http://urx.space/U40o
「
スマートフォンを使っていると、つい開いてしまうSNSアプリ。
総務省の調査によると、スマホ利用者の71.2%が何らかのSNSを利用しているという(平成29年版 情報通信白書より)。
利用者の増加と同時に、インターネット上での人間関係トラブルも増えている。
相手の顔が見えないため
「これはストーカー、つきまといでは?」
と疑問を感じても、確信が得られない。
人に聞けないネット上のつきまとい行為について、経験者のエピソードに現行法の定義も交えて考えていきたい。
(取材・文/フリーライター むらたえりか 文中の登場人物は全て仮名)
」
「パム」がスマホに機種変した直後に感じたのが、ガラケーよりもSNSとの距離が近くなった事でした。
スマホはもはや小さいコンピュータです。
パソコンと大差ありませんから、パソコンでできる事はスマホでも大抵はできます。
便利になったと感動したと同時に恐怖を覚えました。
「
ストーカーとコミュニケーショントラブルの違い
ストーカー規制法の内容とは
総務省が発表している「平成27年版 情報通信白書」によると、
SNS利用者の15.4%が、過去にSNSで何らかのトラブルに遭ったことがあると回答している。
30代以上になると、その割合は10%前後にとどまるが、20代以下では26%がトラブルを経験しているという。
実際に起きたトラブルの内容のうち
「自分の発言が自分の意図とは異なる意味で他人に受け取られてしまった」
「自分は軽い冗談のつもりで書き込んだが、他人を傷つけてしまった」
というもの。
これは、コミュニケーションのトラブルだ。
SNSだからこそ軽い気持ちで言ってしまった、ということはあるかもしれない。
でも、同じようなすれ違いは日常生活でも起きる。
よくあるSNSトラブルと「ストーカー行為」の違いは何だろうか。
ストーカー規制法では、ストーカー行為についてこのように定義している。
〈同一の者に対し「つきまとい等」を繰り返して行うことを「ストーカー行為」と規定〉
「つきまとい等」の内容は、下記の8つだ。
ア つきまとい・待ち伏せ・押し掛け・うろつき等
イ 監視していると告げる行為
ウ 面会や交際の要求
エ 乱暴な言動
オ 無言電話、拒否後の連続した電話・ファクシミリ・電子メール・SNS等
カ 汚物等の送付
キ 名誉を傷つける
ク 性的しゅう恥心の侵害
この中で、特にSNSに関わる
「オ 無言電話、拒否後の連続した電話・ファクシミリ・電子メール・SNS等」
では、拒否しているにもかかわらず、何度もSNSでメッセージなどを送ってくることがストーカー行為であると定義している。
2016年に小金井市で起きたシンガーソングライターの女性が刃物で襲われた事件をきっかけに、
ストーカー規制にSNSが含まれたことは記憶に新しい。
」
かつて、「SNS」と言えば「mixi」でした。
それが、ガラケー末期には「ソーシャルアプリ」の隆盛とともに、「gree」「モバゲー」も台頭しました。
そして、スマホの時代になったら、「Twitter」「Facebook」「Line」が主流に変わりました。
スマホの特徴は、アドレス帳や各SNSの「マイミク/フォロワー/フレンド など」を連動する事が可能であると言う事です。
その結果、現実世界の人間関係がインターネット上にまで拡大してしまいました。
すると、現実世界のトラブルまでもがインターネット上に拡大するのです。
「
やり取りをやめたら相手が豹変
◆警察に相談する」と伝えたらいなくなったが…
実際に、SNS上でつきまとわれた経験のある人に話を聞いた。
趣味が高じてインターネットでハンドメイドアクセサリーを販売していた綾香さん(20代女性)は、
TwitterやInstagramを使って新商品や出店の宣伝をしていた。
作ったピアスやネックレスをつけた写真を商品の着用例としてアップロードしたところ、
1人の男性と思われるアカウントから容姿を褒めるメッセージが送られてきた。
「その人は、最初は容姿だけでなく私の作品についてもコメントしてくれていました。
『母や妹に買ってあげたいが、何が好きかわからない』
と言うので、お母様や妹さんの年齢や服装の好みなどを聞いて、似合いそうなものを選ぶために何度もやりとりしていたんです。
その中に、
『綾香さんの唇がきれい』
『触りたくなるきれいな髪の毛だ』
というコメントもありました。
相手はお客さんだと思っていたので特に深い意味があるとは考えず、
そのときは社交辞令にお礼をするようなお返事をしたつもりでした」(綾香さん)
しかし、数週間やりとりを続けていても、その男性が商品を購入した様子はない。
購入の意思がないお客さんに時間を使う余裕がないと判断した綾香さんは、
おすすめの商品の販売ページに飛ぶURLを送り
「もしご購入なさる際は、こちらからよろしくお願い致します」
とメッセージを送った。
それが気に入らなかったのか、男性アカウントは購入もしていないのに綾香さんの対応が悪かったかのように吹聴するようになった。
Instagramに
「汚れた商品が送られてきた」
「商品が壊れていたのに、弁償もしない」
という悪評コメントがつくようになる。
Twitterでは、商品画像や着用画像をアップするたびに
「下手くそ」
「ブス」
とリプライ(※Twitter上での返信)が送られてくる。
「耐えられずその男性のアカウントをブロックしたところ、
いくつも捨てアカウント(※同一人物が持つ複数アカウント)を作ってコメントしてくるようになりました。
同一人物だろうと頭ではわかっていました。
でも、たくさんのアカウントに攻撃されているうちにだんだん
『もしかして、私のことを嫌いな人がたくさんいるのかもしれない』
と疑心暗鬼になってしまって……。
親しい友人に相談して、警察に相談に行くことにしました。
男性の最初のアカウントに対して
『警察に相談します。これまでのコメントは全て証拠として提出します』
とメッセージを送ったんです。
そうしたら、次の日に男性のアカウントは消えていました。
攻撃的なコメントも来なくなっていました」(綾香さん)
これで一件落着かというと、そうではない。
あの男性アカウントは誰だったのか、いったいなぜ自分がこんな目に遭ったのか。
そう悩んでいるうちに、他のアカウントや周りの人も信用できなくなり、
綾香さんはSNSも趣味の作品の販売も辞めてしまったそうだ。
」
「パム」は2000年代からインターネットを利用しています。
「パム」と言う名前はこの当時の「ハンドルネーム(インターネット上の通称)」だったのです。
当時は、「荒らし」と呼ばれる人が「掲示板」「チャット」などに出没していました。
ワザと場の空気を壊すような投稿をしたり、
目的の掲示板の常連ユーザーのハンドルネームを名乗って場を乱したり、
掲示板/チャットのプログラムのバグを突いて、表示が崩れるような投稿をしたり、
プログラムを使って、数日間に渡って延々と投稿を続けたり、
もはやなんでもありでした。
インターネットって、相手の顔が見えないから、現実世界よりも強気に動けるのです。
すると、この綾香さんの例のようなトラブルも起こりやすくなるのです。
しかし、インターネット上の関係はインターネットで閉じてました。
それが、SNSとスマホの普及により、現実世界との垣根が無くなりました。
すると、ホントにややこしい事態もあるのですよ・・・。
トホホ^^;
「
想起されるストーカー殺傷事件
まずは早い段階で「NO」の意思表示を
SNSでのつきまといで趣味を自由に楽しめなくなったという例は、他にもある。
ある男性タレントのファンで、ファン仲間とSNSで交流していた麗奈さん(30代女性)。
あるときから、そのタレントのファンだと名乗る男性からしつこく連絡が来るようになった。
最初は
「男性だし、今までファン仲間がいなかったのかな」
と思っていた。
しかし、交流していくうちに気になる言動が増えていく。
「俺はそのタレントの知り合いだ」、
「彼は、俺のアドバイスを聞いてそのとおりにファンサービスをしているんだ」
と、自分がタレントに影響力を持つ存在であることをアピールしてくるのだ。
同様のメッセージを麗奈さんのファン仲間にも大量に送っていたようで、仲間内で話し合い、反応しないことに決めた。
「その後、誰かがタレントさんの事務所へこの件を相談したようです。
それからしばらくして、その人のアカウントは消えました。
当時は、ちょうど小金井でシンガーソングライターの女性に対するストーカー事件があったころ。
もし彼が変な執着心を持つ人だったり、私たちに恨みを持ったりした場合、
タレントさんに迷惑をかけたり危害を加えたりするのではないかと、とても不安な日々を過ごしました」(麗奈さん)
綾香さんの件も麗奈さんの件も、
「しつこくメッセージを送ってくる」
という行為から始まり、その内容によって趣味や生活に支障をきたす恐怖を与えられている。
麗奈さんの話に出てきた「小金井でのシンガーソングライターのストーカー事件」は、
2016年5月に東京都小金井市で発生した殺人未遂事件のことだ。
シンガーソングライターとして芸能活動を行っていた女性に対し、ファンを自称する男性がSNS上でストーカー行為を繰り返した。
その後、女性が出演予定だった小金井市内のライブハウスにて、ナイフで刺殺しようとして重傷を負わせた。
SNSでの交流があまり頻繁でない人や、嫌な思いをしたことがない人は、
ちょっと変わったメッセージに
「それくらい、いいじゃない」
「SNSってそういうものでしょう」
とアドバイスしたくなってしまうかもしれない。
だが、SNS上での書き込みやメッセージから始まったこの事件を考えると、
おかしなメッセージを送る相手に対して警戒心を持つのは過剰反応とも言えない。
」
発端は現実世界のトラブルからなのですが、「パム」も、
>SNSでのつきまといで趣味を自由に楽しめなくなった
一人です。
今や、ライブに出演したくてもエントリーできません。
「パム」がエントリーしたライブ会場にしつこくクレーム電話/メールをする人物がいるからなのです。
相手は、暇人なので、「パム」のインターネット上の行動を監視する時間とか余裕がたっぷりとあるのでしょう。
「
男性も遭うストーカー被害
まず「やめてください」と伝えることの重要性
相手に
「やめてください」
と伝えることが必要だとわかっていても、不安でなかなか行動に出られないという被害者の声もある。
30代の男性である浩介さんは、ストーカーに遭っている最中の気持ちを
「とにかく
『自分はひとりぼっちだ』
という感覚が強かった」
と話す。
浩介さんは、Twitterの相互フォロワー(※お互いにフォローをし合っている状態)である40代の女性から、
一方的に1日で数十通のメッセージを送りつけられた。
内容は、現実と妄想が入り交じっていて、浩介さんが自分のことをわかってくれないと責め立てるものになっていた。
「それまでだいぶ長い期間交流があったので、お互いの居住地もなんとなくわかっているような関係でした。
自宅まで来られたらどうしようと不安にさいなまれているうちに、
『僕には味方がいない』
と錯覚するまでになってしまって。
それでもきちんと状況を説明し、
『あなたのやっていることはおかしい。やめてほしい』
と伝えました。
すると、今度は自分のTwitterで僕への罵詈雑言を24時間ツイートし続けるようになってしまいました」(浩介さん)
結局、浩介さんはTwitterを非公開にし、その後アカウントも削除してしまったそうだ。
綾香さん、麗奈さん、浩介さんともに、以前のようにはSNSを利用できなくなってしまった。
綾香さんは相手に
「警察に相談する」
と伝えたものの、実際には3人とも警察には相談していない。
なぜ警察に相談しないのか。
その理由には、どんな人がストーカー規制法に触れるのか、どの段階で警察に行けばいいのかをよく知らないということが挙げられる。
また、綾香さんは
「友達に提案されるまでは、
SNSのやり取りで警察に相談なんて笑われるんじゃないか、まともに取り合ってもらえないんじゃないか」
という気持ちがありました」
と明かしてくれた。
相手がストーカーかどうか見極めるために、まず1つ乗り越えなければいけないのが
「NOと言うこと」
だ。
拒否しているにもかかわらずSNSでメッセージやコメントを続けてくることが、自分で明確に線引きするための材料になる。
また、警察に相談すると、警告や禁止命令を行ってもらえる場合もある。
被害の状況によって異なるが、処罰を与える判断をしてもらえることもある。
どうしても自分で判断できないという場合は、まず相談にだけでも行ってみることを考えてほしい。
もちろんその前に、信頼できる友人や家族に話してみることもいいだろう。
」
「パム」は、「50代の既婚男性」から15年近くネットストーキングされ続けております。
「パム」はこの人物と現実世界で知り合いました。
それが、「パム」とトラブルになってからは、
その人物はmixiで「パム」の誹謗中傷を始め、今や、Twitter/Facebook/Ameba/はてな/Youtube/Instagramにまで拡大しました。
Twitterでは「bot」と言う自動的に投稿するプログラムを使用しております。
>今度は自分のTwitterで僕への罵詈雑言を24時間ツイートし続けるようになってしまいました
まさに、この状態でして、全自動で「パム」への罵詈雑言を24時間体制で投稿し続けております。
更に、現実世界の方でも「パム」の被害が広がり、職場や「パム」が出没する場所へ、クレーム電話やメールをするまで至りました。
なぜか、「パム」が警察から呼び出されたりとかまでされたり・・・^^;
ねぇ?何が楽しくてこんな事を続けているのかな?www
「
「嫌よ嫌よも好きのうち」を忘れ、
「NO means NO」を覚えることで被害者を増やさない
SNSでのコミュニケーションのどこからがストーカーになってしまうのか――。
それを知っておかないと怖いのは、被害者になる可能性があるからだけではない。
誰であっても、どんな性別でも、加害者になってしまう可能性があることを肝に銘じておかなくてはならない。
そのためにも
「NO」
「やめてください」
と意思表示されたらやめるという、シンプルな反省が必要になってくる。
それでも、関係性によっては「NO」を言いづらいという声はまだまだ多い。
2018年7月6日(金)に東京都新宿区で行われたイベント「クソLINE研究所~男たちはなぜ性欲LINEを送ってしまうのか~」では、
あまり親しくない相手から深夜に送られてくる“迷惑なLINEのメッセージ”について意見が交わされていた。
迷惑なLINEメッセージを送る側が上司や自分より強い相手だった場合、正面からきっぱり
「迷惑です」
とは言いづらい。
やんわりとやり過ごすために
「笑」
とか
「全然よくないです~~~」
などと、和やかに見える優しい返事をしてしまうのだそうだ。
イベント登壇者の桃田商事・森田専務は
「LINEは2人だけのトークルームがあるので、“密室感”がある」
と指摘する。
その密室感によって、自分だけに見えるメッセージを送ってくれる相手を親密であると勘違いをしてしまう。
距離感がわからなくなって、やんわり拒否されたことも感知できなくなってしまう。
相手が部下など、自分に対して立場が弱い存在である場合には、気を使われていることに気づけないということもありそうだ。
日本には昔から
「嫌よ嫌よも好きのうち」
という言葉がある。
「口では嫌だと言っていても、それは建前であり、心の内では受け入れている」
という意味だ。
しかし、2018年にぜひもう一つ覚えておいてほしい言葉がある
「NO means NO」
だ。
「NO means NO」
を訳せば、
「嫌という言葉は、嫌という意味」。
ふざけた調子であっても
「嫌だ」
「やめて」
と言われたら
「そうは言っても楽しんでいる」
「そう言っているが、自分を受け入れてくれている」
と曲解せず、まずはそのまま受け入れること。
NO means NOが浸透すれば、ストーカー被害者も意思表示や被害を周りに表明しやすくなる雰囲気づくりができる。
現行のストーカー規制法では、今回自分の経験を話してくれた3人のような人たちをすぐさま助けることは難しいかもしれない。
私たちは、自分が被害者にならないためにも、そして加害者にならないためにも、
「NO」
と言う勇気と、それを受け入れる勇気を持つべきだ。
また、傍観するだけの第三者にならないために、知識を共有したい。
多くの人が利用し楽しんでいるSNS。
ストーカー被害をそこでの些細なトラブルだと流してしまわず、日々SNSを利用している自分のこととして考えていきたい。
」
うぉっとお・・・・・・。
「パムのトラブル」が水面下だった頃の話です。
「パムのトラブルのキーパーソン」が「パム」に対して「NO」と言っているにも関わらず、
「パム」が「Facebook messenger」で延々と説得を続けた事がありました。
現実世界で、「パムのトラブルのキーパーソン」と話し合った時に、
「パム」は、
「これは、あなたの為を思って言っているんです。」
と言いました。
今になると解りますよね?
>「これは、『あなたの為』を思って言っているんです。」
つまり、当時の「パムのトラブルのキーパーソン」の行動が変わらなければ、
「パム」は「パムのトラブルのキーパーソン」に対してなんらかの法的措置を取ると言う意図だったのです。
その後、「パム」は「パムのトラブルのキーパーソン」の件を会社の人事部に相談しました。
そして最終的には、昨年の10月、「パム」は実際に「民事訴訟」の提訴と言う法的措置を実行したのです。
また、
>「これは、『あなたの為』を思って言っているんです。」
このように、不明確な言葉を使用した理由は、明確過ぎる言葉の場合、「パム」が「脅迫罪」で逮捕される可能性があったからでもあります。
http://u0u1.net/0me4
「
40~64歳のひきこもり状態の人が全国に61・3万人いる。
内閣府は29日、そんな推計を公表した。
「中高年ひきこもり」の全国規模の数が明らかになるのは初めて。
従来ひきこもりは青少年・若年期の問題と考えられてきたが、その長期化・高年齢化が課題となる状況が浮き彫りとなった。
【写真】40代50代のひきこもり当事者らが思いを語り合った
http://u0u1.net/qvIx
東京都によるひきこもりの実態調査について、当事者家族ら(右)は、
従来30代までとしていた調査対象の年齢制限を取り払い、
高齢化などの実態を把握したうえで政策も見直すよう求める要望書を都青少年課に手渡した
=2018年7月、東京都庁
http://u0u1.net/XGoT
」
世代の俗称と時代背景を併せて考えてみましょう。
・ しらけ世代 :バブル崩壊後の「リストラ」のターゲットになった世代
・ バブル世代/新人類 :入社後に「リストラ」は受けなかったが、その後のサバイバルで大変な想いをした世代
・氷河期世代/団塊ジュニア/ポスト団塊ジュニア:入社時が「バブル崩壊」の開始期とぶつかった世代
・ さとり世代/ゆとり世代/新人類ジュニア :成長時には既に「バブル崩壊」の時代だった世代
そして、団塊の世代/全共闘世代は、見事にバブル崩壊の余波から逃げ切れている人が多いと見られます。
すると、中高年のひきこもりは、精神的な問題だけでなく社会的な問題も考えられるのでは無いでしょうか?
<参考>
○世代 --Wikipedia--
http://u0u1.net/W72z
○しらけ世代(1950年-1964年 産まれ/55歳~69歳)
しらけ世代(しらけせだい)は、日本の学生運動が下火になった時期に成人を迎えた、政治的無関心が広まった世代を指す語。
1980年代には、世相などに関心が薄く、何においても熱くなりきれずに興が冷めた傍観者のように振る舞う世代を指した。
→ 若手時代 :安定成長期
中年時代前期:バブル期
中年時代後期:バブル崩壊
○バブル世代(1965年-1969年 産まれ/50歳~54歳)
バブル世代(バブルせだい)は、
日本で、おおむねバブル景気の時期に就職した(現役の学生時代に就職が内定した)世代である(1987年度-1991年度)。
→ 若手時代 :バブル期→バブル崩壊
中年時代以降:バブル崩壊
○新人類(1961年-1970年 産まれ/49歳~58歳)
成熟した成人として、社会を構成する一員の自覚と責任を引き受けることを拒否し、
社会そのものが一つのフィクション(物語)であるという立場をとるとされた。
音楽でもテクノポップの流行など、社会的にも無機質な変容が感じられた時代に、
高尚な哲学や思想を語ることも、一種のファッションとしての地位を得た。
一方、評論家の竹熊健太郎は、
オタクと新人類は同一のものであり、「同じ人格類型のバリエーション」である
と唱えている。
新人類世代の共有体験は、
受験勉強以外にも、テレビ番組や漫画・アニメ、ロック、テクノポップ、洋楽などといったサブカルチャーの体験
を特徴とする。
1980年代は「ネクラ」「ネアカ」という言葉が流行り、社交的で軽く明るい性質が賞賛される傾向が強くなったが、
新人類が生み出した若者文化は「ネアカ」志向であった。
フォークソングは湿っぽいとして廃れ始め、ロック音楽が流行り、ヘヴィメタルが台頭し始めた。
→ 若手時代 :安定成長期→バブル期→バブル崩壊
中年時代以降:バブル崩壊
○氷河期世代(1970年-1983年 産まれ/36歳~49歳)※パムが含まれる世代
日本では、就職氷河期時に就職活動を行った世代のことを「氷河期世代」と呼ぶことがある。
ほかにも、
「貧乏くじ世代」(香山リカ)や
「ロストジェネレーション」(『朝日新聞』が2006年8月及び2007年1月5日付28-29頁の特集で使用)、
「棄民世代」
などと呼ばれている。
この氷河期世代には安定した職に就けず派遣労働やフリーターといった社会保険のない不安定労働者(プレカリアート)である者が非常に多い。
『反貧困』の著者である湯浅誠によると、負傷で解雇された氷河期世代の派遣労働者は、「夢は自爆テロ」といい放ったという。
なお、ここでは、大卒時に就職氷河期であった1971年度から1982年度に生まれた人々を(狭義の)氷河期世代として取り上げている。
→ 成人以降 :バブル崩壊
○団塊ジュニア(1971年-1974年 産まれ/45歳~48歳)
団塊ジュニア(だんかいジュニア)とは、日本において、1971年から1974年までに生まれた世代。
ピーク(1973年)は210万人、団塊ピーク(1949年)の270万人より少し少ない。
第二次ベビーブーム(ベビーブーマー)世代とも呼ばれる。
→ 成人以降 :バブル崩壊
○ポスト団塊ジュニア(1975年-1984年/35歳~44歳)※パムが含まれる世代(パムの両親は団塊の世代です。)
ポスト団塊ジュニア(ポストだんかいジュニア)とは、日本の団塊ジュニアと呼称される世代の後に生まれた世代のこと。
1975年生まれから1981年生まれを指し、「団塊ジュニアの後に生まれた世代」と、「ポスト団塊の世代の子供世代」の2つの意味がある。
このことから準団塊ジュニア(じゅんだんかいジュニア)、もしくは2次団塊ジュニア(2じだんかいジュニア)とも呼ばれる場合もある。
→ 成人以降 :バブル崩壊
○さとり世代/ゆとり世代/新人類ジュニア(1987年~)※1965年・1986年は???
