「親しい人や社会との共感・同調が痛みを軽減する」-慢性疼痛のための認知行動療法②(一般の方向け) | 粳間メンタルリハビリテーション研究所/一般社団法人iADLのブログ

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いつもお世話様です!


先日、千葉のクローズドな医療検討会で、地域のドクターを相手に、線維筋痛症と身体表現性障害(身体症状症)の病態・治療に関する最新の知見について、講演をしてきました。

 

この記事では、そこでの講演に関連した解説として、今まで解説していなかった親しい人や社会との共感・同調が痛みを軽減するという話を書いていきます。

 

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今までの解説はこちら

カラー画像アーカイブ①: https://ameblo.jp/u-mri/entry-12310738023.html

カラー画像アーカイブ②: https://ameblo.jp/u-mri/entry-12321620820.html

カラー画像アーカイブ③: https://ameblo.jp/u-mri/entry-12326859885.html

注意とマインドフルネスの話(番外編)-慢性疼痛のための認知行動療法①-(一般の方向け): https://ameblo.jp/u-mri/entry-12345483302.html


医療検討会で解説してきた事のほとんどはこちらにすでに解説を載せていますので、この部分は簡単な検討会の感想のみ書いておきます(読み飛ばし可)従来、検査で痛みの原因のわからない疾患だった線維筋痛症と身体表現性障害(身体症状症)も、その原因たる脳の異常がある程度検査でわかるようになってきたという話(上記カラーアーカイブ①の話)をまずしましたが、年輩の先生方の「いい時代になった」という感想が印象的でした。これらの疾患が、「何かしらの脳の問題なのだろうと考えるに至った根拠」を、年輩の先生方はご自分の豊富な臨床経験から意見して下さいました。「(脳の問題だと本当にわかるようになって)いい時代になったね」と。印象的でした。

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☆親しい人や社会との共感・同調が痛みを軽減する☆

 

さて、今回の記事では、今まで解説していなかった、「親しい人や社会との共感・同調が痛みを軽減する」という話を書いていきます。

 

 

 

まずは、「手を繋いだパートナーの脳波が、痛みを感じている人と同じ反応をする(brain-to-brain coupling)程度が、鎮痛の程度と、共感の正確さと、相関していた」という研究報告から[1]。

 

恋人同士の一人が「実際に痛みを感じる役(pain receiver)」になり、もう一人が「その痛みを観察する役(pain observer)」になり、二人の脳波を同時に計測します。

 

すると、二人が手をつないでいる時、「実際に痛みを感じる役」に見られる脳波上の反応と、同じ様な脳波上の反応が、もう一人の、「その痛みを観察する役」に見られる事が増えます。

 

この「脳活動の連動的な共有(brain-to-brain coupling)」の程度が、鎮痛の程度と、共感の正確さと、相関していたという。

 

親しい人との触れ合い(≒social touch)が、痛みを軽減するわけですが、その鎮痛のメカニズムの1つは、「脳活動を共有すること(=痛みに本当に共感すること)」だと示唆されたわけです。

 

[1] Goldstein P et al. Brain-to-brain coupling during handholding is associated with pain reduction. PNAS 2018. 201703643; published ahead of print February 26, 2018.

http://www.pnas.org/content/early/2018/02/16/1703643115.short

 

 

 

必ずしも触れ合わなくとも、周囲の人間と、行動が同調しているだけで、痛みを感じにくくなる事もわかっています。

 

チームメイトに協力する、人と一緒に笑うなど、「周りに合わせた行動・一緒の行動をとっている時(behavioral synchrony)のほうが、そうでない時よりも痛みは感じにくくなる」という研究報告があります[2]。

 

[2] Cohen EE, et al.Rowers' high: behavioural synchrony is correlated with elevated pain thresholds. Biol Lett 2010;6:106-108.

http://rsbl.royalsocietypublishing.org/content/6/1/106

 

 

