父の意識が戻らないまま、



3月ももう終わらろうとしていた。







母は相変わらずつきっきりで父の看病をし、



長女は福岡から、毎日仕事が終わると顔をだした。







うっくんは、入社前の勉強もあり、



ギリギリまでバイトを入れていたこともあり、



正直くたくただった。









入社式の日、



早めにアパートを出て、病院に寄った。







「おはよう。今日からいよいよ仕事だね」






「うん。」





「時間は大丈夫?」





「うん、大丈夫。早めに出たから。」









廊下でばったり会った母と話した。









父の病室に入る。











父は相変わらず静かに天井を見つめていた。











「お父さん。今日から仕事だよ。



お父さん?ありがとう。



うっくん、一生懸命頑張るよ。



辛いことがあっても、辞めずに頑張るね。





だから、



お父さん、一緒に頑張ろうね。」



















入社した会社は、



とにかく忙しい会社だった。





入社してたった3日間の研修しかなく、



すぐに辞令のあった部署に配属になった。







うっくんの同期はもう一人ユミちゃんというかわいらしい女の子だった。











配属の初日。





二人で緊張しながら、IT課に行く。







新人に気づいた先輩たちが、



席を立って、ウヨウヨと集まってきた。









「きょ、今日からお世話になります。ゴトウです。」



「お、お世話になりますヤマダです。」










「ども。ま、がんばって。。パー












ササーーーーっと席に戻る先輩達。

















早っ!!!( ̄□ ̄;)













インターネットという言葉が、



ようやく一般家庭に普及し始めたこの頃。



世の中は、アナログ回線から、



ようやくISDN回線へ移行する人が出てきた時代だった。









そんな時代に、ITの仕事をする人なんて、



(自分のことを棚に上げて)どーせ、



もっさいヲタク兄ちゃんたちしかいないんだろう







なーんて思って行ったのだけれど、



チャラチャラした人ばっかりの集団に唖然とした。













そして冷たい。















特にお姉さん方は、



そんな超ロングな爪でタイピングなんてできるのか!?







と驚くほどの、カラフルでド派手なデザインのつけ爪をしていて、



おまけに、制服のスカートは超ミニ。





ちょうど、ショムニの江角マキコ風にヤンキー風味をプラスしたような



チャラチャラのお二人だった。











怖すぎる・・・。











こんな人達とうまくやっていけるんだろうか・・・。













不安が募る。













うっくんは、チーフ(課の所属長)にだけ、



父の事情を説明し、



新人なのに、申し訳ないと思いつつも、



定時で仕事を上がらせてもらえることになった。













本来のIT関連の業務以外にも、



受注の電話がひっきりなしにかかってくるこの会社で



仕事をスムーズに運ぶのは容易なことではなかった。







定時で終わらせてもらうからには、



与えられた仕事はもちろん定時までに終わらせないといけないし、



ユミちゃんに置いてかれないようにがんばらないといけない。







デザインなんて学んだこともないし、



趣味でも、画像処理ソフトなんて扱ったこともない。

(FLASHはやっていたけど)







当たり前だけれど、



すべてが初めてのこと過ぎて、



電話のマニュアルを覚えるだけでも、



てんやわんや。









新人歓迎会も欠席したため、



飲ミュニケーションでうち解けたユミちゃんと違って、



いつまでも馴染めないもどかしさもあった。











怖いお兄さん、お姉さんたちに、



時には冷たく叱咤されながら、



父の看病と仕事と勉強と・・・







発狂しそうな毎日を過ごした。







「お父さんもがんばってるんだから」





と毎日思った。









会社から、病院へ向かう途中にコンビニに寄って、



母と自分の分の夕食を買う。







病院に行き、



病室で、母と二人、夕食を食べる。



食事中も、



しょっちゅう、父の心拍モニターの





「ピローンピローンピローン」



という警告音がなるため、



父の様子をみたり、タンをとってあげたり、



ナースさんを呼んでバタバタしてみたり。









ゆっくり食事をしたことはなかった。









暗い病室で、勉強しながら、



父の様子を見て、



その間、2~3時間ほど、



母は病院の待合室で眠ったりしていた。







そんな日々を過ごして、



2週間が経った。









父の容体は、



なんとなくだけれど、



徐々に悪くなっているように思っていた。









父は、それでも一生懸命に生きようとしていて、



心拍数が150を超えたりすることも珍しくなかった。





それだけ心臓に負担を掛けているということ。





辛かった。









母は、人工呼吸器で生きている父が、



すごくつらそうで、



今まで一生懸命頑張ってばっかりいたから、



もう楽にさせてあげたい。





私たちのエゴで、



お父さんに、もうこれ以上辛い想いをしてほしくない。







とうっくんに言ったことがあった。







うっくんは



お父さんは、それでも生きようってがんばってるんだから、



私たちがそんなに弱気になってどうするの?