「さとり世代」の特徴は
「欲が無い」
「恋愛に興味が無い」
「旅行に行かない」
などが典型例として指摘される。
休日は自宅で過ごしていることが多く、
「無駄遣いをしない」し
「気の合わない人とは付き合わない」
傾向が高い。
さとり世代は、生誕と前後してバブルが崩壊し、不況下の日本しか知らない。
インターネットネイティブでもあるから情報が豊富で、
無駄な努力や衝突は避け、大きな夢や高望みが無く、俗な意味での「合理性」を重視する傾向があるという。
安くてそれなりに質のいいものを好み、コストパフォーマンスを重視する傾向がある。
この世代の若者の特徴として、
ボランティアへの意欲が高い、
消費・所有に執着をしない、
などが挙げられるが、こうした事から、
これまでの消費に重きを置く社会から、精神的な豊かさ、幸福感への移行期における、新しい価値を模索している世代ではないか、
との指摘がある。
原田曜平は、こうした若者の特徴について、経済が成熟した国で見られる気質であり、国内に限った事ではないと述べている。
→ 成人以降 :バブル崩壊
「
内閣府が2015年度に実施した調査で、15~39歳の「若年ひきこもり」は54・1万人と推計された。
今回、40~64歳の「中高年のひきこもり」について国レベルで初の調査を実施。
調査方法の一部変更があったため単純比較はできないが、その結果に基づく推計数は、若年層を上回った。
分析にあたった内閣府の北風幸一参事官は
「想像していた以上に多い。ひきこもりは決して若者特有の現象ではないことがわかった」
と述べた。
今回の推計は、
ひきこもる中高年の子と高齢の親が孤立する「8050(はちまるごーまる)問題」が、特殊な例ではないことを示す
ものといえる。
また、
「就職氷河期世代」(おおむね現在の30代後半~40代後半)の多くが40代に達したため、中高年のひきこもりが増えている
との指摘もある。
調査時期や手法の違いから「若年」と「中高年」の推計を単純合計はできないとしつつも、
北風参事官はひきこもり総数が「100万人以上」になるとの見方を示した。
今回の調査は18年12月、無作為抽出した40~64歳5千人を対象に実施(有効回答65%)。
その結果、ひきこもっていた人の年齢層は
40代が38・3%、
50代が36・2%、
60~64歳が25・5%
だった。
期間は5年以上の長期に及ぶ人が半数を超え、20年以上の人が2割弱を占めた。
性別は
男性76・6%、
女性23・4%
で、男性が多い傾向があった。
ひきこもり状態にある人の比率は全体の1・45%。この比率から全体状況を推計した。
内閣府はこれまで2回、15~39歳のひきこもり調査を実施してきた。
しかし、
ひきこもりの長期化傾向が明らかとなり、40代以上を除いた調査では全体像がわからない、
という指摘が当事者団体などから出ていた。
それを踏まえ、初めて中高年の調査に踏み切った。
(編集委員・清川卓史、田渕紫織)
」
しらけ世代の後半期辺り(1960年)から「核家族」が日本の家庭の主流になりました。
また、地方から首都圏などに移住する若年層も多数おりました。
こういった経緯もあり、それ以降、従来の日本にあった「地縁社会」「血縁社会」が崩壊し、
「育児」をする場面で「核家族」の「父」「母」が背負う負担が大きくなりました。
その結果、「アダルトチルドレン」と言われる人が目に付くようになりました。
※「アダルトチルドレン」は「毒親の子」と同じです。
そして、「アダルトチルドレン」ではない人でも、
「バブル崩壊」の煽りなどでまともに就業する事を続けられなくなり、
結果的に「ひきこもり」になる人もいたのはないでしょうか?
<参考>
○核家族 --Wikipedia--
http://u0u1.net/ZQ87
○アダルトチルドレン --Wikipedia--
http://u0u1.net/34iW
「
■ひきこもりに詳しい精神科医の斎藤環・筑波大教授の話
中高年のひきこもりが社会問題化してこなかったのは、国による調査がなされなかった影響が大きい。
全国の自治体や研究者から、ひきこもりの半数が40歳以上という調査結果が次々と出ていたにもかかわらず、国は放置してきた。
こうした国の姿勢は「ひきこもりは青少年の問題」という先入観を広げることにもつながった。
その責任は重い。
今回の調査をきっかけに、
中高年の当事者のニーズを丁寧にくみ取った就労支援に加え、
当事者や経験者らが集まって緩やかに経験を共有できる居場所を全国につくる
ことが必要だ。
」
「
〈ひきこもり〉
国が用いる定義では、仕事や学校などの社会参加を避けて家にいる状態が半年以上続くことを言う。
内閣府調査では、
ほとんど自室や家から出ない「狭義のひきこもり」に加え、
趣味の用事のときだけ外出する人も含めた「広義のひきこもり」
を推計している。
従来は専業主婦(夫)や家事手伝いは一律にひきこもりから除外していたが、今回から変更。
回答から、最近半年間に家族以外との会話がほぼなかったとわかる人は、ひきこもりに含めている。
」
「
40~64歳のひきこもり状態の人が全国に61・3万人いる。
内閣府は29日、そんな推計を公表した。
「中高年ひきこもり」の全国規模の数が明らかになるのは初めて。
従来ひきこもりは青少年・若年期の問題と考えられてきたが、その長期化・高年齢化が課題となる状況が浮き彫りとなった。
【写真】40代50代のひきこもり当事者らが思いを語り合った
http://u0u1.net/qvIx
東京都によるひきこもりの実態調査について、当事者家族ら(右)は、
従来30代までとしていた調査対象の年齢制限を取り払い、
高齢化などの実態を把握したうえで政策も見直すよう求める要望書を都青少年課に手渡した
=2018年7月、東京都庁
http://u0u1.net/XGoT
」
世代の俗称と時代背景を併せて考えてみましょう。
・ しらけ世代 :バブル崩壊後の「リストラ」のターゲットになった世代
・ バブル世代/新人類 :入社後に「リストラ」は受けなかったが、その後のサバイバルで大変な想いをした世代
・氷河期世代/団塊ジュニア/ポスト団塊ジュニア:入社時が「バブル崩壊」の開始期とぶつかった世代
・ さとり世代/ゆとり世代/新人類ジュニア :成長時には既に「バブル崩壊」の時代だった世代
そして、団塊の世代/全共闘世代は、見事にバブル崩壊の余波から逃げ切れている人が多いと見られます。
すると、中高年のひきこもりは、精神的な問題だけでなく社会的な問題も考えられるのでは無いでしょうか?
<参考>
○世代 --Wikipedia--
http://u0u1.net/W72z
○しらけ世代(1950年-1964年 産まれ/55歳~69歳)
しらけ世代(しらけせだい)は、日本の学生運動が下火になった時期に成人を迎えた、政治的無関心が広まった世代を指す語。
1980年代には、世相などに関心が薄く、何においても熱くなりきれずに興が冷めた傍観者のように振る舞う世代を指した。
→ 若手時代 :安定成長期
中年時代前期:バブル期
中年時代後期:バブル崩壊
○バブル世代(1965年-1969年 産まれ/50歳~54歳)
バブル世代(バブルせだい)は、
日本で、おおむねバブル景気の時期に就職した(現役の学生時代に就職が内定した)世代である(1987年度-1991年度)。
→ 若手時代 :バブル期→バブル崩壊
中年時代以降:バブル崩壊
○新人類(1961年-1970年 産まれ/49歳~58歳)
成熟した成人として、社会を構成する一員の自覚と責任を引き受けることを拒否し、
社会そのものが一つのフィクション(物語)であるという立場をとるとされた。
音楽でもテクノポップの流行など、社会的にも無機質な変容が感じられた時代に、
高尚な哲学や思想を語ることも、一種のファッションとしての地位を得た。
一方、評論家の竹熊健太郎は、
オタクと新人類は同一のものであり、「同じ人格類型のバリエーション」である
と唱えている。
新人類世代の共有体験は、
受験勉強以外にも、テレビ番組や漫画・アニメ、ロック、テクノポップ、洋楽などといったサブカルチャーの体験
を特徴とする。
1980年代は「ネクラ」「ネアカ」という言葉が流行り、社交的で軽く明るい性質が賞賛される傾向が強くなったが、
新人類が生み出した若者文化は「ネアカ」志向であった。
フォークソングは湿っぽいとして廃れ始め、ロック音楽が流行り、ヘヴィメタルが台頭し始めた。
→ 若手時代 :安定成長期→バブル期→バブル崩壊
中年時代以降:バブル崩壊
○氷河期世代(1970年-1983年 産まれ/36歳~49歳)※パムが含まれる世代
日本では、就職氷河期時に就職活動を行った世代のことを「氷河期世代」と呼ぶことがある。
ほかにも、
「貧乏くじ世代」(香山リカ)や
「ロストジェネレーション」(『朝日新聞』が2006年8月及び2007年1月5日付28-29頁の特集で使用)、
「棄民世代」
などと呼ばれている。
この氷河期世代には安定した職に就けず派遣労働やフリーターといった社会保険のない不安定労働者(プレカリアート)である者が非常に多い。
『反貧困』の著者である湯浅誠によると、負傷で解雇された氷河期世代の派遣労働者は、「夢は自爆テロ」といい放ったという。
なお、ここでは、大卒時に就職氷河期であった1971年度から1982年度に生まれた人々を(狭義の)氷河期世代として取り上げている。
→ 成人以降 :バブル崩壊
○団塊ジュニア(1971年-1974年 産まれ/45歳~48歳)
団塊ジュニア(だんかいジュニア)とは、日本において、1971年から1974年までに生まれた世代。
ピーク(1973年)は210万人、団塊ピーク(1949年)の270万人より少し少ない。
第二次ベビーブーム(ベビーブーマー)世代とも呼ばれる。
→ 成人以降 :バブル崩壊
○ポスト団塊ジュニア(1975年-1984年/35歳~44歳)※パムが含まれる世代(パムの両親は団塊の世代です。)
ポスト団塊ジュニア(ポストだんかいジュニア)とは、日本の団塊ジュニアと呼称される世代の後に生まれた世代のこと。
1975年生まれから1981年生まれを指し、「団塊ジュニアの後に生まれた世代」と、「ポスト団塊の世代の子供世代」の2つの意味がある。
このことから準団塊ジュニア(じゅんだんかいジュニア)、もしくは2次団塊ジュニア(2じだんかいジュニア)とも呼ばれる場合もある。
→ 成人以降 :バブル崩壊
○さとり世代/ゆとり世代/新人類ジュニア(1987年~)※1965年・1986年は???
「さとり世代」の特徴は
「欲が無い」
「恋愛に興味が無い」
「旅行に行かない」
などが典型例として指摘される。
休日は自宅で過ごしていることが多く、
「無駄遣いをしない」し
「気の合わない人とは付き合わない」
傾向が高い。
さとり世代は、生誕と前後してバブルが崩壊し、不況下の日本しか知らない。
インターネットネイティブでもあるから情報が豊富で、
無駄な努力や衝突は避け、大きな夢や高望みが無く、俗な意味での「合理性」を重視する傾向があるという。
安くてそれなりに質のいいものを好み、コストパフォーマンスを重視する傾向がある。
この世代の若者の特徴として、
ボランティアへの意欲が高い、
消費・所有に執着をしない、
などが挙げられるが、こうした事から、
これまでの消費に重きを置く社会から、精神的な豊かさ、幸福感への移行期における、新しい価値を模索している世代ではないか、
との指摘がある。
原田曜平は、こうした若者の特徴について、経済が成熟した国で見られる気質であり、国内に限った事ではないと述べている。
→ 成人以降 :バブル崩壊
「
内閣府が2015年度に実施した調査で、15~39歳の「若年ひきこもり」は54・1万人と推計された。
今回、40~64歳の「中高年のひきこもり」について国レベルで初の調査を実施。
調査方法の一部変更があったため単純比較はできないが、その結果に基づく推計数は、若年層を上回った。
分析にあたった内閣府の北風幸一参事官は
「想像していた以上に多い。ひきこもりは決して若者特有の現象ではないことがわかった」
と述べた。
今回の推計は、
ひきこもる中高年の子と高齢の親が孤立する「8050(はちまるごーまる)問題」が、特殊な例ではないことを示す
ものといえる。
また、
「就職氷河期世代」(おおむね現在の30代後半~40代後半)の多くが40代に達したため、中高年のひきこもりが増えている
との指摘もある。
調査時期や手法の違いから「若年」と「中高年」の推計を単純合計はできないとしつつも、
北風参事官はひきこもり総数が「100万人以上」になるとの見方を示した。
今回の調査は18年12月、無作為抽出した40~64歳5千人を対象に実施(有効回答65%)。
その結果、ひきこもっていた人の年齢層は
40代が38・3%、
50代が36・2%、
60~64歳が25・5%
だった。
期間は5年以上の長期に及ぶ人が半数を超え、20年以上の人が2割弱を占めた。
性別は
男性76・6%、
女性23・4%
で、男性が多い傾向があった。
ひきこもり状態にある人の比率は全体の1・45%。この比率から全体状況を推計した。
内閣府はこれまで2回、15~39歳のひきこもり調査を実施してきた。
しかし、
ひきこもりの長期化傾向が明らかとなり、40代以上を除いた調査では全体像がわからない、
という指摘が当事者団体などから出ていた。
それを踏まえ、初めて中高年の調査に踏み切った。
(編集委員・清川卓史、田渕紫織)
」
しらけ世代の後半期辺り(1960年)から「核家族」が日本の家庭の主流になりました。
また、地方から首都圏などに移住する若年層も多数おりました。
こういった経緯もあり、それ以降、従来の日本にあった「地縁社会」「血縁社会」が崩壊し、
「育児」をする場面で「核家族」の「父」「母」が背負う負担が大きくなりました。
その結果、「アダルトチルドレン」と言われる人が目に付くようになりました。
※「アダルトチルドレン」は「毒親の子」と同じです。
そして、「アダルトチルドレン」ではない人でも、
「バブル崩壊」の煽りなどでまともに就業する事を続けられなくなり、
結果的に「ひきこもり」になる人もいたのはないでしょうか?
<参考>
○核家族 --Wikipedia--
http://u0u1.net/ZQ87
○アダルトチルドレン --Wikipedia--
http://u0u1.net/34iW
「
■ひきこもりに詳しい精神科医の斎藤環・筑波大教授の話
中高年のひきこもりが社会問題化してこなかったのは、国による調査がなされなかった影響が大きい。
全国の自治体や研究者から、ひきこもりの半数が40歳以上という調査結果が次々と出ていたにもかかわらず、国は放置してきた。
こうした国の姿勢は「ひきこもりは青少年の問題」という先入観を広げることにもつながった。
その責任は重い。
今回の調査をきっかけに、
中高年の当事者のニーズを丁寧にくみ取った就労支援に加え、
当事者や経験者らが集まって緩やかに経験を共有できる居場所を全国につくる
ことが必要だ。
」
「
〈ひきこもり〉
国が用いる定義では、仕事や学校などの社会参加を避けて家にいる状態が半年以上続くことを言う。
内閣府調査では、
ほとんど自室や家から出ない「狭義のひきこもり」に加え、
趣味の用事のときだけ外出する人も含めた「広義のひきこもり」
を推計している。
従来は専業主婦(夫)や家事手伝いは一律にひきこもりから除外していたが、今回から変更。
回答から、最近半年間に家族以外との会話がほぼなかったとわかる人は、ひきこもりに含めている。
」
http://ur0.link/ixhV
「
ヨサパトの名は、仏教の称号ボディサットBodhisat(菩薩)〔ただしくはBodhisattva〕がキリスト教に導入されて転訛したものであり、
したがって聖ヨサパトは、軽率にも悉逮多・釈迦牟尼をキリスト教の聖人に列したものだった。
」
ちょ、ちょっと、え?
キリスト教の聖人である「聖ヨサパト」の正体は「釈迦如来」???
ええええ???
<参考>
○釈迦 --Wikipedia--
http://ur0.link/UENB
「
中世の聖人製作者たちが、ブッダの若い頃の物語を改作して、聖ヨサパトの話を作りあげた。
聖ヨサパトの父親は「インドの王」と呼ばれており、王はこの息子をキリスト教徒にさせまいと監禁しておいた[1]。
しかし、ともかくも、この若者はキリスト教に改宗し、例によって数々の奇跡を行った。
その奇跡のうちのいくつかは、ブッダの伝記に記されている出来事を借用したものだった。
聖ヨサパトは、中世の人々の間で非常に人気があった。
当時のヨーロッパで仏教が悪魔の作品として嫌悪されていたことを考えると、これは何とも皮肉な成り行きだった。
[1]Attwater, 58.
Barbara G. Walker : The Woman's Encyclopedia of Myths and Secrets (Harper & Row, 1983)
」
まず、キリスト教誕生時、既にエジプトのアレキサンドリアには仏教僧がいました。
そして、ヨーロッパには、
フン族(匈奴と同族との説がある)、
マジャール人(ウラル山脈周辺から移動した)、
ブルガール人(中央アジアから移動した/テゥルク系)、
モンゴル人(ロシアと同時に宋を滅ぼして中国を支配した)、
トルコ人(突厥・回鶻などの後、西方に移動した)
ロマ(インドから移動した)
など、東方から移動した民族が多数います。
仏教の情報がヨーロッパに伝わっていてもおかしくは無いでしょう。
「
『黄金伝説』174
バルラームとヨサパト(またはヨアサプ)は、
1583年以来『ローマ殉教録』に聖人として名前が記載されるようになったが、元来は伝説上の人物である。
修道士バルラームと彼の弟子で、
父王の反対を押しきってキリスト教に入信し、修道生活に入った王子ヨサパトの物語は、
ギリシア語でいわば修道士小説に仕立てあげられ、11世紀以来西欧でも広範な読者を見いだし、
内容、形式の両面から文学や美術に大きな影響をあたえた。
全体が三部からなっていて、ダマスコスのヨハネスの筆になるものとされている。
最近の研究によると、その原型は、
インドの釈尊伝説(たとえば『過去現在因果経』に語られている王子シッダルタの出家物語)と仏教説話にあり、
これがシリアに伝播し、ダマスコスのヨハネスがシリア語からギリシア語に訳述し、
これに修道生活の手引きになる寓話、教訓、教義論などをつけくわえたものらしい。
小説的なおもしろさをもった聖伝ではあるが、8世紀における東方の修道理想を解明する重要な資料にもなっている。
The Tree of Life
パルマ(イタリア北部の町、フランス語ではパルム)の洗礼聖堂の南玄関をかざっているベネデット・アンテーラミの浮彫り(13世紀初頭)〔左図〕、
ヴェネツィアのサン・マルコ大聖堂内のイシドロ礼拝堂の浮彫り(同じく13世紀初頭)が両聖人を描いた最も古い図像であると言われる。
なお、このバルラームとヨサパトの聖伝は、すでにキリシタン時代に『聖ばるらあんとじょざはつの御作業』と題してわが国に翻訳されている。
(『黄金伝説』第4巻訳注、p.398-340)
http://ur0.link/YhOA
[画像出典]
Thais - Antelami Benedetto - Lunetta con la leggenda dell'albero della Vita Antelami Benedetto
(Valle d' Intelvi 1150 circa - 1230 circa)
Lunetta con la leggenda dell'albero della Vita Argomento: Scultura altomedioevale e romanica
Epoca: Secolo XII
Descrizione: Marmo, particolare della lunetta che orna il portale sud del Battistero, rappresentante l'Albero della Vita secondo la favola di Barlaam. 1196 - 1216 circa.
Description: Marble, detail of the south portal of the Baptistery, representing the Tree of Life according to Barlaam. About 1196-1216.
Ubicazione: Parma, Battistero
」
逆輸入なんでしょうか???www
「釈迦如来」がヨーロッパで「聖ヨサパト」になった後、
ザビエルによるキリスト教伝来以降、日本の「キリシタン」に「聖じょざはつ」として伝わったんですね。
「聖じょざはつ」が「お釈迦様」だと気づいた「キリシタン」はいたのでしょうか?
以下の情報を見ると、居そうな感じはしたのですがねぇ・・・^^;
・ロレンソ了斎:元琵琶法師
・大友義鎮(宗麟):戦国大名、禅宗の法号「宗麟」(出家している)
○日本のキリシタン一覧 --Wikipedia--
http://u0u1.net/Ucr7
「
ヨサパトの名は、仏教の称号ボディサットBodhisat(菩薩)〔ただしくはBodhisattva〕がキリスト教に導入されて転訛したものであり、
したがって聖ヨサパトは、軽率にも悉逮多・釈迦牟尼をキリスト教の聖人に列したものだった。
」
ちょ、ちょっと、え?
キリスト教の聖人である「聖ヨサパト」の正体は「釈迦如来」???
ええええ???
<参考>
○釈迦 --Wikipedia--
http://ur0.link/UENB
「
中世の聖人製作者たちが、ブッダの若い頃の物語を改作して、聖ヨサパトの話を作りあげた。
聖ヨサパトの父親は「インドの王」と呼ばれており、王はこの息子をキリスト教徒にさせまいと監禁しておいた[1]。
しかし、ともかくも、この若者はキリスト教に改宗し、例によって数々の奇跡を行った。
その奇跡のうちのいくつかは、ブッダの伝記に記されている出来事を借用したものだった。
聖ヨサパトは、中世の人々の間で非常に人気があった。
当時のヨーロッパで仏教が悪魔の作品として嫌悪されていたことを考えると、これは何とも皮肉な成り行きだった。
[1]Attwater, 58.
Barbara G. Walker : The Woman's Encyclopedia of Myths and Secrets (Harper & Row, 1983)
」
まず、キリスト教誕生時、既にエジプトのアレキサンドリアには仏教僧がいました。
そして、ヨーロッパには、
フン族(匈奴と同族との説がある)、
マジャール人(ウラル山脈周辺から移動した)、
ブルガール人(中央アジアから移動した/テゥルク系)、
モンゴル人(ロシアと同時に宋を滅ぼして中国を支配した)、
トルコ人(突厥・回鶻などの後、西方に移動した)
ロマ(インドから移動した)
など、東方から移動した民族が多数います。
仏教の情報がヨーロッパに伝わっていてもおかしくは無いでしょう。
「
『黄金伝説』174
バルラームとヨサパト(またはヨアサプ)は、
1583年以来『ローマ殉教録』に聖人として名前が記載されるようになったが、元来は伝説上の人物である。
修道士バルラームと彼の弟子で、
父王の反対を押しきってキリスト教に入信し、修道生活に入った王子ヨサパトの物語は、
ギリシア語でいわば修道士小説に仕立てあげられ、11世紀以来西欧でも広範な読者を見いだし、
内容、形式の両面から文学や美術に大きな影響をあたえた。
全体が三部からなっていて、ダマスコスのヨハネスの筆になるものとされている。
最近の研究によると、その原型は、
インドの釈尊伝説(たとえば『過去現在因果経』に語られている王子シッダルタの出家物語)と仏教説話にあり、
これがシリアに伝播し、ダマスコスのヨハネスがシリア語からギリシア語に訳述し、
これに修道生活の手引きになる寓話、教訓、教義論などをつけくわえたものらしい。
小説的なおもしろさをもった聖伝ではあるが、8世紀における東方の修道理想を解明する重要な資料にもなっている。
The Tree of Life
パルマ(イタリア北部の町、フランス語ではパルム)の洗礼聖堂の南玄関をかざっているベネデット・アンテーラミの浮彫り(13世紀初頭)〔左図〕、
ヴェネツィアのサン・マルコ大聖堂内のイシドロ礼拝堂の浮彫り(同じく13世紀初頭)が両聖人を描いた最も古い図像であると言われる。
なお、このバルラームとヨサパトの聖伝は、すでにキリシタン時代に『聖ばるらあんとじょざはつの御作業』と題してわが国に翻訳されている。
(『黄金伝説』第4巻訳注、p.398-340)
http://ur0.link/YhOA
[画像出典]
Thais - Antelami Benedetto - Lunetta con la leggenda dell'albero della Vita Antelami Benedetto
(Valle d' Intelvi 1150 circa - 1230 circa)
Lunetta con la leggenda dell'albero della Vita Argomento: Scultura altomedioevale e romanica
Epoca: Secolo XII
Descrizione: Marmo, particolare della lunetta che orna il portale sud del Battistero, rappresentante l'Albero della Vita secondo la favola di Barlaam. 1196 - 1216 circa.
