突然ですが、8月13日わが家の愛猫たまきが旅立ちました。
事の初めはたまきの咳でした。
実は6月に入った頃にくしゃみと咳の混じったような咳をしていたことがありました。
なんかヘンだなと記録をつけ始めたのが6月21日と23日。
それ以前に2回ほどあったかどうか…。
1回の咳は10~15秒ほどで、むせたのかな?と思う程度で
「猫の咳は怖い」ということだけは聞いたことあって頭の片隅にあったのですが
それを咳と認識するのに時間が掛かりました。
咳と認識してから急いでネットで調べ初め、
全く同じ咳をしている猫ちゃんの動画を見ました。
その子は末期の肺ガンだったそうです。
「まさか」と思い、翌朝慌ててかかりつけの動物病院に電話して
午前中の内に診察をねじ込んでもらいました。
聴診器で心臓や肺に問題がなかったものの、
レントゲンで左肺に腫瘍があることが分かりました。
まだ2㎝ほどのさほど大きくない腫瘍だそうで、原発性ではないかと。
(転移したものはもう手遅れのことが多いそうですが原発性なら可能性があるかも)
すぐに大きな病院への二次診療、手術を勧められ、
紹介状を書いてもらいました。
翌朝の一番にたまきを連れてCT検査や細胞診などをしました。
胸水も少し溜まっていてそれも検査したところ、
既にガン細胞が散っているとのこと。
ガン性胸膜炎。肺ガンです。
もう根治不可能なんだそうです。
余命半年は難しい、この診断を受けたら1~2ヶ月で亡くなる子が多い、
リンパ腫と違い、治療方法がほぼないんだそうです。
夫の運転する車でたまきのキャリーを支えながら泣きながら帰宅しました。
診断を聞くまでどこか楽観していました。
腫瘍が大きくなかったこと。原発性である事。
(厳密には本当の原発性かを調べることは難しいようですが)
まだたまきは全然元気だったから。
大きな病院での最終的な画像診断の結果が1週間後に出て
かかりつけ医で今後の方針を話し合い、緩和ケアが始まりました。
ステロイドで炎症を抑えつつ胸水が溜まるのを少しでも遅らせる対処療法。
夫が調べましたがこの薬とても苦いのだそうで、
たまきに飲ませるのもちょっと苦労しました。
最初の診断を聞いてから、とにかく時間がないことが分かったので
いろいろ想像出来る限り準備を始めました。
調べておいた酸素室の発注をしたり、(レンタルがよく分からなかったので買いました)
万が一の時の火葬してもらうところ、段ボールや箱の用意、
それからまだ食べられる内にたまきの好きなものを食べさせること、
2ヶ月生きるのが厳しいなら17才2ヶ月前記念日を決行すること。
酸素室は説明書を二人で見てもチンプンカンプンでメーカーに電話して聞いてみたのですが
担当の方の話ぶりが聞き取りにくく、かつ要領を得なくて結局交換することに。
酸素濃度が30%以上にならないんです。

交換してもやはり濃度が上がらなくて、
店舗の方に再び交換依頼をしてほしいと言われて問い合わせたら
お店の人がいろいろ教えてくれて結局不具合でないことが分かりました。
また、一度交換した方も故障ではなくてとにかく手間が掛かりましたね。
最初からお店の人に聞けば良かった。
まだ早めに用意しておこうと思ったからよかったものの、
緊急だったら間に合ってないかもなんて考えていましたが、
この日の内にたまきの呼吸が苦しそうになり早速使うことになりました。
もし間に合っていなかったらダメだったかもしれません。
二次診療の時に胸水(80cc)を抜いてもらったのですが、
20日もしない内にたまきの呼吸がしんどそうになり
かかりつけの病院で再び胸水を抜いてもらいました。
300cc抜いたそうです。
それから1週間も経たないうちにまた280cc抜きました。
溜まり方が異常に早い。
この胸水を抜くのはとても痛みが強いそうです。
たまきはかかりつけで2回抜いてもらっていますが
鎮静ナシで(鎮静もリスクがあるからと)頑張りました。
もう酸素室を出ること自体厳しい状態になり、通院は難しいと考え、
かかりつけに相談したところ、
往診でも携帯のエコーを持っているお医者さんがいるので
そういう方なら自宅でも処置できるとのことでした。
夫があらかじめ調べておいた往診の先生にお願いする事しました。
往診の先生に初めて来てもらったのは8月3日。
この日はエコーでチェックのみで処置ナシ、この後の日程や薬のことなど話しました。

