父の意識が戻らないまま、



3月ももう終わらろうとしていた。







母は相変わらずつきっきりで父の看病をし、



長女は福岡から、毎日仕事が終わると顔をだした。







うっくんは、入社前の勉強もあり、



ギリギリまでバイトを入れていたこともあり、



正直くたくただった。









入社式の日、



早めにアパートを出て、病院に寄った。







「おはよう。今日からいよいよ仕事だね」






「うん。」





「時間は大丈夫?」





「うん、大丈夫。早めに出たから。」









廊下でばったり会った母と話した。









父の病室に入る。











父は相変わらず静かに天井を見つめていた。











「お父さん。今日から仕事だよ。



お父さん?ありがとう。



うっくん、一生懸命頑張るよ。



辛いことがあっても、辞めずに頑張るね。





だから、



お父さん、一緒に頑張ろうね。」



















入社した会社は、



とにかく忙しい会社だった。





入社してたった3日間の研修しかなく、



すぐに辞令のあった部署に配属になった。







うっくんの同期はもう一人ユミちゃんというかわいらしい女の子だった。











配属の初日。





二人で緊張しながら、IT課に行く。







新人に気づいた先輩たちが、



席を立って、ウヨウヨと集まってきた。









「きょ、今日からお世話になります。ゴトウです。」



「お、お世話になりますヤマダです。」










「ども。ま、がんばって。。パー












ササーーーーっと席に戻る先輩達。

















早っ!!!( ̄□ ̄;)













インターネットという言葉が、



ようやく一般家庭に普及し始めたこの頃。



世の中は、アナログ回線から、



ようやくISDN回線へ移行する人が出てきた時代だった。









そんな時代に、ITの仕事をする人なんて、



(自分のことを棚に上げて)どーせ、



もっさいヲタク兄ちゃんたちしかいないんだろう







なーんて思って行ったのだけれど、



チャラチャラした人ばっかりの集団に唖然とした。













そして冷たい。















特にお姉さん方は、



そんな超ロングな爪でタイピングなんてできるのか!?







と驚くほどの、カラフルでド派手なデザインのつけ爪をしていて、



おまけに、制服のスカートは超ミニ。





ちょうど、ショムニの江角マキコ風にヤンキー風味をプラスしたような



チャラチャラのお二人だった。











怖すぎる・・・。











こんな人達とうまくやっていけるんだろうか・・・。













不安が募る。













うっくんは、チーフ(課の所属長)にだけ、



父の事情を説明し、



新人なのに、申し訳ないと思いつつも、



定時で仕事を上がらせてもらえることになった。













本来のIT関連の業務以外にも、



受注の電話がひっきりなしにかかってくるこの会社で



仕事をスムーズに運ぶのは容易なことではなかった。







定時で終わらせてもらうからには、



与えられた仕事はもちろん定時までに終わらせないといけないし、



ユミちゃんに置いてかれないようにがんばらないといけない。







デザインなんて学んだこともないし、



趣味でも、画像処理ソフトなんて扱ったこともない。

(FLASHはやっていたけど)