Description: Marble, detail of the south portal of the Baptistery, representing the Tree of Life according to Barlaam. About 1196-1216.
Ubicazione: Parma, Battistero
」
逆輸入なんでしょうか???www
「釈迦如来」がヨーロッパで「聖ヨサパト」になった後、
ザビエルによるキリスト教伝来以降、日本の「キリシタン」に「聖じょざはつ」として伝わったんですね。
「聖じょざはつ」が「お釈迦様」だと気づいた「キリシタン」はいたのでしょうか?
以下の情報を見ると、居そうな感じはしたのですがねぇ・・・^^;
・ロレンソ了斎:元琵琶法師
・大友義鎮(宗麟):戦国大名、禅宗の法号「宗麟」(出家している)
○日本のキリシタン一覧 --Wikipedia--
http://u0u1.net/Ucr7
http://ur0.biz/Tvbh
「
「運」がいい人には、どのような習慣があるか?
お金持ちの人やモテる人、なんでもうまくいっている人と自分を比較しては、ため息ばかりの人もいると思います。
そこで、いま話題の著作が今回の元ネタ本となります。
すでに10万部突破のベストセラーで、「運」に懐疑的な僕も疑いながらも購入しました。
「運の正しい使い方・貯め方」にはとても簡単なルールがあり、この仕組みを使えば
「なんか知らないけど強運が舞い込んでくる」
と話すのは、著者の本田晃一氏です。
では、さっそく「強運になるルール」というのを教えてもらいましょう!
」
今月になって、「パム」に先天的にあるらしい「強運」が戻ってきたようです。
・・・いや、むしろ俗に言う「悪運が強い(=寸前で災難から逃れる)」ですね。
「
強運な人ほど「普通」にこだわる
あなたは調子が良い時に「自分について」考えることはありますか?
僕も含めて多くの人が、調子が良い時やうまくいっている時ほど、自分の言動を振り返ることをしないと思います。
野球界のレジェンドであるイチローですら、こんなことを話していました。
【イチローの名言】
すぐ、調子に乗るし、すぐ、自信も失ってしまう。その中間が欲しい。
人はうまくいっているときほど、運気が下がっていることに気付けないと著者は語る。
たとえば、僕の事例で話しますと、結果が出ているときほど自然と「上から目線」で会話していることがあります。
ちょっと結果が出ていると
「あー、それはニーズを捉えてないんですよ!
4P+4Cのマーケティングしました?
僕なら・・・」
クソ生意気な発言ですねw
ですが、実際に僕はこのような発言を平気で上司にしていたのです。
特に、結果が出ているときは
「なんでこんな扱いされなきゃなんねぇーんだよ」
「俺様だぞ」
と心の中でよく思っていた本当の意味で痛い奴なんです。
今もこのように思うときもありますが、そう考えている自分に気付けているだけマシw
ーー悪い勘違いが運気を下げる
この思考の原因は、内心で
「自分は大切にされて当然」
と悪い勘違いによるものだと著者は語ります。
悪い勘違いが始まると怒りっぽくなります。
そして、イライラする回数も多くなります。
このイライラの根源は
「自分が大切にされていない」
という不満からです。
著者も僕と同様な過去の持ち主でした。
著者は経営者として成功し、講演会などのオファーも多かったそうです。
そんな矢先に、9•11テロきっかけで売上が激減。
普段から横柄な態度だった著者に、周囲の人は冷たかったと話します。
そして、知人である本田健氏に
「売上が激減しています。
どうすればいいですか?」
とメールで質問。
その返信メールの前で固まってしまったそうです。
そのメールの一節がこちらです。
【本書抜粋】
「売上が落ちるのはいいことです。
そうでもしないと、あなたのような人は人生を考えないでしょう。(P33)
これが運が下がる原因の本質です。良い時は調子乗り、ダメになって初めて気付く愚かさと運。そう著者は語る。
ーーどうして僕みたいにクソ生意気な言動をしてしまうのか。
それは、内心で
「自分に自信がない」
からです。
社会的な価値を失ってしまったら、自分の価値も失うと感じていることが原因です。
心理学者であるアルフレッド・アドラーはこのように言葉を残しています。
「普通であることの勇気」
僕は失敗もする。
イケてない自分もいる。
足は扁平足だし、オデコも狭い。
短足だし、音痴だ。
球技はできないし、アドセンスにも合格できない。
こんな自分でも
「別にいいじゃん!」
かっこつける必要なんてない。
飾らないで「普通」でいればいい。
この思考こそ「強運な人」の共通マインドとなります。
」
あ”・・・・・・^^;
「パム」にも心当たりあります。
ある時期の「パム」の言動って、上から目線でした・・・・・・。
あ”~~~~~~!!!(頭を抱える)
「
宝くじ高額当選者の共通点
宝くじで1億円当てたひとの共通点とは?
まず、自分は「運が悪い」と思っていれば悪くなるし、「運が良い」と思っていれば運は良くなると著者は語ります。
つまり「無意識の第一歩」が違うということです。
イケてない自分を認めながらも、自分を褒める習慣が必要です。
この習慣は、宝くじの高額当選者も例外ではありません。
著者が独自に宝くじで実際に1億円当てた方と、宝くじ売り場で働いていた方の両方から直接聞いた「金運に選べれる高額当選」の特徴がありました。
ーー高額当選者3つの共通点
1.軽やかにくじ券を買う
2.当たりでもはずれでもあまり悔しがらず、「買う行為」そのものを楽しんでいる。
3.はしゃいでいる気持ちの時にくじ券を買う
つまり、どんな出来事も「運が良い」と捉える習慣があり上機嫌なのです。
考えて見れば「日本」に生まれただけでラッキーです。
海外は日本より治安が悪いですよね。
ーー「あのとり」チェック!
ここで科学大好き「あのとり」から伝えておきたいことがあります。
まず、宝くじで高額当選する確率は1000万分の1です。
これは東京都内の子どもから高齢者まで全員買って1人しか当たらない確率です。
一生買っても当たることはほぼ無いです。
次に、
仮に当たっても日経ビジネス副編集長の鈴木氏の著書「1億円当たった人の末路」から高額当選者は家庭崩壊を起こす危険性が高く、
反対に貧困化することがわかっています。
要するに、1億円当たっても僕みたいに「悪い勘違い」に陥りやすく、破滅してしまう人が多いのです。
お金が欲しいなら、「自分のチカラで稼ぐ」ことを学ばなければなりません。
僕は本気でこう思っています。
目の前の現金1億円よりも1億円稼ぐことができる知識が欲しいと。
著作名を忘れてしまったのですが、その著作にこのようなことが書かれていたことを今でも忘れません。
【ユダヤ人のある一言】
「富」や「財」は他人に奪われることがある。
だが、「知識」や「教養」は僕から奪うことはできないのだ。
宝くじを楽しんで買っている人もいるので、否定するつもりはありません。
ただ一攫千金を狙う前に
「今できること」
をしっかりやっていれば、自然と
「自分のチカラで稼ぐ能力」
も
「人間力」
も向上していると思いますよ。
」
「あぶく銭」はすぐに消えますよね・・・。
そういうのは危ないと、「パム」もキモに銘じています。
「
ラッキーをたくさん受け取るルール
ラッキーを受け取るにはどうすればいいか?
普段私たちは、目の前にある
「ちょっといいこと」
「急に見舞われた嫌なこと」
に振り回わされがちだと著者は語ります。
ポイントは、「今の強運」が「未来の超強運」の鍵だということを知っておくことです。
これもある精神科医の先生が話していた内容なのですが、患者さんが
「先生。
良いことがあって夜眠れなかったのですが、どうすればいいでしょうか?」
と相談してきたそうです。
そこで、先生はこのように応えました。
【精神科医の先生言葉】
良いことがあったときのワクワクする嬉しい気持ちは、より長く感じたほうが良いですよ。
すぐに、冷めてしまったら「もったいない」です。
嬉しい出来事があったとき、なんかウキウキルンルンしますよね?
その気持ちの余韻を長時間感じていれば、もっとラッキーを受け取ることができるようになる。
そして、何度もラッキーだったことを思い出す習慣が「強運になる」近道だと著者は語る。
」
「パム」は「好調だ!」って思うと、すぐに調子に乗るんですよねぇ・・・・・・。
あの時期も、そこを把握してなるべく謙虚に振舞っていたのですが・・・、う”~~ん(苦笑)
「
「運」がいい人には、どのような習慣があるか?
お金持ちの人やモテる人、なんでもうまくいっている人と自分を比較しては、ため息ばかりの人もいると思います。
そこで、いま話題の著作が今回の元ネタ本となります。
すでに10万部突破のベストセラーで、「運」に懐疑的な僕も疑いながらも購入しました。
「運の正しい使い方・貯め方」にはとても簡単なルールがあり、この仕組みを使えば
「なんか知らないけど強運が舞い込んでくる」
と話すのは、著者の本田晃一氏です。
では、さっそく「強運になるルール」というのを教えてもらいましょう!
」
今月になって、「パム」に先天的にあるらしい「強運」が戻ってきたようです。
・・・いや、むしろ俗に言う「悪運が強い(=寸前で災難から逃れる)」ですね。
「
強運な人ほど「普通」にこだわる
あなたは調子が良い時に「自分について」考えることはありますか?
僕も含めて多くの人が、調子が良い時やうまくいっている時ほど、自分の言動を振り返ることをしないと思います。
野球界のレジェンドであるイチローですら、こんなことを話していました。
【イチローの名言】
すぐ、調子に乗るし、すぐ、自信も失ってしまう。その中間が欲しい。
人はうまくいっているときほど、運気が下がっていることに気付けないと著者は語る。
たとえば、僕の事例で話しますと、結果が出ているときほど自然と「上から目線」で会話していることがあります。
ちょっと結果が出ていると
「あー、それはニーズを捉えてないんですよ!
4P+4Cのマーケティングしました?
僕なら・・・」
クソ生意気な発言ですねw
ですが、実際に僕はこのような発言を平気で上司にしていたのです。
特に、結果が出ているときは
「なんでこんな扱いされなきゃなんねぇーんだよ」
「俺様だぞ」
と心の中でよく思っていた本当の意味で痛い奴なんです。
今もこのように思うときもありますが、そう考えている自分に気付けているだけマシw
ーー悪い勘違いが運気を下げる
この思考の原因は、内心で
「自分は大切にされて当然」
と悪い勘違いによるものだと著者は語ります。
悪い勘違いが始まると怒りっぽくなります。
そして、イライラする回数も多くなります。
このイライラの根源は
「自分が大切にされていない」
という不満からです。
著者も僕と同様な過去の持ち主でした。
著者は経営者として成功し、講演会などのオファーも多かったそうです。
そんな矢先に、9•11テロきっかけで売上が激減。
普段から横柄な態度だった著者に、周囲の人は冷たかったと話します。
そして、知人である本田健氏に
「売上が激減しています。
どうすればいいですか?」
とメールで質問。
その返信メールの前で固まってしまったそうです。
そのメールの一節がこちらです。
【本書抜粋】
「売上が落ちるのはいいことです。
そうでもしないと、あなたのような人は人生を考えないでしょう。(P33)
これが運が下がる原因の本質です。良い時は調子乗り、ダメになって初めて気付く愚かさと運。そう著者は語る。
ーーどうして僕みたいにクソ生意気な言動をしてしまうのか。
それは、内心で
「自分に自信がない」
からです。
社会的な価値を失ってしまったら、自分の価値も失うと感じていることが原因です。
心理学者であるアルフレッド・アドラーはこのように言葉を残しています。
「普通であることの勇気」
僕は失敗もする。
イケてない自分もいる。
足は扁平足だし、オデコも狭い。
短足だし、音痴だ。
球技はできないし、アドセンスにも合格できない。
こんな自分でも
「別にいいじゃん!」
かっこつける必要なんてない。
飾らないで「普通」でいればいい。
この思考こそ「強運な人」の共通マインドとなります。
」
あ”・・・・・・^^;
「パム」にも心当たりあります。
ある時期の「パム」の言動って、上から目線でした・・・・・・。
あ”~~~~~~!!!(頭を抱える)
「
宝くじ高額当選者の共通点
宝くじで1億円当てたひとの共通点とは?
まず、自分は「運が悪い」と思っていれば悪くなるし、「運が良い」と思っていれば運は良くなると著者は語ります。
つまり「無意識の第一歩」が違うということです。
イケてない自分を認めながらも、自分を褒める習慣が必要です。
この習慣は、宝くじの高額当選者も例外ではありません。
著者が独自に宝くじで実際に1億円当てた方と、宝くじ売り場で働いていた方の両方から直接聞いた「金運に選べれる高額当選」の特徴がありました。
ーー高額当選者3つの共通点
1.軽やかにくじ券を買う
2.当たりでもはずれでもあまり悔しがらず、「買う行為」そのものを楽しんでいる。
3.はしゃいでいる気持ちの時にくじ券を買う
つまり、どんな出来事も「運が良い」と捉える習慣があり上機嫌なのです。
考えて見れば「日本」に生まれただけでラッキーです。
海外は日本より治安が悪いですよね。
ーー「あのとり」チェック!
ここで科学大好き「あのとり」から伝えておきたいことがあります。
まず、宝くじで高額当選する確率は1000万分の1です。
これは東京都内の子どもから高齢者まで全員買って1人しか当たらない確率です。
一生買っても当たることはほぼ無いです。
次に、
仮に当たっても日経ビジネス副編集長の鈴木氏の著書「1億円当たった人の末路」から高額当選者は家庭崩壊を起こす危険性が高く、
反対に貧困化することがわかっています。
要するに、1億円当たっても僕みたいに「悪い勘違い」に陥りやすく、破滅してしまう人が多いのです。
お金が欲しいなら、「自分のチカラで稼ぐ」ことを学ばなければなりません。
僕は本気でこう思っています。
目の前の現金1億円よりも1億円稼ぐことができる知識が欲しいと。
著作名を忘れてしまったのですが、その著作にこのようなことが書かれていたことを今でも忘れません。
【ユダヤ人のある一言】
「富」や「財」は他人に奪われることがある。
だが、「知識」や「教養」は僕から奪うことはできないのだ。
宝くじを楽しんで買っている人もいるので、否定するつもりはありません。
ただ一攫千金を狙う前に
「今できること」
をしっかりやっていれば、自然と
「自分のチカラで稼ぐ能力」
も
「人間力」
も向上していると思いますよ。
」
「あぶく銭」はすぐに消えますよね・・・。
そういうのは危ないと、「パム」もキモに銘じています。
「
ラッキーをたくさん受け取るルール
ラッキーを受け取るにはどうすればいいか?
普段私たちは、目の前にある
「ちょっといいこと」
「急に見舞われた嫌なこと」
に振り回わされがちだと著者は語ります。
ポイントは、「今の強運」が「未来の超強運」の鍵だということを知っておくことです。
これもある精神科医の先生が話していた内容なのですが、患者さんが
「先生。
良いことがあって夜眠れなかったのですが、どうすればいいでしょうか?」
と相談してきたそうです。
そこで、先生はこのように応えました。
【精神科医の先生言葉】
良いことがあったときのワクワクする嬉しい気持ちは、より長く感じたほうが良いですよ。
すぐに、冷めてしまったら「もったいない」です。
嬉しい出来事があったとき、なんかウキウキルンルンしますよね?
その気持ちの余韻を長時間感じていれば、もっとラッキーを受け取ることができるようになる。
そして、何度もラッキーだったことを思い出す習慣が「強運になる」近道だと著者は語る。
」
「パム」は「好調だ!」って思うと、すぐに調子に乗るんですよねぇ・・・・・・。
あの時期も、そこを把握してなるべく謙虚に振舞っていたのですが・・・、う”~~ん(苦笑)
http://u0u0.net/WVIs
「
こんにちは、タロット占い師の輝夜(かぐや@kagu_night)です。
http://u0u0.net/1WOL
自分が占い師になってから確信したことがあるんです。
それは
「幸運期の正体」。
お客様にもよく説明するけど、運(運気)は一定ではなくて。
波のように上下していて、高い時もあれば低い時もある。
バイオリズム。
ものすごく分かりやすく例えれば、
「恋愛運気が高まっている時に出会いを求めて行動すれば、恋愛運が低い時よりいい人に出会う確率が高くなる」
とかそういうこと。
波に乗ってやれることというものがある。
それで、人生には幸運期というものが何回か訪れると思うんですけど。
(その回数や体感は人それぞれですが。)
幸運期、いわゆる運気が高まっている時期って、本人の実感は薄いと思います。
・・・・・というか、むしろ苦しいかも。
どうしてかというと、
幸運期に入ってる人ってかなり大きめな試練がきている時期で、それを乗り越えた時にデッカイご褒美が来ますよーーー!!
というのが幸運の正体だから。
今までの自分を乗り越えて、めっちゃくちゃ新しい世界が開ける時期が来ている合図。
それが幸運期。
なんだなぁ・・・・・。
って鑑定していて実感するんですよね。
」
ちょ・・・ちょっと待ってくださいな・・・・・・!!!
「パム」が「パムのトラブル」に関連して「かなり大きめな試練」が来た時期は、2015年です。
そこからが、「幸運期」だって事ですか???
「
幸運の公式とは?
「“海賊王”におれはなる!!」
で有名な漫画『ワンピース』ってあるじゃないですか。
あのストーリーを思い出してもらえると分かりやすいと思うんですけど、
主人公であるルフィ率いる海賊麦わらの一味は海に浮かぶ島を渡っていくごとに強大な敵に出会ったり、試練に合います。
その困難を乗り越えるたびにルフィたちは強くなり、仲間や情報やアイテムが増えたり、仲間との絆が深くなります。
それと同じで、運気が高まっている時期ってぶっちゃけ試練の時期なんですよね。
幸運期って、
「あっ、私いま運気上がってる時期だから何もしなくていいや」
という状態でいると、なーーーーんにも起こらない。
いやむしろマイナスかも。
「こんなに大変なのにこれが幸運期なの?
マジで?!」
っていう状態になるのが幸運期だと考えていいです。
幸運期=自分がひと回りもふた回りも成長するチャンス=試練がある
この公式です。
」
確かに、「パムのトラブル」がエスカレートして「パムの生活(=仕事)」にまで影響が出てきた時に、
「パム」は色んな対応をする羽目になりました。
それまでは、ずっと「Web系エンジニア」として仕事を続けていたのですが、
・保険外交員と言う外に出て人と会う仕事
・パムのトラブルに対応する為に実行した様々な行動
これらが、従前の「パム」には想定できなかった新しいノウハウを身につけるきっかけになりました。
今、「本人訴訟」で「民事裁判」を提訴しているのもその一環です。
「
幸運って棚ぼたのことじゃない。
そもそも棚ぼた的なラッキーって持続しないですよね。
宝くじで数億円当たった人がほぼ必ずと言っていいほど悲惨な状態になるというのが物語っています。
友達で100万円当てた子がいたんですけど
「パッと使って終わった」
と言ってました。
突然やってくる
「えっ?何これすごい!!
ラッキー!!」
というのは事故にあったようななもので、長続きしないし、刹那的で時間が経てば忘れてしまうような薄いものがほとんど。
幸運期にやってくるのはそんな根っこのないものとは全然違っていて
「今までの自分の集大成」
でもあると思うんです。
土を耕して、
種を撒いて、
水をやって、
雑草を抜いて、
手塩にかけて育てた小さな苗がどんどん成長して大きく大地に根を張って、
幹が太くなって、
枝を四方八方に広げていく。
そんなあなたの人生の途中に何回か起こる大木をもっともっと大きくさせるためのチャンス。
それが幸運期です。
だからその幸運をしっかり掴めたら、自分が望んでいる方向に進めたり、ほしいものが手に入ったり、新しい出会いや世界と繋がったり。
「今後の自分」に大きく関係してくる好機なんです。
根っこがしっかりしてる上での幸運だから、継続するし、それを肥やしにもっともっと大きい木(自分)になることができる。
それが幸運期だと感じています。
」
>「今までの自分の集大成」
なんでしょうかねぇ???
「パム」の実感では、
「呑兵衛時代のパムが蒔いた種の悪影響を刈り取っている。」
と言う感覚です。
「パム」が酒を呑んでいた時期は、
「酒の上の話」
と言う非常に好都合な「言い訳の材料」がありました。
しかし、「パム」が禁酒してからは、その「言い訳の材料」を使えなくなりました。
その「禁酒」が続いた後、2015年以降に火を噴いたのが、
「パムのトラブル」
なのです。
・「パムを15年以上ネットストーキングしている50代男性」のTwitter上の言動
・「パムのトラブルのきっかけとなった人物」の言動(伝聞)
・「パムのトラブルのキーパーソン」が「パム」向けに作成した楽曲の歌詞
などを分析すると、
「パム」が酒を呑んでいた時期の言動が非常に多く含まれている事に気づきます。
当時の「パム」は「アルコール依存症」寸前の状態でした。
平日に「ドライドランク」と言う症状に似た状態を自覚した日もあったのです。
この状態になると、非常に欝っぽくなってしまい、そこをなんとか抑えるのに必死でした。
http://u0u0.net/uJw7
しかし、今の「パム」は1滴もお酒を呑みません。
もう、禁酒してから9年目に突入しました。
その禁酒を続けていくうちに、何故だか、
現在、「パム」は、非常に各方面にご迷惑をおかけしてばかりの「パムのトラブル」の解決に取り組む羽目になりました。
「
幸運期のお客様の話
鑑定にくるお客様はもちろん、
何かに悩んでいるから見てもらいたい
という方が多いですが
「けっこう大変な時期ですね」
という人に大きな幸運期が訪れてることが多いんですよ。
これはどちらかというとタロットよりも手相で見るんですけど。
話を聞けば聞くほど
「これは人生の岐路ですね」
という人が少なくない。
先日もある経営者の方を鑑定したんですが、手相でめっちゃいい幸運の証が出ていたんですよ。
その方は深く悩んでいるからというより、私が占い師だと知って
「何かの参考になるかな?」
と思って見てもらいたいと思ったそうです。
私が幸運期が訪れていることを告げ、
「でもこの時期に必ず乗り越えなければならないことが出てきます。
それを乗り越えた先に大きく得られるものがあります。
それは1つじゃなくて2〜3個あるかも」
と伝えると
「あぁ、分かります。
現時点で3つあります。
でもそれを越えた先はとても楽しい世界だと分かっているので、このまま進めて良さそうですね」
とおっしゃいました。
さすが従業員を抱える経営者の方は違うな、と鳥肌が経ちましたね。
というのも一般的に幸運期の試練に遭遇している人は逃げがちなんです。
逃げたいというのはその人が強い弱いということではなくて、「人間の本能」です。
その本能とはホメオスタシスといって「変わりたくない」という防衛本能の一種。
幸運期がきてその波に乗ると、人は多かれ少なかれ今までと変わります。
変化する。
その変化がどう出るかは様々ですが、
仕事が変わったり、
友達が変わったり、
遠くに行くことになったり、
好きなものを手放したり、
嫌いなものを受け入れたり、
今までの自分と違う状態になることが「変化」です。
人は本能的にそれを嫌がります。
だから幸運期が訪れてもそれを掴めない人が多いというのも
「今の自分と変わりたくない」
からなんです。
それなので前記のような経営者の人たちなどはある意味「変わることが仕事」なので、
幸運が来たらその匂いがわかるし、気づくし、がっちり運を捕まえて、さらに大きく成長するんです。
あぁ、この話するとまた長くなるから別の機会にしよう・・・・・。
とにかく
幸運期=自分が一回りもふた回りも成長するチャンス=試練がある
この公式を頭の片隅に置いておいていただければ、あなたがラッキーチャンスを逃す回数は減るかもしれません。
「ちょっと・・・・・いや、かなりこれは大変かもー?!」
という時期があなたに来たら、それは幸運期のお知らせかもしれません。
Good luck!!