薬を飲ませるのが難しいと話したら、注射での投与を教えていただき、
一式置いて行かれました。
(全く初めての素人なのでこちらの方が怖いと思いつつ、これからお薬も増えるかもしれないのでまだ少量の内に慣れる意味も込めて私も頑張ります)
酸素室も業務用のものを紹介されて一台手配してもらいました。
(こちらはレンタルです)

持っているものよりハイパワーで、
酸素の溜まりも早く、調整が難しかったですが心強かったです。
トイレも酸素化した方が良いとのことで、持っていた機械で酸素化することにしました。
トイレはこれまで使っていたトイレの上をジャンプするのが厳しいと思った時点で
すぐに横穴を開けておいたので、何回か使いました。

この穴を塞いで酸素を貯めることに。
ウンチの時、かなり気張るのが大変そうです。

ちょっと前までケージで寝ていましたが、
せっかくジャンプしないで済むようにミニケージとトイレを連結させていましたが
どうしてもケージ3階で寝たいようで心配でした。
(自転車かごのような身体を縮める態勢はキツそうなので早々に外しました)

少し遡りますが7月下旬に胸水を抜いてもらったたまき。
とてもご機嫌で調子よさそうでした。
尻尾を立てて傍に来てくれることのありがたみ。
自分で部屋を歩く姿を見ることの貴重さ。

(胸水を抜くのはとても痛いはずなのに抜いた翌日は毎回とても調子よさそうでした)
ゴハンはまだカリカリを買ったばかりだったのに
早々に残すようになり、間もなく食べなくなり、
それから缶詰を追加で発注して、
それもすぐに食べられなくなり、
ブレンダーでちゅ~るっぽくしたら少し食べてくれましたが
それも嫌がるようになり、

最後の一週間あったかな?数日は全てちゅ~るになりました。
そのちゅ~るも発注ミス?で多く買いすぎてしまいました。
8月8日は往診の先生による胸水抜去の処置をしてもらいました。
初めて処置している様子を見て(お手伝いもしました)、
こんなにも大変な事だったんだと感じました。
この時は鎮静も(少し弱めに調整)かけています。
最後の方はオレンジ色から血の色になり、
もう抜去は難しいかもしれないと。

