52_電話相談室(2)(3) | クルミアルク研究室

クルミアルク研究室

沖縄を題材にした自作ラブコメ+メモ書き+映画エッセイをちょろちょろと

沖縄・那覇を舞台に展開するラブコメディー「わたしの周りの人々」略称「わたまわ」をこちらに転載しています。サーコのモノローグです。ストーンズの動画をリンクしています。長いため前半省略して(2)(3)を転載します。

季節は秋。サーコは枚方で韓国人宣教師・トモ(本名 キム・ジング)と暮らしています。沖縄にいるリャオはサーコからの手紙を受け取り、一度だけはと彼女に電話します。サーコはまた電話してと彼にお願いしますが、リャオはトモに禁じられているからと冷たく電話を切りました。しかし……。

お試しバージョンとして小説ながら目次を作成しました。クリックすると各意味段落へジャンプします。

 

目次
2.不倫への道
3-1.サーコ、父親を発見する
3-2.ジング氏、DARCに連絡する
3-3.暴走老人

 

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2.不倫への道

 

配属先が変わってから、ジングの精神状態はまずます不安定になっている。本当にこのままやっていけるのだろうかと不安を覚えるが、ジングに悟られないよう必死で明るく振る舞う。
トモは、ジングは、テレビを見ないと決めていて常時タペストリーを掛けている。このテレビはワンルームマンションの備品の一部だからNHKの受信料支払い義務は発生してて、それはあたしが払っているのだけど、一度もスイッチを入れてない。新聞も取ってない。情報源はパソコンとFMラジオ。幸い、このワンルームマンションはWi-fi使い放題だ。あたしは毎日スマートフォンでWebチラシをチェックし、買い物に出る。今日は大根を丸ごと一本買った。上半分は煮物、葉っぱはお味噌汁、真ん中は炒め物、下半分はキムチに。ほかにもいろいろ買い込むとあっという間に財布が軽くなる。
覚え立てのレシピで炊き込みご飯を炊く。保存食としてゴボウとレンコンのきんぴら風な炒め物。沢山炊いて沢山作って全て小分けにして冷凍庫へしまう。これでしばらくの間なんとかしよう。

日曜日、電話の後すぐに図書館へ向かった。
ジングがいる家では手紙は書けない。喫茶店などへいくお金は無い。フードコートは戦争のようで場所の取り合いだ。となると、図書館しか思いつかなかった。そして沖縄へ手紙を書いた。
次の日も、そのまた次の日も、あたしはバイト帰りに毎日図書館へ行き、書き終えた手紙に切手を貼ってひたすら郵便ポストに投函し続けた。文句は一緒だった。

リャオさん、お願いします。もう一度、日曜日午前に電話をください。

重い毎日が過ぎていく。バイトの締めくくりにリャオさんに手紙を投函しながら、あたしは自責の念にさいなまされる。

土曜日、いつものようにラブホテルへ出かけ、あたしはジングに抱きしめられた。映画俳優そっくりさんと一緒にベッドインして体中キスされる。韓流ドラマファンなら飛びつきたいシチュエーションのただ中にあたしはいる。
だが、トモは、ジングは避妊しなくなった。なぜなのか、あたしは尋ねることができなかった。9月に韓国から戻って以来、どうやら彼は日頃の鬱憤をセックスではらしているかのようだ。コンドームをすると感度が鈍るらしい。
あたしは妊娠するかもしれないという恐怖に毎回おびえるようになった。二人の間に未来の話は全くない。もし妊娠したら? ジングは責任は取ってくれるかもしれないが、二人の稼ぎと彼の今の精神状態で子育ては可能だろうか?

ジングに抱きしめられながら、あたしは別の男を思い出す。
沖縄にいた頃、あたしはリャオさんが、あきおさんが、怖かった。
“あけみさん”のときは、あたしは警戒を解いていた。“彼女”の時は何もなかったから。だけど“あきおさん”は時折ドキッとするような振る舞いを仕掛けてきた。頬へのキスもそう、韓国で手を繋いだことも、相合傘も、そして、スイートルームで抱きしめられたことも。
その上で、彼は、彼女は、包囲網を用意していた。お弁当、金城社長、車の教習料金、などなど。それらはあくまで、あくまで善意だったのだけど、あたしはどこかで締め付けられているように感じた。
リャオさんはそれを知ってたから、大阪へ出る前にあたしの借用書を破り、そして言ったのだ。
「サーコ、君はもう自由だよ。トモと幸せになって」