」
2015年は、
>「今の自分と変わりたくない」
とか言っている余裕がありませんでした。
新しい環境に「パム」は突き進む必要が出てきたのです。
既に当時と現在では、「パム」を取り巻く環境が非常に違っております。
さて、この先の「パム」を待っているのは、何でしょうか???
なお、この記事は「スピリチュアル」で見た「幸運」の話です。
「心理学」「精神医学」では、「1行日記」で毎日の幸運を記録する方法が有効だと言われてまして、
「パム」はこれも実行しています。
更に補足です。
「心理学」「精神医学」では、「パムのトラブル」のような事に遭った場合、
・全速力で逃げる。
と言う対応方法が良いとされています。
つまり、ここの内容とは正反対の行動が良いとされているのです。
<参考>
○日々の幸せを呼び起こせる「一行日記」のススメ --ライフハッカー--
http://u0u0.net/Sv2d
○【境界性人格障害】全力で逃げてー!!【ボーダー】被害者まとめ【あなたの恋人は大丈夫?】 --Naverまとめ--
http://ur0.biz/OvKq
「
こんにちは、タロット占い師の輝夜(かぐや@kagu_night)です。
http://u0u0.net/1WOL
自分が占い師になってから確信したことがあるんです。
それは
「幸運期の正体」。
お客様にもよく説明するけど、運(運気)は一定ではなくて。
波のように上下していて、高い時もあれば低い時もある。
バイオリズム。
ものすごく分かりやすく例えれば、
「恋愛運気が高まっている時に出会いを求めて行動すれば、恋愛運が低い時よりいい人に出会う確率が高くなる」
とかそういうこと。
波に乗ってやれることというものがある。
それで、人生には幸運期というものが何回か訪れると思うんですけど。
(その回数や体感は人それぞれですが。)
幸運期、いわゆる運気が高まっている時期って、本人の実感は薄いと思います。
・・・・・というか、むしろ苦しいかも。
どうしてかというと、
幸運期に入ってる人ってかなり大きめな試練がきている時期で、それを乗り越えた時にデッカイご褒美が来ますよーーー!!
というのが幸運の正体だから。
今までの自分を乗り越えて、めっちゃくちゃ新しい世界が開ける時期が来ている合図。
それが幸運期。
なんだなぁ・・・・・。
って鑑定していて実感するんですよね。
」
ちょ・・・ちょっと待ってくださいな・・・・・・!!!
「パム」が「パムのトラブル」に関連して「かなり大きめな試練」が来た時期は、2015年です。
そこからが、「幸運期」だって事ですか???
「
幸運の公式とは?
「“海賊王”におれはなる!!」
で有名な漫画『ワンピース』ってあるじゃないですか。
あのストーリーを思い出してもらえると分かりやすいと思うんですけど、
主人公であるルフィ率いる海賊麦わらの一味は海に浮かぶ島を渡っていくごとに強大な敵に出会ったり、試練に合います。
その困難を乗り越えるたびにルフィたちは強くなり、仲間や情報やアイテムが増えたり、仲間との絆が深くなります。
それと同じで、運気が高まっている時期ってぶっちゃけ試練の時期なんですよね。
幸運期って、
「あっ、私いま運気上がってる時期だから何もしなくていいや」
という状態でいると、なーーーーんにも起こらない。
いやむしろマイナスかも。
「こんなに大変なのにこれが幸運期なの?
マジで?!」
っていう状態になるのが幸運期だと考えていいです。
幸運期=自分がひと回りもふた回りも成長するチャンス=試練がある
この公式です。
」
確かに、「パムのトラブル」がエスカレートして「パムの生活(=仕事)」にまで影響が出てきた時に、
「パム」は色んな対応をする羽目になりました。
それまでは、ずっと「Web系エンジニア」として仕事を続けていたのですが、
・保険外交員と言う外に出て人と会う仕事
・パムのトラブルに対応する為に実行した様々な行動
これらが、従前の「パム」には想定できなかった新しいノウハウを身につけるきっかけになりました。
今、「本人訴訟」で「民事裁判」を提訴しているのもその一環です。
「
幸運って棚ぼたのことじゃない。
そもそも棚ぼた的なラッキーって持続しないですよね。
宝くじで数億円当たった人がほぼ必ずと言っていいほど悲惨な状態になるというのが物語っています。
友達で100万円当てた子がいたんですけど
「パッと使って終わった」
と言ってました。
突然やってくる
「えっ?何これすごい!!
ラッキー!!」
というのは事故にあったようななもので、長続きしないし、刹那的で時間が経てば忘れてしまうような薄いものがほとんど。
幸運期にやってくるのはそんな根っこのないものとは全然違っていて
「今までの自分の集大成」
でもあると思うんです。
土を耕して、
種を撒いて、
水をやって、
雑草を抜いて、
手塩にかけて育てた小さな苗がどんどん成長して大きく大地に根を張って、
幹が太くなって、
枝を四方八方に広げていく。
そんなあなたの人生の途中に何回か起こる大木をもっともっと大きくさせるためのチャンス。
それが幸運期です。
だからその幸運をしっかり掴めたら、自分が望んでいる方向に進めたり、ほしいものが手に入ったり、新しい出会いや世界と繋がったり。
「今後の自分」に大きく関係してくる好機なんです。
根っこがしっかりしてる上での幸運だから、継続するし、それを肥やしにもっともっと大きい木(自分)になることができる。
それが幸運期だと感じています。
」
>「今までの自分の集大成」
なんでしょうかねぇ???
「パム」の実感では、
「呑兵衛時代のパムが蒔いた種の悪影響を刈り取っている。」
と言う感覚です。
「パム」が酒を呑んでいた時期は、
「酒の上の話」
と言う非常に好都合な「言い訳の材料」がありました。
しかし、「パム」が禁酒してからは、その「言い訳の材料」を使えなくなりました。
その「禁酒」が続いた後、2015年以降に火を噴いたのが、
「パムのトラブル」
なのです。
・「パムを15年以上ネットストーキングしている50代男性」のTwitter上の言動
・「パムのトラブルのきっかけとなった人物」の言動(伝聞)
・「パムのトラブルのキーパーソン」が「パム」向けに作成した楽曲の歌詞
などを分析すると、
「パム」が酒を呑んでいた時期の言動が非常に多く含まれている事に気づきます。
当時の「パム」は「アルコール依存症」寸前の状態でした。
平日に「ドライドランク」と言う症状に似た状態を自覚した日もあったのです。
この状態になると、非常に欝っぽくなってしまい、そこをなんとか抑えるのに必死でした。
http://u0u0.net/uJw7
しかし、今の「パム」は1滴もお酒を呑みません。
もう、禁酒してから9年目に突入しました。
その禁酒を続けていくうちに、何故だか、
現在、「パム」は、非常に各方面にご迷惑をおかけしてばかりの「パムのトラブル」の解決に取り組む羽目になりました。
「
幸運期のお客様の話
鑑定にくるお客様はもちろん、
何かに悩んでいるから見てもらいたい
という方が多いですが
「けっこう大変な時期ですね」
という人に大きな幸運期が訪れてることが多いんですよ。
これはどちらかというとタロットよりも手相で見るんですけど。
話を聞けば聞くほど
「これは人生の岐路ですね」
という人が少なくない。
先日もある経営者の方を鑑定したんですが、手相でめっちゃいい幸運の証が出ていたんですよ。
その方は深く悩んでいるからというより、私が占い師だと知って
「何かの参考になるかな?」
と思って見てもらいたいと思ったそうです。
私が幸運期が訪れていることを告げ、
「でもこの時期に必ず乗り越えなければならないことが出てきます。
それを乗り越えた先に大きく得られるものがあります。
それは1つじゃなくて2〜3個あるかも」
と伝えると
「あぁ、分かります。
現時点で3つあります。
でもそれを越えた先はとても楽しい世界だと分かっているので、このまま進めて良さそうですね」
とおっしゃいました。
さすが従業員を抱える経営者の方は違うな、と鳥肌が経ちましたね。
というのも一般的に幸運期の試練に遭遇している人は逃げがちなんです。
逃げたいというのはその人が強い弱いということではなくて、「人間の本能」です。
その本能とはホメオスタシスといって「変わりたくない」という防衛本能の一種。
幸運期がきてその波に乗ると、人は多かれ少なかれ今までと変わります。
変化する。
その変化がどう出るかは様々ですが、
仕事が変わったり、
友達が変わったり、
遠くに行くことになったり、
好きなものを手放したり、
嫌いなものを受け入れたり、
今までの自分と違う状態になることが「変化」です。
人は本能的にそれを嫌がります。
だから幸運期が訪れてもそれを掴めない人が多いというのも
「今の自分と変わりたくない」
からなんです。
それなので前記のような経営者の人たちなどはある意味「変わることが仕事」なので、
幸運が来たらその匂いがわかるし、気づくし、がっちり運を捕まえて、さらに大きく成長するんです。
あぁ、この話するとまた長くなるから別の機会にしよう・・・・・。
とにかく
幸運期=自分が一回りもふた回りも成長するチャンス=試練がある
この公式を頭の片隅に置いておいていただければ、あなたがラッキーチャンスを逃す回数は減るかもしれません。
「ちょっと・・・・・いや、かなりこれは大変かもー?!」
という時期があなたに来たら、それは幸運期のお知らせかもしれません。
Good luck!!
」
2015年は、
>「今の自分と変わりたくない」
とか言っている余裕がありませんでした。
新しい環境に「パム」は突き進む必要が出てきたのです。
既に当時と現在では、「パム」を取り巻く環境が非常に違っております。
さて、この先の「パム」を待っているのは、何でしょうか???
なお、この記事は「スピリチュアル」で見た「幸運」の話です。
「心理学」「精神医学」では、「1行日記」で毎日の幸運を記録する方法が有効だと言われてまして、
「パム」はこれも実行しています。
更に補足です。
「心理学」「精神医学」では、「パムのトラブル」のような事に遭った場合、
・全速力で逃げる。
と言う対応方法が良いとされています。
つまり、ここの内容とは正反対の行動が良いとされているのです。
<参考>
○日々の幸せを呼び起こせる「一行日記」のススメ --ライフハッカー--
http://u0u0.net/Sv2d
○【境界性人格障害】全力で逃げてー!!【ボーダー】被害者まとめ【あなたの恋人は大丈夫?】 --Naverまとめ--
http://ur0.biz/OvKq
http://urx.blue/jFlw
「
自己愛性人格障害者のターゲットは、
自分が被害を被っているのに、なぜか攻撃をしている側である
自己愛性人格障害者自身が被害者のような口ぶりで攻撃してくるのを不思議に思うことがあります。
」
「パムのトラブル」で説明しましょう。
そもそも、「パムのトラブルのキッカケになった人物」と「パム」の「対立」そのものは、
・相互に不満/誤解があれば即座に解消可能だった
・対立後も「通常の対立」として対応可能だった
一件なのです。
どちらが「加害者」でどちらが「被害者」かとか、そんな議論は、本来は不毛でした。
それが、こじれてこじれて、ややこしい事態にまでエスカレートしました。
「
急に不機嫌になり自分から攻撃してきたのに、
自分を攻撃してくるな!
嫌がらせか!
いつもこんな目にあわせやがって!
わざとだろう!
といいながらさらに攻撃してくるのです。
これは、自己愛性人格障害者の被害妄想が関係してきます。
今回はその原理をお伝えします。
」
「パム」は「占い」「超古代史」「神秘学」「宗教学」などが好きなのです。
しかし、
「パムのトラブルのキッカケになった人物」「パムを15年近くストーキングしている50代男性」と、「パム」では、
こういう事に対する姿勢や向き合い方が違っておりました。
また、「パム」自身がADHDであり、「本当の一般論」として「ADHD」に言及した発言をすると、
それも、「パムのトラブルのキッカケになった人物」「パムを15年近くストーキングしている50代男性」とは違う見解になります。
すると、このような攻撃をされてしまう理由になるのです。
・・・別に、攻撃する気は全く無かったんですけどねぇwww
「
被害妄想というのは、
「実際に被害を被っているわけではないのに
被害を被っているように感じる」
妄想です。
もちろん、被害を被らせている相手はターゲットということになります。
被害を被っていると思ってしまうのですから、
自己愛性人格障害者はこのとき、
「こいつはわざとやっている」
「故意に嫌がらせをしている」
と思い込みます。
」
(爆笑しちまって、一瞬、何も書けねぇwww 笑えるwww)
「パムのトラブル」でもこう言うのはありましたねぇ(苦笑)
「別にあんたの事を言ってねぇよ!」
「パム自身の経験論で言っているだけだろ。」
「対立してるんだから、パムの口から否定的な言動が出るのは当然だろ。」
と言うような「パムの言動」に対してのいちゃもんが多いのです。(現在も継続中)
んで、昨年、「パム」は「敢えて悪役になる」と言う方針に変えました。
>「こいつはわざとやっている」
>「故意に嫌がらせをしている」
これを、「パム」が本当にやったら、どうなるんでしょうかねぇ?(黒笑)
「
たとえば、ターゲットが何かミスをしたとします。
人間だからミスは誰にでもあります。
そのミスが、自己愛性人格障害者の予定を狂わせたとしましょう。
「ターゲットと自己愛性人格障害者が一緒に出かける予定でいたのに、
その予定時間が1時間ほど遅れた」
とか、そんなものでも自己愛性人格障害者にとっては相手の立派なミスになります。
その些細なミスを、自己愛性人格障害者は逃しません。
ターゲットをここぞとばかりに責める材料にするでしょう。
しかし、
自己愛性人格障害者はこのとき、
「ミスを責めてやろう」
という気持ちでやっているわけではありません。
自己愛性人格障害者は、
「予定が狂わされた」
ということに怒っているのです。
もっと深いところをつつくと、
「予定が思い通りにいかなかった」
ということに対して非常にストレスを感じ、
そのストレスはお前の責任だ
と責めているということになります。
しかも
ターゲットのミスで思い通りに行動できなかった、
のではなく、
わざと自分を不愉快にさせるためにミスをしたように見せかけて予定時間よりも1時間遅らせたのではないか?
いや、きっとそうに違いない。
とまで考えます。
さらにここで、出かける直前に宅配物でも届いたら?
出かける時間はさらに3-5分くらいは遅れるかもしれません。
自己愛性人格障害者は、
「こいつらは結託して自分を不愉快にさせようとしているのでは?」
とまで考えることがあります。
当然ですが
宅配員とターゲットには何の関係もない
と考えるのが普通です。
ですが、自己愛性人格障害者はいったん被害妄想に陥ると、どこまでもその関連性を追います。
その宅配物がターゲットに対して送られてきたものだったら、
「こいつは自分を怒らせるためにわざとこの時間帯に設定したのではないか?」
「自分をなめているのでは?」
と考えることもあるのです。
これが、自己愛性人格障害者の被害妄想です。
その被害妄想を元に、ターゲットに対して攻撃します。
自分は被害を受けている側なのだから、こいつは攻撃されて当然である。
という考えのもとで、です。
ですから、自己愛性人格障害者は自分がその怒りを元に相当な攻撃を繰り広げるのに、
自分は被害者であり被害を受けているのだから攻撃し返すのは当然だ、
と考えます。
実際はただ
「ターゲットの都合で予定が遅れた」
だけなのですが、そこからどんどん派生して
「こいつはわざと遅らせたのでは?」
「結託しているのでは?」
「みんな自分の邪魔をしようとしているのでは?」
とどんどん被害的な妄想をめぐらせるのが自己愛性人格障害者の特徴のひとつです。
」
思い返すと、対立の発端がまさにそうだったかもですね。
僭越ではありますが、以下の実績の違いを見ると、これもトラブルの原因だったのかなって思うのです。
○「パムのトラブルのキッカケになった人物」
・「パムのトラブルのキッカケになった人物」主導の大型ライブイベント:18組出演/動員5名
・「パム」主導の小規模ライブイベント:7組出演/動員10名
○「パムを15年近くストーキングしている50代男性」
・「パムを15年近くストーキングしている50代男性」主催の定期ライブイベント:毎月30組出演/動員5名以下?
・「パム」主催の定期ライブイベント:毎月4組出演/動員20名前後
「
自己愛性人格障害者のターゲットは、
自分が被害を被っているのに、なぜか攻撃をしている側である
自己愛性人格障害者自身が被害者のような口ぶりで攻撃してくるのを不思議に思うことがあります。
」
「パムのトラブル」で説明しましょう。
そもそも、「パムのトラブルのキッカケになった人物」と「パム」の「対立」そのものは、
・相互に不満/誤解があれば即座に解消可能だった
・対立後も「通常の対立」として対応可能だった
一件なのです。
どちらが「加害者」でどちらが「被害者」かとか、そんな議論は、本来は不毛でした。
それが、こじれてこじれて、ややこしい事態にまでエスカレートしました。
「
急に不機嫌になり自分から攻撃してきたのに、
自分を攻撃してくるな!
嫌がらせか!
いつもこんな目にあわせやがって!
わざとだろう!
といいながらさらに攻撃してくるのです。
これは、自己愛性人格障害者の被害妄想が関係してきます。
今回はその原理をお伝えします。
」
「パム」は「占い」「超古代史」「神秘学」「宗教学」などが好きなのです。
しかし、
「パムのトラブルのキッカケになった人物」「パムを15年近くストーキングしている50代男性」と、「パム」では、
こういう事に対する姿勢や向き合い方が違っておりました。
また、「パム」自身がADHDであり、「本当の一般論」として「ADHD」に言及した発言をすると、
それも、「パムのトラブルのキッカケになった人物」「パムを15年近くストーキングしている50代男性」とは違う見解になります。
すると、このような攻撃をされてしまう理由になるのです。
・・・別に、攻撃する気は全く無かったんですけどねぇwww
「
被害妄想というのは、
「実際に被害を被っているわけではないのに
被害を被っているように感じる」
妄想です。
もちろん、被害を被らせている相手はターゲットということになります。
被害を被っていると思ってしまうのですから、
自己愛性人格障害者はこのとき、
「こいつはわざとやっている」
「故意に嫌がらせをしている」
と思い込みます。
」
(爆笑しちまって、一瞬、何も書けねぇwww 笑えるwww)
「パムのトラブル」でもこう言うのはありましたねぇ(苦笑)
「別にあんたの事を言ってねぇよ!」
「パム自身の経験論で言っているだけだろ。」
「対立してるんだから、パムの口から否定的な言動が出るのは当然だろ。」
と言うような「パムの言動」に対してのいちゃもんが多いのです。(現在も継続中)
んで、昨年、「パム」は「敢えて悪役になる」と言う方針に変えました。
>「こいつはわざとやっている」
>「故意に嫌がらせをしている」
これを、「パム」が本当にやったら、どうなるんでしょうかねぇ?(黒笑)
「
たとえば、ターゲットが何かミスをしたとします。
人間だからミスは誰にでもあります。
そのミスが、自己愛性人格障害者の予定を狂わせたとしましょう。
「ターゲットと自己愛性人格障害者が一緒に出かける予定でいたのに、
その予定時間が1時間ほど遅れた」
とか、そんなものでも自己愛性人格障害者にとっては相手の立派なミスになります。
その些細なミスを、自己愛性人格障害者は逃しません。
ターゲットをここぞとばかりに責める材料にするでしょう。
しかし、
自己愛性人格障害者はこのとき、
「ミスを責めてやろう」
という気持ちでやっているわけではありません。
自己愛性人格障害者は、
「予定が狂わされた」
ということに怒っているのです。
もっと深いところをつつくと、
「予定が思い通りにいかなかった」
ということに対して非常にストレスを感じ、
そのストレスはお前の責任だ
と責めているということになります。
しかも
ターゲットのミスで思い通りに行動できなかった、
のではなく、
わざと自分を不愉快にさせるためにミスをしたように見せかけて予定時間よりも1時間遅らせたのではないか?
いや、きっとそうに違いない。
とまで考えます。
さらにここで、出かける直前に宅配物でも届いたら?
出かける時間はさらに3-5分くらいは遅れるかもしれません。
自己愛性人格障害者は、
「こいつらは結託して自分を不愉快にさせようとしているのでは?」
とまで考えることがあります。
当然ですが
宅配員とターゲットには何の関係もない
と考えるのが普通です。
ですが、自己愛性人格障害者はいったん被害妄想に陥ると、どこまでもその関連性を追います。
その宅配物がターゲットに対して送られてきたものだったら、
「こいつは自分を怒らせるためにわざとこの時間帯に設定したのではないか?」
「自分をなめているのでは?」
と考えることもあるのです。
これが、自己愛性人格障害者の被害妄想です。
その被害妄想を元に、ターゲットに対して攻撃します。
自分は被害を受けている側なのだから、こいつは攻撃されて当然である。
という考えのもとで、です。
ですから、自己愛性人格障害者は自分がその怒りを元に相当な攻撃を繰り広げるのに、
自分は被害者であり被害を受けているのだから攻撃し返すのは当然だ、
と考えます。
実際はただ
「ターゲットの都合で予定が遅れた」
だけなのですが、そこからどんどん派生して
「こいつはわざと遅らせたのでは?」
「結託しているのでは?」
「みんな自分の邪魔をしようとしているのでは?」
とどんどん被害的な妄想をめぐらせるのが自己愛性人格障害者の特徴のひとつです。
」
思い返すと、対立の発端がまさにそうだったかもですね。
僭越ではありますが、以下の実績の違いを見ると、これもトラブルの原因だったのかなって思うのです。
○「パムのトラブルのキッカケになった人物」
・「パムのトラブルのキッカケになった人物」主導の大型ライブイベント:18組出演/動員5名
・「パム」主導の小規模ライブイベント:7組出演/動員10名
○「パムを15年近くストーキングしている50代男性」
・「パムを15年近くストーキングしている50代男性」主催の定期ライブイベント:毎月30組出演/動員5名以下?
