父の入院中、



うっくんは、朝早くから夕方まで病院にいて、



バイトに行って夜中に帰ってくる・・・という生活を続けていて、



さらには、



就職先から、入社前の課題の分厚い本が届いていて、



その予習もしなければならず、



正直、かなり疲れていた。









だけれど、父は、



家族の期待に何としても応えなければ!



と言わんばかりに、



すごくリハビリも頑張ってくれ、



みるみるうちに元気になっていた。





それだけが、うっくんの頑張る源だったと思う。







当時福岡に住んでいた長女も、



I市に住んでいた二女も、



週末には病院に来ていたので、



みんなで和やかに過ごしていた。









入院から約1カ月。













担当医から、





「明日から歩行訓練をしますので、

ジャージと運動靴を用意してください」






という話があり、



みんなで飛び上がって喜んだ。







担当医の説明によれば、



歩行訓練が上手くいけば、



あと1週間から10日ほどで、一応退院して、



通院のリハビリに切り替えるようになるでしょう。







とのことだった。









母、長女、次女が、



ジャージと運動靴を買いに出るというので、



うっくんは病室に残って、



父と一緒に過ごした。











父は自分から発言できないだけで、



こちらの言っていることは全て理解していたので、



クレヨンしんちゃんを見て、一緒に笑った。







「クレヨンしんちゃんってほんと生意気なガキだよねぇ~!」





と父に言ったら、





父は、顎でうっくんをさした。









「え?お前みたいって!?(笑)」







「うん、うん。」



と父がニヤニヤしながら頷く。











父と一緒に笑った。















買い物を終えた3人が戻ってきた。







父は明日からのリハビリのことをまだ知らなかった。











「ほーら、お父さん、見てみて?」







買ってきたジャージを袋から出して、



母が父に広げて見せた。









あ!!ヽ(*'0'*)ツ





という表情をして、



ニコニコした。









そして、















「ぼくの。」

















!!!!












みんなで顔を見合わせた!









「お父さん、”ぼく”っていったぁ!!

良かったね~!

お父さん、思い出した!?

そうそう!

