魚との対話 -7ページ目

庭に咲く花~2019・春

我家の庭

 

春の訪れと共に、今年もボケ(2種類)・ユキヤナギ・ニワウメ・ツバキの5点セットが咲きだした。

ボケ

ボケ  3月13日

下向きに咲き目立たないクリスマスローズの花が、古い葉っぱを取り除いたら勢い付いてきた。

クリスマスローズ

クリスマスローズとラッパスイセン  3月18日

その後、義兄から色の濃い葉っぱも取り除くと良いと言われ、そのようにしたら今までにない咲きっぷりで、

大いに目立っている。

現在、我家の庭で目立つ光景は次の三つ。

即ち、二本の柿の木の若葉と玄関前のノースポールと赤紫の芝桜、そしてベランダ前の白い芝桜と

キンギョソウとヤグルマソウである。

芝桜

ノースポールと赤紫の芝桜  4月1日 : 台風で倒壊したエリカ跡にカイドウを移植したが、

                           芝桜に押されて目立たない。

キンギョソウ・ヤグルマソウ

白い芝桜とキンギョソウとヤグルマソウ 4月1日 : 現在、キンギョソウは花柄摘みにより

                                 二度目の開花中

隣のSinoさんの庭

 

ハクモクレンが、Sinoさんの丁寧な剪定により、綺麗な姿で咲いた。

ハクモクレン

ハクモクレン 遠くに館山城  3月20日

 

隣の本家の庭

 

今年はハナモモ~啓翁桜がイマイチであったが、他の花木はまずまず。勝手にマイペースで手入れを

している私だが、綺麗に花が咲いた時は嬉しく思う。

モクレン

モクレンとソテツ 3月20日 : Sinoさん宅のハクモクレンと対で楽しむ。

アンズ

アンズ 3月24日 : 母家裏北側の台地に立つ、高くなり過ぎた・・・・。

アンズ

アンズ  3月24日

荒れていたが復活した、ボケは丁寧な剪定の結果、シャクナゲは周囲の整理整頓の結果と

一人納得している。

ボケ

ボケ  4月1日

シャクナゲ

シャクナゲ  4月1日

スモモ

スモモ  4月1日

 

 

                            

 

 

 

 

 

沼の里山散策道と菜の花

病院通いが増えた私共夫婦の健康対策は、朝のテレビ体操と夕方の沼の里山散策道をめぐるウォーキングである。

私の言う沼の里山散策道は、高齢者に人気の谷津田の周回コースを主としたウォーキングコースである。

今は、収穫を終えたナバナ(食用菜の花)が、一斉に花開き黄色い絨毯の光景が見られる。

 

沼のサンゴ層の立看板から入り、沼のヒカリモの道を下りると、今は主を失った古代珊瑚の泉小屋に出る。

サンゴ水の小屋と菜の花

古代珊瑚の泉小屋と菜の花  2月20日撮影

 

ナバナは田んぼの有効活用として栽培されているが、最近は生産農家がめっきり減っている。

熊の山と菜の花

熊野山(左側)と菜の花  2月20日撮影

 *熊野山 : 館山城を守る四つの小高い山の一つ

 

少し先の周回コースのスタート地点そばの丘に高木がそびえ立つ。

今時分は高木を占拠してカワラヒワの群れが、田んぼを行ったり来たりするのだが、今年は未だ見かけない。

この~木何の木

この~木何の木? 2月12日撮影 : 現在安房生物愛好会の友人に問い合わせ中

この~木何の木

この~木何の木? 2月20日撮影 : 今年はカワラヒワの群れを見かけない

 

真っすぐ進むと、十二天神社と樹齢800年の沼のびゃくしんを遠くに見ながら歩くこととなる。

鳥居と菜の花

十二天神社鳥居と菜の花  2月20日撮影

 