・「パム」主催の定期ライブイベント:毎月4組出演/動員20名前後
http://urx.blue/RiMV
「
忍び寄る社会問題、高学歴ワーキングプア
昨今、問題になっているワーキングプアの問題。
「働けど働けど、我が暮らし楽にならざりけり」
とは石川啄木の歌ですが、この状況は、何も低学歴の人だけの問題ではありません。
今や、学歴に関係なく、ワーキングプアになってしまっている状況が存在しています。
高学歴の人がワーキングプアになってしまうという状況は、
しっかりとした人的資源がありながら、それを活かす土壌がないという日本の社会問題の一端でもあります。
では、何故、高学歴の人もワーキングプアになってしまうのでしょうか。
また、どんな人が高学歴にも関わらず、ワーキングプアになってしまうのか。
そして、ワーキングプアから脱する方法などを考えていきましょう。
」
僭越ながら、「パム」もこの「高学歴ワーキングプア」です。
ある程度「観念」した30歳手前からの動きが40歳になって余計に「パム」を追い詰めるなんて思わなかったです。
「
高学歴ワーキングプアとは?
まずは、そもそもワーキングプアとは何なのかということから始めましょう。
ワーキングプアとは、
正社員、または正社員のように、フルタイム(9時から5時)で働いているにも関わらず収入が少なく、生活が成り立たない人の事を指します。
社会的な定義としては、正規非正規を問わず年収が200万円以下の人になります。
勿論、中には、バイトのかけもちなので年収が200万円を突破する非正規労働者もいますので、
あくまでも200万円というのは基準であるという風に考えて下さい。
ワーキングプアになる人の多くは、高い技術力を持ちません。
そのために責任のある仕事を任されることがありません。
結果的に、賃金の低い単純労働を長時間続けるしか、満足のいく収入を得る術がありません。
従来までは、ワークキングプアになるのは低学歴層の人ばかりでした。
理由は実に単純で、学力や学歴がなく、大学進学が条件とされる技能取得がなされていないからに他なりません。
中卒・高卒で高収入な職は、一部の運の良い人だけのものです。
しかし、それが高学歴、名門大学の卒業生や果ては大学院を卒業しても、就職にありつけない、
就職できたとしても、非正規の派遣や正規だとしても非常に賃金の安い仕事についてしまっている。
それが高学歴ワーキングプアです。
」
はい。
「パム」が大学を卒業してから、ずっと安定しない生活でした。
はぁ・・・。
「
高学歴ワーキングプアの現状
高学歴ワーキングプアの現状は、ハッキリ言って悲惨の一言に尽きます。
下記の記事の中を紹介するならば、東大の大学院を卒業しても、就職率は驚きの56%。
京都大学の院卒でもアルバイトをして食い繋いでいる状況にあります。
このような事になっている一番の理由は、そもそも院卒者の数に対しての用意されるポストの少なさにあります。
大学院を卒業して何になるのかと言われたら、恐らく、大多数の方が研究者か大学教授を目指していると思います。
現状、少子化の影響に伴う大学の閉鎖や改組によって大学教授自体が数を減らしつつあります。
また、研究職も基本的に、ほぼ終身雇用のようなモノですので、空席は多くありません。
運よく射止められたなら幸運ですが、大抵は射止められないで落ちていきます。
そうなると、どうにかして明日の糧を得ようと非常勤講師などになります。
しかし、非常勤講師の給与というのも、月々2万5000円程度です。
子供のお小遣い程度では食い繋げません。
結果的にアルバイトなど別の仕事をすることになってしまいます。
また、高学歴を雇うことは、企業にとって即戦力になれば問題ありませんが、それなりにリスクが必要になります。
高学歴イコール高収入になりますから、それが役に立てば良い買い「者」ですが、下手をするとコストにしかなりません。
他にも、高学歴の人を取り巻く経済環境は悪化の一途です。
奨学金の返済に迫られているために、なんとかアルバイトを始めますが、
アルバイトを始めると、今度は研究時間が不足してしまいます。
そうすると研究でも思った業績が上がりません。
思った結果が上がらなければ、お金も出ません。
そうすると、またアルバイトを増やさなければならないという負のスパイラルに陥ってしまいます。
そして、これは体力の問題でもありますから、ドンドン負担だけが増えていくことになります。
まだ卒業したての若い世代であれば、手持ちの持ち駒次第で多少のやり直しも可能でしょう。
しかし、年を取ると、やり直しの幅がドンドン狭まってしまいます。
そして、最悪の場合、詰んでしまうこともありえるのです。
」
これは、「大学院卒」で「研究者」を目指したケースですね。
実際に、「大学教員」だけで生計を維持できる人は少ない様子です。
「
高学歴ワーキングプアの特徴
高学歴ワーキングプア、それを取り巻く現状は、非常に数多くの問題を抱えています。
では、高学歴にも関わらず、ワーキングプアになる人はどのような人なのでしょうか。
今度は、ワーキングプアになってしまう高学歴な人の特徴を確認していきましょう。
」
「
特徴①:プライドが高い
大学院まで進む人、また、大学院まで進まなくとも、東京や京都などの名門国立大を卒業した方の多くは、
やはり有名企業への就職を熱望している様子です。
単純に上を見ているので、
「自分がこの程度の企業には向かない」
と思っているのではないでしょうか。
これを裏付けるように、全大学の大卒就職者の割合は、例年100%に近い割合で推移しています。
一時の就職氷河期のときも90%を割り込むことはありませんでしたので、
先のデータ通り、ずっと院卒生だけが突出して悪い傾向にあります。
勿論、先の数字は希望する職種に就けたか、までは勘案していません。
しかし、それにしても、学歴があるエリートというだから、大企業に入るべきだという先入観、
この場合は、プライドが強すぎるのかもしれません。
有効求人倍率はここ数年で改善傾向にありますので、景気も良くなっているのは指標から見て明らかです。
しかし、その状況はプライドの高い高学歴の方々までは届いていない、
いや、届いているが見て見ぬふりをしているということでしょうか。
」
今の時代だと、氷河期時代と違って、「観念」する「高学歴者」は少ないのかも知れませんねぇ・・・。
「観念」した方が次に進めますよ~!
「
特徴②:仕事内容と研究内容がマッチしていない
大学院まで進んだ人の多くは、研究志望の人です。
その分野に対しての経験は非常に高いのですが、それ以外の経験がないため、転職しても仕事に適応できないということが、あります。
深い一芸の代わりに、万能性を失っているのが高学歴ワーキングプアと言えます
つまり、会社、この場合は社会と言えますが、
就職希望者に対して求めているスキルと、高学歴として大学や大学院で学んだものが乖離しているため、
実務が出来ないという状況になっている人もいるのです。
特に、語学系統の大学は、ミスマッチが非常に多くなります。
グローバル化が叫ばれて久しい現在、多くの企業が求めているのは、
「外国語や外国語の書籍を研究した」実績ではなく、「外国語を話せる、聞ける、書ける、読める」技能です。
もう一つ多いのが、理系の大学全般。
世界の最先端を研究する姿勢は立派ですが、それを研究しました、で終わるのでは、社会との乖離は酷くなるばかりです。
これを社会に如何に活かすかまでを考えて、意味があるものになるのです。
皆が皆、自分の経験を活かせる仕事に就けるはずがないと、どこかで妥協があります。
しかし、高学歴の人は先に上げたとおり、
高いプライドが邪魔をして、中々、自分の研究してきた、積んできた実績とは別のところに行きたがらない傾向がある様です。
」
「パム」ば、「歴史学」を研究しましたが、「プログラマ」「保険外交員」「警備員」を経験しましたよ~!
大学時代の研究内容は、仕事の面ではどっかに消えちゃってしまってます。
「
特徴③:本人に社会性がない
昨今、大学院への間口は明らかに広くなりました。
しかし、大学院への進学理由で最も多いのは、大学3年生、4年生の当時の就活を諦めて、大学院へ進むという消極的な理由です。
それでいて研究に打ち込む訳でもないので、結果、自らの首を絞める結果になります。
大学院に進んでも、特に文系はオーバードクターにしかなれません。
研究職や教授職という、ほぼ無いに等しいパイを何万人という単位で分け合うのですから、
完全なるゼロサムゲームになるのは、目に見えています。
しかし、逃げの一手で進学を決めてしまったので、将来的なビジョンが全く描けていないということが往々してあります。
そうやって、収入が苦しくなった鉄火場になって、ようやっと将来のことを考え始めるのです。
また、就職を目指す本人が自らの市場価値を理解していないということもあります。
企業側が欲しいのは、「賢い」人材ではなく、「仕事が出来る」人間です。
そのためには、ある程度の知性はいりますが、大部分を占めるのは、社会性です。
つまり、人と付き合ってきたかどうか。
考えてみれば、どれほどの一流大学院を出ようとも、そこでの2年間は長い人生のうちのほんの一瞬でしかありません。
この間に研究に打ち込んできましたという姿勢は立派ですが、果たして、それは社会に出る準備だったのか。
色々な経験をして見識や見聞を広め、将来的なビジョンを持って院に進むならば、
例え研究職に就けずとも、経験を活かした行動が出来ます。
しかし、高学歴ゆえに融通が利かず、ジリジリと真綿で首を絞められる結果になるのです。
」
卒業後に、「自分の社会性がどれ程のものか?」を思い知る場面でもあれば、なんとかなるかも知れませんけどね。
「パム」も、卒業後に「パムの社会性の低さ」を実感する場面に出くわしました。
しかし、大変だったのは、そこから先でした。
「
特徴④:地方出身の東京住まい
東京住まいというのは、あくまでも一例ですので、東京に住んでいると高学歴ワーキングプアになるというわけではありません。
東京や大阪などの大都市は、どうしても物価が高くなります。
切り詰めるにしても、限界はあります。
ワーキングプアになる理由の多くは、収入がないことですが、これは出費が多いという理由になります。
家賃や食費等の出ていくお金が多いので、それをカバーするためにアルバイトを始めなければなりません。
高学歴かどうかは関係ありません。
しかし、研究職を目指しているならば、
書籍代などへの出費が必要になります、つまり、稼がないといけないお金の水準が単純に高い。
そうなると仕事はえり好みしていられません。
アルバイトなどで食いつなぐよりほかに方法がありません。
取り敢えず、何の目的もなく田舎から都会に出てきたとしても、
都会の実情をキチンと理解していれば、このようなことにはならないでしょう。
都会に出て一旗揚げる、という考え方はもはや時代錯誤です。
」
古本屋で書籍を購入するだけでは・・・足りないんでしょうかねぇ???
「
特徴⑤:親が過保護
高学歴にも関わらずワーキングプアになってしまうのは、決して本人ばかりに理由があるわけではありません。
親の問題も挙がります。
ここまで社会性がないくせに、プライドばかりが肥大してしまった人間になるのは、親も一因です。
高学歴ワーキングプアの人の親に多いとされる特徴が、学歴至上主義。
名門私立小学校、下手をすれば幼稚園から入り、幼いころから勉強漬けにされ、中学校も高校も勉強一色。
大学も取り敢えず、良い点だけを取って生きてきた子供たちの親です。
無論、大抵の親は、どこかで現実を見ています。
現実を見ているから、真実、生きていく力をつけるための行動を大切にします。
自然と触れ合ったり、家事を手伝ったり、そういうことを学んでいき、学ばせていきますので、ひっくり返すことが可能です。
しかし、ここに過保護が加わると、最悪です。
親が勉強以外の何もさせずに生かしていくと、子供は勉強だけの価値観で世の中を測ります。
勉強が出来ること自体は良いことですが、これだけに染まってしまうと、勉強以外何もない子になります。
」
「パム」の場合、「親が、『パムの人生の一大事の時だけ過保護』だが、しつけ他は『ネグレクト』な人」でした。
このケースとは違いますが、親が望むような「三流大学卒の地方公務員」と言う人生を「パム」が歩むように、
必死にコントロールしようとしてましたね。
「
特徴⑥:企業側に敬遠されている
ここまでは、高学歴な人の側の問題でした。
しかし、やはり雇う社会の側にも、問題らしきモノが、確かに存在しています。
勿論、要素としては、微々たる影響ですが、それでも高学歴な人がワーキングプアになっている事とは無関係ではないでしょう。
かつて、日本で高学歴の人が持て囃されたのは、高学歴故に持っている技能や知識を活用できたからに他なりません。
だからこそ、高学歴の人には高い基本給が支払われていました。
勿論、これ自体は、間違っていません。
技能に見合った金銭を払うのは普通です。
しかし、高学歴が逆に足枷になってしまう場合もあります。
現在のところ、企業としてはやはり即戦力になる人材を求めています。
では、院卒の人間が即戦力になるのかと聞かれると、これはかなり微妙なラインです。
即戦力として期待できないということでしょうか。
また、即戦力になれる人材であっても、企業側がそれを生かし切れていないという実情もあります。
世の中には、高学歴な人よりも低学歴の人の方が多いのですから、如何に高スペックなモノでも扱う頭がなければ意味がありません。
企業としては、扱いきれない高スペックマシンを手元に置くよりも、扱いやすくて手になじむマシンを使いたいものです。
だから、高学歴の人は企業側から敬遠されてしまい、中々職にありつけないことになります。
」
「パム」が「プログラマ」になった時に見たのが、
・パムと同じ年齢の先輩社員(社会人経験5年程度)が、中堅プログラマとして大活躍している。
と言う光景でした。
これは、
「仕事と学歴は無関係である。」
と言う事を見事にみせつけられたと言う事ですね。
こういう場面になった後にどうするかが、キモなのだと思います。
「
忍び寄る社会問題、高学歴ワーキングプア
昨今、問題になっているワーキングプアの問題。
「働けど働けど、我が暮らし楽にならざりけり」
とは石川啄木の歌ですが、この状況は、何も低学歴の人だけの問題ではありません。
今や、学歴に関係なく、ワーキングプアになってしまっている状況が存在しています。
高学歴の人がワーキングプアになってしまうという状況は、
しっかりとした人的資源がありながら、それを活かす土壌がないという日本の社会問題の一端でもあります。
では、何故、高学歴の人もワーキングプアになってしまうのでしょうか。
また、どんな人が高学歴にも関わらず、ワーキングプアになってしまうのか。
そして、ワーキングプアから脱する方法などを考えていきましょう。
」
僭越ながら、「パム」もこの「高学歴ワーキングプア」です。
ある程度「観念」した30歳手前からの動きが40歳になって余計に「パム」を追い詰めるなんて思わなかったです。
「
高学歴ワーキングプアとは?
まずは、そもそもワーキングプアとは何なのかということから始めましょう。
ワーキングプアとは、
正社員、または正社員のように、フルタイム(9時から5時)で働いているにも関わらず収入が少なく、生活が成り立たない人の事を指します。
社会的な定義としては、正規非正規を問わず年収が200万円以下の人になります。
勿論、中には、バイトのかけもちなので年収が200万円を突破する非正規労働者もいますので、
あくまでも200万円というのは基準であるという風に考えて下さい。
ワーキングプアになる人の多くは、高い技術力を持ちません。
そのために責任のある仕事を任されることがありません。
結果的に、賃金の低い単純労働を長時間続けるしか、満足のいく収入を得る術がありません。
従来までは、ワークキングプアになるのは低学歴層の人ばかりでした。
理由は実に単純で、学力や学歴がなく、大学進学が条件とされる技能取得がなされていないからに他なりません。
中卒・高卒で高収入な職は、一部の運の良い人だけのものです。
しかし、それが高学歴、名門大学の卒業生や果ては大学院を卒業しても、就職にありつけない、
就職できたとしても、非正規の派遣や正規だとしても非常に賃金の安い仕事についてしまっている。
それが高学歴ワーキングプアです。
」
はい。
「パム」が大学を卒業してから、ずっと安定しない生活でした。
はぁ・・・。
「
高学歴ワーキングプアの現状
高学歴ワーキングプアの現状は、ハッキリ言って悲惨の一言に尽きます。
下記の記事の中を紹介するならば、東大の大学院を卒業しても、就職率は驚きの56%。
京都大学の院卒でもアルバイトをして食い繋いでいる状況にあります。
このような事になっている一番の理由は、そもそも院卒者の数に対しての用意されるポストの少なさにあります。
大学院を卒業して何になるのかと言われたら、恐らく、大多数の方が研究者か大学教授を目指していると思います。
現状、少子化の影響に伴う大学の閉鎖や改組によって大学教授自体が数を減らしつつあります。
また、研究職も基本的に、ほぼ終身雇用のようなモノですので、空席は多くありません。
運よく射止められたなら幸運ですが、大抵は射止められないで落ちていきます。
そうなると、どうにかして明日の糧を得ようと非常勤講師などになります。
しかし、非常勤講師の給与というのも、月々2万5000円程度です。
子供のお小遣い程度では食い繋げません。
結果的にアルバイトなど別の仕事をすることになってしまいます。
また、高学歴を雇うことは、企業にとって即戦力になれば問題ありませんが、それなりにリスクが必要になります。
高学歴イコール高収入になりますから、それが役に立てば良い買い「者」ですが、下手をするとコストにしかなりません。
他にも、高学歴の人を取り巻く経済環境は悪化の一途です。
奨学金の返済に迫られているために、なんとかアルバイトを始めますが、
アルバイトを始めると、今度は研究時間が不足してしまいます。
そうすると研究でも思った業績が上がりません。
思った結果が上がらなければ、お金も出ません。
そうすると、またアルバイトを増やさなければならないという負のスパイラルに陥ってしまいます。
そして、これは体力の問題でもありますから、ドンドン負担だけが増えていくことになります。
まだ卒業したての若い世代であれば、手持ちの持ち駒次第で多少のやり直しも可能でしょう。
しかし、年を取ると、やり直しの幅がドンドン狭まってしまいます。
そして、最悪の場合、詰んでしまうこともありえるのです。
」
これは、「大学院卒」で「研究者」を目指したケースですね。
実際に、「大学教員」だけで生計を維持できる人は少ない様子です。
「
高学歴ワーキングプアの特徴
高学歴ワーキングプア、それを取り巻く現状は、非常に数多くの問題を抱えています。
では、高学歴にも関わらず、ワーキングプアになる人はどのような人なのでしょうか。
今度は、ワーキングプアになってしまう高学歴な人の特徴を確認していきましょう。
」
「
特徴①:プライドが高い
大学院まで進む人、また、大学院まで進まなくとも、東京や京都などの名門国立大を卒業した方の多くは、
やはり有名企業への就職を熱望している様子です。
単純に上を見ているので、
「自分がこの程度の企業には向かない」
と思っているのではないでしょうか。
これを裏付けるように、全大学の大卒就職者の割合は、例年100%に近い割合で推移しています。
一時の就職氷河期のときも90%を割り込むことはありませんでしたので、
先のデータ通り、ずっと院卒生だけが突出して悪い傾向にあります。
勿論、先の数字は希望する職種に就けたか、までは勘案していません。
しかし、それにしても、学歴があるエリートというだから、大企業に入るべきだという先入観、
この場合は、プライドが強すぎるのかもしれません。
有効求人倍率はここ数年で改善傾向にありますので、景気も良くなっているのは指標から見て明らかです。
しかし、その状況はプライドの高い高学歴の方々までは届いていない、
いや、届いているが見て見ぬふりをしているということでしょうか。
」
今の時代だと、氷河期時代と違って、「観念」する「高学歴者」は少ないのかも知れませんねぇ・・・。
「観念」した方が次に進めますよ~!
「
特徴②:仕事内容と研究内容がマッチしていない
大学院まで進んだ人の多くは、研究志望の人です。
その分野に対しての経験は非常に高いのですが、それ以外の経験がないため、転職しても仕事に適応できないということが、あります。
深い一芸の代わりに、万能性を失っているのが高学歴ワーキングプアと言えます
つまり、会社、この場合は社会と言えますが、
就職希望者に対して求めているスキルと、高学歴として大学や大学院で学んだものが乖離しているため、
実務が出来ないという状況になっている人もいるのです。
特に、語学系統の大学は、ミスマッチが非常に多くなります。
グローバル化が叫ばれて久しい現在、多くの企業が求めているのは、
「外国語や外国語の書籍を研究した」実績ではなく、「外国語を話せる、聞ける、書ける、読める」技能です。
もう一つ多いのが、理系の大学全般。
世界の最先端を研究する姿勢は立派ですが、それを研究しました、で終わるのでは、社会との乖離は酷くなるばかりです。
これを社会に如何に活かすかまでを考えて、意味があるものになるのです。
皆が皆、自分の経験を活かせる仕事に就けるはずがないと、どこかで妥協があります。
しかし、高学歴の人は先に上げたとおり、
高いプライドが邪魔をして、中々、自分の研究してきた、積んできた実績とは別のところに行きたがらない傾向がある様です。
」
「パム」ば、「歴史学」を研究しましたが、「プログラマ」「保険外交員」「警備員」を経験しましたよ~!
大学時代の研究内容は、仕事の面ではどっかに消えちゃってしまってます。
「
特徴③:本人に社会性がない
昨今、大学院への間口は明らかに広くなりました。
しかし、大学院への進学理由で最も多いのは、大学3年生、4年生の当時の就活を諦めて、大学院へ進むという消極的な理由です。
それでいて研究に打ち込む訳でもないので、結果、自らの首を絞める結果になります。
大学院に進んでも、特に文系はオーバードクターにしかなれません。
研究職や教授職という、ほぼ無いに等しいパイを何万人という単位で分け合うのですから、
完全なるゼロサムゲームになるのは、目に見えています。
しかし、逃げの一手で進学を決めてしまったので、将来的なビジョンが全く描けていないということが往々してあります。
そうやって、収入が苦しくなった鉄火場になって、ようやっと将来のことを考え始めるのです。
また、就職を目指す本人が自らの市場価値を理解していないということもあります。
企業側が欲しいのは、「賢い」人材ではなく、「仕事が出来る」人間です。
そのためには、ある程度の知性はいりますが、大部分を占めるのは、社会性です。
つまり、人と付き合ってきたかどうか。
考えてみれば、どれほどの一流大学院を出ようとも、そこでの2年間は長い人生のうちのほんの一瞬でしかありません。
この間に研究に打ち込んできましたという姿勢は立派ですが、果たして、それは社会に出る準備だったのか。
色々な経験をして見識や見聞を広め、将来的なビジョンを持って院に進むならば、
例え研究職に就けずとも、経験を活かした行動が出来ます。
しかし、高学歴ゆえに融通が利かず、ジリジリと真綿で首を絞められる結果になるのです。
」
卒業後に、「自分の社会性がどれ程のものか?」を思い知る場面でもあれば、なんとかなるかも知れませんけどね。
「パム」も、卒業後に「パムの社会性の低さ」を実感する場面に出くわしました。
しかし、大変だったのは、そこから先でした。
「
特徴④:地方出身の東京住まい
東京住まいというのは、あくまでも一例ですので、東京に住んでいると高学歴ワーキングプアになるというわけではありません。
東京や大阪などの大都市は、どうしても物価が高くなります。
切り詰めるにしても、限界はあります。
ワーキングプアになる理由の多くは、収入がないことですが、これは出費が多いという理由になります。
家賃や食費等の出ていくお金が多いので、それをカバーするためにアルバイトを始めなければなりません。
高学歴かどうかは関係ありません。
しかし、研究職を目指しているならば、
書籍代などへの出費が必要になります、つまり、稼がないといけないお金の水準が単純に高い。
そうなると仕事はえり好みしていられません。
アルバイトなどで食いつなぐよりほかに方法がありません。
取り敢えず、何の目的もなく田舎から都会に出てきたとしても、
都会の実情をキチンと理解していれば、このようなことにはならないでしょう。
都会に出て一旗揚げる、という考え方はもはや時代錯誤です。
」
古本屋で書籍を購入するだけでは・・・足りないんでしょうかねぇ???