当たり前だけれど、



すべてが初めてのこと過ぎて、



電話のマニュアルを覚えるだけでも、



てんやわんや。









新人歓迎会も欠席したため、



飲ミュニケーションでうち解けたユミちゃんと違って、



いつまでも馴染めないもどかしさもあった。











怖いお兄さん、お姉さんたちに、



時には冷たく叱咤されながら、



父の看病と仕事と勉強と・・・







発狂しそうな毎日を過ごした。







「お父さんもがんばってるんだから」





と毎日思った。









会社から、病院へ向かう途中にコンビニに寄って、



母と自分の分の夕食を買う。







病院に行き、



病室で、母と二人、夕食を食べる。



食事中も、



しょっちゅう、父の心拍モニターの





「ピローンピローンピローン」



という警告音がなるため、



父の様子をみたり、タンをとってあげたり、



ナースさんを呼んでバタバタしてみたり。









ゆっくり食事をしたことはなかった。









暗い病室で、勉強しながら、



父の様子を見て、



その間、2~3時間ほど、



母は病院の待合室で眠ったりしていた。







そんな日々を過ごして、



2週間が経った。









父の容体は、



なんとなくだけれど、



徐々に悪くなっているように思っていた。









父は、それでも一生懸命に生きようとしていて、



心拍数が150を超えたりすることも珍しくなかった。





それだけ心臓に負担を掛けているということ。





辛かった。









母は、人工呼吸器で生きている父が、



すごくつらそうで、



今まで一生懸命頑張ってばっかりいたから、



もう楽にさせてあげたい。





私たちのエゴで、



お父さんに、もうこれ以上辛い想いをしてほしくない。







とうっくんに言ったことがあった。







うっくんは



お父さんは、それでも生きようってがんばってるんだから、



私たちがそんなに弱気になってどうするの?







