こんばんは🌙
体調復活ー!
皆さまいかがお過ごしですか?
ひなたあおいです。






もしも別れても大丈夫。
これを書こうかどうか迷っていました。
何か、言霊とか、言ったら本当になっちゃうかなー?とか色々考えて^^; 
だけどやっぱり書こうと思います。






別居して初めの数カ月は、
『別れる』ことがこわくてこわくて






独りな気がして
この先愛される気も全くしなくて
何よりあの家族で過ごした日々が戻ってこないなんて
こわくてこわくて
気が変になりそうだった。






だけど、一方で、自分だけが我慢してやり直すという道は絶対に無理なことにもどこかで気付いていて。
気付いていながら、夫に愛されたくて、自分の気持ちは隠して接しようとしたこともあった。







だけどきっと、そんなことをして戻っても、きっと一時的なもので、どこかで爆発して、また関係はこわれることになる。






夫に愛情を伝えるのと同時に、
それまで感じていた自分の気持ちも
少しずつ、少しずつ、
めちゃくちゃこわいまんま、
夫に伝えることにした。

















私がこわいこと
不安なこと
嫌なこと
やめて欲しいこと








夫は、静かに聴いてくれることもあれば、
私に責められたように感じて
めちゃくちゃ怒鳴ってくることもあった。








そんな中で、初めは別れることへの恐怖にのまれていた私の心は、
いつからか、『別れても大丈夫』だという安心感?というか、自分への信頼のようなものがうまれた。








それは、一人で出来たものじゃなく、周りの人に話しを聴いてもらったり、母とのやりとりだったり、
娘の存在だったり、








独り、という感覚は薄れていって、
もちろん、別れたらめちゃくちゃ泣くと思うし、無気力になるかもしれないし、傷付くかもしれないし、
そうなりたいということじゃないけれど、
それでも大丈夫
だと思えている。







以前の私なら、とにかく『別れないこと』に執着していたかもしれない。
だけどこの別居期間で、夫の想いと同時に自分の想いも大切にしようと思えてきた。








オチは無いのだけど、書いておこうと思う。










嫌いな自分
文字通り嫌いで
見たくなかったり
治したかったり
出さないように頑張ったりしていた。
だけど
居て良いんだと思えたら
安心してただの『自分』に戻った気がした。








こんばんは🌙
久しぶりの風邪は長引いて、きっと休みたいってことだな!っとゆっくりしています。
皆さまも無理せずあったかくお過ごしください。
ひなたあおいです。







私がカウンセラーの起業支援に通っていた時に出会った 、大好きなコバさんがこちらの記事 をリブログしてくれましたーニコニコ

コバさんのブログは、出した勇気を観てくださったんだな〜、とか、リブログして下さった文は、自分に向けられているようで…、その言葉の優しさに、いつも胸にグッと込み上げてきて、泣けてしまうー。






起業支援に通っていたのが2019年だから、4年前で。
それまで私は、
自分の中の嫌なところって、
どうにかバレないように隠したいと思っていたし、
無くさないと嫌われると思っていたし、
とにかくそれがある自分が嫌だった。






だけど、ある日コバさんと話している時、
夫のことを相談している中で、
『大丈夫、またどうせ喧嘩するから。』ってサラ〜っと、本当になんてことない感じで言われたことがあって。






それを聞いた時とっさに、『いやいやダメだよ!喧嘩したら上手くいかなくなるし!もう喧嘩したくない!』って思ったんだけど…、それと同時に、





え?良いの…?
それって…、喧嘩しても…、大丈夫?ってこと…?
喧嘩したらダメになるんじゃ?…ないの??
そんな風に、
かたくなに禁止していたものが解け出したのを感じた。







それから…、喧嘩してしまった時に私の頭にフッと、『喧嘩をしても大丈夫』この言葉がよぎるようになった。






コバさんはいつも、
愛されている時
上手く行っている時
元気な時
だけじゃなく
愛されていない
上手くいかない
たくさんの嫌いな自分までも
それでも可愛い
それでも素晴らしい
それでも愛される人
だと伝えてくれていて






私は、この別居の期間、やっとそれを自分で感じられるようになってきた。






本っ当に自分が嫌になって
本っ当に自分が嫌いで
自分の最低さに涙しか出てこなくて
何度も同じことを繰り返す自分が嫌で嫌で






だけど、そんな自分も
大嫌いだった自分も
幼い頃から、そうすることで私を守ってくれていたことや、
そうなるまで必死だったこと、
ずーっと責めていたのは他でもない私で、
それに気づいたら、
なんだか自分が愛おしく感じて…、
どんな自分も、私なんだなぁ、って
ただただそう思った。








多分、これからも、自分が嫌って思うことは普通ーにあると思う。
だけど、
それでも大丈夫だとそんな気がする。










前列左真ん中で顔が隠れてるのが私
こういうことしてくれるコバさんも大好き♡








ジャケットコバさんめっちゃカッコイイ✨









子供の頃は無理だった願い
その頃傷付いた想いも
今なら叶えてあげることが出来る






おはようございます太陽
四女の風邪がバッチリうつってグッタリ
皆さま体調崩していませんか?
ひなたあおいです。
(今日は汚い話しが出てくるので苦手な方はそっと閉じてくださいませ。)




子供の頃、病気になると、
具合が悪くて、不安になって、さびしくなって、
お母さんに側にいてほしいなぁ〜、と思っていた。






だけど、お母さんは、宗教活動に夢中で、熱が出て吐いている私を横目にさっさと家を出て行った。







お母さんのかわりに、おばあちゃんが側にいてくれて。
何にも食べられ無かった私に、梅ならサッパリしていて食べられるんじゃないかと、自分で漬けた梅干しを食べさせてくれた。






だけど運悪く、お母さんが帰ってきたタイミングで吐いてしまって、お母さんはおばあちゃんに「そんなもの食べさせるからよ!」と怒鳴って。






それを聞いていて、『おばあちゃんは一緒にいてくれたのに。おばあちゃんは食べられるものを探してくれたのに。お母さんは一緒にいてくれなかったのにおばあちゃんをおこるの?!』とすごく悲しくて悔しかった。






だけど気持ち悪くてしゃべることもなくて、
どうにも出来なかった想いが
暗い記憶になって大人になっても残っていた。







だけど、今、具合が悪い私に、母は、
大丈夫?と連日電話をくれて(そもそも初めは四女が体調を崩したのを知っていてたまたま電話が来た)、
四女をみてくれたり、
うどんやポカリや飴を買って来てくれたりして。





これまで母に
子供の頃の気持ちをぶつけたり
距離をとって連絡をたったり
差し出したりしてきて






気付いたら、私の想いは叶っていた。






そして、大人になった今、
体調を崩して側にいて欲しいのは、
夫になっていて。






初めは仕事もあるし、きっともう治るしと伝えないでいようと思った自分の本当の気持ちを






『側にいて欲しい』と伝えることが出来た。








前に撮った写真
四女はすごい回復力で2日で元気になった✨







あの頃は子供でどうにも出来なかった自分の気持ち
その想いが消えなくても
傷になっていても
大人になって
そっと寄り添って
今の自分の願いを叶えてあげることが私たちには出来る。








フリー素材の写真
とりあえずあったま痛いの治って欲しいわー