身体では同棲相手を受け入れて、頭のどこかで別の男を意識する。わかってる。これは、不倫だ。言い訳はできない。でも、あたしは自分自身を止めることが出来ない。

 

 

止めた方がいいよ 君は結婚しているんだから 危険すぎる

トモと、……ジングとリャオさんに言われてストーンズを和訳しながら、15のあたしは「何やってんだこの男と女は」なんて思ってた。でも違った。
この男は分かっている。相手の女もきっと分かってる。悪いことは重々承知で、それでも止められない。恋い焦がれ、追い求めてしまうのだ。
あたしはこの大阪の地でリャオさんを待っている。あたしを射すくめた瞳を思い起こして。モスグリーンのワンピース、ターコイズ色のパンプス、アクアマリンのイヤリング。他にもいっぱい、いっぱいある。日々リャオさんからもらったものを身につける度、あたしの脳裏に彼の大きな瞳が輝き、飲み込まれそうになる。そして、それをずっと、ジングには黙っている。日が経つにつれ、あたしの心と体はどんどんバラバラになっていった。

 

2024年10月13日
日曜日の10時。非通知で電話が鳴った。あたしは電話を取った。
「もしもし?」
リャオさんの声を聞いた瞬間、あたしは泣き叫んだ。
「ごめんなさい! ごめんなさい! あたしもう、どうしていいかわからない!」
あたしが泣きじゃくっている間、彼はずっと黙っていた。多分、彼も泣いていたと思う。涙もろい人だから。
少し涙が落ち着いた頃合いを見計らって、リャオさんは言った。
「沖縄に帰っておいでよ」
それは、できないよ。ジングはあたしのためにいろいろ手を尽くしてくれている。精神状態が不安定なジングを放ってはおけない。
再び、リャオさんが口を開いた。
「サーコ、お金はあるの? 冬は越せそうなの? わかっていると思うけど、沖縄と違って大阪は暖房代が掛かるよ?」

あたしは黙り込んだ。こうやって、あたしはまた、善意で縛られるのだろうか。

電話を切ると、ペイペイからのポップアップが出た。
――受け取り依頼が届いています――
そこには、リャオさんの新しい電話番号が記されている。

あたしはペイペイを起動して5万円の着金処理をした。そして、リャオさんへこちらから電話を掛けた。お金を受け取った連絡と、お礼を伝えた。電話口からふり絞るような声がする。
「ねえ、帰っておいでよ」
あたし達は互いにすすり泣いた。ようやく涙が収まると、次の日曜日にまた電話してとお願いし、あたしは電話を切った。

 

3-1.サーコ、父親を発見する

 

10月中旬のある日。
あたしはスーパーの棚から夏物商品をひたすら撤去していた。食料品とそうでない品とをそれぞれ籠に分け、見切り品コーナーへ持って行く。
早速、初老の男性があたしが置いたばかりの籠に見入っていた。左耳の下、顎の骨が出っ張ったところに大きなほくろがある。おもわずあたしは注視した。男性は籠から50円引きになったクッキーをつまんだ。こちらを振り返る。大きな鼻に一重まぶた。あたしはおもわず声を掛けた。
「……パパ?」
男性はこちらを見た。驚愕の表情があり、彼はクッキーをそこへ置くといきなりレジの向こうへ走り出て行ってしまった。
あたしは追いかけた。必死になって追いかけた。男性はスーパーを出て路地から駅の向こう側の公園の方向へ走り、滑り台の向こうへ消えた。あたしが滑り台へたどり着く頃には、あたりは何事もなかったかのように静まりかえっていた。

アパートへ戻るとトモが、ジングが先に帰っていた。疲れ切ったあたしを見て、彼は優しく日本語で声を掛けた。あたしが疲れた様子の時はいつもそうだった。今思い返せば彼自身は精神を病んでいたから、彼の方が疲れていたはずだ。でも、あたしは彼に甘えることしかできなかった。
「どうしたの?」
あたしは素直に、パパかもしれない人を見掛けたと打ち明けた。駅の向こう側の公園と聞いて、彼は顔色を変えた。
「サーコ、あそこは、ダメ。近寄っちゃいけない」