と言ったけれど、



やっぱり、父の息が荒くなって、



心拍数が、異常なほど早くなっているのを見ると、



何時間も全力疾走してるのと同じなんだから、



たしかにお父さんは辛いだろうな・・・







と思う自分もいないわけではなかった。











「延命」するか、しないかの選択、



家族にはとても難しい問題だった。







それでも、父が頑張ろうとしている限りは、



ただ、自分たちはできることをするだけだ。







という気持ちだった。











そんな状態だったので、



母方のおじいちゃんとおばあちゃんが、



父の様子を見に来てくれた。







遠くから来ていたので、



うっくんのアパートに2泊の予定で来ていた。







父の様子を初めて見たおじいちゃんとおばあちゃんは、



言葉を失っていた。







「はよぉ、良ぅならんとなぁ・・・

がんばらんと、なぁ・・・」








おじいちゃんは、父に何度もそう声を掛けていた。





目にいっぱいの涙を浮かべて。















それからさらに2週間ほど経った、



5月1日。











仕事中に携帯が鳴った。







母からの電話だった。

















心臓が、バクバクと音をたてた。







携帯を握りしめて、席を立つ。















「・・・はい?」







「・・・・・・うっくん?」











母の声を聞いて、



覚悟が必要な話なのだと悟った。









「・・・お父さん?」







「・・・ん?お父さんはね、大丈夫なんだけど・・・



おじいちゃんが、今朝、亡くなったんよ・・・」







「・・・え?」














突然の話すぎて、理解するのに時間が必要だった。









ついこの間、父のお見舞いに来てくれた時は、



とっても元気だったのに・・・。



うっくんの真っ赤なロードスターを気に入ってくれて、



どこに行くにも、うっくんの助手席がいいと言ってくれたおじいちゃん。

















人っていうのは、なんと儚い生き物なんだろう。









おじいちゃんのところに向かうため、運転しながらそう思った。















数時間後、





おじいちゃんの家にみんなで向かった。







長女だけが、父のところに残ることになった。











半信半疑のまま、おじいちゃんのおうちに入る。









座敷に、おじいちゃんが寝ていた。















「おじいちゃん・・・」







お昼寝しているみたいな、安らかな顔だった。







組まれた手を握ると、



もうすでに冷たくなっていた。







人は死ぬと、こんなに冷たくなるんだな、



と思った。











お葬式が終わり、



父の病室へ向かった。









父は、相変わらず天井をじっと見つめたまま、



ベッドに寝ていた。







姉と母が席を外し、



父と二人きりになった。







ベッド脇にあった、椅子に腰かける。















父の胸に抱きついた。







お父さんのにおい。

















心臓に耳をあてる。









ドクッドクッドクッドクッ







動いている。







お父さんの心臓、動いてる。







元々、めちゃめちゃ細い父の、



もっと細くなった身体。





病気をして、一回り小さくなった身体。









だけど、





あったかい。





血が、流れてる。





心臓が、動いてる。











おばあちゃんのお腹の中で動き出したこの心臓は、



58年間、休まずにせっせと動いている。







ちょっとポンコツだったかもしれない。





でも、ちゃんと動いてる。













当たり前のことは、



なんという奇跡でつくられているのだろう。









人の身体は、



あんなにも儚いけれど、



こんなにも力強い。







どうか、









どうか、







動き続けてください。



















おじいちゃんの冷たい手を思い出しながら、



父の、その温もりがすごく愛おしくなって



心から、そう願った。











火葬されて、固い木の箱に入れられたおじいちゃんを思い出した。









おじいちゃんに触れることは、もうできない。









延命でもいい。



エゴでも、ワガママでもいい。



会話ができなくてもいい。





お父さんの眉の形、



目、



鼻、



ひげのはえ方、



ゴツゴツした固くて細い手、



細い二の腕、







そして温もり。









今、こうやって確かめることができる。





それが生きているということ。





最後まで頑張って欲しい。





まだまだ触れていたいし、



目の前にいて欲しい。



写真の中の人にならないで欲しい。















おじいちゃんの死を目の当たりにして、



初めて、死と向き合った。







人それぞれ、答えは違うだろうけれど、



うっくんは命ある限り、



延命でもいい。





大切な人には、ずっとそばにいて欲しい。







そう思った。
次の日も、



父がこちらの呼びかけに反応することはなかった。



ただ、じっと天井を見つめている父。











朝、目覚めたら、



父の意識は戻っているんじゃないか、



と思っていた。







これが現実だった。









泣き叫ぶ母にイライラした自分を恥じた。





あんなに酷い痙攣の状態で5時間も放置した医者を擁護した自分を恥じた。









物分かりの良いフリして、



ただ、現実を受け入れきれていなかっただけだった。









初めて、



父の意識は、もう戻らないのだ と思った。















人工呼吸器の、



シュゴーーー シュゴーーー





という音と、



心拍モニターの、



ピッ ピッ ピッ ピッ





という音だけが、



静かな病室に、規則的に響いていた。













「お父さーん?今日はすっごく天気よぉ~♪

海もこっからきれいに見えてるよぉ~♪」








母は、ニコニコしながら父に話しかけている。









昨日、あれだけ大騒ぎして、



あれだけ号泣していた母は、







今日はこんなにも穏やかに父に話しかけていた。









母の強さを思った。





















そういえば父が、定期健診に来て、



うっくんと二人で食事に行こうと歩いていた時、







「お母さんのすごいところはさー、



その人を、まるごと受け入れられるところなんだよなぁ~。



相手が、目が見えないとわかれば、



自然にその人の目になれるし、



相手が、耳が聞こえないとわかれば、



自然に会話にジェスチャーを加えて、



手話も出来ないのに、相手と普通に会話ができる。





お父さんの親戚には耳が聞こえない人が多いやろ?



お母さんがいてくれて助かってるよ。」









父の、亡くなったお兄さんも、父のいとこのおじさん、おばさんも、



耳が聞こえない。



そのうえ、このおばさんは独り暮らしだ。







母はしょっちゅう、おばさんの家に様子を見に行っていて、



話し相手になっていた。







そのおばさん自身も手話ができないし、



おばさんの身近な人も手話ができないし、



もちろん母も手話はできない。



でも、



なかなか周りと意思の疎通ができなかったこのおばさんの、



唯一の話し相手は、母だった。







愚痴を聞いてあげたり、世間話をしたり。







うっくんもこのおばさんと母の会話を



傍で何度も見たことがあるが、



真剣に見ていても、さっぱりわからない。







でも、母はその辺で井戸端会議をする主婦の感覚で、



そのおばさんを見かけると、



いつも話しかけて長話していた。









どんなに忙しい時も、



おばさんの家の近くを通ると、



ついでに様子を見に行って、



たくさん話を聞いてあげていた。









地域の人にいじめられてる話とか、



おばさんの兄妹の嫁さんにいじめられてる話とか・・・。



あそこのお店の、あの食べ物が最近のお気に入りだとか、



この間、あそこの○○さんが、病気して大変だった話とか。





















「お母さんにとってはさ、



”違い”なんて、まったく関係ないんだよなー。



その人自身しかみてないんだよなぁー。



まるでその障害自体に気づいてないんじゃないか、



っていうくらい、自然なんだもんなぁー。」








父が言った。







「お母さんは、あのおばさんと、



いつから話せるようになったん?」








「ん?



