中学生の時に、夏休み前に今でも、同級生の間で語り継がれる「生活指導の注意」があった。


先生:盛り場に行ってはいけない!そういうところを、中学生だけで通っては絶対にいけません!


生徒:盛り場というのはどこでしょうか?


先生:田町とか中央町とか表町のように、デパートや商店街・飲み屋・夜遅くまであいてる食べ物屋のあるところです。丸之内中学の学区全てです!



・・・・・・・


その後の生徒:うちは飲み屋なんですが・・・


母親はスナックを経営しているんですが・・・


家は寿司屋なんですが・・・



うちの家は夜までやっている三代続く、老舗のそば店なんですが・・



自宅の近所を歩くなと言われても無理!




だから、食べなんとか・・・に出てくる岡山の有名店は同級生経営だったり、よく知っている。



あきらかに事実に反することが書かれている!


岡山の老舗の洋食店:


・いりこだしは使っていません!

・2人いて年配の方と若い方がいれば、年配の方が先代のオーナーだと決めつけるのですね


もともと若い方がオーナーですよ。だから平成に入ってからオーナーは変わっていません。


(てぇ、ゆっか店内の動きを見て誰がオーナーなのか
わからないのかな?)



ある批判:「家族5人で行ったら別々に座らされた、考えられない酷いサービスだ。後で席を移動してもらったら良かったもののKYだ」



・行列ができているときに、5人掛けのテーブルが一気に空くのを待っていたら永久に座れませんよ。


・5人が相席しているテーブルが順番に、空席になるのを待っていたら、最後に残された先客はたまったものではありません。


取り合えず。空いている席に座ってもらって、少しづつ移動して頂くのが接客の鉄則。



デパートでもどこでも店内撮影禁止って書いてあるのに、なんでラーメン屋は勝手に写真をとってもいいのか?


過半数の非常識は常識となる。







無免許運転を繰り返して運転が上手かったから、何人もひき殺しても「危険運転致死罪」にならない。


という事案があった。警察/検察には非難の電話が殺到したようだ。


しかし、これは正しい。


法律に不備があったからだ。


警察・検察がどうやっても、対応できなかったのだから、仕方がない。



じゃあ、どうすれば良かったのか?


指揮権発動!


辞任に追い込まれるであろうが、次回の選挙ではトップ当選するであろう。


尚、警察・検察は行政であり、それに基づいて司法判断するのが裁判所ですから、三権分立(ぶんりゅう)にはふれません。








岡山に、新しいラーメン店がオープンした。人気店のようでFBにも取り上げられている。


いってみたら、初めての客(食券を買わずに座った)が、出てきたラーメンに唐辛子をかけまくって、真っ赤にして写真を何枚も取り始めた。


知らないお客様が見たら、この店のラーメンは、最初から唐辛子だらけだと勘違いするでしょう。


また、唐辛子があると思っていった客が、なかったら怒るでしょうに。


あくまでも、お好みのために、サービスでおいてあるのですよ。





生活保護を受けている家庭の高校生がアルバイト代や奨学金を塾代に使うと保護費を減らされるルールが、10月から見直されることになった。政府は子どもの貧困対策に力を入れており、親から子への「貧困の連鎖」を防ぐ狙い。塾代にあてる場合は生活保護費の減額対象外とするよう、厚生労働省が運用を変える。(朝日新聞デジタル・引用終わり)




少なくとも、初めての入塾問い合わせで「塾代」という言葉を使った保護者は、お断りしてきた。後々、トラブルを起こすに決まっているからだ。きちんとした、保護者でお子様を通わせるのに、経営者に向かって「塾代」という言葉を使った人はいないからです。会費と書いてあるか?費用と書いてあるか?


広告・HPを見て言葉を選びます。


子供に「給食代」とか「修学旅行代」という保護者と「給食費用」・「修学旅行費用」という保護者?


どちらが、子供の言葉づかいの指導に相応しいか?


お分りですよね。


塾講師の大学生でも「バイト代」という言葉を使う学生と「非常勤講師の報酬」という言葉を使う学生とでは、どちらを採用しますか?