最近、沼の里山散策道には「注意 イノシシ出没 千葉県」の立看板が随所に見られるようになった。

館山(沼)地区有害鳥獣対策協議会の皆さんが立てた、と聞く。

私共夫婦も谷津田の東側道路を歩いていて、田んぼに逃げ込むイノシシに出くわしたことがある。

今や、地域ぐるみの対策がせまられている状況と言う。

 

さらに進むと、突き当りにAさんのナバナ畑で、この時期らしい梅と菜の花の競演に出合う。

梅と菜の花

梅と菜の花  2月27日撮影

 

帰りは、谷津田の西側の道路を歩いて十二天神社にお参りしてから、沼のびゃくしんの立看板を抜け、

かつての田んぼに建てられた温室枇杷のハウス脇を通り家に戻ると、隣の本家の南側で綺麗に咲いた

梅とハナモモが迎えてくれる。4,500歩の行程である。

梅とハナモモ

梅とハナモモ、遠くに館山城  :2月27日撮影

 

 

 

 

 

 

 

 

ガーデニング~2019.1~2

暖かく穏やかなお正月に始まり、雨の降らない1月が終わり、迎えた2月4日(月)の立春は春の陽気だった。

しかし、それからが寒かった。3連休の9日(土)11日(月)は千葉県各地は雪。でも、私の住む館山は降らず

枇杷農家はホッとしたであろう。寒さは続いたが、20日(水)は4月の陽気で動くと汗ばむ程であった。

油断はできないが、春は近づいているな、と思った。

 

1月

 

台風の影響で生育が遅れ、例年より1ヶ月遅く、2日(水)にタクワンを30本漬けた。

1ヶ月後から美味しく食べられるのだが、妻はいつもより美味しくない、と言う。

はっきりした原因は分からずじまいであった。

一方、ハクサイは上出来で、3kg(1株半)のハクサイを塩分3%で漬けると1週間で食べ頃となる。

やや浅漬けの頃が甘味が感じられ美味しい。かくして、計4回も漬けたのであった。

スイセンとキンセンカ

スイセンとキンカン  1月15日撮影

甘夏

甘夏  2月7日撮影

今年はキンカンと甘夏が豊作だ。16日(水)、妻はキンカンの甘露煮を作る。

それは、毎晩ヨーグルトに入れられて出てくる。

甘夏は、ベランダから手を伸ばして取るのが夢だが、それまで生きていられるかどうか?

3月には酸味と甘味のバランスが良くなって美味しく食べられるであろう。

 

1月後半の私が力を入れる庭仕事は柿の剪定である。今年も2本の柿の木を風通しと光を考慮して、

丁寧な剪定をしたつもりであったが、ごっさんの家の柿を見た途端、まだまだ不十分に思えた。

続いて、隣の本家の柿に移った。しかし、2本目の途中で、昨年の9月に金谷のアジ釣りで痛めた右ひじと

手首に至る筋肉が痛くなってしまい止めざるを得なくなった。今は整骨院に通っている。

そんな折、ごっさんが枇杷山のフキノトウを持って来てくれた。

春のきざしを想うフキノトウは、ナバナと共にその苦味が何とも良いご馳走である。

 

2月

 

南高梅

南高梅 2月7日撮影 : 昨年の12月27日に強めの剪定を実施

2月に入っての庭仕事は、果樹や花木への寒肥である。

私は根元回りに穴を掘って、ケイフンと菜種油粕を投与する。続いて隣りの本家に移り、昨年植えた温州ミカン

の根元回りに穴を掘ったところ、何と土の中から卵が4個位出現!!

それはニワトリの卵に似ていたが、気味が悪いのでゴミ捨て場に持って行って割ったら軟らかかった。

穴を埋め、後日見に行ったところ、かなり深く穴が掘られていた。

一体、卵を産んだのは何者であろうか??