嫁に来た時からああだったよ。





あのおばさんに初めて会わせた時、



お父さんは、おばさんが耳が聞こえないって言ってなくてさ、



お母さんは知らずに挨拶したんだ。





おばさんはまったくしゃべれないからさ、



ニコニコして頭下げるだけで、何も言わなかったんだ。





そしたら、お母さんは言葉にジェスチャーを加えてしゃべりだした。







おばさんもニコニコしながら話だしてさぁ。





おばさんがあんなにおしゃべり好きとは知らなかったし、







びっくりしたなぁ~。





小さい頃から一緒に育ったお父さんだって、



あのおばさんとあんなに話せたことなかったのになぁ。」














父の、あの時の誇らしげな顔と、



今、目の前でニコニコしながら父に話しかけている母の姿が



オーバーラップした。















こういう姿に惚れたってわけか・・・。











と、なんとなく思った。















完全看護の病院だったけれど、



母は、看護師さんに頼みこんで、



ずっとつきっきりで、父のお世話を始めた。







タンを取ったり、



床ずれ防止のために、身体の方向を変えたり、



関節が固くならないように、



足や腕や指を曲げ伸ばしするリハビリをしたり。



歯磨き、



身体拭き、







看護師さんの手を借りながらも、



母はすべて自分でしたいと言って、



一人でやっていた。











昼間は睡眠とお風呂のために、



うっくんと交代しながらだったけれど、





一時も離れたくないようで、



その時間もわずかだった。















もしも自分が結婚して、



パートナーが病気をした時、



うっくんも、こんな風にできるだろうか・・・?







と思った。













9歳の年の差で、



年上の父にものすごくベタベタの甘えん坊な母が、



すごく凛としていて、



父の世話をする姿は、かっこいいな、







と思った。

































そして、







卒業式。

















朝から、ドレスを着て、美容院に行った。



(うちの学校は、袴、着物よりもドレスの方が多かったです)









そして、病院に立ち寄った。











病院には似つかわしくないその派手な格好で、



父の病室に入った。











母はどこかに行っているらしく、



そこには父だけがいた。













「お父さん。今日、卒業式なんだよー」

















「・・・4年も大学に出してくれてありがとう。」














シュゴーーーシュゴーーー



という音と、



ピッ ピッ ピッ ピッ という心拍の音。











「・・・お父さん・・・ごめんね?



うっくんが大学に行かなければ、



もっとマイペースにゆっくり仕事できたかなぁ?



