K@Fe~type103's Room~ -1307ページ目

秩父鉄道1000系

1985~1989年に掛けて国鉄から3連7本、JR東日本から3連5本の101系を譲り受けた秩父鉄道1000系。


1989年にやって来た1009Fは、前年11月に中央・総武緩行線101系さよなら運転に抜擢された車両。

2008年4月の最終検査出場で、まさかの関西色にリバイバル。コレには当の本人が一番驚いたかな?

秩父鉄道への譲渡車両は、最終配置が津田沼(習志野)電車区または中野電車区の車両が殆どですが、一部に中原電車区、豊田電車区最終配置の譲渡車が存在します。


カナリア色にリバイバルされた1012Fは、最終配置が中原電車区、ちなみに新製配置は森ノ宮電車区、淀川→津田沼を経て中原電車区で最後を迎えたのち、秩父鉄道入りしてます。

秩父鉄道譲渡に際しては冷房改造車を温存しつつ、中央・総武緩行線8→10連化用として1965~1969年製造の経年の若いクハ101を活用すべくTc M Mc'とされ、基本的には1963年以降の製造車を譲渡していますが、埼京線、京葉線開業に絡む車両需給調整の都合から、101系の廃車が1985年以降は下火になってしまい、1959年製造車と1961年製造車が1編成ずつ(クハは全て1965年以降の製造車)存在しました。

その1961年製造車である1001Fは、2007年10月にスカイブルーにリバイバル。

2011年には国鉄型車両で初めての経年50年越えを達成、2013年10月の廃車解体まで51年11ヵ月に及ぶ活躍でした。

ちなみに経年50年越えを達成した国鉄型車両は、他には105系クハ104-601と115系クハ115-553・801・802、七尾線415系の一部など限られた車両だけしか存在しません。

今後、この50年の壁を越えそうなのは……いすみ鉄道のキハ28-2346とキハ52-125かな?

東急9000系東横線時代

1986年に東急が世に送り出した9000系。東急初の……というよりも全国的にもまだ数少なかったVVVFインバータ制御と交流モータを採用した車両で、先頃惜しくも逝去された鉄道趣味界の大御所の一人、宮田道一さん(鉄道友の会元理事)が、東急電鉄本社鉄道事業本部長~常務取締役として活躍されていた時に彼が中心になって設計開発を手掛けた車両の1つがコレ。
(妙蓮寺にて)

15本のうち14本が東横線に、1本が大井町線に配属されて長らく活躍してきました。

渋谷駅の頭端式(行き止まり)高架ホームと9000系の組み合わせも過去のものに……


現在は東横線に投入した14本も全て大井町線に集結して活躍中。

さて、この9000系、デビューと時を同じくして始まった東横線田園調布~日吉の複々線化(と、目蒲線改良)計画完了後の東京メトロ南北線、都営三田線直通運転に対応可能なように準備されていましたが、性能面で若干難があったこと等から、現在に至ったのはあまり知られていません。しかし、9000系全車と、東京メトロ南北線9000系、都営三田線6300系の一部車両の車端部に設置されている4人掛けボックスシートが当時を物語る名残と言えそうです。

E233系青667編成と青462編成

昨日、富士河口湖マラソン大会開催に伴う多客対応で運転されたJR~富士急の直通列車「快速富士河口湖マラソン大会号」。

2本運転されたのですが、うち1本はE233系による全車自由席の快速で、青梅線、五日市線専用車の青667編成が充当されました。
(上大月~田野倉にて、富士河口湖マラソン大会号の青667編成)

青667編成、シルバーウィークにもホリデー快速富士山号に充当予定の189系の故障に伴い、突発代走に駆り出されていて、今シーズン2度目の富士急乗り入れに。
(ホリデー快速富士山号代走の青667編成)

一方の青462編成、こちらも精力的に遠征しています。

9月には諏訪湖上新作花火大会開催に伴う多客対応で、小淵沢~松本の臨時各停に。
(茅野にて臨時各停小淵沢行き青462編成)


10月の川越車両センター祭りにも展示されました。
(川越車両センターにて青462編成)

運用見直しで編成に余裕が生じたからこその遠征ですが、個人的にこの2編成にはMVPをあげたくなる……