52_電話相談室(4)(5) | クルミアルク研究室

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沖縄を題材にした自作ラブコメ+メモ書き+映画エッセイをちょろちょろと

「わたまわ」エピソードは基本的にすべて「沖縄糸満の軽石被害に寄付しようキャンペーン 第3弾」参加作品です。

沖縄・那覇を舞台に展開するラブコメディー「わたしの周りの人々」略称「わたまわ」をこちらに転載しています。サーコのモノローグです。英語/韓国語は翻訳会社チェック済みです。

お試しバージョンとして小説ながら目次を作成しました。クリックすると各意味段落へジャンプします。

 

目次
4-1.サーコ、父親と面会する
4-2.香水
4-3.秘密のライン
5.全部バレた!

 

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4-1.サーコ、父親と面会する

 

なんと、事態が動いた。
リャオさんからの電話を切った2時間後にジングからラインが来た。ダルクの関係者から連絡があり木曜日にパパが会ってくれると。ただし、場所はあの公園のベンチを指定してきていた。

“ I will take a day off this Thursday. The DARC staff and I will wait around the park. You can talk to your dad there.”
(木曜日に年休を取ります。私とダルクの職員が公園の周りで待ちます。サーコはお父さんとお話してください)

あたしはジングに感謝した。

10月24日 木曜日
午前10時。あたしはトモと、ジングとその公園へ向かった。
滑り台の向こう側に1カ所、比較的新しめのベンチがある。あたしはそこに腰掛けてパパを待った。公園に面した道路沿い、5メートル以上離れた場所からジングがあたしを見守っている。
ダルクの職員がパパとやってきた。パパはあたしから離れベンチの端っこに腰掛けた。薄汚れたシャツ、灰色のズボン。顔中に白髪交じりのひげを生やして、こちらを見ることなくずっと正面を向いたまま。
「パパ、元気だった?」
あたしはやっとこれだけを言った。
「麻子が大阪にいるとは思わなかった」
8年ぶりにあたしはパパの声を聴いた。少し低くなったようだ。
「大きくなったな」
あたしはうなずいた。ちらとパパの方を向いて言葉を続けた。
「あたしもパパが大阪にいるとは思わなかった」
「あれからいろいろあってな」
パパは少しずつ切り出した。大阪に出てあの女性と暮らし始めてからしばらくはまともな生活をしていたものの、コロナ騒動を契機にパパはギャンブルに手を染めたらしい。気がつくと競艇で全てをなくしていた。あいりん地区で小競り合いを起こし、一時はダルクの施設に入っていたが、そこもトラブル続きでこの近くに来て落ち着きつつある、と。
「ママは元気か?」
あたしは元気だと言っておいた。しばらく連絡とってないけど、きっとそのはずだから。

彼は、今どこに住んでいるのかは最後まで明かさなかった。
「元気でな」
彼はそう言い残して、ダルクの職員と去って行った。

 

4-2.香水

 

ジングがこちらへ近づいてきた。あたしは彼に礼を言った。あたしのために年休まで取ってくれて本当にありがとう。ジングがいなければ、一生会えなかったかもしれない。

“자, 이제 가죠.“
ジャ, イジェ ガジョ. 
(さあ、帰りましょう)

あたしたちは黙ったまま家路についた。
駅まで戻ったところでトモが、ジングが別の話題を切り出した。お姉さんの話だ。あれから体調も落ち着き順調に過ごしているらしい。

“ 뱃속 아이의 성별을 알게 됐는데, 여자아이래요.“
ベッソク アイウィ ソンビョルウル アルゲ ドゥェンヌンデ, ヨジャアイレヨ.
(お腹の子供の性別が分かって。女の子って)

へえ、そうなんだ。ご両親大喜びだね?

“아사코가 아기 선물을 골라줬으면 하는데요.“
アサコガ アギ ソンムルウル ゴルラジュォッウミョン ハヌンデヨ. 
(麻子に赤ちゃんへのプレゼントを選んでもらいたいのですが)

“물론이죠, 기꺼이!“
ムルロンイジョ, ギコイ! 
(もちろん、喜んで!)