自分は”ぼく”でいいんだよ!!!」








父は”俺”よりも、”僕”と自分を言うことが多かった。





自分の呼び方がわからなくなっていた父が、



”ぼく” と言えた。









本当に本当にうれしい瞬間だった。



















そうだ。











大事なことを忘れていた。











父が入院したあの日、



担当医に、もう歩けないと言われ、



父は自分の名前も家族の名前も忘れ、









絶望した。











だけど、



人間、生まれてきた時は、



みんな何もできないじゃない。







「これから成長するから」



「これからなんでもできるようになるから」





なんて、そんな理屈関係なしに、











ただそこに生まれてきてくれたことに感謝し、



ただそこに存在するだけでとてもうれしい。











それが人間なのだ。



それが命なのだ。















生きてくれているだけでいい。





そして、また一つ、一つ、





みんなで成長していければいいんだ。





新しい自分たちで生きていけばいいだけ。















一緒に笑い合えるって、



すごく贅沢な時間の過ごし方なんだ。



















「ぼくの。」







ただ、その一言だけで、



こんなにも嬉しかった。















その日、



長女と次女は自分のアパートに帰り、



うっくんと母は、うっくんのアパートに帰った。











明日からの歩行訓練は、



父にとって、すごく辛いに違いない。









だけれど、



父の驚きの回復力を見て、



きっといつか、歩けるようになるだろう







そう思うと、





辛いリハビリを控えている父には悪いけど、



ワクワクしてテンションが上がっていた。









母も、久しぶりに心から笑顔で、



そんな母を見れたことがすごく嬉しかった。











うっくんも母も、興奮冷めやらぬ感じで眠りについた。













卒業まであと1週間。









卒業式の日には、



照れくさいけど、ちゃんとお父さんにありがとうと伝えよう。









そう思った。
父の入院から数日、



驚異の回復力で、



父はあっという間にICU→個室→大部屋へと移った。





個室にいる間、



忘れてしまった単語を、



少しずつ思い出すリハビリをした。







父が最初に思い出したのは、



二女のニックネームだった。







教員試験になかなか合格できず、



臨時採用で教員をしていた二女を、



父は一番心配していた。







他の家族の名前は、



こちらが言えば頷いて「知ってる知ってる」という感じだった。







カラフルなボールを使って、



色を思い出すリハビリなどもした。





このボールはその時使っていたもの。









電波系少女が普通のアラサーになるまでにあったできごと-DVC00101.jpg
 





















大部屋に移った日、



病棟も変わった。













面会用の大部屋に行くと、



そこに意外な人物がいた。





















「あれーーー?つっちー。

どしたの?誰か入院してんの?」








最近、忙しくて会っていなかったつっちーだった。











「おー!久々やな。

母ちゃんが手術してさ。」





「え!?おばさん、どしたん!?」





「腹にできもんできてさ。」





「できもんって・・・」





「手術で切ったからもう大丈夫なんだけど。」







そう話していると、







「あら、うっくんちゃん」







向こうから、つっちーのお母さんがゆっくりと歩いてきた。









「大変でしたねー!

知らずにお見舞いにも来ず、すみません。

今手術したって聞いて、驚いたんですけど、

顔色もよさそうで、安心しました。」







「そうなんよぉ~。もう、びっくりでぇ。

でも、おかげさまでもう元気よぉ~。

いつもヒロと仲良くしてくれてありがとう。」







「いえー!私がヒロくんに遊んでもらってばっかりでぇ~。

迷惑かけっぱなしですw」









つっちーは、ニヤニヤしながら、



おばさんとうっくんのやりとりを近くで聞いていた。







おばさんは、他のお見舞いに来ていた人と、



遠い席に移動した。









「おばさん、もう退院できそうなくらい元気やね。」





「あ?うん。もう退院する日も決まってて。」





「あ、そうなん?よかったねぇ。」





「お前そういや、もうすぐ卒業やな。」





「うん(・∀・)b」





「・・・なんかお前、毎日来そうやしw」









うっくんの就職先は、



つっちーのアパートの目と鼻の先で、



つっちーの仕事場は、もっと目と鼻の先だった。



ちょうど、つっちーのアパートとうっくんの就職先の中間地点に、



つっちーの勤務する車の修理工場がある感じなのだ。









「えへへ。そのつもりー!(笑)チョキ







「で?おじさんどう?」





「あ、知ってんだ。ひらめき電球





「うん。ひでから聞いた。

最近来んやん?つって。

したらそんな言ってたからさ。」






「うん!順調だよ。

退院も、そう遠くないかも!

今日大部屋に移ったんだ。



リハビリが必要だから、それ次第かなぁ。

体調はもう、ずいぶん良いみたいだから。」





「そっか。

ま、お互い家族は大事にしよーや。にひひ





「うん。だね!ひらめき電球





「卒業祝い、してやるけん。

今度、飲もうぜ」





「うん。連絡するね。音譜














まさか病院でつっちーに会うとは思っていなかった。







つっちーも大変だったんだなぁ・・・。





うっくんが泣いていた時、



つっちーも、もしかしたら泣いていたのかもしれない。











と思った。















それから数日、















お父さんは、右半身に、完全に麻痺が残っていたけれど、



片方を少し誰かに支えてもらうだけで、



もう片方の手でベッドの手すりにつかまって、



自力で立ち上がれるまでに回復していた。









入院した当初、先生から



「リハビリ次第で立ち上がることくらいなら、できるかもしれないけれど・・・」





と絶望的なことを言われていたけれど、



入院から2週間くらいで、すぐに立てるようになって、



家族みんなに笑顔が戻ってきていた。









そんな父のお見舞いから帰ったある日、



アパートのポストに、結婚式の招待状が届いていた。









女性側の名前を見る。









高校の時の親友で、陸上部の選手だった「るみ」だ。





















・・・え?