それは19日の土曜日だった。
トモと都心のラブホテルに行った帰り道のことだった。電車が駅に着いた。あたしはここで買い物をしたいと申し出た。彼は先にアパートへ帰ると行ったので一旦別れた。
隣接するデパ地下で肉まんを2個買い、自分の鞄にしまい込んで家路に着いた。駅前の商店街を抜けようとして、横断歩道で立ち止まる。ふと、向こうから渡ってこようとする人を見て目が釘付けになった。よれよれの古着を着込んだパパが、空き缶を袋にたくさん詰め込み抱えていたからだ。
パパに気づかれないよう、そっと後をつけた。辺り一面が暗くなり始めた。パパはひたすら公園を目指している。滑り台を過ぎて大きな木の木陰で彼は立ち止まり、袋を下ろした。潰れた空き缶があちこちに散らばりカランカランと軽い音を立てる。しばらく黙って眺めていた。
気がつくと浮浪者が数名、近寄ってきていた。
「こらお嬢ちゃん、ここへ何しに来たん?」
あたしは立ち竦んだ。夕暮れが一段と迫っている。浮浪者の集団は徐々に近付いてきた。
「なあ、お金ある? ちょいでええさかい恵んでおくってみぃ。それにあんた、柔らかそうな身体しているなあ」

 

3-2.ジング氏、DARCに連絡する

 

身体が硬直したその時だった。
「サーコ!」
滑り台の影から誰か走ってきた。ジングだ! 彼はすぐあたしの隣に来て後ろ手にあたしをかばい、テコンドーの構えを取った。ちっと舌打ち声が響き、たちまち集団は去って行った。ジングは構えを解除した。そしてあたしに言った。

“여기는 오면 안 된다고 했잖아요?“
ヨギヌン オミョン アン ドゥェンダゴ ヘッジャナヨ?
(ここへは近寄っちゃいけない、といいましたよね?)

“미안해요.“ 
ミアンヘヨ. 
(……ごめんなさい)

あたしはまだ震えながらトモに頭を下げた。ジングは帰ろうと促した。あたしは振り返って大きな木を見たが、そこにはもう誰もいなかった。あたしは声を震わせ、ジングに訴えた。
「ここに、パパがいたの」
トモは、ジングはその場でしばらく考えていたが、やがてスマートフォンを取り出して誰かと会話を始めた。そして5、6分経って、あたしに替わった。
「こちらは大阪ダルクです。比嘉さんですか?」
あたしは相手の声にそうですと答えた。ダルク(DARC)というのはこの場合、アルコールその他依存症の方々が形成する断酒会組織を指す。ダルクの係員は続けた。
「その公園にいらっしゃる方のうち、何名かはこちらへ登録いただいています。そのうち1名、沖縄らしい名前の方がいらっしゃるのですが。お父さんのお名前を教えていただいてもよろしいでしょうか?」
「父はイラミナ・アツシです」
ああ、と係員は答えた。
「わかりました。今度、イラミナさんご自身にその旨お伺いします。ひょっとしたら、先方は比嘉さんとの面会をお断りする可能性がありますが、よろしいでしょうか? では、キムさんには後日、こちらからご連絡します」
あたしはスマートフォンをトモに返して、彼に礼を言った。彼は係員と二、三やりとりをして電話を切った。

“그 DARC 대표가 우리 교회 신도에요. 혹시 몰라서. “
グ ダルク  デピョガ ウリ ギョフェ シンドエヨ. ホクシ モルラソ.
(そのダルクの代表がうちの教会員なんです。ひょっとしたら、と思って)

そうなんだ。教会というのは依存症の方々を助ける社会的役割も担っているんだ。知らなかった。ジングはあたしをせっついた。

“자, 이제 가죠. 지금은 DARC의 연락을 기다리는 수밖에 없어요.“
ジャ, イジェ ガジョ. ジグムウン ダルクウィ ヨンラクウル ギダリヌン スバクエ オブオヨ.
(さあ、帰りましょう。今はダルクからの連絡を待つしか無いです)

