今週末は、MSU Footballにとって大一番の試合がありました。

今シーズンまだ負けなしのUniversity of Michiganを迎えての一戦。
このゲームは、The biggest game in a seasonとも言われます。
その所以は、両校のライバル関係にあるのですが、ライバルという表現では十分ではありません。


もともとアメリカのカレッジスポーツの熱は日本のそれとは比べ物にならない激しさがありますが、そこに特定のライバル関係があるとなると、火に油というかなんというか。


チームのみならず、街全体がUniversity of Michiganを敵対視。
前日からU of Mの色である青と黄色は着るな、と街の人々が言います。
寒空の下、前日からスタジアムの周辺でキャンプを張ってゲームに備える人々。
この激しさは新参者の、というか外国人の自分には一生理解できない感覚でしょう。
日本で経験した早慶戦みたいかなとも思ったけれど、規格が違うようです。






試合前の最後の練習の終わりには、特別にコーチ陣からのスピーチ。
UofMとの試合は、一年ごとにホームとアウェイで行われます。


勝者はこの像を持ち帰り、翌年の再戦まで保持するしきたりになっています。
>$四分之三熟卵-winner statue

去年はUofMのスタジアムでMSUが勝利を収めました。


二年前はMSUにてUofMに敗北。


この敗戦のことを思い出すと、今でも吐き気がする、と1人のコーチはまず言いました。
彼のスピーチから、街の雰囲気よりも何よりも、この一戦の意味の大きさが伝わってきました。
練習後のスピーチと円陣で、雰囲気は最高潮に。



自分はfootballの人間ではないので自分が試合を表現しても陳腐になるので省きます。
結果は延長戦を制しての勝利。
このU of M戦に2連勝というのは、40年以上ぶりらしいです。
無敗のU of Mを破ったMSU。
今回の勝利が低空飛行が続いていた今シーズンに、勢いをもたらしてくれることを願います。

その夜、街は大騒ぎでした。
パトカーのサイレンが鳴響いていたのも、予想通り。

いつの間にか、朝、学校に自転車で通うにはジャケットと手袋が必要になり、9月が終わろうとしています。

プログラムが始まって、最初の一ヶ月を乗り切りました。

改善する余地はまだまだあるけれど、小さな自信になります。

これを、一セメスター、一年、二年と続けて、小さな自信を積み重ねていけば、いつの日か、ある程度は自分自身を認められるようになるかもしれません。


今日、自分が教えているIntroduction of Athletic Trainingのクラスに、MSU FootballのHead athletic trainerのJeffを招いて講演をしてもらいました。彼は1985年以来ずっとMSU Athleticsで働いていて、MSUに来る前は11年間University of Minnesottaで働いています。

Michigan Athletic Trainers Society Hall of FameやNATA Most Distinguished Athletic Trainer Award等々、彼の功績を称える賞も沢山あります。


自分がfootballを手伝っている事もあって実現できた今回の講演。

生徒達にとっても、自分にとってもとても有意義なものとなりました。

自分がこの一ヶ月間でカバーしたのは以下のトピック。


The Athletic Trainer as a Health Care Provider
Health Care Organization and Administration in Athletic Training
Legal Concerns and Insurance Issues
Nutrition and Supplements
Environmental Considerations


それぞれのトピックの中で特に生徒に話してもらいたい部分を前もって伝えておき(Environmental Considerationsなら、Heat stroke/exhoustionといった感じで)、彼の経験を元に話をしてもらいました。


クラスの中で自分が生徒に重要さを強調していた事を、さらにJeffが彼の経験談を踏まえて強調してくれたので、生徒たちの印象により強く残ったのではないかと思います。

また、保険や裁判の話など、裏方の仕事であるAthletic Trainingの更に裏の部分もリアルに伝えてくれました。

Athletic trainerになる事を考えている生徒達は、今回の講演で彼らの描いているAthletic trainer像をよりクリアにできたのではないかと思います。

それが今回の自分の目的であったし、達成できたと思います。


自分の経験や能力は、まだまだ限られています。

でも、今回のJeffのように力を貸してくれる人たちと繋がっていること、それが数少ない自分の強みです。


教室に行くだけで、と書いたら受動的に響くけれど、毎日新しい刺激があり、学ぶ事ができる。

学生の特権です。


クラスを教えるのにも、幾分慣れてきました。

というより、クラスを教えるという行為に慣れてきたと書いた方が正しいそうです。

まだまだ試行錯誤が続きそうですが、楽しいという感覚があるのはいい事だと思います。


自分のとっているクラスでは、Advanced Clinical Evaluationに、思い切りはまっています。

自分がMSUを選んだ理由であるManual Medicineそのもののクラスで、7割が実技の指導。

ATプログラムのGraduate studentだけの少人数のクラスで内容が濃いです。

3時間の講義が、あっという間に過ぎていきます。

今はSpineの評価とMuscle Energyをつかったアプローチを勉強中。

教授曰く、基礎を固めた上で、手の感覚さえ磨ければPiece of Cakeらしいです。

自分の効き目(Dominant Eyeって意味)を考慮に入れて評価を行うなどのマメ知識も随所にちりばめられていて、シンプルな事だけれど、へーって言いたくなるように事が沢山です。


Assistantshipとは関係なく手伝っているフットボールチームは、1勝3敗と苦戦中です。

それでもチームの雰囲気はまだまだポジティブだし、自分は自分が手伝える事に集中です。

自分が学ぶという点では、Doctorの評価にも積極的に立ち合わせてもらっているし、クラスで学んでいるテクニックをスタッフトレーナーがどうやって応用しているのかを直で学べています。