これは夫とずっと話してきたことですが、
とにかくたまきには長生きしてほしいのは大前提として、
なるべく無理させたくないし苦しませたくないという意見で一致していました。
ただ、お互いに思っているレベルが微妙にずれていたりして
話し合いに熱が入ってしまったり、分かり合えない部分があったりして辛かったです。
私はネットで胸水抜去が強い痛みを伴うものと当初に知ってから
正直たまきに抜去させたくなくて苦しむ前に安楽死を考えていました。
夫は何とかできることがあればやった方が良いのではと考えていて、
どこが安楽死のラインなのか決めかねていましたが、
「たまきが大好きなちゅ~るを食べられなくなるまで」
というところで初めて夫と意見が合意しました。
この時、気持ちが少し軽くなりました。
安楽死を選択してもしなくても何を選んでもきっと後悔するだろうと。
その上自分の一存で強行したらきっとその後悔を孤独に抱え込むだろうと。
もう既に最初の検査時も含め、4回の胸水抜去をしている状況で
水の溜まりも異常に早く、次に辛そうになり始めたのは最後の抜去をしてから
わずか4日後のことでした。
昼くらいから瞳孔が開き始め、とても辛そうでした。
すぐに往診の先生につたえて意見を仰ぎました。
それまでの酸素室24℃から22℃へ。
酸素濃度も5%ずつ上昇させて評価しましょうと。
この日に限ってなかなか酸素濃度が上がらなくて、
夜になる頃には60%をなんとか出せるようになりましたが、
それでもたまきは少しずつ確実に呼吸が大きくなり苦しそうです。
室温は22℃ですからエアコンもガンガンで私たちは冬のパジャマを着て
羽毛の上着を羽織って一晩中ずっと交代で(ほとんど二人とも起きてましたが)
たまきの口元に酸素のチューブを持っていったり様子を見守ったり。
明日になれば先生が手配してくれた酸素が来る。
必死に朝になるのを待ちつつ、あまりに苦しそうなたまきを見ては
もうそんなに頑張らなくても良いんだよと涙が止まらなくなったり。
ようやく朝になり酸素屋さんから連絡があり、
9時半から10時半に持ってきてもらえることになりました。
ここまでたまきは頑張ったんだからきっと酸素が間に合って助かる。
これまでだってスルスルッと危険な状態をすり抜けてきたんだから大丈夫。
そう信じていました。
今か今かと酸素を待っていた10時頃。たまきの身体がビクッと動き、
呼吸が停止しているようでした。
もうね、この酸素室のせいでたまきを撫でることも抱くこともずっとままならなかった。
(酸素室のお陰で生きているんだけども)
最後に酸素室からたまきのベッドを引っ張り出して瞳孔の様子や心臓の音を聞いてみたけど
やっぱりダメでした。
酸素やさんが来たのは予定時間最終の10時半でした。
たまきの腫瘍の話を聞いてから、ずっと後悔の連続でした。
なんでもっと早く気付いてやれなかったのか、
なんでレントゲン写真を撮らなかったのか、
なんでもっと優しくしてやれなかったのか、
たまきが苦しんでいるのに、なんにもしてやれない
なんでこんなにたまきが苦しまないといけないのか
なんで、なんで、、
最後に苦しませたくなくて往診の先生に来てもらっていたけど、
処置はしてもらえたけど楽に死なせてやることが出来なかったことが
心残りで・・・。
(緊急事態の時に駆け付けるというより決まった日に来てくれることになっているので)
たまきの目をそっと閉じて準備していた箱に移動させました。
その顔が半眼半口というかとても安らかな表情だったのが唯一救いです。
たまきが酸素室で寝るようになってから、
見えるところにいた方が少しでも安心するだろうと見えるところで寝てました。
ふと起きてたまきを見ると、だいたいたまきが私をガン見していましたね。
それ以外にもキッチンにいる私を隙間から見ているのを夫が教えてくれたりしました。
お願いしようと思っていたお寺さんに電話してもらって
その日の夕方に空いているとのことでそこでお願いしました。
もう一晩中三人一緒にいたから大丈夫。
近所のスーパーでお花をたくさん買ってたまきの棺を飾りました。
亡くなってからもたくさん話し掛けたし、亡くなる前もたくさん言いたいこと
言わなきゃいけないこと言っておきました。
最後までたまきの毛並みはしっとりさらさらで、顔も可愛いままで。
このひと月があまりに重く長く駆け足で、急ぎすぎだよ。たまき。
でもちゃんとお別れする時間もくれたこと、ありがとうね。
たまきの骨を見た時には夫はすぐにたまきと分かったと言っていました。
酸素室が稼働していた時、濃縮機のコンプレッサーの音がしていて、
部屋がエアコンで寒くて。
わが家はあの時世間と隔絶された世界にいるようでした。
たまきの腫瘍が分かってから、パラレルワールドに迷い込んでしまったようでした。
毎日毎日悲しくて。
泣かない日がなくて。
ペットを亡くす事がこんなにも悲しいことだったとは。
ペットを亡くされた人達はこんなにも大きな悲しみを背負っているんだな。
買いすぎてしまったたまきのフードや未だ使っていないベッドや
バスタオルなどは受け容れている動物愛護団体に夫と持ち込みをしました。
たまきが亡くなってから2日しか経っていないのに一週間経ったように感じ、
3日経ったのをひと月経ったかのように感じます。
たまきがいなくなって部屋はひどく静かで。
そうそう、昨日はたまきが大好きだったとうもろこしをやっと買ってきました。

もう苦しむことのないことにホッとしています。
たまきのお世話をしていた時も、
早く終わってほしい、終わってほしくない
生きていてほしい、早く楽になってほしい
矛盾する気持ちが錯綜していました。
どこにも希望する着地点がなくて
どうにもならない事がありすぎて。
とりとめのない文章で申し訳ありません。
たまきをちゃんと最後まで見送れたこと、
悲しいけれど少しだけ肩の荷が下りた部分もあります。
これまで猫たまブログにお付き合い下さった皆様、
たまきの事を愛して下さった皆様、
本当に本当にありがとうございました。
本当はもっとたくさん書きたいことがあったはずですが
これにてご報告と致します。
長い長い記事でしたが読んでいただきありがとうございました。
動画もあげました↓
最後ににコメント欄をあけましたので
もしよかったらたまきへ声を掛けてもらえると嬉しいです。