あたし達は特急で近くの街へ出た。華やいだ街を進むベビーカーに目がいく。いいな、赤ちゃんか。世界中から祝福されるといいね?
あたしは子供向けの服を扱うブティックに入り、ベビー用シューズと、申し訳程度にスカートがくっついている70センチサイズのベビー服の組み合わせを選んだ。ちょっと凝ったデザインだ。日本らしいかな。
ちらりと支払いを済ませるジングを横目に見る。ふと不安になる。

あたしは、この先この人とやっていけるのだろうか?
どうも、未来を思い描けない。ジングとそういう話になったこともない。でも彼は避妊しない。妊娠のリスクに怯えて、週末抱きあっても最近あたしは心から喜べなくなった。
彼は従軍を機に沖縄の大学を中退したままだ。もっともトモは、ジングは韓国の大学の心理学科を出ているから、一年間所定の業務に就けば専門職の受験資格を得られることになっている。だけど、今の状態では心理系の専門職は厳しいだろう。それはジング自身が一番良く知っているはずだ。復学の意思はあるようだが、今はその話題は避けたい。
彼は今は精神科の治療中だ。左耳難聴の原因が従軍中の怪我だということまでは聞いたが、それ以上の詳細な説明をジングは避けた。怪我の元となる事件からPTSDを起こしているはずなのに。

ジングは支払いを終えそのままラッピングコーナーへ行った。時間がかかりそうだ。
「あたし、トイレ行ってくるね」
彼にそう言ってあたしは近くのトイレに行ったが清掃中だ。階下のトイレに行く。
用を済ませて正面を見る。化粧品コーナーの片隅に香水が展開されている。吸い寄せられるように、あたしは数々の香水の瓶に見入っていたが、端っこの瓶に目が釘付けになった。

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そばにいた店員さんに頼んでムエットにひと吹きしてもらい、香りを嗅がせてもらう。
「この香りは別名ウーマンキラーとよばれているんですよ」
店員さんはそう言って笑顔を作った。

あきおさんの香りがする。リャオさんの笑顔がちらつく。やだ、涙が溢れてくる。
あたしはもらったムエットを自分のバッグに仕舞い込んだ。

ジングの元へ戻ると、ちょうどラッピングを終えたプレゼントを受け取るところだった。
そのままデパートの地下で夕ご飯のお総菜を買う。大阪のいいところは韓国人向けの食材が豊富なこと。ことにキムチが美味しい。こればかりは寒い土地のものだから、沖縄では漬けるのが難しいのだ。
最近は沖縄っぽい総菜も増えた。これ絶対違うよねっていう勘違い系おかずにもたまに出くわすが、沖縄県人コミュニティが近くにあると現地に負けない総菜を見かける。今日はなんとテビチを発見してしまった。韓国だと豚足の調理法が異なるので、ジングはあまり食べたがらない。じゃあ、晩ご飯に韓国風な豚足と、沖縄風なものを一つずつね?
電車に乗って戻り、アパートの小さな部屋で食前の祈りを唱え、ご飯を食べる。トモは、ジングは明日、職場の帰りにプレゼントと日本の食材をいくつか詰めて韓国へ送ると言った。
食器を洗いながら神様に祈る。パパと話ができたことを感謝します。どうか、ジングのお姉さんが安産でありますように。ジングが今晩ちゃんと眠れますように。

よかった。今晩は早くから寝息が聞こえる。このまま順調にPTSDが治癒してくれれば。

 

4-3.秘密のライン

 

あたしは自分のスマートフォンをたぐり寄せる。厚手のウェアを羽織り、そっとベランダへ出る。
ラインでリャオさんのトークルームを呼び出す。今日の出来事をひたすら綴る。

(image: Photo by Wladislaw Peljuchno on Unsplash)

あたしは、一体何をしているのだろう?

