思いもよらない知らせが入ったのは、



次の日の朝だった。







歩行訓練の初日ということと、



昨日、父が「ぼく」と言ったことで、



母は気持ちが高揚してあまり眠れなかったらしい。







朝早くから、病院に行く準備を始めていた。







うっくんは、連日の寝不足のため、



目は覚めているけれど、起きあがれずに、



身支度している母をベッドの中で、







「んもぉ~~~~!むかっ



もう少し寝せてよぉ~~~~~(泣)



どうせお父さんのリハビリも午後からなんだし、



もう少しゆっくりいいじゃぁ~~ん・・・。DASH!



あさからガサゴソうるさいよぉ~~~・・・しょぼん










と、イライラしながら見ていた。







なんだか、起きあがる気分もしないし、



朝から眠いのと疲労とでイライラが激しかった。









昨日はあんなにテンションあがったのに、



緊張の糸がプッツリ切れてしまったかのように、



無気力で、何もしたくない気分だった。











そんなうっくんをたたき起すかのごとく、



けたたましく、自宅の電話が鳴った。









時計はまだ朝の7時過ぎ。











一瞬、母の表情がこわばる。











母は恐る恐る受話器を取った。















「へ・・・?

は・・・はぃ・・・はぃ・・・」









母の声は、声にならないような声で、



小さな悲鳴にも似た、



おかしな返事をしていた。







口を覆っている母の手が震えている。









一瞬で悟ったうっくんは、





バタバタと出かける準備を始めた。











う・・・



うっくん・・・



うっくん・・・



うっくん!!!!










「わかってるから、落ち着いて!お母さん。



病院に行かなきゃなんでしょ?」







「お・・・お父さんが・・・お父さんが・・・お父さんがあせる





「わかったから!!」





「どうしよう、



お、お父さんが



おとうさんがぁ~~~~!!!」












うっくんは、サッと着替えて、



車のカギを取った。







「お母さん、行こう!!!」







ハッと我に返ったように、



母は、荷物を手にして、サッとアパートを出た。









縦列駐車で停めていて、狭ーーーいところから、



バックで出ていくこの駐車場。







「もーーーぅ!!



なんでこの駐車場はこんな変な形してるのよ!



パパッと出やすくしてくれてたらよかったのに!」








駐車場につっこむ母。







「・・・。」





「うっくん!もたもたしないでよ!」





「わかってる。」














駐車場から公道に出る。













「うっくん!飛ばして!!!」





「わかってる。」





「速くぅ~~~!もっと速くぅ~~~!!」





「わかってるってば。」





「もっと飛ばしてよ!」





「てかもう90kmも出してるって!!」





「もっと出していいから!」





あんたに何の権限があるわけっ!Σ(゚д゚;)





「もうむかっちょっと黙ってよ!

集中してんだからプンプン










イライラ・・・。











もちろん一般道路。













その時間帯は、朝の通勤時間。







車の間を縫うようにして、





右へ左へ車線を変更しながら、





かっ飛ばしていた。











一般の車でも、『超急いでる人のレーン』ってのを作ったり、



パトランプみたいなのをのっけて、



『家族が危ないんです!急いでます!!』とかマイクで言って、



緊急車両にできるようにすればいいのに!!!







イライラしながらそう思った。









峠を攻めていたテクニックがこんなところで役に立つなんて思わなかった。









バカな飛ばし方をしているなんて、



そんなこと百も承知だったけれど、



そんなことを思って、



飛ばすのを止めれるほど冷静ではなかった。









赤信号で停車する







「うっくん!信号なんて無視してよ!!!」





「さすがにそれはできないよ!」





「もう、なんだっていいんよぉ~~~。

あんたが警察に捕まったってお母さんはどうでもいいんよぉ~~~。

お父さんのところに今すぐにでも行ってあげたいだけなんよぉ~~~」







母は号泣しながら訴える。







「そんなムチャクチャな!!

