子育て中のママへ




こんな風に、ママの味方になってくれる人がいたら…、ママの味方…、ママの心からの笑顔…、ママの幸せ…、それは結果的に、ママのことが大好きなこの子が幸せになれる道なのだと思う。




子育て中に悩んでいる時、誰かに悩みを相談する時、悩みすぎて相談さえ出来ない時。





良いアドバイス。
正しいアドバイス程、実はママを追い詰めると思う。




何故なら、そのアドバイスのように、その正しいママのように、誰よりも誰よりも、なりたいのはママ自身だから。






だけど、わかっていても、それが出来なくて、出来ない自分が苦しいから。







周りにもっとこうした方が良い、ああした方が良い、子供のためには、って言われなくても、本当は誰よりもその自分を責めているのはママ自身。








自分を責めて責めて、それでも出来なくて、苦しくて、いっぱいいっぱいになってそれがまた子供に向かってしまって。






そんな自分がこわいから、明日こそは明日こそはっていっぱいいっぱい反省するけれど、






その反省は誰よりも何よりも自分を追い詰める言葉だから、どんどんどんどん苦しくなる。自分を嫌いになる。なりたくないあの人みたいな、お母さんみたいなママになる…。







そんなしんどくてしんどくて、どうしてよいかわからない時、
隣でずっと、24時間責めて責めて責め続けられたら、壊れちゃうよね。




自分って無意識に、それが責めているんだとも気付かないで、酷い言葉を自分にいい続けてる。




そんな時に、味方になってくれる人がいたら。
頑張ってるねって、大丈夫だよって、一言だけでもかけてくれる人がいたら。




嬉しくて、安心して、心があったかくなって、
きっとその状態だからこそ、溢れた愛情で自然と子供も安心感で包まれるんじゃないかと思う。




怒鳴っても良いよ。
我慢しなくても良いよ。
出来なくても良いよ。
良いママじゃなくても良いよ。
お料理出来なくても良いよ。
いっぱい愛情があるから悩むんだよ。




そんな言葉を自分にかけていったら、
ママが安心して幸せを感じていたら、
ママのことが大好きなこの子はきっと、誰よりも喜んでくれるのだと思う。


















こんばんは🌝
フォロー、いいね、コメント、リブログ、ご覧頂きありがとうございます✨
ジャージコバ認定3姉妹のママカウンセラー日向です。







こちらの記事で長女が一人っ子だったら…と書いたのだけれど…、





昨夜から…、というか、この一人っ子は、実は結婚する前からずっとずっと考えていたこと…。




一人っ子だったら、可愛がられる?
一人っ子だったら、愛して貰える?





それは、兄妹が4人いたちっさな頃の私自身の気持ち。




一度だけ母と二人きりで出かけた記憶がある。
私が言ったのか、母が誘ってくれたのか、忘れてしまったのだけれど、他の兄妹のいない時間、母を独り占めできる時間、私にはすごく特別な時間だった。




すごく嬉しくて、楽しくて、終わって欲しくなかった時間。
家が近づいて、終わっちゃうのが寂しくて、思わず泣いちゃって。
泣いてしまったら母は、「どうしたいの?!」と怒ってしまって。
そうだよね、せっかく連れて行ってくれたのに泣いたらやだよね、怒るよね、ごめんなさい…、って思いながらも、本当は寂しくて。
ただ楽しかったから寂しくなったことをわかって欲しくて、でも母を傷付けたことが悲しくて…。




あぁ、娘じゃなくて、『私』なんだな、としみじみ思った。




そう思ったから、でも、この気持ちは私のものなら、娘は…?と気が付いて…、




今までそんなこと聴いたこともない…、というか、こわくて聴けなかったのかもしれないけれど、娘の気持ちを聴いてみた。




「一人っ子だったら良かったと、思う?」




長女は不思議な顔で眼をパチパチして、
「なんで?」と言った後、
「考えたこともない。〇〇ちゃん(妹)かわいい。それだけ。」と言った。




あぁ、そっか、私の妄想なんだなぁ…、と力が抜けた。




起業支援に通い出して、自分と向き合って、周りの人の愛情に気が付く中で最近良く感じるのは、いかに今まで自分の『妄想』の中を生きていたんだろう?ということ。




周りの大切な人も、夫も、そして子供も、私が想像していたこととは大きく違う。




察するのが良いと思って生きてきたけれど、どれだけ勝手に想像して、決めつけてきたのだろう?ということ。




本当は、とっくに私は愛されていて、優しさの中にいたのに、私が私に持つ『私はこんなやつに違いない』って思い込みが、それを観えなく、感じられなくしていた。




娘は、いつもみたいに三女をお姫様だっこしたり、トントントントンアンパンマン(ひげじいさんのアンパンマンバージョン)🎵の手遊びをしながら笑っていた。




その後、「ママ、フルーツティー飲みたいー!」と言って、1軒目では売り切れていて売っていなくて、別の飲み物にしたら?と言う私の提案をアッサリ断り、2軒目のローソンで自分の望みを叶えていた。笑












さらに勝手に私とのデートのプランをたててウキウキしている…。笑
(次女が生まれてからたまに2人きりでお出かけするのだ。)












なんだかやっぱり育児を通して育て直しているのは私だなぁと思う。




娘は自由。
人の気持ちよりまず自分が大切だと言う長女。
散々それが大切だと感じている私だけれど、最初夫からその言葉を聴いた時はめちゃくちゃ衝撃をうけた。




夫は、ADHD、アスペルガーの特性で人の気持ちがわかりにくいと言っていたけれど、人の気持ち第一優先が当たり前だった私には…、何年も受け入れられなくて、ずいぶんぶつかった。笑





そして夫もまたびっくりなことだったらしい(この話しも近いうちに書こうと思う。覚えていたら真顔)。




その夫とおんなじ思考の長女。





捨てた自分のピースを持つ二人から自分らしくいられるものを取り戻させてもらっているのだなぁ…。





一人っ子でも、兄妹がたくさんいても、私を愛してくれている今を大切に感じようと思う。




いいねもコメントも、嬉しかったです。
ありがとう😂










昨日の夜から涙がとまらない。






一人っ子だったらもっと可愛がってあげられたのかな?