20日は日曜日で、トモは、ジングはいつものように礼拝へ行った。あたしはリャオさんの電話を待った。
10時。電話が鳴る。登録した電話番号がリャオさんであることを知らせる。
「もしもし、サーコ?」
いつもそうだ。彼の声を聴くと涙が溢れて止まらなくなる。やっとのことであたしは切り出す。
「パパを見つけたの。でも、パパはあたしを避けている。話をしたいけど、拒否されるかもしれない」
話が急過ぎたようで、リャオさんは戸惑っている。トモがダルクへ掛け合ってくれたことも含め、噛み砕いて説明し直す。ひととおり語り終えた後、リャオさんは口を開いた。
「率直に言って、面談断られる可能性が高いかもしれない」
やはりそうか。あたしもそう思う。
「言葉は悪いけど、お父さん、ホームレスなんだよね? サーコとさつきさん捨てて、不倫相手と逃げて、養育費も送金せず行方不明になってた。そうだよね?」
そう。リャオさんには15の時に話したことがある。あの時、あたしは泣きながら餃子の皮を包んで、リャオさんに励ましてもらった。あの時からリャオさんは今も全く変わらず親身になってくれてる。
「お父さんにしてみたら、サーコに合わせる顔がないと思っているはず。ところで、サーコはもし面談できたら、何を伝えるの?」
はたと考える。今更パパを責める気はない。どこでどうしていたか尋ねても、パパは話さないだろう。かと言って、パパを助けることはおろか、寄り添う気力も今のあたしにはない。そうしたらジングに迷惑をかけてしまう。

トモによい影響を及ぼさないであろうことは、リャオさんも同意した。
「トモは自分の事で手一杯のはず。彼の病状について情報は?」
あたしは、あの事件について語った。

 

3-3.暴走老人

(image: Photo by Ray Reyes on Unsplash)

水曜日の夜、心療内科で診察を終えたジングは停留所で枚方行きのバスを待っていた。屋根があり周りを見渡せる窓付の壁がベンチを囲んでいるから、寒い日にはありがたい待合所のはずだった。
ところが、その日は違った。70歳代と思われる男性がぷかぷかタバコを吸ってベンチに座っていたのだ。喫煙禁止のマークが2枚も貼られていて、しかもバス待ちの人の中には幼い子供たちも混じっている。それなのに、この年配の男性はタバコをくゆらせている。
トモは、ジングは、男性に注意した。とても丁寧な日本語を使った。しかしこの年配者はタバコを踏み付けトモを睨んだ。
「ポスターが貼られてるさかい何なんや? 自分はワシを警察へ連れて行って裁けるほど強いんか?」
どう考えても理不尽な言いがかりでしかないが、更にこの‘暴走老人’は立ち上がり、トモに詰め寄って左耳の補聴器を指差した。
「韓国人やな? 在日か? 日本人でもあらへんのにこの国で正義感振りかざすんか? ほお、そうか、耳が悪いんやな? やさかいワシの言うことわからへんねんな?」
そう言って補聴器に手を伸ばしてきたから、トモはとっさに老人の手を払った。老人はバランスを崩し倒れた。ジングはちゃんと老人を助け起こしたのだが、逆ギレした老人は警察を呼んだ。
一方的な事情聴取が行われ、ジングが枚方のアパートに帰ってきたのは21時を回っていた。あたしは冷え切った彼の身体を玄関口で抱きしめて泣いた。

ひととおり聴き終えると、リャオさんは呟いた。
「サーコはしばらく動けそうにない、か」
未来に希望が見出せない。全てがこんがらがった糸のようだ。
「言いにくいけど、絡んだ糸は切った方がいいかもしれない」
リャオさん、それしか方法はないの? すると彼は言葉を継いだ。
「サーコが大阪に居続けて、事態が解決するとは私には思えないんだ」
そうかもしれない。あたしは、何の力も持ってない。でも。
「沖縄にはまだ帰れないよ」
あたしはようやくそれだけ言った。
「このままジングを放っては置けない。もう少し、頑張ってみます」
電話の向こうでリャオさんはため息をついた。
「あまり無理しないでね?」
あたしは、来週の日曜日も電話をしてとお願いして、電話を切った。

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付記:ストーンズの動画リンク一覧についてはこちらcheckしてください。

 

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小説「わたまわ」を書いています。

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当小説ナナメ読みのススメ(1) ×LGBT(あらすじなど) /当小説ナナメ読みのススメ(2) ×the Rolling Stones, and more/当小説ナナメ読みのススメ(3)×キジムナー(?)