この通勤ラッシュの時間に80~90飛ばしてるだけでもムチャクチャやってんのに!」





「うっくんはドンくさい!

もっと運転上手になりなさい!!!



も~~~う!役立たず!」







「てか、うっくんだからこんだけ飛ばせてんだって!

お姉ちゃんたちより絶対マシ!」







「遅い!!」










なぜか車の中でケンカ。









イライラ・・・。









この時間帯にこれだけかっとばしているだけでも、



かなり気持ちが高ぶっているというのに、



なんてむちゃくちゃな母親だろう。













またイライラ。















渋滞に引っかかった。







「あーん!もう!!!むかっ

お母さん、走って行った方が速そうね!

もーーーーう!

なんでこんなに車が多いの!!!

うっくんどうにかしなさいよ!!」







「こればっかりはどうにもできないよ!」







「何キロ続いてんのよ!」





「わかんないよ!仕方ないじゃん!!」





「クラクションならしなさい!」





「変な人だったらどうすんの!?

からまれたらそれこそ時間くっちゃって行けなくなるよ!?」







それは警察に捕まっても、事故っても同じこと。



この期に及んでバカな会話をする親子。









パッパッパーーーー!!!











こやつ、ほんとに鳴らしやがった!!!( ̄□ ̄;)!!











「もーーーーう!お母さんなにやってんの!むかっ







「あ、ほら、あけてくれたじゃない!



行きなさい!ほら、うっくん!



入れてもらいなさい!!!」









”すみませーーーんあせる





と頭を何度も下げながら、入れてもらう。









・・・以後繰り返し・・・(T_T)











超迷惑車両になりながら、



道を譲ってもらっていたら、



なんとか渋滞を抜けた。









母とケンカしている間に、



なんだか妙に冷静になっているうっくんがいた。













「ところで、病院からなんて言われたの?」





「お父さんの容体が悪くなったから来てくださいって。」





「それから?」





「それだけしか聞いてない。」





「そう・・・。」
















ようやく病院に到着した。



連絡をもらってから1時間以上経過していた。







「お母さん!先行ってて。

うっくんは駐車場に車入れてからあがってくるから。」







そう言って、正面玄関の前で母を降ろし、



駐車場に向かった。











熱が出たとか、



ちょっと嘔吐したとか、







どーせそんな程度だろう。









どこかでそう思っているうっくんがいた。































大部屋に行くと、



昨日まで父のいた場所は、



ベッドがなくなっていた。







同部屋の人が、



「お父さんは別の部屋に、今朝移されたよー・・・」







と元気なくいった。















・・・そんな・・・



















ナースセンターで部屋を聞こうと思っていたら、





遠くで大騒ぎする母の声が聞こえた。











ドキドキ・・・? 違う。



胸騒ぎ・・・? 違う。











無心。











何が起きているのか、さっぱりわからなかった。

















部屋を覗く。









「お父さん!お父さん!!!



誰か!!! どうにかしてくださいよ!!!



どうにか!!



なんで!?





どうしてこんことになってるんですか!?





先生は!?



どうして先生はいないの!?」









床にへたりこんで、



大声を上げて大騒ぎしている母の向こうには、









ドシン ドシン!!ミシ!!ミシ!!!







という大きなベッドのきしむ音を立てながら、



ものすごく大きな全身痙攣をしている父の姿があった。















何が起こっているのかさっぱりわからない。













うっくんは大騒ぎすることもなく、





母をなだめることもなく、









ただその場に呆然と立ち尽くした。









「すみません。先生が来てから説明しますので。」



「だからその先生はいつくるんですか!?」





「私たちも連絡してるんですけど、

先生は今日、午後出勤で・・・」





「こんな状態の患者を何時間も放置するつもりですか!?」





「先生には電話で指示をいただいて、

その通りに処置を行ってますから。大丈夫です」





「何が大丈夫なんですか?

この姿を見て、何が大丈夫なんですか?