医者代・入院代・治療代・・・・・まともな保護者は使いません。

使われるのは自由だ。だが、断るのも自由だ。


塾で生徒の成績を全員確実に上げる方法:この保護者の子供なら、どんなに塾が頑張っても、成績が上がる筈がない・・という保護者は断わること。






UBQの授業でこの前、


「先週の英語のプリントはどこまで行っていましたかね」


と授業の初めに生徒に聞いたところ、


生徒:「もう、このプリントは終わっています。新しいプリントからだと思います」


と言われたので、


私:「いやそれは違うでしょう。前回のプリントの下から5行まで残っているはずです」


と返答したところ、


生徒:「でも先生、さっきどこまで進んだかわからないっておっしゃったじゃないですか。本当はわかっていたのですか?」


と聞かれましたので、とうとう、ばれました




あれは、授業の初めに、忘れたふりをして、生徒に前回までの授業のイメージトレーニングをさせるためなのです。




また、こういうこともします。


私:「えっと、前回の英語のプリントはどこまで行ったかな・・・・・ちょっと今プリントが出てきませんので、君のプリントを借りてコピーして、それで授業をしましょう」


ということで、生徒のプリントをコピーして、それで授業をすることもたびたびありました。


おそらくUBQの卒業生なら覚えていると思います。





生徒にあらかじめ渡している英語の読解のプリントをコピーして、それを見ながら授業すれば、生徒がどの単語を調べてメモしているか、どの部分に主語とか述語とか書いているか、その予習をしたあとがわかりますので、それを見ながら授業をするという、塾講師のテクニックなのであります。









第二百十一条 議員は、議院の品位を重んじなければならない。

第二百十二条 議員は、互いに敬称を用いなければならない。

第二百十三条 議場に入る者は、帽子、外とう、えり巻、かさ、つえの類を着用又は携帯してはならない。但し、病気その他の理由によつて議長の許可を得たときは、この限りでない。

第二百十四条 議場において喫煙してはならない。

第二百十五条 議事中は参考のためにするものを除いては新聞紙及び書籍等を閲読してはならない。

第二百十六条 議事中は濫りに発言し又は騒いで他人の演説を妨げてはならない。

第二百十七条 何人も、議長の許可がなければ演壇に登つてはならない。

第二百十八条 議長が号鈴を鳴らしたときは、何人も、沈黙しなければならない。

第二百十九条 散会に際しては、議員は、議長が退席した後でなければ退席してはならない。

第二百二十条 すべて秩序に関する問題は、議長がこれを決する。但し、議長は、討論を用いないで議院に諮りこれを決することができる。




というか常識。参院の委員会だが・・・


みっともない!

ダイビングにおいてのリスク管理の基本は器材に名前を書いておくことだ。
UBQ数理フォーラム代表:長山豊のブログ

こうすれば、初めてのツアーでも、インストラクターも識別に困らないし。間違えられることもない。ランクも書いておればインストラクターも管理しやすい。(もちろん、管理の行き届いたショップは事前に十分チェックをしているのだが、全てのショップがそうとは限らない)






UBQ数理フォーラム代表:長山豊のブログ

UBQ数理フォーラム代表:長山豊のブログ

さて、サイパンのグロットに仕事のような用事で潜った、あそこは長い階段を上り下りしなければならないのだが、帰りに階段を上っていると、若い女性ダイバーが一人で階段を下りてきた。その時、破裂音とともに高圧ホースから空気が漏れ始めた。


初心者がどうか、状況を確認したうえで、バルブを閉めてあげ、これから,告げることを下で待っている直属のインストラクターに伝えるようにといったのだが。顔面蒼白であった。短い時間でとりあえず説明したのはなんの心配もありませんよ。という次のことである。


事前に知識がないことが、不安や事故につながるのである。


上の写真でホースに小さな穴が開いていますが、これは何なのでしょうか?また、ホースによっては黒い筋が入っている場合があります。


高圧ホースには、破壊点が設定してあるのです。高圧ホースには最高200気圧(ゲージ圧)が掛かりますから、あらかじめ壊れやすい場所を作っているのです。全体が破裂したり、ふっとんだら危険だからなのです。


つまり、高圧ホースが破壊点で破裂するのは安全装置が働いたわけで、まったく心配がいらないわけです、ショップの器材管理の問題ではないのです。


あらかじめ階段を下りる前に、バルブを開けなければよいのですが、グロットはエントリー・ポイントが狭いのと飛び込みが難しいので、インストラクターの判断によるものでしょう。


私は、自分でバルブを開閉できるように、やや高めにタンクを設定しています。(警告:勝手にまねをしないこと


また、水中で空気が、突然、出っ放しになれば不安かもしれないが。器材の弁の構造として、安全のためにそうなっているのです。


私が昔(30年前)、まだ、安全停止という言葉もない時代に、ガイドをしていた時「いきなり深いところに潜って、後半、浅瀬(水深5メートル)でだらだら、するなと」のお叱りを頂いたこともありましたが、これは減圧理論(正確には理論どころか仮説でもなく、経験則)によるものです。(無限圧範囲での減圧)とか「フランス式潜水」と呼ばれていたのです。