こういった研究報告例がなくても、周りと同じ行動をしている時は、気分が良かったり、調子が良かったりすることは、経験でわかると思います。

 

 


我々は親しい人と、互いの脳を介して、自律神経反応を共有しています

 

国内ではクセヤミ等、海外ではcouvade syndrome(擬娩)と呼ばれる、妻の妊娠中に見られる「男のつわり」のような症状があります。

 

この背景にも、夫婦のホルモンの連動(coupling)が見られるという研究報告があります[3]。

 

男性にも、妻の妊娠中には本当につわりのような症状が起き、その程度は、夫婦のホルモンの連動による「夫のホルモンレベル変動」と相関するとのこと。

 

[3]. Storey AE at al. Hormonal correlates of paternal responsiveness in new and expectant fathers. Evol Hum Behav 2000;21:79-95.

https://www.ehbonline.org/article/S1090-5138(99)00042-2/fulltext?mobileUi=0

 

 


どのようにして、ある人(sender)の自律神経反応が、他者の脳(receiver)に伝わり、receiverの体にもsender同様の変化を引き起こすのか、そのメカニズムをかなりのことがわかってきています(Prochazkova E et al)[4]。

 

コレが一目で分かるリンク先の図は必見です。

https://ars.els-cdn.com/content/image/1-s2.0-S0149763416306704-gr3.jpg

 

[4]. Prochazkova E et al. Connecting minds and sharing emotions through mimicry: A neurocognitive model of emotional contagion. Neurosci Biobehav Rev 2017;80:99-114.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/28506927

 

[日本語解説図もupしました!(←H30年10/30 new!)]

 


こういった特殊な検査をせずとも、他者の感覚が「伝染」することは実感できます。

 

一番有名なのは「あくびの伝染」です。

 

ホンモノの他者のあくび(yawning)を見たときと、あくびの真似(gape)を見たときの脳の反応の明らかな違いが報告されています[5]。

 

特にホンモノの他者のあくびにしか反応しない領域(腹内側前頭前野)は、上のProchazkovaらの論文[4]でも、自律神経反応の共有に関わる領域とされています。

 

[5].Nahab FB et al. Contagious yawning and the frontal lobe: An fMRI study. Hum Brain Mapp. 2009;30:1744–1751.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4758456/pdf/nihms187141.pdf

 

 

 

「体感の伝染」は現実に起きており、このようにして、我々は、お互いに本当に、「共感」しあっています。

 

 

そして、「親しい人や社会との共感・同調が痛みを軽減する」ことも、わかってきています。

 

 


☆線維筋痛症と身体表現性障害(身体症状症)はどちらも注意機能の問題が指摘されている☆


さて、では、ここで、線維筋痛症と身体表現性障害(身体症状症)の話、講演してきた話に戻ります。

 

実は近年、身体表現性障害の診断基準が病名とともに変更されました。

 

以前(DSM-IVまで)は、「医学的に説明できない症状」であることが身体表現性障害の診断条件とされ、だからこそ、検査で痛みの原因のわからない疾患は身体表現性障害と診断されてきました。

 

一方で、実は、新しい診断基準(DSM-5)では、身体表現性障害の捉え方の中核を、「自分の身体症状に対するリアクション*に異常がある病気である(*思考・感情・行動による反応)」という風に、変えたのです。

 

その身体症状が医学的に説明できるものであろうとなかろうと、その症状に対して異常なリアクションをとっていること、ソノモノを、病気として捉えていこうと。

 

確かに、 DSM-IVまでの、「医学的に説明できない身体症状がある人を身体表現性障害と診断する」、従来の診断基準では、身体表現性障害が、どんな精神の症状がある病気なのか、よくわかりませんよね?身体症状がある病気であることしかわかりません。「精神科領域の疾患でありながら、精神の症状で診断しない」、不思議な診断基準だったわけです。

 