結婚相手の名字を見て驚いた。















そこにあるはず「月野」という名字ではなかった。















実は、



1年ほど前に、



るみと会った時、





「うっくん、実は・・・私、光と今つきあってるんだ。

・・・ずっと言いだせずにいたんだけど。。」










と聞いていた。









るみは、月野君とうっくんが別れる原因になった、



ユキ先輩の妹だったので、



それを聞いた時には、なんとも不思議な気分になっていたのだけれど、



るみが幸せそうだったから嬉しかった。

















なのに・・・











・・・どうして?











その2~3日後、



るみから電話があった。









話を聞いてみると、



これまた驚きな話だった。







月野君は、寮に住んでいて、



2人部屋だった。







るみは、一時期、



月野君とうまくいかなくなっていて、



月野君の同部屋だった月野君の同僚に相談をしている間に



なんとなく浮気をしてしまい、



子どもができてしまった。



浮気相手のことは、結婚するほど好きなのかよくわからないけれど、



授かった命は大事にしたいので、



月野君と別れて、その人と結婚することにした。











という内容だった。









この間会った、つっちーとつっちーのお母さんの顔や、



うっくんの家族や、



月野君の顔や、るみの顔が



次々に思い出された。







ガンと闘って、



退院できるまでに回復したおばさん、









あれだけ大泣きしたのに、



立つことが出来ただけで、



こんなにも笑顔になったうっくんファミリー









きっと結婚するだろうと思っていた二人の



意外な結末・・・











月野君・・・大丈夫かな?