無理させてごめんね・・・。」










握った父の手は、温かかった。









クレヨンしんちゃんを観ながらでもいい。



あの時、ちゃんと伝えればよかった。







卒業式なんて待たずに、



ちゃんと感謝の気持ちを伝えておけばよかった。







それを言った時の、



父の照れた顔が見たかった。

















「じゃ、お父さん、行ってきます。」











病室を出ると、



母がいた。









「あら、うっくん綺麗にしてもらったね♪

気をつけていきなさいよ。」





「うん!いってきまーす♪」














卒業式へ向かった。









来賓の長い長い祝辞を聞きながら、







うっくんがもっとしっかりしていれば、



うっくんがもっとちゃんと良い子に育っていたら、



お父さんはうっくんを大学に行かせようと思わなくてもすんだかもしれないなぁ。





そしたら、







お父さんはまだまだ元気に、のんびり仕事をしていたかもしれない。







心臓が悪かったのなら、



本当はきっと、体調だって悪かっただろうに・・・。







お父さんのありがたさもわからず、



大学に行かせてもらっているありがたさも忘れて、





ロクに大学も行かず、



バイトばっかりして、





うっくんはこの4年間、何をやっていたんだろう・・・。









4年間という、



きっと父と母にとっては、



長すぎるその月日を、



うっくんは無駄に過ごしてしまったのではないか、







そう思うと、後悔の念が次々に押し寄せてきた。













せめて、











せめて、せっかく受かった就職先では、





「大学に行かせてもらったおかげです」





と言えるような仕事をしよう。





胸を張って、父にお礼を言えるように、





できることを精一杯がんばろう。









そう思った。

思いもよらない知らせが入ったのは、



次の日の朝だった。







歩行訓練の初日ということと、



昨日、父が「ぼく」と言ったことで、



母は気持ちが高揚してあまり眠れなかったらしい。







朝早くから、病院に行く準備を始めていた。







うっくんは、連日の寝不足のため、



目は覚めているけれど、起きあがれずに、



身支度している母をベッドの中で、







「んもぉ~~~~!むかっ



もう少し寝せてよぉ~~~~~(泣)



どうせお父さんのリハビリも午後からなんだし、



もう少しゆっくりいいじゃぁ~~ん・・・。DASH!



あさからガサゴソうるさいよぉ~~~・・・しょぼん










と、イライラしながら見ていた。







なんだか、起きあがる気分もしないし、



朝から眠いのと疲労とでイライラが激しかった。









昨日はあんなにテンションあがったのに、



緊張の糸がプッツリ切れてしまったかのように、



無気力で、何もしたくない気分だった。











そんなうっくんをたたき起すかのごとく、



けたたましく、自宅の電話が鳴った。









時計はまだ朝の7時過ぎ。











一瞬、母の表情がこわばる。











母は恐る恐る受話器を取った。















「へ・・・?

は・・・はぃ・・・はぃ・・・」









母の声は、声にならないような声で、



小さな悲鳴にも似た、



おかしな返事をしていた。







口を覆っている母の手が震えている。









一瞬で悟ったうっくんは、





バタバタと出かける準備を始めた。











う・・・



うっくん・・・



うっくん・・・



うっくん!!!!










「わかってるから、落ち着いて!お母さん。



病院に行かなきゃなんでしょ?」







「お・・・お父さんが・・・お父さんが・・・お父さんがあせる





「わかったから!!」





「どうしよう、



お、お父さんが



おとうさんがぁ~~~~!!!」












うっくんは、サッと着替えて、



車のカギを取った。







「お母さん、行こう!!!」







ハッと我に返ったように、



母は、荷物を手にして、サッとアパートを出た。









縦列駐車で停めていて、狭ーーーいところから、



バックで出ていくこの駐車場。







「もーーーぅ!!



なんでこの駐車場はこんな変な形してるのよ!



パパッと出やすくしてくれてたらよかったのに!」








駐車場につっこむ母。







「・・・。」





「うっくん!もたもたしないでよ!」





「わかってる。」














駐車場から公道に出る。













「うっくん!飛ばして!!!」





「わかってる。」





「速くぅ~~~!もっと速くぅ~~~!!」





「わかってるってば。」





「もっと飛ばしてよ!」





「てかもう90kmも出してるって!!」





「もっと出していいから!」





あんたに何の権限があるわけっ!Σ(゚д゚;)





「もうむかっちょっと黙ってよ!

集中してんだからプンプン










イライラ・・・。











もちろん一般道路。













その時間帯は、朝の通勤時間。







車の間を縫うようにして、





右へ左へ車線を変更しながら、





かっ飛ばしていた。











一般の車でも、『超急いでる人のレーン』ってのを作ったり、



パトランプみたいなのをのっけて、



『家族が危ないんです!急いでます!!』とかマイクで言って、



緊急車両にできるようにすればいいのに!!!







イライラしながらそう思った。









峠を攻めていたテクニックがこんなところで役に立つなんて思わなかった。









バカな飛ばし方をしているなんて、



そんなこと百も承知だったけれど、



そんなことを思って、



飛ばすのを止めれるほど冷静ではなかった。









赤信号で停車する







「うっくん!信号なんて無視してよ!!!」





「さすがにそれはできないよ!」





「もう、なんだっていいんよぉ~~~。

あんたが警察に捕まったってお母さんはどうでもいいんよぉ~~~。

お父さんのところに今すぐにでも行ってあげたいだけなんよぉ~~~」







母は号泣しながら訴える。







「そんなムチャクチャな!!