Undergraduateの学生トレーナー達は、自分たちのいる環境がどれだけ恵まれているかに気づいていないようで、最初はDoctorの評価にもスタッフトレーナーのトリートメントにも大して興味をしめしていなかったのですが、最近は自分にくっついて一緒に学ぼうとする学生もでてきました。いいことです。

時間のマネジメントが結構大変ですが、充分すぎる価値があります。


今週から、Research Assistantとしての仕事も始まりました。

自分のSupervisor(上司?担当教授?)の、Concussion(脳震盪)の研究の手伝いです。

自分は割り当てられた高校に出向き、ImPACT、BASS、SACといったテストを高校生アスリートに実施してデータを集めます。

自分には研究のバックグラウンドがないので、自分の研究をはじめる前に、どのようにして研究が形作られていくのかを参加しながら学べます。これまたいい経験です。


学費と健康保険を学校が払ってくれている上に、贅沢をしなければ生活できるだけの給料をもらいながら、これだけの経験ができるのは幸せな事だな、ってよく思います。

それを考えると、多少しんどくても全然いけます。


PhDという学位をとる事がモチベーションに占める割合は、出願したときにも今も、そこまで大きくありません。

もっと学びたい、というシンプルな理由+PhDってどんなモノだろうか、という好奇心に動かされました。

学位を修めるまでに、どれだけの事が学べるか。それが楽しみです。


一つの事を続ける。

人の目を引くような大きな事を成し遂げるのと同じくらいの美学だと思う。


外国で生活して勉強している事、ユニークな経験をしている事を「凄いね」と褒めてくれる友人達はいるけれど、自分からしたら、日々の葛藤と戦いながら一つの仕事を何年も続けている彼らを認めたい。

そしていつも思うのは、「凄い」と褒められるべきは自分の両親。

海外で勉強したい、という願いを叶えてくれたのは、多くの支えがあってこそだけれど、一番は両親のお蔭である。


自分は相当に頑固な部分と結構素直な部分が極端に混ざっていると思っていて、どちらかと聞かれても困る。

大抵のことは自分の意見を通そうとか思わない性質だけれど、自分が決めたことや信じることに関しては、前者の色が強くでる。当たり前の事だけれど、その差は結構なものだと自分ながら思う。


高校卒業、大学卒業の進路に関しては、相当な頑固っぷりを発揮したと思う。

それを客観的な目からアドバイスして、自分の独りよがりな夢や願望で道が逸れてしまうのを正してくれた親の存在はとてつもなく大きい。

特に、父親のアドバイスと支援がなければアメリカには来なかった。

もし日本に残っていたら何をしているか見当もつかないけれど、学業やらTeachingやらで中々に忙しない生活ながらも、自分は今までを、そして今を幸せだと思う。

フィオナとも出会えなかったし、アメリカでの生活を通して得たものを超える経験ができていたとは思えない。

今だから分かる、自分の両親の教育には信念があったという事。



33年間、お疲れ様。

花が開くなり、実が成るのを、楽しみに待ってて。


数日前になりますが、Fall of Fame(殿堂)2009の式典が行われました。
Michael Jordanの殿堂入りということで、注目を集めました。

6 times NBA champion + Final MVP
5 times NBA season MVP
10 times Scoring titles
3 times Steals titles
10 times All-NBA first team
9 times All-Defensive first team
1 time NBA defensive player of the year (1988)
14 NBA ALL-Star game appearance

改めて、素晴しい実績です。
これに加えて、世界に与えた影響を考えると彼が歴代No1プレイヤーと言う事に意義を唱える人は少ないでしょう。

Jordanの他にもJohn StocktonやDavid Robinson達の殿堂入りが祝福されました。
(John Stocktonはお気に入りの選手で、中学生の時に憧れの先輩から貰ったJohn Stocktonのカードは未だに財布の中に入ってます。自分はPick&Rollがあまり上手ではありませんが。。。)

まずは映像からどうぞ。最初の動画6分過ぎから式場の映像になります。







スピーチの中でもJordan自身が何度も述べてますが、凄まじい競争心というか、闘争心の持ち主です。
Ultra-competitive selfなどと表現されています。
この場でここまで言うか、という位に引退したとはいえ彼らしさが出ています。
特に1994年のオフシーズンに"俺はお前を止めれる"発言をしてしまった為に何度もJordanのハイライト映像の餌食になったRusselとのエピソードや、確執があったと言われる前GMのJerry Krauseについての発言などは、普通の人じゃいえません。

”Jerry's not here. I don't know who'd invite him. I didn't. I hope he understands it goes a long way. He's a very competitive person. I was a very competitive person. He said organizations win championships. I said, 'I didn't see organizations playing with the flu in Utah. I didn't see it playing with a bad ankle.'"

Jordanもそうでしたが、他の選手達もスピーチの中で家族に向けてメッセージを送りました。
Senior Day(大学4年生アスリートの最後のホームゲームで行われる式典)の時にも感じましたが、晴れの舞台で家族に対する愛を表現するのは、アメリカの好きな部分です。

Jordanの殿堂入りが発表されたのは随分前の事になりますが、その時にJordanは"とても嫌な気分だ"とコメントしたそうです。殿堂入り=現役復帰の可能性がゼロになる、という事から。
NBAの中でも選ばれた選手しか受け取れない名誉ですら、Jordanの認識は他とかけ離れています。

このスピーチを聴いて、彼が特別な存在である理由を改めて感じました。