(大切な警告)以上は昔の思い出です。特にホースの材質は急速に進歩しました。以上の記事を参考にされる場合に不明な点は、例えばPADI JAPAN等の信頼のおける団体や所属インストラクターに相談してください。














http://www.anzen.mofa.go.jp/anzen_info/flash02.html



海外では津波だろうが。地震であろうが、テロリストに(実例:アルジェリアの日本人虐殺事件)襲撃されても。日本の自衛隊に国際電話しても「助けてください!」といっても「はい、これから救助に行きます」っていうことはありえません。


国際電話で110番しても、警察がきてくれるはずがありません。


弁護士会に国際電話をしても、当番弁護士も来てくれません。


最低限、このくらいは目を通してください。

■ダイビングの世界で、ある一定のレベルを超えてインストラクターを目指す場合、今でもいわゆる徒弟制のようなシステムで訓練されるようです。



私が東京に住んでいた時に師事した沖本インストラクター(神田:アクアク)は、非常にスポーツ理論に精通された方で、こういうことを言われました。



「ダイビングは体を鍛えるものではない。インストラクターは体を鍛えてはならない」



これはどういうことでしょうか?

非常に含蓄の深い言葉であります。


もちろんそのインストラクターは、ものすごく体を鍛えているのでありますが、それでもあえてこのようにおっしゃったわけです。


その意図するところは、


「いったん海が荒れたり、流れが激しくなったりすれば、どんなに体を鍛えても、ちょっと海の流れが激しければ、オリンピック級の水泳選手でも泳ぎ切ることは不可能である。」


これは自然をなめてはいけない。体力を過信するとかえって危険である。



という、大切な教えでありましょう。


ところで、学校教育現場での体罰の問題において、聞くところによると、

文科省は

「なぜその練習をするかということを意識させて練習させることは、体罰ではない」

などという、いまさらながらなぜそんなことを言わなければならないのかという見解を出したそうです。


ダイビングは、徹頭徹尾、理論で行うものです。


東海大学潜水訓練センターで受けた訓練の中に、「ハンディキャップト・ダイビング」というのがありました。



これは大変厳しい訓練でしたが、無理無体ないじめではありません。よくよく理屈を考えてみれば、自分の命を守るための訓練だと思えば、喜んで訓練を受けることができますし、さらに、その訓練にも身が入るわけであります。



ダイビングは、足ひれとか、水中マスクとか、シュノーケルといった道具を使って潜るものでありますが、ハンディキャップト・ダイビングとは、これらを順番に外して、それぞれ1000メートルほど泳ぐという訓練であります。



例えば、足ひれの片方を外して1000メートル泳ぐ。



この場合に、背中に背負っているタンクとか、マスク、シュノーケルはそのままにしておきます。

そうすると、慣れてくると、足を重ねて、ドルフィンキックをして進めば、まだ楽なことがわかります。



次に、足ひれを両方外した時点で平泳ぎをする訓練。



つまり、実際の海洋で器材が壊れたことを仮想して、対応する訓練なのです。



これらの訓練があるわけですが、これら決して、やみくもに体力を消費させ、根性論だけで練習する訓練ではありません。もし水中で足ひれが外れてしまった、あるいは足ひれを固定している部品が壊れてしまって足ひれが使えなくなった、そういう場合に、片方の足ひれで泳いで船まで戻らなければならない、そのための訓練であります。理由があるのです。意味もなくつらい訓練をしているのではありません。意味を理解すれば、どんなにつらい練習でも


「無理やり、やらされているのでなく。自分からしているのです.」



なぜ、こういった、つらい練習が必要か。それは海洋で身を守るためですと意識させて、激しい訓練をさせるのは極めて合理的です。


ですから、試合に負けたから(どちらかが負けるのは当たり前)といって理屈もなく(*)部員を殴るのは単なる暴力・傷害事件で体罰ですらありません。

(*)一応の勝手な理屈は自分のスポーツ界での地位が下がるとか、出世にひびくとかスポーツ推薦とか云々・・こういう人が教えていること自体が問題なのです。



非常に合理的な訓練であり、自分のいざという時の安全性を確保するための訓練であると考えれば、(限定水域=インストラクター監視下でのプールなどで)死ぬほど苦しくても(海で死なないための訓練ですから)耐えられるわけです。



なお、これらの一連のハンディーキャップトスイミングにおいては、常に、背中に十数キログラムのタンクを常に背負っていることになります。


ここで、タンクを捨てればこんな苦労もしなくてもとも思いましたが合理的な理由があるのです



なぜならタンクというのは、ひとりでに外れることがありませんし、タンクを外すというのは自発的な判断です。いよいよ最後の非常手段というわけです。


(大切な警告タンク(やウエイト)を外せば質量が減り、波の影響も受ける。昔のBCは体について、タンクはハーネスで背負っていました。現在ではタンク・ハーネス一体になっている。
タンクを放擲するべきかは状況によるのであってご不明の点はPADI JAPAN等の専門家および,資格を持ったインストラクターの相談してください。