ちゃんと説明してくださいよ!

どうして!?

お父さん、昨日まであんなに元気だったじゃないですか!!!



どうして!?」







看護師さんと母がバトっている。















目の前で、



目を見開いたまま、ベッドの上で浮き沈みしながら



大きく痙攣しているその姿は、



もはや、うっくんの知る、父の姿ではなかった。









まるで夢でもみているような、





人ごとのような、









何も感情がわかない。









悲しみとか、



怒りとか、









当たり前に湧いてきそうな感情が、







うっくんには、何一つ湧いてこなかった。











ただただ、







目の前のこの光景が、



本当に目の前で起こっていることだと認識できないほど、







呆然とするしかなかった。















その状態のまま、父はそれから4時間放置された。















午後になり、担当医が現れた。





「鎮静剤を打ちましたので、

そのうち痙攣は治まると思います。」








とだけ説明して、どこかに行こうとしていた。







「ちょっと待ってください!」





呼びとめる母。







「後から説明しますので」








と逃げるように去ろうとする医者。









「ちゃんと説明してください!!!」











押し問答の末、



別の部屋で、医者の説明を聞くことになった。







「今朝、新たに脳梗塞を起こした影響です」











「じゃあ、どうして早く処置をしてくれなかったんですか?



朝、連絡をもらったのは7時だったんですよ!?



今何時だと思ってるんですか?



あの状態を見て、先生は何も思わないんですか!?



あなたの家族でもそうしてましたか!?」







そう大騒ぎをしている母を見ると、



妙に冷静になる自分がいて、







「お母さん、落ち着こう。

ちゃんと先生の説明聞こう?」








と、母をなだめることしかできなかった。







「これが冷静でいられる!?



お父さんのあの姿、あんただって見たでしょう!?



どうみても、普通の状態じゃないでしょう!?」







「お母さん、ちゃんと電話で指示受けた通りに看護師さんが処置したって言ってたでしょ?

先生だって、24時間先生なわけじゃないんだから・・・」








先生の前でケンカを始めるうっくんと母。











「いつもいつもこんなことがあるわけじゃないでしょう!!



いつもつきっきりでみてくださいなんていってないでしょう!!



ちゃんとこの状態を、わかっていたんですか!



わかってて、5時間も6時間も放置したんですか!!!」







「お母さん!落ち着いてよ、もう!!」












イライラした。









何がなんだかわからなかった。









取り乱した母の声が、



わけがわからなくてぐちゃぐちゃになったうっくんの頭を、



さらにシェイクしているようで、



すごくうるさく感じてイライラした。











大騒ぎする母をなだめるのに必死だった。















個室の、父のさっきいた部屋に戻ると、



父には人工呼吸器が取り付けれていて、



いっぱいの機械と、いっぱいの管が、



身体のあちこちに付けられていた。











「お父さん・・・」








号泣する母。







「大丈夫だってぇ・・・



すぐに治まる発作みたいなもんだって先生が言ってたじゃない。



またすぐに意識も戻って、元気になるよ。」










目を開けたまま、



人工呼吸器に繋がれてベッドに寝ている父に、











「ねー!お父さん♪」










と言った。











「・・・あんた、この状況がわかってんの?

お父さんのこの姿見て、わからないの?」








と冷ややかな目をしてうっくんを見た母は、力なく言った。













わかってるのか、



わかってないのか、







自分でもわからない。









明日になれば、父はまた笑うんじゃないか?





そう思える。











”あんなに泣いたけど、また一緒に、こんなに笑ってる”





と、また思えるんじゃないか、と思う。









泣いても、わめいても、



状況は変わらないのだから、



笑って信じていよう、と思う。











お母さんはすぐ大げさに物を言う。



お父さんのことになると、すぐ見境なくなるんだから。



お母さんが大騒ぎし過ぎなだけだ、と思う。













ただそれだけだ。









































だけど、





父が、笑うことはもうなかった。