と言ったけれど、



やっぱり、父の息が荒くなって、



心拍数が、異常なほど早くなっているのを見ると、



何時間も全力疾走してるのと同じなんだから、



たしかにお父さんは辛いだろうな・・・







と思う自分もいないわけではなかった。











「延命」するか、しないかの選択、



家族にはとても難しい問題だった。







それでも、父が頑張ろうとしている限りは、



ただ、自分たちはできることをするだけだ。







という気持ちだった。











そんな状態だったので、



母方のおじいちゃんとおばあちゃんが、



父の様子を見に来てくれた。







遠くから来ていたので、



うっくんのアパートに2泊の予定で来ていた。







父の様子を初めて見たおじいちゃんとおばあちゃんは、



言葉を失っていた。







「はよぉ、良ぅならんとなぁ・・・

がんばらんと、なぁ・・・」








おじいちゃんは、父に何度もそう声を掛けていた。





目にいっぱいの涙を浮かべて。















それからさらに2週間ほど経った、



5月1日。











仕事中に携帯が鳴った。







母からの電話だった。

















心臓が、バクバクと音をたてた。







携帯を握りしめて、席を立つ。















「・・・はい?」







「・・・・・・うっくん?」











母の声を聞いて、



覚悟が必要な話なのだと悟った。









「・・・お父さん?」







「・・・ん?お父さんはね、大丈夫なんだけど・・・



おじいちゃんが、今朝、亡くなったんよ・・・」







「・・・え?」














突然の話すぎて、理解するのに時間が必要だった。









ついこの間、父のお見舞いに来てくれた時は、



とっても元気だったのに・・・。



うっくんの真っ赤なロードスターを気に入ってくれて、



どこに行くにも、うっくんの助手席がいいと言ってくれたおじいちゃん。

















人っていうのは、なんと儚い生き物なんだろう。









おじいちゃんのところに向かうため、運転しながらそう思った。















数時間後、





おじいちゃんの家にみんなで向かった。







長女だけが、父のところに残ることになった。











半信半疑のまま、おじいちゃんのおうちに入る。









座敷に、おじいちゃんが寝ていた。















「おじいちゃん・・・」







お昼寝しているみたいな、安らかな顔だった。







組まれた手を握ると、



もうすでに冷たくなっていた。







人は死ぬと、こんなに冷たくなるんだな、



と思った。











お葬式が終わり、



父の病室へ向かった。









父は、相変わらず天井をじっと見つめたまま、



ベッドに寝ていた。







姉と母が席を外し、



父と二人きりになった。







ベッド脇にあった、椅子に腰かける。















父の胸に抱きついた。







お父さんのにおい。

















心臓に耳をあてる。









ドクッドクッドクッドクッ







動いている。







お父さんの心臓、動いてる。







元々、めちゃめちゃ細い父の、



もっと細くなった身体。





病気をして、一回り小さくなった身体。









だけど、





あったかい。





血が、流れてる。





心臓が、動いてる。











おばあちゃんのお腹の中で動き出したこの心臓は、



58年間、休まずにせっせと動いている。







ちょっとポンコツだったかもしれない。





でも、ちゃんと動いてる。













当たり前のことは、



なんという奇跡でつくられているのだろう。









人の身体は、



あんなにも儚いけれど、



こんなにも力強い。







どうか、









どうか、







動き続けてください。



















おじいちゃんの冷たい手を思い出しながら、



父の、その温もりがすごく愛おしくなって



心から、そう願った。











火葬されて、固い木の箱に入れられたおじいちゃんを思い出した。









おじいちゃんに触れることは、もうできない。









延命でもいい。



エゴでも、ワガママでもいい。



会話ができなくてもいい。





お父さんの眉の形、



目、



鼻、



ひげのはえ方、



ゴツゴツした固くて細い手、



細い二の腕、







そして温もり。









今、こうやって確かめることができる。





それが生きているということ。





最後まで頑張って欲しい。





まだまだ触れていたいし、



目の前にいて欲しい。



写真の中の人にならないで欲しい。















おじいちゃんの死を目の当たりにして、



初めて、死と向き合った。







人それぞれ、答えは違うだろうけれど、



うっくんは命ある限り、



延命でもいい。





大切な人には、ずっとそばにいて欲しい。







そう思った。