それに対して、DSM-5では、以下のような、「精神の症状で判断する基準」が定められています。また、コンセプト変更に伴い、「身体表現性障害(somatoform disorder)」という括りが無くなり、「身体症状症およびその関連症候群(somatic symptom and related disorder) 」と呼ばれるようになります。

 

では、DSM-5の身体症状症(somatic symptom disorder)の診断基準を見てみましょう。

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身体症状症(Somatic Symptom Disorder)のDSM-5の診断基準[6]


A. 1つまたはそれ以上の, 苦痛を伴う, または日常生活に意味のある混乱を引き起こす身体症状

 

B. 身体症状, またはそれに伴う健康への懸念に関連した過度な思考, 感情, または行動で, 以下のうち少なくとも1つによって顕在化する.
(1). 自分の症状の深刻さについての不釣り合いかつ持続する思考
(2). 健康または症状についての持続する強い不安
(3). これらの症状または健康への懸念に費やされる過度の時間と労力

 

C. 身体症状はどれひとつとして持続的に存在していないかもしれないが, 症状のある状態は持続している(典型的には6ヵ月以上).

 

►該当すれば特定せよ
疼痛が主症状のもの(従来の疼痛性障害):
この特定用語は身体症状が主に痛みである人についてである.

►該当すれば特定せよ
持続性:持続的な経過が, 重篤な症状, 著しい機能障害, および長期にわたる持続期間(6ヵ月以上)によって特徴づけられる.

►現在の重症度を特定せよ
軽度:基準Bのうち1つのみを満たす.
中等度:基準Bのうち2つ以上を満たす.

重度:基準Bのうち2つ以上を満たし, かつ複数の身体愁訴(または1つの非常に重度な身体症状)が存在する.

 

[6]. DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル. 原著:American Psychiatric Association 
日本語版用語監修:日本精神神経学会. 監訳:高橋 三郎/大野 裕, 訳:染矢 俊幸/神庭 重信/尾崎 紀夫/三村 將/村井 俊哉, 医学書院,東京,2014

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DSM-5では、診断を支持する関連特徴・認知的特徴の一つとして、「身体症状だけに向けられた注意(あまりに身体症状群への懸念に目が向きすぎているために、考えを他のことに向け直すことが出来ない)」という特徴が記載されています。

 

診断基準の文面を見ても、「注意やワーキングメモリーが自分の症状に異常に多く向けられている病気」と解釈することが出来ます。

 

そして、この「注意の方向性(焦点)の特徴」こそが、痛みを増強させてしまうことは、上記、番外編(*)で説明した通り。

 

(*注意とマインドフルネスの話(番外編)-慢性疼痛のための認知行動療法①-(一般の方向け)

 

 

 

この話を思い出してもらえれば、病態を理解しやすくなるとともに、支援も考えやすいと思います。


さて、医学的な説明のつかない痛みであることは(旧)身体表現性障害と線維筋痛症も同じ。


両者は異なる病気なのか?


そんな中、線維筋痛症の診断基準と全く異なる、DSM-5の身体症状症診断基準が出てきた事で、少なくとも、線維筋痛症と身体症状症は、別の病気として区別できるだろうと期待されました。

 

そこで早速、線維筋痛症の診断基準であるACR1990やACR2010を作ったWolfeらは、「線維筋痛症例が、DSM-5の身体症状症の診断基準を同時に満たす事があるものなのか?」調査しました。

 

その調査報告では、なんと驚くべき事に、 「ACR2010の診断基準を満たす線維筋痛症例440例全例が、DSM-5の身体症状症の基準Aを満たしたこと。そして、そのほとんどの症例は、基準Bも満たすだろうこと」が報告されました。

 

[7]. Wolfe F, et al. Symptoms, the Nature of Fibromyalgia, and Diagnostic and Statistical Manual 5 (DSM-5) Defined Mental Illness in Patients with Rheumatoid Arthritis and Fibromyalgia. PLoS One. 2014;9:e88740.