この通勤ラッシュの時間に80~90飛ばしてるだけでもムチャクチャやってんのに!」





「うっくんはドンくさい!

もっと運転上手になりなさい!!!



も~~~う!役立たず!」







「てか、うっくんだからこんだけ飛ばせてんだって!

お姉ちゃんたちより絶対マシ!」







「遅い!!」










なぜか車の中でケンカ。









イライラ・・・。









この時間帯にこれだけかっとばしているだけでも、



かなり気持ちが高ぶっているというのに、



なんてむちゃくちゃな母親だろう。













またイライラ。















渋滞に引っかかった。







「あーん!もう!!!むかっ

お母さん、走って行った方が速そうね!

もーーーーう!

なんでこんなに車が多いの!!!

うっくんどうにかしなさいよ!!」







「こればっかりはどうにもできないよ!」







「何キロ続いてんのよ!」





「わかんないよ!仕方ないじゃん!!」





「クラクションならしなさい!」





「変な人だったらどうすんの!?

からまれたらそれこそ時間くっちゃって行けなくなるよ!?」







それは警察に捕まっても、事故っても同じこと。



この期に及んでバカな会話をする親子。









パッパッパーーーー!!!











こやつ、ほんとに鳴らしやがった!!!( ̄□ ̄;)!!











「もーーーーう!お母さんなにやってんの!むかっ







「あ、ほら、あけてくれたじゃない!



行きなさい!ほら、うっくん!



入れてもらいなさい!!!」









”すみませーーーんあせる





と頭を何度も下げながら、入れてもらう。









・・・以後繰り返し・・・(T_T)











超迷惑車両になりながら、



道を譲ってもらっていたら、



なんとか渋滞を抜けた。









母とケンカしている間に、



なんだか妙に冷静になっているうっくんがいた。













「ところで、病院からなんて言われたの?」





「お父さんの容体が悪くなったから来てくださいって。」





「それから?」





「それだけしか聞いてない。」





「そう・・・。」
















ようやく病院に到着した。



連絡をもらってから1時間以上経過していた。







「お母さん!先行ってて。

うっくんは駐車場に車入れてからあがってくるから。」







そう言って、正面玄関の前で母を降ろし、



駐車場に向かった。











熱が出たとか、



ちょっと嘔吐したとか、







どーせそんな程度だろう。









どこかでそう思っているうっくんがいた。































大部屋に行くと、



昨日まで父のいた場所は、



ベッドがなくなっていた。







同部屋の人が、



「お父さんは別の部屋に、今朝移されたよー・・・」







と元気なくいった。















・・・そんな・・・



















ナースセンターで部屋を聞こうと思っていたら、





遠くで大騒ぎする母の声が聞こえた。











ドキドキ・・・? 違う。



胸騒ぎ・・・? 違う。











無心。











何が起きているのか、さっぱりわからなかった。

















部屋を覗く。









「お父さん!お父さん!!!



誰か!!! どうにかしてくださいよ!!!



どうにか!!



なんで!?





どうしてこんことになってるんですか!?





先生は!?



どうして先生はいないの!?」









床にへたりこんで、



大声を上げて大騒ぎしている母の向こうには、









ドシン ドシン!!ミシ!!ミシ!!!







という大きなベッドのきしむ音を立てながら、



ものすごく大きな全身痙攣をしている父の姿があった。















何が起こっているのかさっぱりわからない。













うっくんは大騒ぎすることもなく、





母をなだめることもなく、









ただその場に呆然と立ち尽くした。









「すみません。先生が来てから説明しますので。」



「だからその先生はいつくるんですか!?」





「私たちも連絡してるんですけど、

先生は今日、午後出勤で・・・」





「こんな状態の患者を何時間も放置するつもりですか!?」





「先生には電話で指示をいただいて、

その通りに処置を行ってますから。大丈夫です」





「何が大丈夫なんですか?