リャオさんが反応する。パパのことは意外だったようだ。話はジングのPTSDに及ぶ。リャオさんは、治癒は数年にわたることがザラであることを指摘してくる。
――サーコは耐えられる? 本当に? それで人生後悔しないか?」

痛いところを突いてくるね。涙が出てくるよ。

――もちろん、トモには治って欲しい。だけど、それでサーコの人生を犠牲にするのはおかしい」

そうかもしれない。だけど、あたしにはそう言い切る力はない。傷ついているジングを置いて去る勇気もない。あたしが去ったら、この人をもっと傷つけることになる。それが正しいとは思えない。

――はっきり言うけど、そこに居ても未来はないよ。沖縄へ戻っておいで」

あたしは泣き崩れる。確かに未来はないかもしれない。この状況では、未来を信じることすら難しい。
でも、勘当されて家を出たんだよ。今更どんな顔してママに会うの?

――私は、サーコに会いたいです」

表示された文章に息を呑む。あたしは初めて、リャオさんの本音を聞いた。
たしかに、何度かそういった振る舞いに出くわしたことはある。そのたびにドキリとした。でも、言葉で聞くのは今日が初めてだ。
あたしも、会いたい。会って話がしたい。でも、それはきっと不倫になる。

27日の日曜日、リャオさんは急用が入って電話できなくなったと書いてきた。
残念な気持ちを抑えてラインに打ち込む。

――もう少し考える時間を下さい。神様に祈ります。3日にはお電話ください。待ってます。おやすみなさい。

そう書いてあたしはラインアプリを終了させた。二十日月だから月の出は遅い。空を見上げるが、大阪の空はあまり星が見えない。
沖縄の空はどうだろう。もうすこし星が見えるかな?
あたしはベランダから室内へ戻った。ウェアを脱いでトモのいる寝室へ入り、彼のそばに潜り込んだ。冷えた身体を毛布が包み込む。あたしは肩まで毛布を引っ張って、トモの横顔を眺める。良かった、今夜は本当によく寝ている。

未来は、本当に、ないのだろうか?

涙が込み上げる。トモの横顔を見るのがつらくて、あたしは壁の方を向いた。そして神様に祈った。
どうか、あたしに未来を見せて下さい。あなたの最善をなして下さい。どうか。

 

5.全部バレた!

 

27日の日曜日はリャオさんの声が聴けなくて、気が狂いそうになった。
雑念を紛らわせるためあたしはコロッケをつくった。ひたすら玉ねぎを刻み、挽肉といため、潰したじゃがいもとぐちゃぐちゃに混ぜて俵型に整えた。パン粉をまぶし半分は冷凍、半分は夕ご飯に。
その晩、揚げたてのコロッケをトモは素直に喜んで3個もお代わりした。満足そうな彼に罪悪感が少しだけ和らいだ。

2024年10月28日 月曜日
耐えられなくなって、あたしはとうとう、バイトの帰りにショッピングモールへ向かった。ハロウィンのバーゲンセールをしているコーナーで、あの香りを買ってしまった。
8千円近くする香水の置き場所を考えだが、お出かけ用のバッグにしか収められそうもない。
トモが出勤してすぐ、あたしはバッグから香水を取り出す。ムエットにひと吹きし、鼻先へ持っていく。よし、これで1日頑張れる。
ムエットを自分のスマートフォンケースのポケットへ注意深く差し込んで、あたしはバイト先へ向かう。客や同僚との人間関係に疲れると、トイレへ駆け込んでムエットの香りを嗅ぐ。

リャオさん、会いたいよ。

涙を押さえて、あたしはまた戦場へ向かう。バイトを上がり、家路につく。誰もいない家に駆け込んで内鍵をかけ、再びムエットを取り出す。今日の日を守ってくれたことに感謝しながら香りを嗅ぐ。そのうちムエットだけでは物足りず、ハンドタオルにも香水を染み込ませて持ち歩いた。
常時あの香りを欲していた。ここまでくるとほとんど麻薬だ。香りの主を求めて、抱きしめて欲しくて、飢えたハイエナのように毎日、香水に飛びつく。
あたしは狂っている。自分で自分を抑えられない。もう限界かもしれない。