「
特徴⑤:親が過保護
高学歴にも関わらずワーキングプアになってしまうのは、決して本人ばかりに理由があるわけではありません。
親の問題も挙がります。
ここまで社会性がないくせに、プライドばかりが肥大してしまった人間になるのは、親も一因です。
高学歴ワーキングプアの人の親に多いとされる特徴が、学歴至上主義。
名門私立小学校、下手をすれば幼稚園から入り、幼いころから勉強漬けにされ、中学校も高校も勉強一色。
大学も取り敢えず、良い点だけを取って生きてきた子供たちの親です。
無論、大抵の親は、どこかで現実を見ています。
現実を見ているから、真実、生きていく力をつけるための行動を大切にします。
自然と触れ合ったり、家事を手伝ったり、そういうことを学んでいき、学ばせていきますので、ひっくり返すことが可能です。
しかし、ここに過保護が加わると、最悪です。
親が勉強以外の何もさせずに生かしていくと、子供は勉強だけの価値観で世の中を測ります。
勉強が出来ること自体は良いことですが、これだけに染まってしまうと、勉強以外何もない子になります。
」
「パム」の場合、「親が、『パムの人生の一大事の時だけ過保護』だが、しつけ他は『ネグレクト』な人」でした。
このケースとは違いますが、親が望むような「三流大学卒の地方公務員」と言う人生を「パム」が歩むように、
必死にコントロールしようとしてましたね。
「
特徴⑥:企業側に敬遠されている
ここまでは、高学歴な人の側の問題でした。
しかし、やはり雇う社会の側にも、問題らしきモノが、確かに存在しています。
勿論、要素としては、微々たる影響ですが、それでも高学歴な人がワーキングプアになっている事とは無関係ではないでしょう。
かつて、日本で高学歴の人が持て囃されたのは、高学歴故に持っている技能や知識を活用できたからに他なりません。
だからこそ、高学歴の人には高い基本給が支払われていました。
勿論、これ自体は、間違っていません。
技能に見合った金銭を払うのは普通です。
しかし、高学歴が逆に足枷になってしまう場合もあります。
現在のところ、企業としてはやはり即戦力になる人材を求めています。
では、院卒の人間が即戦力になるのかと聞かれると、これはかなり微妙なラインです。
即戦力として期待できないということでしょうか。
また、即戦力になれる人材であっても、企業側がそれを生かし切れていないという実情もあります。
世の中には、高学歴な人よりも低学歴の人の方が多いのですから、如何に高スペックなモノでも扱う頭がなければ意味がありません。
企業としては、扱いきれない高スペックマシンを手元に置くよりも、扱いやすくて手になじむマシンを使いたいものです。
だから、高学歴の人は企業側から敬遠されてしまい、中々職にありつけないことになります。
」
「パム」が「プログラマ」になった時に見たのが、
・パムと同じ年齢の先輩社員(社会人経験5年程度)が、中堅プログラマとして大活躍している。
と言う光景でした。
これは、
「仕事と学歴は無関係である。」
と言う事を見事にみせつけられたと言う事ですね。
こういう場面になった後にどうするかが、キモなのだと思います。
http://urx.red/ZlRP
「
~悪口の対処法について~
さて、タイトルにいきましょうか。
」
「
ネットの世界では散々悪口を書き連ねることに生きがいを感じてる人がいます。
これを見て
特大ブーメランだ
とか、
お前
とか
思った読者の方もいる
とは思いますがまずは私の話を聞いてください。
インターネットの書き込みでは事実無根のこと、そして知ったかぶって攻撃してくる人がいます。
」
「パムのトラブル」では、「パムを15年近くストーキングしている50代男性」「攻撃的な女性(元)精神科医」の2名((夫婦)が、
・顔出し
・ほぼ実名
の状態で、「パム」への「誹謗中傷」を繰り返しています。
「
昔は私も自分の正当性を示すためにイライラして1つ1つに我慢できず反論してました。
しかし、それは完全に意味のないことに最近気づきました。
匿名で悪口を書き連ねる人たちを真剣に相手にしてしまう
と
彼らを喜ばせる
だけにすぎないのです。
ひどい言葉をまともに正面から受け止めて負の感情を抱く
よりも
「へーそうなんだね」
とヒラリと交わす
ほうが
相手にとってはそれ以上悪口を与えるきっかけを阻止できる
のです。
1つ1つ言い返していく
と相手は
構ってくれた
と勘違いして
余計に喜んで
もっと愛情を確かめるために攻撃を繰り返してくるのです。
好きと嫌いは裏返し
で
悪口を書く人は本当は悪口を言われる人のことが好き
なのです。
だから歪んだ愛情で構ってほしくて悪口を書いて注目してほしいのです。
だから本当に興味のない人は悪口を言う人の名前も出さず、完全にスルーをします。
」
「パム」に攻撃してくる人は、実に些細な事まで「パム」の事を研究しております。
まさに「愛情」です。
「パム」が10年間、スルー対応した後に一時的に和解したのですが、
「パムを15年近くストーキングしている50代男性」
が持つ「パムへの怨念/嫉妬」がその間に蓄積されておりまして、
その「和解」でさえ「攻撃」でした。
こんな「白髪の40代のオッサン」相手にご苦労な事です。
「
例えば居酒屋で酔っ払いが
「あの○○っていう芸能人ってブスだよな~」
とか言っても言われた芸能人は一切相手にしませんよね?
逆にその言葉を芸能人が
「知らないおっさんにブスって言われたよぉ」
ってTwitterでつぶやいたら
それが種火となり逆にその自分の発言がインフルエンサーとなり今まで知らなかった人にまで知られてしまい、
余計にいらぬ傷口が広がってしまいます。
で、あるならば負の言葉に対しては徹底して無視を決め込めばいいのですが、
今度は・・
「○○って言葉は完全にスルーwww」
「効いてる、効いてるwww」
と連投して煽られてしまうときもあります。
悪口に1つでも反論すればそれをネタに
「おい、こいつがこんなこと言ってるぜ!」
とこちらが言ったことを自分らに都合良いように脚色して悪く広く拡散させられてしまい
余計面倒なことになる
わけです。
だったら
相手をしない、
無視
が一番悪口を言う相手にとって効く
わけです。
なぜなら
突っかかってきて相手にしなければ一人で悪口を言ってるだけで終わり、悪口を言う相手を彼らは失ってしまう
わけです。
9年前ですかね、インターネットで「喧嘩凸」というジャンルがありました。
生放送のスカイプで相手に口喧嘩を仕掛け相手を言い負かすというくだらない内容です。
しかしやがてそれは
相手がいなければ成立しない、
相手をしなければ生放送が成り立たない
となり独り相撲になって撲滅しました。
喧嘩や悪口って
相手がいて構ってくれて初めて成立する
んです。
だったら同じ土俵に入らず
「はいはい、あなたの勝ちだよ、参った参った」
と言い放ち電話を切ればもうそこで決着です。
下手に
Twitterとか文字を相手に本気になってしまうと
「よっしや、俺の言葉でこいつこんなこと言ってるよ!」
とまとめブログとかに引用され
こちらが真剣に反論しても悪口を言う相手側からしたら旨味しかない
のです。
だったら
その「旨味」を取り除き、
これ以上叩いても何もないんだよ
と教えてあげる
必要があるわけです。
大人や有名人ほど誰も小さな悪口程度では相手にしてないのです。
最初に書きましたが悪口や嫌がることを書く人はゆがんだ愛情の裏返しです。
彼らにとってそれは面白くおかしいかもしれないですが
見たことも会ったこともない相手に一方的にマウントをとられ悪口を書かれて良い気分になる
人はいない
んじゃないでしょうか。
」
>悪口や嫌がることを書く人はゆがんだ愛情の裏返し
これは、本当にそうでした。
「パムを15年近くストーキングしている50代男性」は、
「パム VS パムのトラブルのきっかけとなった人物」の対立が激化した時に便乗してきて、
実にめんどくさい事を何度もしてきたのです。
・「パム」のFacebookアカウントの荒らし行為
・「パム」をネタにした楽曲作成(「パム」がスルーしていた時期を含めると何十曲もあるでしょうねwww)
・「パム」のシール作成
・「パム」の誹謗/中傷をするTwitter botアカウント作成
・「パム」の刑事告訴→民事不介入
・「パム」の職場内の様子のインターネット上で拡散
「パム」は「反撃」が可能な事については逐一「反撃」しました。
・もはや、「スルー対応」も意味が無い。
と結論したからです。
「
例えば1990年5月2日の出来事を持ち出します。
巨人VS広島戦でバックネット裏にのぼった通称クモ男が
「巨人軍は永遠に不潔デス!」
と書いた垂れ幕をたらした事件をご存知でしょうか。
これもただの悪口でありTVに映ることを前提とした卑劣な行為でしょう。
これは
何度も珍プレー好プレーで取り上げられた
ので記憶に新しいかたもいらっしゃるかもしれません。
しかし
こんな悪口を全国区で行う男も実際は
長嶋監督や王監督の前に引っ張りだしてきてみる
と悪口絶対に
「す、すみません」
と謝ってしまう
んです。
離れて絶対安全圏内では悪口を言い放ち、
近くて顔がわかり自分が攻撃の対象となるとおとなしくなる
なら最初から言わないほうが無難です。
つまり悪口はただの陰口と変わらないのです。
いないところでは悪口、
いるところではペコペコと媚びへつらう、
それじゃあただのチート行為の卑怯者でしかありません。
誰かを陥れたい、
誰かの幸せを破壊したい。
ただの悪口や批判しかできない人は
本当にトーク力もなくて低レベルな自分のポジションにその人をズルズルと引っ張り込みたい
だけなのです。
そしてあわよくば
みんなでイジメて悪口を言った相手の反応みて遊ぼう
という人が多いです。
私も昔は
「あんな○○の何が面白いんじゃ!」
とか会ったこともない人の悪口ばかり言ったりしていた
ころもあり今となっては本当に恥ずかしいです。
しかし
私が誰かを傷つけたりすればするほどその人間性を疑われ悪口しか言わないとても低レベルで不愉快な人になっていく
ことに気づきあるとき今まで仲間だった人がどんどんと諦めて離れてしまいました。
気づいた時にはもう遅かったのです。
それからはピタリともう会ったことも見たことない人のことをとやかく悪口いうのはやめようと思いました。
Twitterやネットでもいまだに私のことについて
「あんな奴を市議にしたら駄目だ」
「とんでも議員を失職させる方法」
などと書いて面白可笑しくネタにしようとしてる方も若干いるようです。
本人からしたらこれは立川市民のためだ!などと正当性をぶつけてくるでしょう。
しかし自分でネタが生み出せないものだから私を使って単に自分のネタにしたいだけなのです。
もちろん何をどう書こうが私は公人であり仕方ない立場ですが一切相手にはしてはいません。
むしろ相手にしたら負けというゲームにしてます。
先ほども言ったようにこれらを真正面から相手にするとするだけ付け上がり恰好の餌食にされてしまいます。
しかも怒れば怒るほど彼らの術中にハマってしまうのです。
世の中には相手を怒らせて面白がる人がいます。
わざとかどうかはわからないですが普通は真剣に怒ってる相手を見たら芸人とかコントでないかぎり
「怒らせてごめんなさい」
と謝るのが普通の人です。
これはサイコパスな人に多いのですが
なぜかこちらが真剣になればなるほど面白がったり、
こっちが悪口に対して悔しくて泣いたりするともう歓喜のあまり声を出して笑って勝ち誇る
人もいます。
真剣に怒ってるのに笑えるとか本当に意味がわかりません。
そこでそういう悪口や人のことを批判しかしない方の対処法ですが、
できるだけ
刺激せず、
相手にしない。
関わらない。
この3つを徹底して守ってください。
これが彼らにとっての餌と旨味を取り上げる一番の方法なのです。
ライオンとか肉食獣の動物だってまずい餌はこれ以上食べようとはしません。
だったら
「俺に噛みついてももう味も餌もないよ」
とサーカスの調教師のように丁寧に教えてあげるしかないのです。
しかしながら一方でこんな意見もあります。
「匿名だからなにか問題でもあるの?
匿名か実名だろうが言ってることは一緒でまともでしょ?」
はい、匿名だから言いたいことを言えるというのはある種の直接は言えない本音がそこにはあるかもしれないです。
言いたいことも言えなくなったそんな世の中じゃどんどん権力者の望む世界になってしまいます。
だったら叩かれてでも言いたいことを言う。
これは私は正しいと思います。
ただし、相手を傷つける悪口、批判を言うのであれば自分も言われる覚悟を持ってほしいです。
自分だけは言っていい。
でも言われたら怒ってブロック、SNS上から追放。
私も昔はそうでした。
しかし、自分だけ嫌なこと言って自分が言われたら怒って追放するくらいならもう悪口はやめよう。
嫌なら批判も悪口もいうのやめたほうがいいと思うのです。
追放してもブロックしても書く人は一生どこかで黙々と鬱憤を晴らすように書き続けてるだけですから。
」
>自分だけは言っていい。
>でも言われたら怒ってブロック、SNS上から追放。
「パムを15年近くストーキングしている50代男性」「攻撃的な女性(元)精神科医」の夫妻がまさにそうですね(苦笑)
実際に「パム」が本人達を目の前にして、堂々とdisったんです。
その場では何もなく、翌日に、
・勤務先に電話4回
・「パム」が常連の店への電話
・刑事告訴
などの方法で反撃してきました。
「卑怯者」「クズ」、まさにその通りのお似合いのご夫婦ですね。
「
私も悪口以外は言いたいことは恐れずに言います。
勘違いしてほしくないのですが悪口と批評は違います。
わかりやすく言うと
批評=肯定&否定
客観的であり、評価理由の説明責任は有り
悪口=否定のみ
主観的であり、評価理由の説明は無し
どうですか?
悪口は一方的に相手をけなし、褒めることは一切しません。
さらに自分本位で思ったことを言い放ち、
なぜ?
の理由も言わないのです。
私も批評はします。
その代わりに
言った
からには自分も
人から言われても仕方がない
と思うようにしてます。
その悪口や批判を言った相手じゃなくても
その人のことを応援してる攻撃を意図しない無関係な人を不愉快にさせてしまう
こともあるのです。
悪口や批判しかしない人を相手にする時間、苦労、エネルギーを考えたら少し可哀想だけど
無視を決め込むのがお互いにとって一番有意義なのです。
私ももう公人です。
悪口や批判はアイロニーをこめても必ず自分へと襲いかかかってくる
のでもう人の悪口はこりごりです。
よくTVで芸能人がパネル方式で
「絶対に許さない、大嫌いな芸能人は?」
とか言って出演をしてますがあれって
嫌いだ!
と公言してるほうはデメリットしかないんじゃないかと思います。
この人にこんなことされた、
だからむかつく!
それはわかります。
ただ、
この人とはもう仲良くできない
と全国中継で公言してしまうとなると一気に拡散して悪いほうへしかいかないからです。
単に
「○○があなたが嫌い」
とTVで言われたほうは言い返す発言の場所がないのでこれでは一方的な言葉の暴力です。
ならばディスカッションの場を用意しでお互いが思ってることを言い合えば済む話です。
なぜ嫌いなのか?
その理由は?
とか一問一答できるので相手が思ってることが聞き出せてわかりやすいのです。
相手がいない、そして見てない
ところの悪口や否定的なことを言ってもよいことはないです。
本当に嫌い、
関わりたくない
ならそれは黙ってればいいし、
いちいちそれを全国中継で放映したら
この人はこの人が嫌いなんだ
とスタッフや他の出演者や周りの人に気を使いぎくしゃくした関係で仕事の空気を汚すだけです。
悪口は
言うほうはよくても聞いてるほうは嫌な気持ちになるときもある
のではないのでしょうか?
私の考える大人の対応としては完全無視はさすがにやりすぎなのであたりさわりのない最低限の挨拶をし、そして実際にその人と会って向き合わなければ本当に考えてることなどわかりません。逆にどんどんと自分から話しかけてみると意外とこいついい人じゃん。なんだ、噂と思ってたのと違うわ。なんてことはたくさんあります。相手をよく知りもしないくせにこの人はこうだ!と決めつけ知ったかぶる。これは恥ずかしいことだと自覚をしなければならないのではないのでしょうか。
私も
会ったこともないし、見たこともない人に言われる
ことがあります。
言葉で
厳しい中にも優しさが溢れてたり、心配してるからこそ厳しく言う、またはたるんだ気持を正してくれる言葉もある
わけです。
でも一方で
自分に実害がでるようなことを書き込んだり、言う
人もいます。
そういう人はもう
何を語りかけても自分に実害がでるのが目的であり不利益を与えたい
という人なので相手にしないことにしてます。
インターネットや世論では
あらゆること、匿名者による罵詈雑言、そして耐えがたい噂が充満している
ところであります。
その単純な噂や書かれていることだけがあなたの見てる事実ではありません。
そこで私からのアドバイスです。
悪口や嫌なことを書かれてどうしても気になったらまずは鵜呑みにしてはいけません。
常に疑いをもちましょう。
事実と違っても彼らは言葉に責任義務はないから好き放題書けるのです。
自分の目でたしかめそしてまずは事実関係を慎重に頭で整理しましょう。
誰が書いたかわからないものを1つ1つ確認するすべはあるわけがないのです。
そして書かれたことで真相を確かめるのではなく
「へーそういう考えもあるんだね」
と直接キャッチせず、ワンバウンドで落として拾うような余裕を持つ器がネットリテラシー社会の基礎となるはずです。
」
「実害」がでなきゃ「実力行使」にも動きませんでしたよ。
しかし、盛大な「実害」が出ましたからねぇ・・・・・・。
さて、次の一手をどうしましょうかねぇ???(黒笑)
「
え?
最後に悪口や批判を繰り返さないと気が済まない人に言いたいことですか?
んー?
そうですね・・・
悪口を言うとストレス発散になる気持ちはわかります。
センスのある思わずアイロニーの効いたクスッと笑える悪口
と
単なる相手を思いっきり傷つけたいだけの誹謗中傷、
この違いがわからないなら悪口を言葉に表現しないほうが無難です。
例えば
居酒屋で社員が社長の悪口を言ってむしゃくしゃした鬱憤を晴らす
なんてのもありますから身内で言い合うのは結構だと思うのです。
それって居酒屋で社員同士が自分の社長の悪口を言ってるだけで終わる話ですからね。
ただ、悪口や批判はいろんな人が見てるところで言うのは控えたほうがいいんじゃないかと思いますね。
居酒屋と違ってインターネットで例えば
「○○商事のあの社長はゴミだ!」
の発言はどこでどんな人が見てるかわからないのです。
会社の人が見てたり
第三者が見て会社に電話を一本入れるだけで後から名誉棄損で告訴されてしまう
可能性だってあるわけです。
そうなると悪口1つで地位や社会的信用を失い前科がつちゃうわけです。
言わなくてもいい差別用語1つで殺人にまで発展することがあるならば
差別発言も控えたほうが死ぬリスクを1%でも背負わなくていいなら悪口も差別も言わないほうがいいと思います。
まずは言う前、そして書き込む前に
自分の表現したいことは書き込む直前に深呼吸して一度、声に出して復唱して読んでみましょう。
言われた相手がどう思うか、そしてその人を応援してる人があなたの言葉によってどう思うか?
ここまで言って自分がこの先どうなるかを予測してその言葉に責任をもてるのであれば構いません。
」
・・・・・・「パムのトラブル相手」にはここまでする余裕は皆無でしょ(笑)
しっかし、本人を目の前にして何もできず、ウラでコソコソ攻撃するって言うのが、「ロックンロール」なんですねぇ・・・。
「ロック」って、「クソダサい」です。
http://urx.red/ZKqj
「
~悪口の対処法について~
さて、タイトルにいきましょうか。
」
「
ネットの世界では散々悪口を書き連ねることに生きがいを感じてる人がいます。
これを見て
特大ブーメランだ
とか、
お前
とか
思った読者の方もいる
とは思いますがまずは私の話を聞いてください。
インターネットの書き込みでは事実無根のこと、そして知ったかぶって攻撃してくる人がいます。
」
「パムのトラブル」では、「パムを15年近くストーキングしている50代男性」「攻撃的な女性(元)精神科医」の2名((夫婦)が、
・顔出し
・ほぼ実名
の状態で、「パム」への「誹謗中傷」を繰り返しています。
「
昔は私も自分の正当性を示すためにイライラして1つ1つに我慢できず反論してました。
しかし、それは完全に意味のないことに最近気づきました。
匿名で悪口を書き連ねる人たちを真剣に相手にしてしまう
と
彼らを喜ばせる
だけにすぎないのです。
ひどい言葉をまともに正面から受け止めて負の感情を抱く
よりも
「へーそうなんだね」
とヒラリと交わす
ほうが
相手にとってはそれ以上悪口を与えるきっかけを阻止できる
のです。
1つ1つ言い返していく
と相手は
構ってくれた
と勘違いして
余計に喜んで
もっと愛情を確かめるために攻撃を繰り返してくるのです。
好きと嫌いは裏返し
で
悪口を書く人は本当は悪口を言われる人のことが好き
なのです。
だから歪んだ愛情で構ってほしくて悪口を書いて注目してほしいのです。
だから本当に興味のない人は悪口を言う人の名前も出さず、完全にスルーをします。
」
「パム」に攻撃してくる人は、実に些細な事まで「パム」の事を研究しております。
まさに「愛情」です。
「パム」が10年間、スルー対応した後に一時的に和解したのですが、
「パムを15年近くストーキングしている50代男性」
が持つ「パムへの怨念/嫉妬」がその間に蓄積されておりまして、
その「和解」でさえ「攻撃」でした。
こんな「白髪の40代のオッサン」相手にご苦労な事です。
「
例えば居酒屋で酔っ払いが
「あの○○っていう芸能人ってブスだよな~」
とか言っても言われた芸能人は一切相手にしませんよね?
