。

彼の代表曲は何だろうか。宮古根と言う人もいれば、海ぬチンボラーと言う人もいるだろう。

彼の録音点数は尋常でない多さだ。CD化されてない物も合わせると凄い数になるだろう。

                                                                  僕もすべて聞いた訳でないが、彼の唄う軍人節は大好きで、林昌自身も何度も録音した秀曲である。

                                                                  軍人節は、沖縄民謡の祖普久原朝喜の曲で残念ながら朝喜の唄は聴いた事は無い。

この曲を平和思想に基づいた反戦歌とする向きもあるが、僕は違うと思う。

単純に軍人と出征する夫と見送る妻、新婚夫婦の別れの悲しみとそれを見せまいとする健気さを表した唄だと思っている。

                                                                  天ぬ知りみそち

月ん知りみそち

里が行く先や

照らちたぼり

                                                                 「天よ、月よ、夫の進む道を明るく照らして下さい。」

                                                                  上記の琉歌は、軍人節の歌いだしの前に女性唄者によってよく詠まれる物だ。

老いた母を残し、家計の心配をしながらも征く夫

家の心配なら大丈夫、安心して行ってくれと送る妻

戦時中、日本中で見られたであろうこの光景は、夫婦のあり方として美しい。

こうは行かずに×のついてしまった僕が言うのだから間違いない(笑)

                                                                                                                                                                                  

夫婦の絆とは?と自問する僕には、軍人節に出てくる夫婦はある意味理想的だ(苦笑)

だが、夫婦の理想像を浮かび上がらせたのが戦争と言うのも皮肉な話だ。

いくら、夫婦の絆を確認できるからと言っても、戦争による別れなどしたくない物である。

                                                                    

軍人節を唄う嘉手苅林昌の枯れた歌声と伊波貞子の美ら声は、歌の背景を想起させてくれる。

が、それが悲しい物であっても決して嫌な物ではない。

                                                                  今回、紹介するのは、戦争や移民をテーマにしたオムニバスだ。

只、悲しいだけの唄ばかりではない。沖縄を深く考える気持ちにさせる盤である。

                                                             

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アーティスト: オムニバス, 知名定男, 伊波貞子, 井波久美子, 津波恒徳, 王城安定, 民謡研究会, 知念悟, 吉置和美, ゴモングループ
タイトル: チャンプルーシングルズ(2)

             、

伊江島民謡 / ましゅんく節

ましゅんくとナビー                                                         

見比びてぃみりば                                                          

ましゅんくぬ惜しさ

ナビーや美ら                                                           

 

僕は、このましゅんく節が大好きで、一時期は毎晩の様に三線片手に唄っていたものだ。

この唄には、民謡本来の様がうかびあがってくる気がするのだ。                              

意訳してみる。

マシュンクとナビーはどっちが美女か皆で決めてみよう!

惜しいけど、ましゅんくよりもナビーのが美女だな。

これが、一番と二番で、途中、島の生活について唄いながらも最後には

皆で揃って美女の話をするのは楽しいな

で閉められている。                                                       

                                                                   

これは、今でも町のあちこちで繰り広げられている酒場のヨタ話だ(笑)

これを唄にして伝統芸能として残している沖縄・・・すごい!

                                                                                                   

内地の民謡の衰退は、こういった日常を唄で表すことを疎かにし、

権威やら何やらで「この唄はこうでないとダメだ!」みたいにしてしまった事が原因でないだろうか?

                                                                    

竹中労氏は、秋田音頭津軽じょんがらも源流をたどれば、庶民の唄っていた猥歌だったと指摘している。(竹中労著・琉球共和国)

明治になって、それぞれのお国自慢に盆踊りや民謡が利用された。故に民謡から猥雑な部分をどんどん削っていったらしい。                                                       

 

民謡とは民の歌である。民の手を離れた歌が面白い訳がない。

沖縄は、全国に遅れたからこそ、民の歌が残り、今尚、量産されている。

沖縄は幸せな島である。                                                     

                                                                    

今回のましゅんく節は島唄の神様嘉手苅林昌も唄っている。是非、聴いてほしい。

                                                                    

アーティスト: 嘉手苅林昌
タイトル: 失われた海への挽歌

 

  

あららがま / クイチャー

あららがま・・ほとんどの人はご存知無いだろうが、宮古島出身者で結成されたバンドだが、僕も詳しくは知らない(笑)

が、僕は、彼等の1stデモテープあららがま魂を持っていた。過去形だ。

前原君!テープ返してくれ!(笑)                                               

                                                                      

90年代初頭、ワールドミュージックブームと連動して沖縄のポップミュージシャンも注目されていた。

喜納昌吉もその一人で、景気がいいいのか、那覇の国際通りのド真ん中にチャクラと言うライブハウスを作った。僕は職場に近いことから、しばしば通っていた。                                   

   

が、昌吉は内地に行っていて不在ばかりで、代わりにライブをしていたのがあららがまだった。

宮古民謡がレパートリーの中心だったが、メンバーにバイオリンの女の子がいたりして、面白いと言えばそうだなあといった感じの印象だった。

特にオリジナルで沖縄とロシアのポルカとフォークダンスを混ぜこぜにした曲は大好きだった。          

その彼等のライブの閉めがクイチャーだった。                                       

                                       

クイチャーは正確には人頭税廃止のクイチャーと言う。

明治中期まで続いた琉薩二重統治時代の過酷な税制から開放された時にできた舞踊曲で、今でも宮古島では、盆踊りはこれである。                                                     

内容的には「これからは、米も粟も豊作になり、港の砂も食べれるようになり、島の離れ岩は富士山の様になるだろう」と言った感じの希望に満ち溢れた唄だ。

が、あくまで希望的観測の唄でもある。                                           

                                                  

あららがまクイチャーは速かった。

ボーカルの砂川君の「はい、最後ですよ!くいちゃー!」の掛け声一発、超高速のクイチャーを披露してくれた。間奏に入る沖縄音階のギターソロにも燃えるものがあった。

当然の様に僕も踊りまくった記憶がある(苦笑)                                       

                                       

残念ながら、彼らは解散しており、唯一の作品あららがま魂も手元にない。

しかし、彼らは僕に宮古民謡の素晴らしさを教えてくれた感謝すべきバンドである。

仕方ないので今回は宮古民謡の大御所のアルバムを紹介しておく。

                                                                    

アーティスト: 国吉源次
タイトル: 綾語(あやぐ)