土曜日はいつものようにジングに抱かれた。生理中だったけど、ラブホテルで押し倒された。血まみれのあたしの身体を開いて彼は挿入し、果てた。
相変わらずトモは、ジングは避妊をしていない。子供ができたらどうするつもりなのか心配だが、問いかけるのもはばかられ、あたしはずっと、誰にも言えず黙っている。

11月3日 文化の日 祝日
また日曜日がやってきた。ジングは出かけた。
部屋中に掃除機をかける。洗濯物を干す。夕ご飯の下ごしらえをする。そして、男からの電話を待つ。

10時きっかりに電話が鳴る。
「もしもし、サーコ?」
日曜日しか聴けない男の声が耳に響く。あたしは涙ぐむ。2週間分の近況報告をする。パパと話した件、同棲している別の男の件。
「沖縄へ帰っておいで」
毎回繰り返される言葉にどう返事すればいい? あたしはジングを置いては行けない。彼を裏切れない。いや、もう十分裏切っているのかもしれないけど。
「絡んだ糸は切った方がいい」
頭ではわかっている。でも心では、ほどく方法をずっと模索している。それは叶わぬ願いなのだろうか。
「サーコ、会いたい」
あたしの涙腺は崩壊する。ここから一瞬で沖縄へ飛んで行けたらいいのに。

来週の日曜日はあたしがハングル検定受験で電話できない。再来週の日曜日に電話の約束をしようとしたら、断られた。
「母の十七回忌法要をやるので」
沖縄の十七回忌は大きい。親戚中集まって行われることがほとんどだ。そのあとの日曜も年末はずっと予定が入っているそうだ。年内はしばらく電話できない、ラインだって返事できるかどうか確約できない、と。
「でも、沖縄へ帰ってくるなら、その時は連絡して。じゃあ」
そう言って切られた。

電話の後で、スマートフォンから一昨年カラオケで撮った写真を出してきた。バースデーケーキを囲んで笑顔の3人がいる。
あの頃は楽しかったね。こんな日々が来るなんて思ってもみなかった。
そして、6月にスイートルームでリャオさんと取ったツーショットの写真。バックに沖縄の青い海が映える。
帰りたい。沖縄へ帰りたい。リャオさんに会いたい。

しばらくあたしはテーブルに突っ伏して泣いた。涙のせいで箱ティッシュが空っぽになってしまい、慌てて買い置きの棚を探すが、あれ、ないや。買ってこなきゃ。

玄関ドアを開けようとして、息が止まるくらい驚いた。ドアが少し開いてる。そして、ジングがいた。
呆然となった。トモは、ジングはリビングの戸棚の上を指差す。あたしはあっと声をあげた。評価製品の集音マイクガジェット。Wi-Fi でスマートフォンに接続すれば専用アプリで音の調整もできるようになっている。彼は右耳のイヤホンを示しながら言った。

“전부 듣고 있었어요.“
ジョンブ ドゥッゴ イッオッオヨ.
(全部聞いていました)

ジングは顔色を変えることなく尋ねた。

“언제부터죠?“ 
オンジェブトジョ? 
(いつから?)

“……지난달 초쯤부터요.“
……ジナンダル チョチゥムブトヨ.
(……先月初め頃からです)

うつむきながら、あたしは答えた。

“그렇군요.“
グログンヨ.
(そう)

彼は頷くと右耳からイヤホンを外し、玄関のカギを外からかけた。

“걸으면서 이야기하죠. 저도 할 말이 있어요.“
ゴルウミョンソ イヤギハジョ. ジョド ハル マルイ イッオヨ.
(歩きながら話しましょう。私からも話があります)

(52_電話相談室 FIN) 

NEXT:53_ジング氏、決意する ですが、端折って次の次 54_再び、満月(1)

第三部 &more 目次 ameblo

付記:ストーンズの動画リンク一覧についてはこちらcheckしてください。

 

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小説「わたまわ」を書いています。

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当小説ナナメ読みのススメ(1) ×LGBT(あらすじなど) /当小説ナナメ読みのススメ(2) ×the Rolling Stones, and more/当小説ナナメ読みのススメ(3)×キジムナー(?)