これから畑仕事はジャガイモの植え付けとなるが、それは私にとっては春到来となる。

 

おわりに、嬉しい花の開花を載せよう。

ヒメリュウキンカ

ヒメリュウキンカ 2月7日撮影 : 隣人のSINOさんからもらった苗が、キンシバイの根元に

                      群生して咲き出した。

シャコバサボテン

シャコバサボテン 2月7日撮影 : 昨年秋に2株に分けて、葉摘みを実施。

                      春の葉摘みでバランスの良い株姿にしていきたい。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガーデニング~2018・10~11

9月30日(日)~10月1日(月)にかけての台風24号により、畑・庭に大きな被害が出た。

残念な事としては、畑ではダイコンの全滅、オクラとナスの撤去、庭ではエリカの倒壊、ダリアの

株元カットをする羽目になった事であろうか。

しかし、それをきっかけに私のガーデニングは、秋~冬への切り替え作業が加速した。

 

庭仕事

 

今年は不作の柿だが、台風で葉っぱが吹き飛ばされてヒヨドリがねらい出したので、例年より早く

10月6日から収穫を始めた。結局、数は少ないが例年通りに孫のるいちゃん(小学1年生)宅などへ

配ることができたので、まぁ~良しとしよう!

柿とホウキ草

残り柿と色付き始めたホウキ草(コキア) 10月22日

 

リビングに差し込む日差しに秋の深まりを感じる頃、こぼれ種からのホウキ草が真っ赤に色付いた。

オリヅルランのシルエット

リビングのオリヅルランのシルエット 10月30日 7時

ホウキ草

真っ赤に色付いたこぼれ種からのホウキ草 10月31日

 

10月20日のビオラに続いて、隣の本家の幸子さん提供のポピー、ヤグルマソウ、キンギョソウ、

パンジーの苗を植える。他にもプランターの桜草とキンセンカも届き、ありがたく頂く。

お陰で、例年になく華やかな冬の庭になりそうである。

11月は剪定作業だ! ヒイラギに始まり城山公園の梅を参考にして南高梅を例年よりも強めに実施。

それから、28日にマキの垣根で庭仕事を終えた。

 

畑仕事

 

10月 台風24号通過後、私は秋冬野菜の苗の植え付けや種まきに精を出した。

 苗の植え付け : ブロッコリー、ハクサイ、パセリ、ワケギ球根、玉レタス

 種まき      :  ダイコン(再)、ホウレンソウ、コマツナ、シュンギク、ミズナ、ナバナ

             以下はポリポットへ サニーレタス、スナックエンドウ、サヤエンドウ、グリーンピース

11月 玉ネギとポリポットで育てた苗の植え付けや空きスペースに種をまいた。

     発芽後は昨年の経験からトンネル支柱のビニール掛けで育てる。

 苗の植え付け : 玉ネギ、サヤエンドウ、スナックエンドウ、グリーンピース、サニーレタス

 種まき      : カラシナ、ホウレンソウ

 

次は、収穫の話だが、ショウガが豊作で、妻は紅ショウガや甘酢漬けを作る。

また、例年失敗を繰り返しているエダマメは、半ばあきらめ気分で6本ほど育て、10月27日に収穫した

ところ実に虫食いがなくまずまずの出来!何とも皮肉な出来事であった。 

 

さて、リビングで朝焼けに見とれる頃となり、私は来年の参考にと畑の写真を撮った。

朝焼け

朝焼け  11月28日

我家の秋冬野菜

我家の畑  11月28日

順調な生育のダイコン

再度の種まきから順調な生育のダイコン、今年はタクワンを漬けられそうだ。 11月28日

玉レタスとサトイモ

ゴッサン提供の玉レタスと心配な台風被害のサトイモ(右奥) 11月28日   

     

 

 

 

 

 

 

 