この姿を見て、何が大丈夫なんですか?

ちゃんと説明してくださいよ!

どうして!?

お父さん、昨日まであんなに元気だったじゃないですか!!!



どうして!?」







看護師さんと母がバトっている。















目の前で、



目を見開いたまま、ベッドの上で浮き沈みしながら



大きく痙攣しているその姿は、



もはや、うっくんの知る、父の姿ではなかった。









まるで夢でもみているような、





人ごとのような、









何も感情がわかない。









悲しみとか、



怒りとか、









当たり前に湧いてきそうな感情が、







うっくんには、何一つ湧いてこなかった。











ただただ、







目の前のこの光景が、



本当に目の前で起こっていることだと認識できないほど、







呆然とするしかなかった。















その状態のまま、父はそれから4時間放置された。















午後になり、担当医が現れた。





「鎮静剤を打ちましたので、

そのうち痙攣は治まると思います。」








とだけ説明して、どこかに行こうとしていた。







「ちょっと待ってください!」





呼びとめる母。







「後から説明しますので」








と逃げるように去ろうとする医者。









「ちゃんと説明してください!!!」











押し問答の末、



別の部屋で、医者の説明を聞くことになった。







「今朝、新たに脳梗塞を起こした影響です」











「じゃあ、どうして早く処置をしてくれなかったんですか?



朝、連絡をもらったのは7時だったんですよ!?



今何時だと思ってるんですか?



あの状態を見て、先生は何も思わないんですか!?



あなたの家族でもそうしてましたか!?」







そう大騒ぎをしている母を見ると、



妙に冷静になる自分がいて、







「お母さん、落ち着こう。

ちゃんと先生の説明聞こう?」








と、母をなだめることしかできなかった。







「これが冷静でいられる!?



お父さんのあの姿、あんただって見たでしょう!?



どうみても、普通の状態じゃないでしょう!?」







「お母さん、ちゃんと電話で指示受けた通りに看護師さんが処置したって言ってたでしょ?

先生だって、24時間先生なわけじゃないんだから・・・」








先生の前でケンカを始めるうっくんと母。











「いつもいつもこんなことがあるわけじゃないでしょう!!



いつもつきっきりでみてくださいなんていってないでしょう!!



ちゃんとこの状態を、わかっていたんですか!



わかってて、5時間も6時間も放置したんですか!!!」







「お母さん!落ち着いてよ、もう!!」












イライラした。









何がなんだかわからなかった。









取り乱した母の声が、



わけがわからなくてぐちゃぐちゃになったうっくんの頭を、



さらにシェイクしているようで、



すごくうるさく感じてイライラした。











大騒ぎする母をなだめるのに必死だった。















個室の、父のさっきいた部屋に戻ると、



父には人工呼吸器が取り付けれていて、



いっぱいの機械と、いっぱいの管が、



身体のあちこちに付けられていた。











「お父さん・・・」








号泣する母。







「大丈夫だってぇ・・・



すぐに治まる発作みたいなもんだって先生が言ってたじゃない。



またすぐに意識も戻って、元気になるよ。」










目を開けたまま、



人工呼吸器に繋がれてベッドに寝ている父に、











「ねー!お父さん♪」










と言った。











「・・・あんた、この状況がわかってんの?

お父さんのこの姿見て、わからないの?」








と冷ややかな目をしてうっくんを見た母は、力なく言った。













わかってるのか、



わかってないのか、







自分でもわからない。









明日になれば、父はまた笑うんじゃないか?





そう思える。











”あんなに泣いたけど、また一緒に、こんなに笑ってる”





と、また思えるんじゃないか、と思う。









泣いても、わめいても、



状況は変わらないのだから、



笑って信じていよう、と思う。











お母さんはすぐ大げさに物を言う。



お父さんのことになると、すぐ見境なくなるんだから。



お母さんが大騒ぎし過ぎなだけだ、と思う。













ただそれだけだ。









































だけど、





父が、笑うことはもうなかった。