逆にその言葉を芸能人が
「知らないおっさんにブスって言われたよぉ」
ってTwitterでつぶやいたら
それが種火となり逆にその自分の発言がインフルエンサーとなり今まで知らなかった人にまで知られてしまい、
余計にいらぬ傷口が広がってしまいます。
で、あるならば負の言葉に対しては徹底して無視を決め込めばいいのですが、
今度は・・
「○○って言葉は完全にスルーwww」
「効いてる、効いてるwww」
と連投して煽られてしまうときもあります。
悪口に1つでも反論すればそれをネタに
「おい、こいつがこんなこと言ってるぜ!」
とこちらが言ったことを自分らに都合良いように脚色して悪く広く拡散させられてしまい
余計面倒なことになる
わけです。
だったら
相手をしない、
無視
が一番悪口を言う相手にとって効く
わけです。
なぜなら
突っかかってきて相手にしなければ一人で悪口を言ってるだけで終わり、悪口を言う相手を彼らは失ってしまう
わけです。
9年前ですかね、インターネットで「喧嘩凸」というジャンルがありました。
生放送のスカイプで相手に口喧嘩を仕掛け相手を言い負かすというくだらない内容です。
しかしやがてそれは
相手がいなければ成立しない、
相手をしなければ生放送が成り立たない
となり独り相撲になって撲滅しました。
喧嘩や悪口って
相手がいて構ってくれて初めて成立する
んです。
だったら同じ土俵に入らず
「はいはい、あなたの勝ちだよ、参った参った」
と言い放ち電話を切ればもうそこで決着です。
下手に
Twitterとか文字を相手に本気になってしまうと
「よっしや、俺の言葉でこいつこんなこと言ってるよ!」
とまとめブログとかに引用され
こちらが真剣に反論しても悪口を言う相手側からしたら旨味しかない
のです。
だったら
その「旨味」を取り除き、
これ以上叩いても何もないんだよ
と教えてあげる
必要があるわけです。
大人や有名人ほど誰も小さな悪口程度では相手にしてないのです。
最初に書きましたが悪口や嫌がることを書く人はゆがんだ愛情の裏返しです。
彼らにとってそれは面白くおかしいかもしれないですが
見たことも会ったこともない相手に一方的にマウントをとられ悪口を書かれて良い気分になる
人はいない
んじゃないでしょうか。
」
>悪口や嫌がることを書く人はゆがんだ愛情の裏返し
これは、本当にそうでした。
「パムを15年近くストーキングしている50代男性」は、
「パム VS パムのトラブルのきっかけとなった人物」の対立が激化した時に便乗してきて、
実にめんどくさい事を何度もしてきたのです。
・「パム」のFacebookアカウントの荒らし行為
・「パム」をネタにした楽曲作成(「パム」がスルーしていた時期を含めると何十曲もあるでしょうねwww)
・「パム」のシール作成
・「パム」の誹謗/中傷をするTwitter botアカウント作成
・「パム」の刑事告訴→民事不介入
・「パム」の職場内の様子のインターネット上で拡散
「パム」は「反撃」が可能な事については逐一「反撃」しました。
・もはや、「スルー対応」も意味が無い。
と結論したからです。
「
例えば1990年5月2日の出来事を持ち出します。
巨人VS広島戦でバックネット裏にのぼった通称クモ男が
「巨人軍は永遠に不潔デス!」
と書いた垂れ幕をたらした事件をご存知でしょうか。
これもただの悪口でありTVに映ることを前提とした卑劣な行為でしょう。
これは
何度も珍プレー好プレーで取り上げられた
ので記憶に新しいかたもいらっしゃるかもしれません。
しかし
こんな悪口を全国区で行う男も実際は
長嶋監督や王監督の前に引っ張りだしてきてみる
と悪口絶対に
「す、すみません」
と謝ってしまう
んです。
離れて絶対安全圏内では悪口を言い放ち、
近くて顔がわかり自分が攻撃の対象となるとおとなしくなる
なら最初から言わないほうが無難です。
つまり悪口はただの陰口と変わらないのです。
いないところでは悪口、
いるところではペコペコと媚びへつらう、
それじゃあただのチート行為の卑怯者でしかありません。
誰かを陥れたい、
誰かの幸せを破壊したい。
ただの悪口や批判しかできない人は
本当にトーク力もなくて低レベルな自分のポジションにその人をズルズルと引っ張り込みたい
だけなのです。
そしてあわよくば
みんなでイジメて悪口を言った相手の反応みて遊ぼう
という人が多いです。
私も昔は
「あんな○○の何が面白いんじゃ!」
とか会ったこともない人の悪口ばかり言ったりしていた
ころもあり今となっては本当に恥ずかしいです。
しかし
私が誰かを傷つけたりすればするほどその人間性を疑われ悪口しか言わないとても低レベルで不愉快な人になっていく
ことに気づきあるとき今まで仲間だった人がどんどんと諦めて離れてしまいました。
気づいた時にはもう遅かったのです。
それからはピタリともう会ったことも見たことない人のことをとやかく悪口いうのはやめようと思いました。
Twitterやネットでもいまだに私のことについて
「あんな奴を市議にしたら駄目だ」
「とんでも議員を失職させる方法」
などと書いて面白可笑しくネタにしようとしてる方も若干いるようです。
本人からしたらこれは立川市民のためだ!などと正当性をぶつけてくるでしょう。
しかし自分でネタが生み出せないものだから私を使って単に自分のネタにしたいだけなのです。
もちろん何をどう書こうが私は公人であり仕方ない立場ですが一切相手にはしてはいません。
むしろ相手にしたら負けというゲームにしてます。
先ほども言ったようにこれらを真正面から相手にするとするだけ付け上がり恰好の餌食にされてしまいます。
しかも怒れば怒るほど彼らの術中にハマってしまうのです。
世の中には相手を怒らせて面白がる人がいます。
わざとかどうかはわからないですが普通は真剣に怒ってる相手を見たら芸人とかコントでないかぎり
「怒らせてごめんなさい」
と謝るのが普通の人です。
これはサイコパスな人に多いのですが
なぜかこちらが真剣になればなるほど面白がったり、
こっちが悪口に対して悔しくて泣いたりするともう歓喜のあまり声を出して笑って勝ち誇る
人もいます。
真剣に怒ってるのに笑えるとか本当に意味がわかりません。
そこでそういう悪口や人のことを批判しかしない方の対処法ですが、
できるだけ
刺激せず、
相手にしない。
関わらない。
この3つを徹底して守ってください。
これが彼らにとっての餌と旨味を取り上げる一番の方法なのです。
ライオンとか肉食獣の動物だってまずい餌はこれ以上食べようとはしません。
だったら
「俺に噛みついてももう味も餌もないよ」
とサーカスの調教師のように丁寧に教えてあげるしかないのです。
しかしながら一方でこんな意見もあります。
「匿名だからなにか問題でもあるの?
匿名か実名だろうが言ってることは一緒でまともでしょ?」
はい、匿名だから言いたいことを言えるというのはある種の直接は言えない本音がそこにはあるかもしれないです。
言いたいことも言えなくなったそんな世の中じゃどんどん権力者の望む世界になってしまいます。
だったら叩かれてでも言いたいことを言う。
これは私は正しいと思います。
ただし、相手を傷つける悪口、批判を言うのであれば自分も言われる覚悟を持ってほしいです。
自分だけは言っていい。
でも言われたら怒ってブロック、SNS上から追放。
私も昔はそうでした。
しかし、自分だけ嫌なこと言って自分が言われたら怒って追放するくらいならもう悪口はやめよう。
嫌なら批判も悪口もいうのやめたほうがいいと思うのです。
追放してもブロックしても書く人は一生どこかで黙々と鬱憤を晴らすように書き続けてるだけですから。
」
>自分だけは言っていい。
>でも言われたら怒ってブロック、SNS上から追放。
「パムを15年近くストーキングしている50代男性」「攻撃的な女性(元)精神科医」の夫妻がまさにそうですね(苦笑)
実際に「パム」が本人達を目の前にして、堂々とdisったんです。
その場では何もなく、翌日に、
・勤務先に電話4回
・「パム」が常連の店への電話
・刑事告訴
などの方法で反撃してきました。
「卑怯者」「クズ」、まさにその通りのお似合いのご夫婦ですね。
「
私も悪口以外は言いたいことは恐れずに言います。
勘違いしてほしくないのですが悪口と批評は違います。
わかりやすく言うと
批評=肯定&否定
客観的であり、評価理由の説明責任は有り
悪口=否定のみ
主観的であり、評価理由の説明は無し
どうですか?
悪口は一方的に相手をけなし、褒めることは一切しません。
さらに自分本位で思ったことを言い放ち、
なぜ?
の理由も言わないのです。
私も批評はします。
その代わりに
言った
からには自分も
人から言われても仕方がない
と思うようにしてます。
その悪口や批判を言った相手じゃなくても
その人のことを応援してる攻撃を意図しない無関係な人を不愉快にさせてしまう
こともあるのです。
悪口や批判しかしない人を相手にする時間、苦労、エネルギーを考えたら少し可哀想だけど
無視を決め込むのがお互いにとって一番有意義なのです。
私ももう公人です。
悪口や批判はアイロニーをこめても必ず自分へと襲いかかかってくる
のでもう人の悪口はこりごりです。
よくTVで芸能人がパネル方式で
「絶対に許さない、大嫌いな芸能人は?」
とか言って出演をしてますがあれって
嫌いだ!
と公言してるほうはデメリットしかないんじゃないかと思います。
この人にこんなことされた、
だからむかつく!
それはわかります。
ただ、
この人とはもう仲良くできない
と全国中継で公言してしまうとなると一気に拡散して悪いほうへしかいかないからです。
単に
「○○があなたが嫌い」
とTVで言われたほうは言い返す発言の場所がないのでこれでは一方的な言葉の暴力です。
ならばディスカッションの場を用意しでお互いが思ってることを言い合えば済む話です。
なぜ嫌いなのか?
その理由は?
とか一問一答できるので相手が思ってることが聞き出せてわかりやすいのです。
相手がいない、そして見てない
ところの悪口や否定的なことを言ってもよいことはないです。
本当に嫌い、
関わりたくない
ならそれは黙ってればいいし、
いちいちそれを全国中継で放映したら
この人はこの人が嫌いなんだ
とスタッフや他の出演者や周りの人に気を使いぎくしゃくした関係で仕事の空気を汚すだけです。
悪口は
言うほうはよくても聞いてるほうは嫌な気持ちになるときもある
のではないのでしょうか?
私の考える大人の対応としては完全無視はさすがにやりすぎなのであたりさわりのない最低限の挨拶をし、そして実際にその人と会って向き合わなければ本当に考えてることなどわかりません。逆にどんどんと自分から話しかけてみると意外とこいついい人じゃん。なんだ、噂と思ってたのと違うわ。なんてことはたくさんあります。相手をよく知りもしないくせにこの人はこうだ!と決めつけ知ったかぶる。これは恥ずかしいことだと自覚をしなければならないのではないのでしょうか。
私も
会ったこともないし、見たこともない人に言われる
ことがあります。
言葉で
厳しい中にも優しさが溢れてたり、心配してるからこそ厳しく言う、またはたるんだ気持を正してくれる言葉もある
わけです。
でも一方で
自分に実害がでるようなことを書き込んだり、言う
人もいます。
そういう人はもう
何を語りかけても自分に実害がでるのが目的であり不利益を与えたい
という人なので相手にしないことにしてます。
インターネットや世論では
あらゆること、匿名者による罵詈雑言、そして耐えがたい噂が充満している
ところであります。
その単純な噂や書かれていることだけがあなたの見てる事実ではありません。
そこで私からのアドバイスです。
悪口や嫌なことを書かれてどうしても気になったらまずは鵜呑みにしてはいけません。
常に疑いをもちましょう。
事実と違っても彼らは言葉に責任義務はないから好き放題書けるのです。
自分の目でたしかめそしてまずは事実関係を慎重に頭で整理しましょう。
誰が書いたかわからないものを1つ1つ確認するすべはあるわけがないのです。
そして書かれたことで真相を確かめるのではなく
「へーそういう考えもあるんだね」
と直接キャッチせず、ワンバウンドで落として拾うような余裕を持つ器がネットリテラシー社会の基礎となるはずです。
」
「実害」がでなきゃ「実力行使」にも動きませんでしたよ。
しかし、盛大な「実害」が出ましたからねぇ・・・・・・。
さて、次の一手をどうしましょうかねぇ???(黒笑)
「
え?
最後に悪口や批判を繰り返さないと気が済まない人に言いたいことですか?
んー?
そうですね・・・
悪口を言うとストレス発散になる気持ちはわかります。
センスのある思わずアイロニーの効いたクスッと笑える悪口
と
単なる相手を思いっきり傷つけたいだけの誹謗中傷、
この違いがわからないなら悪口を言葉に表現しないほうが無難です。
例えば
居酒屋で社員が社長の悪口を言ってむしゃくしゃした鬱憤を晴らす
なんてのもありますから身内で言い合うのは結構だと思うのです。
それって居酒屋で社員同士が自分の社長の悪口を言ってるだけで終わる話ですからね。
ただ、悪口や批判はいろんな人が見てるところで言うのは控えたほうがいいんじゃないかと思いますね。
居酒屋と違ってインターネットで例えば
「○○商事のあの社長はゴミだ!」
の発言はどこでどんな人が見てるかわからないのです。
会社の人が見てたり
第三者が見て会社に電話を一本入れるだけで後から名誉棄損で告訴されてしまう
可能性だってあるわけです。
そうなると悪口1つで地位や社会的信用を失い前科がつちゃうわけです。
言わなくてもいい差別用語1つで殺人にまで発展することがあるならば
差別発言も控えたほうが死ぬリスクを1%でも背負わなくていいなら悪口も差別も言わないほうがいいと思います。
まずは言う前、そして書き込む前に
自分の表現したいことは書き込む直前に深呼吸して一度、声に出して復唱して読んでみましょう。
言われた相手がどう思うか、そしてその人を応援してる人があなたの言葉によってどう思うか?
ここまで言って自分がこの先どうなるかを予測してその言葉に責任をもてるのであれば構いません。
」
・・・・・・「パムのトラブル相手」にはここまでする余裕は皆無でしょ(笑)
しっかし、本人を目の前にして何もできず、ウラでコソコソ攻撃するって言うのが、「ロックンロール」なんですねぇ・・・。
「ロック」って、「クソダサい」です。
http://urx.red/ZKqj
http://urx.red/wRiP
「
最近、メンタル面での不健康に悩む方が増えています。
厚生省が発表している、ここ20年の精神疾患患者数の推移を見てみると、
平成8年は218万人となっていますが、その後は右肩上がりで少しずつ増えていることに気付きます。
平成23年には320万人に達しているというデータが。
その中でも際立って増え続けているのが、うつ病患者数です。
平成8年から23年の間に、患者数は倍増しており、その具体的な数は、43万人から95万人ということです。
これほどまでに増えているうつ病患者だけに、恐らく皆さんの周りにも該当する方がいらっしゃるのではないでしょうか?
うつ病というものは完治するには相当な時間と周囲の理解が必要なものですが、一方で世間には、偽者のうつ病患者もチラホラ……。
今回は、「なんちゃってメンヘラ」と呼ばれる人々について、お話していこうと思います。
」
「パム」がこの方面の話をする時にする質問として、
「病院で診断されましたか?」
と言うのがあります。
つまり、「なんちゃってメンヘラ」かどうかと言うのが、話を進める際に大切なのです。
「
筆者が出会って実害を被ったなんちゃってメンヘラ女子!
かれこれ10年以上前のことでした。
僕は当時21歳。田舎育ちだったこともあって、
メンタルの病を抱える人を地域で見守ることが良し
と考える素晴らしい若者でした。
実際、親戚に重度のうつを抱える者もいたため、
精神疾患を持つ方に対しては、自分で言うのもアレですけど、かなり理解があったと思います。
そんな僕がこの時期知り合ったのが、うつ病でリストカットをしまくり倒す19歳の女の子(仮にYちゃんとします)でした。
うつ病でリストカットをする人がいるなんて知らなかったため、
大変な衝撃を覚え、それを辞めさせるために四苦八苦したことを覚えています。
色々と悩みの相談も聞き、若い男女のことですから、そのうちに恋愛関係になりました。
あるとき、その女の子のお母さんと話をする機会がありました。
その当時の会話を以下に再現してみたいと思います。
僕 「Yちゃんの通院って毎週木曜日ですよね、次の木曜は休みなんで、僕が連れていきますよ」
Yちゃんの母親「え?
病院?
何のために?」
僕 「え、その、精神科の……」
Yちゃんの母親「何それ初耳」
そう、なんとYちゃん、僕には精神科の通院が欠かせないと言いつつ、実際には普通に生活していたのです。
たまにリストカットこそしていましたが、後になってそういう、なんちゃってメンヘラ女子が相当数いることを知りました。
ちなみにYちゃんにこの会話について説明を求めたところ逆ギレされた挙句に
「実は心臓病で余命1年で、心配させたくなくて」
と言い訳をされました。
僕、うつ病のことを知るために書店で参考になりそうな書籍を何冊も買い込んでいたんです。
なのにそういう言い訳をされるものだから、とうとう頭に来て別れてしまいました。
今でも思い返すと騙された自分が情けなく感じてしまいます。
さらに余談ですが、別れた後、共通の知人からYちゃんが浮気していたことも知らされました。
」
えっと、このYちゃんは「境界性パーソナリティー障害」の可能性はあるとは思います。
しかし、19歳と言う年齢を踏まえると「リストカット」しているから「境界性パーソナリティー障害」だとも断定できません。
まだ、精神科に行く必要は無いかも知れませんね。
「
なんちゃってメンヘラ、その特徴とは?
今やSNSが普及したことで、Yちゃんのような、なんちゃってメンヘラは大いに幅を利かせています。
この手のタイプをSNSで見抜くための特徴を挙げてみました。
・すぐに「死にたい」と言う
・リストカットの報告をする。
たまに画像もアップする
・聞いてもいない悲惨な過去について語りだす
・キワドい画像をアップして男性の目を引き付けようとする
・病んでる自慢をすることが多々ある
大体この辺を参考にしておくと、かなりの確率でなんちゃってメンヘラは見抜くことができます。
大前提として、こういう人というのは本当に苦しんでいる精神疾患の方に対してかなり失礼な人たちです。
また、精神疾患を抱える家族を持つ方にとっても、決して許せるような存在ではありません。
」
いやいや、これこそが「境界性パーソナリティ障害」の症状でしょ。
ホントに診断されている人でも同じ事をします。
ただし、気をつけたいのがあります。
・パーソナリティ障害
・発達障害
の当事者は、「刑事法」では「健常者」として扱われます。
つまり、「法的能力がある」と見なされているのです。
「
おわりに
自分のキャラクター付けのために
「あたしメンヘラだから~」
なんて言っていると、いずれ手痛いしっぺ返しを食らうことになるでしょう。
そもそも自分で自分をメンヘラだと自称する人に、普通の人は関わろうとしません。
特に、そういう人に寄って来ては
「大丈夫?」
だなんて声を掛けて心配してくれる男性なんてのは、高確率でただのカラダ目的です。
」
反省を兼ねて「パム」自身の言動についてお話します。
特に若い頃の「パム」もここで述べられている「自称メンヘラー」と似た言動をしておりました。
現在の「パムのトラブル」は、その頃の言動も発端の下地になっておりますので、
「真相を明らかにする」意図で似たような状況になってしまってます。
以下に「パム」自身の履歴を書きますが、「パム」は「ガチ」です。
しかし、この「なんちゃってメンヘラ」と似た言動が今よりも酷かった過去もあります。
自分で言うのもなんですが、この手の連中には近づかない方が身の為だと思いますよ。
1999年:「自律神経失調症」と診断される。
→同時に「アダルトチルドレン」の事を知る。
2001年:通院先を変えたら「鬱病」と診断される。
「大量飲酒が原因の2階の部屋からの転落事故による後頭部強打」で無傷で即時帰宅する。
2002年:「大量飲酒が原因の転倒事故による頭蓋骨骨折」で入院した病院で、「鬱病」が「誤診」であると診断される。
→「パム」は「多剤処方」の被害に遭っていた。
以降、「パム」は「健常者」となる。
→「アダルトチルドレン」は精神疾患では無いので、「アダルトチルドレン」と自称し続けた。
→2003年~2008年:数箇所の病院/カウンセリングルームに行っては通院/通所しない事を繰り返す。
→「アスペルガー症候群」の可能性の診断も受けたがその診断はされなかった。
2004年:「過労」により「肝炎」を発症して1ヶ月休職する。
→2004年の冬季に「酒」のドクターストップ解禁
2009年:自身の問題を根本的に解決しようとカウンセリングルームでのカウンセリングに取り組み始める。
→カウンセリングだけでは力不足であるかもと、実感しはじめる。
2010年:「認知行動療法」を実施している精神科への通院を開始する。
→診断名は「未定」だった。
→現在も継続して通院中。
「大量飲酒が原因の駅のホームから線路への転落事故による後頭部骨折」がきっかけとなり禁酒を開始する。
→後頭部の骨折箇所は手術ナシで自動的に完治した。
→禁酒は現在も継続中。
2011年:「ADHD」と診断される。
2015年:「障害者手帳」を取得する。
「
最近、メンタル面での不健康に悩む方が増えています。
厚生省が発表している、ここ20年の精神疾患患者数の推移を見てみると、
平成8年は218万人となっていますが、その後は右肩上がりで少しずつ増えていることに気付きます。
平成23年には320万人に達しているというデータが。
その中でも際立って増え続けているのが、うつ病患者数です。
平成8年から23年の間に、患者数は倍増しており、その具体的な数は、43万人から95万人ということです。
これほどまでに増えているうつ病患者だけに、恐らく皆さんの周りにも該当する方がいらっしゃるのではないでしょうか?
うつ病というものは完治するには相当な時間と周囲の理解が必要なものですが、一方で世間には、偽者のうつ病患者もチラホラ……。
今回は、「なんちゃってメンヘラ」と呼ばれる人々について、お話していこうと思います。
」
「パム」がこの方面の話をする時にする質問として、
「病院で診断されましたか?」
と言うのがあります。
つまり、「なんちゃってメンヘラ」かどうかと言うのが、話を進める際に大切なのです。
「
筆者が出会って実害を被ったなんちゃってメンヘラ女子!
かれこれ10年以上前のことでした。
僕は当時21歳。田舎育ちだったこともあって、
メンタルの病を抱える人を地域で見守ることが良し
と考える素晴らしい若者でした。
実際、親戚に重度のうつを抱える者もいたため、
精神疾患を持つ方に対しては、自分で言うのもアレですけど、かなり理解があったと思います。
そんな僕がこの時期知り合ったのが、うつ病でリストカットをしまくり倒す19歳の女の子(仮にYちゃんとします)でした。
うつ病でリストカットをする人がいるなんて知らなかったため、
大変な衝撃を覚え、それを辞めさせるために四苦八苦したことを覚えています。
色々と悩みの相談も聞き、若い男女のことですから、そのうちに恋愛関係になりました。
あるとき、その女の子のお母さんと話をする機会がありました。
その当時の会話を以下に再現してみたいと思います。
僕 「Yちゃんの通院って毎週木曜日ですよね、次の木曜は休みなんで、僕が連れていきますよ」
Yちゃんの母親「え?
病院?
何のために?」
僕 「え、その、精神科の……」
Yちゃんの母親「何それ初耳」
そう、なんとYちゃん、僕には精神科の通院が欠かせないと言いつつ、実際には普通に生活していたのです。
たまにリストカットこそしていましたが、後になってそういう、なんちゃってメンヘラ女子が相当数いることを知りました。
ちなみにYちゃんにこの会話について説明を求めたところ逆ギレされた挙句に
「実は心臓病で余命1年で、心配させたくなくて」
と言い訳をされました。
僕、うつ病のことを知るために書店で参考になりそうな書籍を何冊も買い込んでいたんです。
なのにそういう言い訳をされるものだから、とうとう頭に来て別れてしまいました。
今でも思い返すと騙された自分が情けなく感じてしまいます。
さらに余談ですが、別れた後、共通の知人からYちゃんが浮気していたことも知らされました。
」
えっと、このYちゃんは「境界性パーソナリティー障害」の可能性はあるとは思います。
しかし、19歳と言う年齢を踏まえると「リストカット」しているから「境界性パーソナリティー障害」だとも断定できません。
まだ、精神科に行く必要は無いかも知れませんね。
「
なんちゃってメンヘラ、その特徴とは?
