老舗並木蕎麦の初代店主の口癖
 「江戸っ子は寿司とそばで腹を膨らましてはいけない」

 

 江戸末期は、屋台の外食産業が花開いた時代

  人気の御三家は、 江戸前握り寿司 そば切り 天麩羅

  一日三食なんてのは、ずいぶん先の話なので昼休みなんでない、腹が減ったらチョチョッと屋台で腹を満たすのが江戸っ子だ。


  そんな屋台蕎麦は江戸っ子にとって主食ではなく 握り寿司の様につまむようなものとして愛されてきた。
  ※蕎麦を噛まずにズズット手繰って、お代をおいて去るという仕草が威勢の良い江戸っ子を表現する仕草だった。
 
そばの食べ方についてうるさく言われ出したのは「新吉原」を背景とした、所謂「通人」と称するものの幅を利かしたことや、寛政頃(十八世紀中ごろ)江戸っ子称する「下町っ子」の進出、この下町っ子の中で威勢のよかったのは職人衆であった。
 

もともとが庶民の外食だから正式なマナーなんてない自由なんだが、

通人にとって、蕎麦をもぐもぐ噛むやつは野暮とされたって訳だ。

上方はうどん、江戸では蕎麦切り

ご飯と肴と汁を別々に食べるより、ひとつの丼で蕎麦に汁がかかっていて 一緒に手繰るだけというのがせっかちな江戸っ子気質にあっていた。

 

当初はザル蕎麦はまだないのでかけ蕎麦だ。

 

ざる蕎麦が発明されると、こんどは通にいわせれば

 

食べ方一つにも通な食べ方と田舎者の食べ方があるそうで、いつまでも口の中でモグモグしてるのは野暮な田舎者で、粋な江戸っ子は蕎麦はつゆを三分の一ほどつけ、素速くいっきにすすり込むものだそうです。

 

となる 江戸っ子の美学はもたもたしないとなる。

古典落語 「大工調べ」はこうだ

 

棟梁は   「それは、アタボウだ!」
与太郎は 「アタボウって、なんだい?」 
棟梁   「あたりめえだ、べらぼうめ、ってんだ。
  そんな長げえ言葉を使ってたんじゃ、日の短え時分にゃ、日が暮れちまう。
  温気(うんき)の時分にゃ、言葉がくさらぁ
  だから、つめて、アタボウ、ってんだ。

 

蕎麦屋での客と花番のやりとりはこうなる。

江戸っ子  ”板わさに燗を一本つけてくれ、しまいに もり ”
      ※江戸っ子は、暖簾をくぐる前から頼むものは決めている。座ってから迷わない

花番  「板わさに燗を一合、もり蕎麦一枚ですね かしこまりました」
   ※お酒の銘柄は何になさいますか?、ご一緒に玉子焼きは如何でしょうか?などと言わない。
    (蕎麦でお燗といったら 辛口の上物の本醸造ならなんでも良いとツーカーにする)

通し 「ご新規さん、板わさ、もりを一枚お燗つきで願います」   
    ※テンポよく、はっきりと通す

板場 「板わさ もり 燗つき ご新規で~」

 

 ※板場では、新しいお一人様来店で、板わさで酒を呑んでから、モリ蕎麦を一枚となる。
  (板場は、「ご新規 ○○人様」の注文か否かで、注文された料理の作る順番を判断する。)

 藪蕎麦なら もり二枚 と注文なら二枚一緒にだすが、ご新規様(一名)もり二枚
 なら、二枚一緒に出さずに一枚だして、食べ終わるころに一枚だす。
 客と花番と板場のツーカーの世界

   
客  
板わさでくいっと酒をひっかけ、呑み終わってから供されたもり蕎麦を
   ささっと手繰って、「ごっつぁん!!勘定はここにおくよ」と席を立つのが、粋な客の典型である
   ※そば通は、「蕎麦を手繰って」と表現する

 

現代の蕎麦屋で江戸蕎麦御三家の「かんだやぶそば」の通し

「せいろ二枚 お一人さん 猪口二杯つきぃ~」、「天ぷら二枚ぃ~」など語尾を長く延ばし、良くとおる澄んだ声で唱えるように帳場から調理場に通されている。

 

どこかで、せいろの追加が出て

「せいろ一枚 猪口付き お急ぎで願います!」と語尾を延ばさずに調理場へ伝える。

 

「せいろ四枚 おふたりさん 天だねいちにんつきま~す   」
 お銚子二合で熱燗でおふたりさーん
   焼き海苔 いちにん ゆばさし さんにん

 

 なんとも情緒ある通しですね

   次回に続きますクラッカー

           ツーオン

 

 

 

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