*ここから流産の記述があるので読みたくない方は進まないでね。




長女がお腹に来てくれる前、
お腹に来てくれた初めての子。




嬉しくて嬉しくて、嬉しすぎて、当時働いてた職場でも頑張って働いていた。




休みの日、ゆっくり横になってふとトイレに行きたくなった先で震えた。





初期の流産は母親が何をしたからとの因果関係はないと医師から説明されても…、忙しく働いていたからかもしれない。なんで辞めなかったんだろう?って自分を責めた。




その後、長女がお腹に来てくれたとわかった時は、本当に本当に嬉しくて、迷わず仕事を辞めた。




12週間を過ぎるまでは流産しやすいからと、極力家ですごして。



まだ胎動を感じないうちは、本気でエコーが家にあればなぁ、と思った。




ある日、ポコッって、勘違いかと思うような…、金魚が泡をはくような、小さな小さな胎動を感じて、嬉しくて嬉しくていつもお腹を撫でていた。




陣痛が来た時は、長女に酸素が届くように、ひたすらひたすら呼吸しようと意識した。




生まれた我が子は…、今までの人生にはなかった愛しさ…、この世にこんなにかわいい存在がいるなんて…、と本当に驚いた。




長女は睡眠が浅く、それこそ夜中も15分~1時間30分おきに眼が覚めて、断乳までほとんど眠れなくて、身体はきついんだけど、心はきつくない、不思議な感覚だった。




可愛くて可愛くて、同じ時期に出産した友人や夫が二人目の話しをしながら、「あおい二人目は?」と聞かれたけれど、
この子のようには可愛がれない、この子のようには愛せないんじゃないかと感じて、すぐには
考えられなかった。




だけど不思議と、二人目もきっと可愛いと思えて、すごく嬉しいことにすぐにお腹に来てくれて。




あんなに可愛がれないかもと心配していたその子は、産まれた瞬間からたまらない愛しさだった。




だけどいつからか、長女のことが可愛いと思えなくなった時期があった。





次女のイヤイヤ期には、反対に次女のことが可愛いと思えなくなった。





どちらの時期も、一人っ子だったらもっと可愛がってあげられたのかな…。と頭をかすめた。





長女だけ、次女だけを連れて(一人はお家や公園でパパやばぁばとお留守番。)、ご飯を食べに行った時、普段よりすごく可愛く思えた。




一人だとこんなに余裕があるのか…、と実感して…、私のキャパシティだと一人で手一杯なのだな、と知った。





それから三女を妊娠した時、我ながら最低だけれど、嬉しさより不安でいっぱいだった。




またあの悪阻が始まって、ご飯の準備はどうしよう?
やっと仕事をしたいと考え出したのにまた働けなくなる。
そもそも三人可愛がれるだろうか?




もう、自分のことばかり考えていた。





妊娠中も、上の二人と違って、嬉しさより泣いていた日が多かった。




長女も次女も夫も、悪阻で動けなくても、まともにご飯を作れなくても、一度も責めることなんてなくて、すごく楽しみにしてくれて、お腹に話しかけてくれて、お水を持って来てくれたり、ご飯を作ってくれたり、健診について来てくれたり、優しく優しくしてくれたのに、私だけこんな気持ちで本当に申し訳ないと思っていた。





産まれてからも、何故か長女や次女の時の感覚とは違って、何故三女が泣いているのかわからないことが沢山あった。





長女や次女が泣いている時は、当たり前に何故泣いているのか通じていた。




だから、その泣いてる原因をさっと取り除けたし、他のママの何故泣いているかわからない、という状態がわからなかった。





だから当然、三女の思いもわかると思っていた。
だけど、三人目なのに…、何故かその通じている感覚が無くて、泣いている理由がわからなくて、自分に戸惑った。




夫婦って良く出来ていて、バランスを自然と取るのか、夫は今までと別人のように三女を可愛がった。




夫は、「三人目でようやく母性がうまれたみたい!」と笑っていた。





その頃からか、あんなに可愛いと思っていた長女のことが煩わしく感じる自分がいた。





長女はお友達に手を出したり、きつい言葉を言ったり、小学校になって、電話が来ることがある。




比べたくないのに、次女と正反対の長女を、夫とそっくりな特性のある長女といる時間に疲れを感じるようになった。




長女は私に優しいのに。





いつからそう感じるようになったのだろう。





そう感じるようになって、自分の冷たさが嫌で嫌で、でもどうにも出来なくて。




ぐりちゃんのブログを読んで、本当に、私が母親じゃなければ、もっと余裕のある優しい別の母親なら、一人っ子だったら、




もっともっと大切に出来たのだろうか?





ずっとずっとあの頃みたいに愛しくて愛しくて仕方がないままだったんだろうか?





長女は私に優しいのに。





長女はそのままの私を大好きなのに。






泣けてくる。