当たり前だけれど、



今、生きてる人の数だけの人生があって、



「今」というこの瞬間も、



絶え間なく、様々な嬉しいことや悲しいことが



人の数だけ展開されている。









今のこの時がすべてではない。



今この時が絶望だと感じても、



明日には笑っているかもしれないな。





逆に言えば、





今日幸せの絶頂だと思っていたのに、



明日は不幸のどん底だと思うかもしれないのだけれど・・・。









明日のことは明日にならなきゃわからないなら、



今この瞬間を、



ただ、なるだけ笑って生きていたいなぁ・・・













るみの話を聞きながら、



頭の片隅で、そんなことを考えていた。
人間、生まれてきて、死ぬまでに、





何度自分の名前を呼ばれるだろう。



何度、大切な人の名前を呼べるだろう。







どんなにありふれている名前でも、



ヘンテコな名前でも、







その名前は、自分という存在を、



一番わかりやすく相手に伝える名称だと思う。







だからこそ、子どもが出来た時、





こんな子どもになって欲しい、



こんな大人になって欲しい、



こんな風に、誰かに愛されて欲しい、





色んな想いを込めて、



子どもに名前をつける。









名前で呼ばれることが、



当然だと思っていた。











でも、



大好きな人から、



名前で呼んでもらえるって、



こんなにも特別で、



こんなにもステキなことだった。







もしかすると、もう二度と、



父はうっくんの名前を口にすることはないかもしれない。









そう思うと、



今まで何度呼ばれたかわからない、



父の声のそれが、



急に懐かしく、



愛おしく思えた。







もう一度だけでいい。







うっくんのこと、



名前で呼んで欲しい。







父の声の、うっくんの名前を聞きたい。







この際、あだ名のまる子でもいい。



もう一度、呼びかけて欲しい。









でもきっと・・・







うっくんのショックの比ではないほど、



それにショックを受けているのは父に他ならない。













うっくんは、



なんとか明るくふるまって、



面会の後、ICUを出た。











うっくんと、母に会話はなかった。







夜には姉二人も来るということで、



うっくんは、バイトに向かうことになった。







病院の駐車場に行き、



車の中に乗り込む。













一人になると、急に、



色んな現実が見えてきた。







仕事をしている父の姿、





母がベタベタに甘えて、

それを「ばぁーか」と笑ってあしらう父の姿、





うっくんが母に「クソババァ!」とケンカして言った時、

初めてお尻を何十回も叩いた、父の激怒した顔、





お刺身を食べる時に、

「お母さん、この醤油腐ってるよ。」

とイソジンと醤油を間違えて、

家族に大笑いされ、

こっぱずかしそうにしている父の顔、





大けがして、血まみれでヘラヘラ笑って

「ただいまー」

と玄関に立っていた時の、父のホラーな映像、





うっくんが大けがした時に、

夜な夜な看病してくれていた父





この間の検診で、別れ際に

照れながら手を挙げていた父











そんな姿は、



きっともう、見られない。









うっくんは、ハンドルに突っ伏して、



声を上げて泣いた。











たまたま流れていた曲が、



マッキーの濡れひよ子で、









バス停から家まで雨に降られて

傘を忘れた僕は濡れひよこ

「ただいま」「おかえり」

今日も一人で言ってしまった

僕は濡れひよこ



今日はあこがれのあのこに

映画の誘いを断られ

土砂降りにみまわれて

ほんとついてない

やっぱついてない



※だけどがんばれ!濡れひよこ

ゴボウを笹掻きにして

きんぴらを作るんだ

あしたも元気で行こう

そうさ がんばれ!濡れひよこ

お風呂で暖まったら

ちゃんと乾かしてから寝れば

もとのひよこ※



タオルを首に掛け 鏡をのぞく

ほっぺがすこし桜色 濡れひよこ

「おやすみなさい」と

ふるさとにおじぎして

目覚まし時計あわせて目を閉じる



大好きな人を一人ずつ

思い浮かべていたら

ちょっぴり涙が出てきた

出てきちゃったよ



今日はおやすみ 濡れひよこ

明日は天気になれ

楽しい夢を見れるよう

神様にお願いして



そうさがんばれ!濡れひよこ

明日は新しい

ゲームの発売じゃないか

ちょっとわくわくしてきたぞ



大変なのはボクだけじゃない

わかっているけど

人の気持ちをのぞきたい

そんな事を考えて

比べても仕方ないと

一回起きあがると

窓の外を眺めて

手のひらを ちょっとグーにした













父を想って泣いた。







「明日から、みんなでがんばらなきゃ」



と思って泣いた。









父からの、自宅の留守電のメッセージを、



つい2~3日前に消去してしまったことを後悔して、また泣いた。



















その日、







バイトから帰って、



うっくんはインターネットで脳梗塞について色々調べた。



父の年齢で、5年生存率は50%を切っていた。







その画面を呆然と見ながら、



また涙があふれてきた。







その一方では、



「まさかあの強い父に限って、そんなことはない。

今までの入院だってそうだった。



”なーんだ、元気になったじゃん!”

”心配して損した!!”



と笑って言えるようになる日が、必ず来るんだ。」





と信じて疑わないうっくんがいた。























留守番電話を再生してみる。





「録音件数0件です」







電話の声が、虚しく部屋に響いた。











留守電に録音されていたのは、



前回父が入院していた時に、



うっくんが、箸を膳に乗せたまま返却してしまって、



箸がないことに気づいた父から、メッセージが入っていた。







「おーーい。まるこぉ~。

お父さんですぅー。



お前、箸、どこにやったぁ~?

ないぞぉ~~。



・・・ふっ・・・(笑)

箸ごと戻したかな?」






照れながら入れている声。



ガチャガチャン と、公衆電話の受話器を置く音。







全部憶えている。







ツカモとの今後を、なんとなく考える時、



今の自分でいいのか? と自分を反省する時、



就職活動がすごくしんどかった時、







なんとなく、いつも再生して、



数えきれないくらい、何度も聞いていた。







照れ笑いをしながらしゃべる父の声が、妙にかわいくて好きだった。







母からのメッセージと、父からのメッセージ、



お気に入りのものだけ、



なんとなく消去できずに残していたけれど、



それがいっぱいになってしまって、



新しい録音が入る度に、



全部再生されるのがウザくなって・・・











で、





ふと、





”うわっ!自分ファザコンやん!”





と我に返って、



一瞬ためらったけれど、全消去してしまった。

















また激しく後悔が襲ってきた。







あの照れ笑いをするお父さんの声、



また聞きたい。







ファザコンでもいいじゃん。



なんで消しちゃったんだろう。









ずっと残しておけばよかった。









やっぱ今度にしようって後回しにすればよかった。











電話の前にへたりこんで、



また大声で泣いた。