伊江島民謡 / ましゅんく節
ましゅんくとナビー
見比びてぃみりば
ましゅんくぬ惜しさ
ナビーや美ら
僕は、このましゅんく節が大好きで、一時期は毎晩の様に三線片手に唄っていたものだ。
この唄には、民謡本来の様がうかびあがってくる気がするのだ。
意訳してみる。
マシュンクとナビーはどっちが美女か皆で決めてみよう!
惜しいけど、ましゅんくよりもナビーのが美女だな。
これが、一番と二番で、途中、島の生活について唄いながらも最後には
皆で揃って美女の話をするのは楽しいな
で閉められている。
これは、今でも町のあちこちで繰り広げられている酒場のヨタ話だ(笑)
これを唄にして伝統芸能として残している沖縄・・・すごい!
内地の民謡の衰退は、こういった日常を唄で表すことを疎かにし、
権威やら何やらで「この唄はこうでないとダメだ!」みたいにしてしまった事が原因でないだろうか?
故竹中労氏は、秋田音頭も津軽じょんがらも源流をたどれば、庶民の唄っていた猥歌だったと指摘している。(竹中労著・琉球共和国)
明治になって、それぞれのお国自慢に盆踊りや民謡が利用された。故に民謡から猥雑な部分をどんどん削っていったらしい。
民謡とは民の歌である。民の手を離れた歌が面白い訳がない。
沖縄は、全国に遅れたからこそ、民の歌が残り、今尚、量産されている。
沖縄は幸せな島である。
今回のましゅんく節は島唄の神様嘉手苅林昌も唄っている。是非、聴いてほしい。
- アーティスト: 嘉手苅林昌
- タイトル: 失われた海への挽歌