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/24551146

 

 

線維筋痛症の診断基準を満たしたケースは同時に身体症状症の診断基準も満たしてしまうだろうと報告されたわけです。

 

線維筋痛症と身体症状症では全く違うことを判断基準としているはずなのに、両者の区別がつかなかったと。

 

少なくとも、線維筋痛症例も、自身の痛みに注意を向けすぎている点においては、身体症状症と同じだったわけです。

 

 

実は、本邦の線維筋痛症診療ガイドラインにおいても、2013年版では非常に多くの紙面を割いて、線維筋痛症と身体表現性障害の鑑別ポイントについて解説されています。

 

しかし、線維筋痛症診療ガイドライン2017においては、上述のWolfらの報告を引用した上で、

 

「線維筋痛症とDSM-5の身体症状症および関連症との鑑別に注意を注ぐこと自体にそれほど価値はなく、あくまでもそれぞれの専門分野の研究のための分類であることを認識すべきである(本邦の診療ガイドライン原文ママ)」

 

・・・と、短くまとめられています。

 

 

というわけで、長年大きな力を注がれてきた、線維筋痛症と身体表現性障害の鑑別作業は、近年になるにつれ、「何をもってしても区別が出来ない」ことがわかり、線維筋痛症と身体表現性障害という病名は、どちらもあくまでも、研究上の分類となる疾患名に過ぎなかったことを思い出そうということになりました。

 

この考え方には私も大変共感します。

 

 

 

線維筋痛症と身体表現性障害(身体症状症)で指摘される注意機能の問題は「共同注意(共感)」ではないのか


さて、線維筋痛症と身体表現性障害(身体症状症)はどちらも「注意の問題」が指摘されていることはわかったと思います。

 

では、それはどんな種類の注意なのか?

 

それはまだわかっていません。

 

しかし、これら疾患の患者さんが痛みそのものに向けている注意(患者さんの注意)の問題だけではないことはたしかであり、これら疾患の患者さんの痛みに対して、周囲の人の注意が向いているかどうかも問題ではないのか?*という考えを発表してきました。


*「患者さんの痛みに対する共同注意フレームが形成されているかどうかの問題ではないか?」と提案してきました。
(共同注意に対しては、前々回記事前回記事参照)

 


最初からの話とあわせて説明するに、ようするに、これら慢性疼痛には、「親しい人や社会との共感・同調が不足していることが関連しているのではないか?」と。

 

親しい人や社会との共感・同調が痛みを軽減することは、上述したように多くの研究報告があります。

 

 

これらの疾患は、痛いから共感して欲しい(共感で鎮痛して欲しい)と感じる病気なのかもしれませんし、共感が足りないから痛い病気なのかもしれません。

 

つまり、それぞれが、原因なのか結果なのかはわかりません(原因・結果の話で考えるのはやめたほうがいいという話は以前解説しました)


では、仮に、共感が不足している事が慢性疼痛に強く関わっているとして、それは、患者さん側と周囲のどちらの問題なのか?

 

…これも考えないほうがよいと思います。

 

「歩み寄りが大切」なのは、自明でしょう?

 

どちらかが悪いと言い合ったら、距離は離れてしまうかもしれません。。

 


まずは行動の同調から

 

 

 

本当の意味での共感(体感まで共有するという意味での共感)は、親しい同士でなければおそらく難しい。

 

しかし、行動の同調は、親しくなくとも出来ます。

 

運動療法中に動きを合わせたり、一緒に数をかそえるなどは、親しくなくとも簡単に出来ます。

 

特に数をかぞえることは注意を外向きにするためにも重要です。

 

行動の同調だけでも痛みを感じにくくなる事は上述したとおり。

 

まずは、親しい人と、歩調を合わせて、歩数を数える散歩をしてみませんか?


以上、「親しい人や社会との共感・同調が痛みを軽減する」という話でした。

 

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