今やSNSが普及したことで、Yちゃんのような、なんちゃってメンヘラは大いに幅を利かせています。
この手のタイプをSNSで見抜くための特徴を挙げてみました。
・すぐに「死にたい」と言う
・リストカットの報告をする。
たまに画像もアップする
・聞いてもいない悲惨な過去について語りだす
・キワドい画像をアップして男性の目を引き付けようとする
・病んでる自慢をすることが多々ある
大体この辺を参考にしておくと、かなりの確率でなんちゃってメンヘラは見抜くことができます。
大前提として、こういう人というのは本当に苦しんでいる精神疾患の方に対してかなり失礼な人たちです。
また、精神疾患を抱える家族を持つ方にとっても、決して許せるような存在ではありません。
」
いやいや、これこそが「境界性パーソナリティ障害」の症状でしょ。
ホントに診断されている人でも同じ事をします。
ただし、気をつけたいのがあります。
・パーソナリティ障害
・発達障害
の当事者は、「刑事法」では「健常者」として扱われます。
つまり、「法的能力がある」と見なされているのです。
「
おわりに
自分のキャラクター付けのために
「あたしメンヘラだから~」
なんて言っていると、いずれ手痛いしっぺ返しを食らうことになるでしょう。
そもそも自分で自分をメンヘラだと自称する人に、普通の人は関わろうとしません。
特に、そういう人に寄って来ては
「大丈夫?」
だなんて声を掛けて心配してくれる男性なんてのは、高確率でただのカラダ目的です。
」
反省を兼ねて「パム」自身の言動についてお話します。
特に若い頃の「パム」もここで述べられている「自称メンヘラー」と似た言動をしておりました。
現在の「パムのトラブル」は、その頃の言動も発端の下地になっておりますので、
「真相を明らかにする」意図で似たような状況になってしまってます。
以下に「パム」自身の履歴を書きますが、「パム」は「ガチ」です。
しかし、この「なんちゃってメンヘラ」と似た言動が今よりも酷かった過去もあります。
自分で言うのもなんですが、この手の連中には近づかない方が身の為だと思いますよ。
1999年:「自律神経失調症」と診断される。
→同時に「アダルトチルドレン」の事を知る。
2001年:通院先を変えたら「鬱病」と診断される。
「大量飲酒が原因の2階の部屋からの転落事故による後頭部強打」で無傷で即時帰宅する。
2002年:「大量飲酒が原因の転倒事故による頭蓋骨骨折」で入院した病院で、「鬱病」が「誤診」であると診断される。
→「パム」は「多剤処方」の被害に遭っていた。
以降、「パム」は「健常者」となる。
→「アダルトチルドレン」は精神疾患では無いので、「アダルトチルドレン」と自称し続けた。
→2003年~2008年:数箇所の病院/カウンセリングルームに行っては通院/通所しない事を繰り返す。
→「アスペルガー症候群」の可能性の診断も受けたがその診断はされなかった。
2004年:「過労」により「肝炎」を発症して1ヶ月休職する。
→2004年の冬季に「酒」のドクターストップ解禁
2009年:自身の問題を根本的に解決しようとカウンセリングルームでのカウンセリングに取り組み始める。
→カウンセリングだけでは力不足であるかもと、実感しはじめる。
2010年:「認知行動療法」を実施している精神科への通院を開始する。
→診断名は「未定」だった。
→現在も継続して通院中。
「大量飲酒が原因の駅のホームから線路への転落事故による後頭部骨折」がきっかけとなり禁酒を開始する。
→後頭部の骨折箇所は手術ナシで自動的に完治した。
→禁酒は現在も継続中。
2011年:「ADHD」と診断される。
2015年:「障害者手帳」を取得する。
http://qq3q.biz/WAMj
「
「おごる」という言葉がある。
漢字の表記は、
奢る、
驕る、
傲る、
となる。
まさに大に者と書いて「奢る」ということことが全てのような気がする。
つまり「おごる」とは、
己を大きい者だと過信して、相手を見下し、贅沢に耽る
ことである。
人が「奢る」結果どうなるか、と言えば、それは平家物語が説く如く、滅びの道に至ることになる。
」
「パム」も常に思っています。
・自分は完璧である
と思った結果は、「滅びる」だけだと常にキモに銘じております。
「
平家物語では、「奢る」という言葉が、たったの二回しか使われていない。
あの長編にしてたったの二回である。
しかもその二回の使用も、物語全体の序文あるいは跋文とも言うべき巻第一の冒頭「祇園精舎」においてだけである。
ただ平家物語を読む者は、この「奢る」という言葉の持つ響きと意味を忘れることはない。
つまりそれほど「奢る」という言葉が、日本人の心に深く残っていることは、実に驚くべきことであり、
何か特別に意味のあることのようにも思えてくる。
」
「平清盛」を筆頭とする「平氏政権」は、かつての「藤原道長」時代の「摂関政治」の全盛期と並ぶほどの栄華を誇りました。
しかし、その栄華も長くは続きませんでした。
当時の朝廷は「平安京」にあったので、「平氏政権」も「平安京」が拠点でしたが、
「平氏」の拠点は「坂東(今の関東地方)」でして、そこに流されたのが「源頼朝」でした。
そして、「坂東の平氏」の多くはその後、「源氏側」で闘っているのです。
「
平家物語の冒頭の部分を引用してみよう。
」
(参照ページの文章が足りなかったので、
「『平家物語』の原文・現代語訳1:祇園精舎の鐘の声~ --総合心理相談 ES DISCOVERY--」から引用しました。
http://qq3q.biz/vTgI
※文字コード関係で表示できない文字が原文にあります。
※引用元のふりがなは省略しました。
)
「
祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり、
沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。
驕れる者久しからず、ただ春の夜の夢の如し。
猛き人もつひには滅びぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。
遠く異朝をとぶらふに、
秦の趙高、
漢の王莽、
梁の朱い、
唐の禄山、
これらは皆旧主先皇の政にも従はず、楽しみを極め、諌めをも思ひ入れず、
天下の乱れん事をも悟らずして、民間の憂ふる所を知らざりしかば、久しからずして亡じにし者どもなり。
近く本朝を窺ふに、
承平の将門、
天慶の純友、
康和の義親、
平治の信頼、
これらは驕れる事も猛き心も、皆とりどりなりしかども、
間近くは、
六波羅の入道前の太政大臣平の朝臣清盛公と申しし人の有様、伝へ承るこそ、心も言も及ばれぬ。
」
最初に、中国と日本の歴史上で国政を荒らした人物を列挙した後に、「平清盛」を出しています。
「勧善懲悪的歴史観」では、「平清盛」は「悪」であると言うのが通説でしたので、
この出し方になるのも当然でしょう。
<参考>
○趙高 --Wikipedia--
http://qq3q.biz/UE8h
○王莽 --Wikipedia--
http://qq3q.biz/o1VN
○朱イ --Wikipedia--
http://qq3q.biz/rJWW
○安禄山 --Wikipedia--
http://qq3q.biz/Rj7v
○平将門 --Wikipedia--
http://qq3q.biz/YRdz
○藤原純友 --Wikipedia--
http://qq3q.biz/KWJv
○源義親 --Wikipedia--
http://qq3q.biz/6J3V
○藤原信頼 --Wikipedia--
http://qq3q.biz/HrWO
「
それを私が、意訳すればこのようになるである。
」
(参照ページの文章が足りなかったので、
その部分のみ、「『平家物語』の原文・現代語訳1:祇園精舎の鐘の声~ --総合心理相談 ES DISCOVERY--」を参照して改変/追記しました。
http://qq3q.biz/vTgI
※文字コード関係で表示できない文字が原文にあります。
※引用元のふりがなは省略しました。
)
「
祇園精舎に響くという鐘は、仏が言われる如く
「全てのことは過ぎ去り常なるものはない」
という言葉のように聞こえてくる。
そこに咲いているという沙羅双樹の花もまた、
「今を盛りと咲く花もいつかは衰え行くぞ」
という現実をを暗示しているのである。
盛り時は、春の夜に見る夢のように儚いつかの間の夢なのである。
どうしようもないほど勢いがあると思われた者でも、いつかは滅びてしまうのである。
すべては風に舞う塵のようなものだ。
遠く他国を見れば、
秦の趙高、(※参照元では「始皇帝」でしたが「趙高」と「始皇帝」は別人です。)
漢の王奔、
梁の朱い、
唐の禄山
これらの者どもは皆、古い習わしを蔑ろにし、国のあり方を勝手に代えて、私欲に耽り、楽しみを極め、
忠義の者の諫めの言葉にも聞く耳を持たず、国中が乱れつつあることも悟らず、民の悲しみや苦しみを知らず、
ついには自らの秩序を維持できずに滅びた者どもである。
近くわが国を見れば、
承平の将門、
天慶の純友、
康和の義親、
平治の信頼、
これらの者どもは、その「奢り」も「猛き心」も皆それぞれに違うけれども、
間近くは六波羅の入道平清盛公と申す人の有様を聞くに付け、「奢る」ということがいかなる結果をもたらすかを思い知るばかりである。
それはまさに筆舌に尽くしがたい恐るべき歴史法則であることだ。
」
この「平家物語」が登場した当時の日本の大事件は、「源平合戦(治承・寿永の乱)」なのです。
一瞬にして権力のトップにまで昇進した「平氏政権」は、「源頼朝」率いる「源氏」(実は「坂東平氏」も加勢してた)の勝利で一瞬にして滅びました。
「
このように考えると、平家物語には、仏教説話的な様相があることが分かる。
つまり教訓話なのである。
平家物語が、まさに言わんとしていることは、
「人間という者が、奢れば、必ずその報いは受けますよ。
滅びますよ。
そんなに猛々しい心を持って、世の中を渡って行けば、平家の人々のようになってしまいますよ」
と、いう一点である。
ただ作者は、そのような歴史法則の物語として書いたものであるが、
それが人々に受け入れられる過程で、その奢った者どもが、滅びていく様に、儚い美しさが、イメージとして加味されて行った。
その結果、「平家物語」から多くの「滅びの美学」に通じる芸術が派生していくこととなったのである。
それはおそらく平家物語の中に、作者も意図しなかったような、
日本人特有の美に対する無意識(ユングの言う集合的無意識)が働いていたのであろう。
言い方をい換えるならば、平家物語が、日本中で受け入れられていく過程において、
日本人の中に無意識として存在していた「滅びの美」というようなものと、「平家物語」が共鳴した結果であろう。
ともかく「奢れる者」が滅びゆく様を教訓として、世の中に喧伝しようとした作者の創作意図とは、
まったく別の方向において、平家物語は受容されていくことになったと見ることができるのではあるまいか。
」
「パム」はこの「平家物語」の冒頭を「教訓」としております。
大学時代の「パム」は「奢り」がありました。
しかし、その結果は今に至る惨憺たる日々になってます。
「
祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり、
沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。
驕れる者久しからず、ただ春の夜の夢の如し。
猛き人もつひには滅びぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。
」
これを、深くキモに銘じているのです。
なお、「パム」が30歳前後の時に、この「平家物語」を「漢詩/漢文 風」に翻訳しました。
※朗読等は「声調」を無視する為、ピンインに「声調」がついていません。
「
祇園精舎之鐘声(Qiyuanjingshe zhi Zhong Sheng)
諸行無常之響有(Zhuxingwuchang zhi Xiang you)
沙羅双樹之花色(Suoluoshuangshu zhi Hua Se)
盛者必衰之理表(Shengzhebishuai zhi Li biao)
奢者不久也(Shezhe bu jiu ye)
唯如春夜夢(Wei ru Chunyemeng )
猛者遂亡也(Mengzhe sui wang ye)
偏同風前塵(Pian tong Feng qian chen)
遠訪異朝(Yuan feng Yichao)
秦之趙高(Qing zhi Zhao Gao)
漢之王莽(Han zhi Wang Mang)
梁之朱■(日:I 中:Yi)(Liao zhi Zhu Yi)
唐之禄山(Tang zhi Lushan)
是等皆不従(Shi deng jie bu cong)
旧主先王政(Jiuzhu Xianwan Zheng)
極楽不思諫(Ji le bu se jian)
不悟天下乱事而(Bu wu Tianxia Luanshi er)
不知所民間憂而(Bu zhi suo Minjian You er)
不久亡者也(Bu jiu wang zhe ye)
近伺本朝(Jin si Bengchao)
承平将門(Chengping Jiangmen)
天慶純友(Tianqing Chunyou)
康和義親(Kanghe Yiqin)
平冶信頼(Pingzhi Xinlai)
是等皆驕事(Shi deng jie Jiaoshi)
猛心皆取有(Mengxin jie qu you)
間近者伝聞(Jianjin zhe Chuan wen)
申人(Shenren)
六波羅入道前太政大臣平朝臣清盛公(Liuboluo Rutao qian Taizhen Dachen Ping Chaochen Qingsheng gong)
之有様(Zhi you yang)
不及心詞哉(Bu ji Xin Ci zai)
」
そもそもこの「平家物語」は「琵琶法師」が「琵琶」と言う楽器と共に語っていた物語です。
「漢詩/漢文」にすると解り易いのですが、この「平家物語」には「リズム」があります。
一度、ノリノリのリズムでこの朗読をしたいです!
「
「おごる」という言葉がある。
漢字の表記は、
奢る、
驕る、
傲る、
となる。
まさに大に者と書いて「奢る」ということことが全てのような気がする。
つまり「おごる」とは、
己を大きい者だと過信して、相手を見下し、贅沢に耽る
ことである。
人が「奢る」結果どうなるか、と言えば、それは平家物語が説く如く、滅びの道に至ることになる。
」
「パム」も常に思っています。
・自分は完璧である
と思った結果は、「滅びる」だけだと常にキモに銘じております。
「
平家物語では、「奢る」という言葉が、たったの二回しか使われていない。
あの長編にしてたったの二回である。
しかもその二回の使用も、物語全体の序文あるいは跋文とも言うべき巻第一の冒頭「祇園精舎」においてだけである。
ただ平家物語を読む者は、この「奢る」という言葉の持つ響きと意味を忘れることはない。
つまりそれほど「奢る」という言葉が、日本人の心に深く残っていることは、実に驚くべきことであり、
何か特別に意味のあることのようにも思えてくる。
」
「平清盛」を筆頭とする「平氏政権」は、かつての「藤原道長」時代の「摂関政治」の全盛期と並ぶほどの栄華を誇りました。
しかし、その栄華も長くは続きませんでした。
当時の朝廷は「平安京」にあったので、「平氏政権」も「平安京」が拠点でしたが、
「平氏」の拠点は「坂東(今の関東地方)」でして、そこに流されたのが「源頼朝」でした。
そして、「坂東の平氏」の多くはその後、「源氏側」で闘っているのです。
「
平家物語の冒頭の部分を引用してみよう。
」
(参照ページの文章が足りなかったので、
「『平家物語』の原文・現代語訳1:祇園精舎の鐘の声~ --総合心理相談 ES DISCOVERY--」から引用しました。
http://qq3q.biz/vTgI
※文字コード関係で表示できない文字が原文にあります。
※引用元のふりがなは省略しました。
)
「
祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり、
沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。
驕れる者久しからず、ただ春の夜の夢の如し。
猛き人もつひには滅びぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。
遠く異朝をとぶらふに、
秦の趙高、
漢の王莽、
梁の朱い、
唐の禄山、
これらは皆旧主先皇の政にも従はず、楽しみを極め、諌めをも思ひ入れず、
天下の乱れん事をも悟らずして、民間の憂ふる所を知らざりしかば、久しからずして亡じにし者どもなり。
近く本朝を窺ふに、
承平の将門、
天慶の純友、
康和の義親、
平治の信頼、
これらは驕れる事も猛き心も、皆とりどりなりしかども、
間近くは、
六波羅の入道前の太政大臣平の朝臣清盛公と申しし人の有様、伝へ承るこそ、心も言も及ばれぬ。
」
最初に、中国と日本の歴史上で国政を荒らした人物を列挙した後に、「平清盛」を出しています。
「勧善懲悪的歴史観」では、「平清盛」は「悪」であると言うのが通説でしたので、
この出し方になるのも当然でしょう。
<参考>
○趙高 --Wikipedia--
http://qq3q.biz/UE8h
○王莽 --Wikipedia--
http://qq3q.biz/o1VN
○朱イ --Wikipedia--
http://qq3q.biz/rJWW
○安禄山 --Wikipedia--
http://qq3q.biz/Rj7v
○平将門 --Wikipedia--
http://qq3q.biz/YRdz
○藤原純友 --Wikipedia--
http://qq3q.biz/KWJv
○源義親 --Wikipedia--
http://qq3q.biz/6J3V
○藤原信頼 --Wikipedia--
http://qq3q.biz/HrWO
「
それを私が、意訳すればこのようになるである。
」
(参照ページの文章が足りなかったので、
その部分のみ、「『平家物語』の原文・現代語訳1:祇園精舎の鐘の声~ --総合心理相談 ES DISCOVERY--」を参照して改変/追記しました。
http://qq3q.biz/vTgI
※文字コード関係で表示できない文字が原文にあります。
※引用元のふりがなは省略しました。
)
「
祇園精舎に響くという鐘は、仏が言われる如く
「全てのことは過ぎ去り常なるものはない」
という言葉のように聞こえてくる。
そこに咲いているという沙羅双樹の花もまた、
「今を盛りと咲く花もいつかは衰え行くぞ」
という現実をを暗示しているのである。
盛り時は、春の夜に見る夢のように儚いつかの間の夢なのである。
どうしようもないほど勢いがあると思われた者でも、いつかは滅びてしまうのである。
すべては風に舞う塵のようなものだ。
遠く他国を見れば、
秦の趙高、(※参照元では「始皇帝」でしたが「趙高」と「始皇帝」は別人です。)
漢の王奔、
梁の朱い、
唐の禄山
これらの者どもは皆、古い習わしを蔑ろにし、国のあり方を勝手に代えて、私欲に耽り、楽しみを極め、
忠義の者の諫めの言葉にも聞く耳を持たず、国中が乱れつつあることも悟らず、民の悲しみや苦しみを知らず、
ついには自らの秩序を維持できずに滅びた者どもである。
近くわが国を見れば、
承平の将門、
天慶の純友、
康和の義親、
平治の信頼、
これらの者どもは、その「奢り」も「猛き心」も皆それぞれに違うけれども、
間近くは六波羅の入道平清盛公と申す人の有様を聞くに付け、「奢る」ということがいかなる結果をもたらすかを思い知るばかりである。
それはまさに筆舌に尽くしがたい恐るべき歴史法則であることだ。
」
この「平家物語」が登場した当時の日本の大事件は、「源平合戦(治承・寿永の乱)」なのです。
一瞬にして権力のトップにまで昇進した「平氏政権」は、「源頼朝」率いる「源氏」(実は「坂東平氏」も加勢してた)の勝利で一瞬にして滅びました。
「
このように考えると、平家物語には、仏教説話的な様相があることが分かる。
つまり教訓話なのである。
平家物語が、まさに言わんとしていることは、
「人間という者が、奢れば、必ずその報いは受けますよ。
滅びますよ。
そんなに猛々しい心を持って、世の中を渡って行けば、平家の人々のようになってしまいますよ」
と、いう一点である。
ただ作者は、そのような歴史法則の物語として書いたものであるが、
それが人々に受け入れられる過程で、その奢った者どもが、滅びていく様に、儚い美しさが、イメージとして加味されて行った。
その結果、「平家物語」から多くの「滅びの美学」に通じる芸術が派生していくこととなったのである。
それはおそらく平家物語の中に、作者も意図しなかったような、
日本人特有の美に対する無意識(ユングの言う集合的無意識)が働いていたのであろう。
言い方をい換えるならば、平家物語が、日本中で受け入れられていく過程において、
日本人の中に無意識として存在していた「滅びの美」というようなものと、「平家物語」が共鳴した結果であろう。
ともかく「奢れる者」が滅びゆく様を教訓として、世の中に喧伝しようとした作者の創作意図とは、
まったく別の方向において、平家物語は受容されていくことになったと見ることができるのではあるまいか。
」
「パム」はこの「平家物語」の冒頭を「教訓」としております。
大学時代の「パム」は「奢り」がありました。
しかし、その結果は今に至る惨憺たる日々になってます。
「
祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり、
沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。
驕れる者久しからず、ただ春の夜の夢の如し。
猛き人もつひには滅びぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。
」
これを、深くキモに銘じているのです。
なお、「パム」が30歳前後の時に、この「平家物語」を「漢詩/漢文 風」に翻訳しました。
※朗読等は「声調」を無視する為、ピンインに「声調」がついていません。
「
祇園精舎之鐘声(Qiyuanjingshe zhi Zhong Sheng)
諸行無常之響有(Zhuxingwuchang zhi Xiang you)
沙羅双樹之花色(Suoluoshuangshu zhi Hua Se)
盛者必衰之理表(Shengzhebishuai zhi Li biao)
奢者不久也(Shezhe bu jiu ye)
唯如春夜夢(Wei ru Chunyemeng )
猛者遂亡也(Mengzhe sui wang ye)
偏同風前塵(Pian tong Feng qian chen)
遠訪異朝(Yuan feng Yichao)
秦之趙高(Qing zhi Zhao Gao)
漢之王莽(Han zhi Wang Mang)
梁之朱■(日:I 中:Yi)(Liao zhi Zhu Yi)
唐之禄山(Tang zhi Lushan)
是等皆不従(Shi deng jie bu cong)
旧主先王政(Jiuzhu Xianwan Zheng)
極楽不思諫(Ji le bu se jian)
不悟天下乱事而(Bu wu Tianxia Luanshi er)
不知所民間憂而(Bu zhi suo Minjian You er)
不久亡者也(Bu jiu wang zhe ye)
近伺本朝(Jin si Bengchao)
承平将門(Chengping Jiangmen)
天慶純友(Tianqing Chunyou)
康和義親(Kanghe Yiqin)
平冶信頼(Pingzhi Xinlai)
是等皆驕事(Shi deng jie Jiaoshi)
猛心皆取有(Mengxin jie qu you)
間近者伝聞(Jianjin zhe Chuan wen)
申人(Shenren)
六波羅入道前太政大臣平朝臣清盛公(Liuboluo Rutao qian Taizhen Dachen Ping Chaochen Qingsheng gong)
之有様(Zhi you yang)
不及心詞哉(Bu ji Xin Ci zai)
」
そもそもこの「平家物語」は「琵琶法師」が「琵琶」と言う楽器と共に語っていた物語です。
「漢詩/漢文」にすると解り易いのですが、この「平家物語」には「リズム」があります。
一度、ノリノリのリズムでこの朗読をしたいです!