訓練ではタンクを外さないのは合理的であり、いよいよ命に関わる事態でタンクを外せばよいのですから普段の訓練では、より厳しい条件でタンクを外さないのが基本なのです。


その中で、最も苦しい訓練がありました。



それは、機材を順番に外して、1000メートルずつ泳ぐという訓練において、マスクを外してシュノーケルだけで泳ぐ(背中のタンクは背負っております)。 

そうすると、シュノーケルをぎりぎりの高さまで出さなければ呼吸できないという、非常に苦しい訓練でありました。



しかし、納得のいかない点があり、東海大学潜水訓練センターにおいて、日本ダイビング界のインストラクターの第一人者である西村周(ちかし)先生にお聞きしました。


西村先生は、NHKテレビ連続教養講座のダイビング講座でインストラクターをされた方です。



私の疑問は、

「マスクとシュノーケルは一体になっているわけであるから、片方だけがオープンウォーター(実際の海)でなくすことはありえないのではないか」ということです。




その回答は、まことに見事なものでありました。


「万が一、水中マスクが割れたり壊れたりして、中に水が入って、視野が奪われた(重要な警告:まったく見えないわけではない)時のための訓練である」


重要な警告)今までに水中マスクが割れたのは一度も見たことがありません。想定外のことを想定する訓練です。


これを聞いて私は、この訓練は決して無駄な訓練ではないと判断したわけです。


■ダイビングというものは理論でするものであるから、やみくもに体を鍛えるものではありません。

昔、海洋公園(現在ではIOPと言われているそうです)は、東拓と言われていました。


その時のことですが、ある真冬の日に、どこかの大学の体育会系のダイビングチームが来て、


「**大学・ファイトー!!」


などとわめいて、水着一枚で寒中水泳をしているわけです。


ああ、何と馬鹿な大学だろうと。



まず、少なくとも入念な準備運動、それから心臓から遠い部分から少しずつ冷たい水に慣れていく。


こういうことを一切せずに、やたら大声でわめいて、いきなり真冬に、プールに飛び込むわけです(温水プールではありません)。


もちろんまともなインストラクターは皆、一様に顔をしかめて、


「あれはいったい何をやっているのか?」

「あんなことして、何の意味があるのだ?」

「意味もなく体力を消費しているだけではないか」


と言いましたから、私は、


「もし、海で間違ってウェットスーツが全部脱げたという時のための訓練でしょう」



と、嫌味を言ったら大受けしましたわけです。



重要な警告)以上の説明は、海洋の状況、機材や技量によって変わるので、ご参考にされる場合は資格を持ったインストラクターにご相談ください。


■さて、私が三宅島でツアーのアシストをした時のことです。



大変残念ながら、2名のダイバーが行方不明になりました(もちろん、私の属しているショップのダイバーではありません)。



なお、この時点において(まだ時間が早かったというよりは、朝早くからダイビングをするのが基本です。)、私どものダイビングチームは、すでにダイビングを中止し、天候が悪いので今回のダイビングツアーの中止を関係各位に通知しておりました。


そのときに、漁協関係者のような方や警察関係のような方が集まって、捜索チームを出すと聞いたような記憶があり、インストラクターの方は集まってくださいという協力要請のようなものがあったようですと聞いたような記憶があったようなことが今から思い出すとあったような気がします。(←口憚った表現については、ご理解ください)




このとき、私の直属の上司であるインストラクターは、はっきりと断りました。素晴らしいことだと思います。


なぜならば、ダイバーが行方不明になったということは、海の流れがダイバーの泳ぐ力よりも強いわけです。


いかにインストラクターが鍛えているといえども、仮に発見しても、その要救助者をその地点から人工呼吸をしながら曳航して帰ることは理論上不可能であります。(たとえば陸上競技の選手に80キロのものをかついで10キロメートルを全力疾走せよというほど不可能です)


また、もし水中に沈んでおれば、もはや死んでいるわけですから、急いで捜索をする必要はないわけです。


ですから、二次遭難を防ぐためにダイバーが行方不明になったという際に、泳いで捜索隊を結成するということは状況によるのです。。


随分冷たい言い方のようですが、これがわからない人には、リスク管理はできません。



さて、この2人のダイバーが行方不明になったということの最大の問題は、ダイビングを強行したこととバディ・ラインを使わなかったことですインストラクターと紐のようなもので結べば絶対に離れ離れになることはありません。




これらの「意識化の法則」は全てに通用する。受験勉強でも三角関数の公式はなぜ重要なのか(積分のため)。受験レベルでは半角の公式は積分でしか使わないと言っても過言ではない。