わたしの町の歴史探訪~豊房地区 南条・飯沼・古茂口

豊房地区(館山市)には、東長田・西長田・出野尾・岡田・大戸・南条・飯沼・古茂口・山荻・作名・畑・神余の

12の大字があるという。

10月28日(日)、私は館山市立博物館による豊房地区の南条・飯沼・古茂口を巡るわたしの町の歴史探訪に

参加した。手渡された当地のイラストマップ裏面の解説の見出しは「典型的な安房の小さな谷(やつ)集落の

なかに、古代から中世・近世の歴史があふれています。」である。

岡田元館長のガイドで、県道館山・大貫・千倉線に沿って神社やお寺を訪ね歩いたのだが、そこで見聞きした

ことを整理して歴史探訪を振り返ってみたい。

 

南条(なんじょう)

 

八幡神社

古代南条村は海辺の漁村で、ある時疫病が流行したため、その病難を免れるための神を祀ったのが始まりと

されている。

戦国時代に南条城主鳥山弾正左衛門時貞が居城の東方に社殿を造営し守護神とした。

社殿は、大正12年の関東大震災で倒壊し、昭和8年に当地の素封家小原金治の寄進で建て替えられた。

 *小原金治 : 明治時代に衆議院議員を経験後、白土業・遠洋漁業・銀行業などの経営で安房地方の

           近代化を推進しています。

八幡神社

社殿から見渡す境内 : 手水石と手水舎では、力士形の邪鬼が足を踏ん張り、手や肩で手水石の

                四方を支えている様子が見所として紹介される。

沼サンゴ

沼サンゴ : 池の中の島にサンゴの化石が見られると言う。

東山横穴群

東山横穴群 : 神社の背後にある山腹に古墳時代の横穴墓38基があり、東山横穴群と呼ばれています。

 

飯沼(いいぬま)

 

堂ノ下やぐら

飯沼集会所裏の堂ノ下やぐらが、正面と両脇の壁面に風化が著しいが、五輪塔9基と浮彫が確認でき、

内1基は他で例を見ない蓮華座をともなう五輪塔で、室町時代の陽刻五輪塔である、と紹介される。

堂ノ下やぐら

堂ノ下やぐら

女堰

江戸時代には、川水をせき止めて用水路へ流し、より広い範囲を水田として開発するようになりました。

汐入川をせき止めて南条・真倉へ分水する飯沼の女堰で、堰名に係る伝説が紹介される。

 この川は何度せき止め工事をしても水流のために破壊された。そこで村人たちは巫女に聞いたところ、

 「女性をせき止めに使うべし」とのこと。村人たちは村の女性を人柱にすることが出来ず、巫女を捕えて

 川に投げ入れ、堰を完成させることが出来た。

女堰

女堰 : 右奥に南条・真倉へ分水する用水路入口が見える。

 

古茂口(こもぐち)

 

白土(はくど)

グループホーム古茂口の家を過ぎた所で、白土の話から当地で白土業~運送業を手掛け、後に館山市長に

なった本間譲が紹介される。

白土産出地

奥の山林から白土が採掘されたと言う。

明治から大正にかけて、豊房では白土の採掘が盛んに行われ、飯沼・古茂口・南条・大戸・岡田・出野尾・

東長田などの山林に採掘抗が点在していました。房州砂として磨砂・精米用に採掘され一大産業となりましたが、

昭和に入って精米への混入が禁止されると需要が減り、今ではクレンザー用に生産されるだけになっています。

(館山フィールドミュージアムより)

福生寺(ふくしょうじ)

曹洞宗の寺院で、開基は南条城主鳥山弾正左衛門時貞の娘で、前期里見氏最後の将里見義豊の正室。

福生寺

福生寺 : 高台の墓地より望む。

里見義豊妻の墓

里見義豊の妻の墓(一渓妙周大姉の五輪塔)

本堂左側から墓地を登り左手の最高所で義豊の妻の墓と伝えられる五輪塔を紹介される。

天文の内乱で義豊、家臣の時貞は討ち死に。実家の南条城に逃れていた義豊の妻は、それを知って

城東方の山中で自害。17歳とのこと。墓は姫塚と呼ばれ、今は石積みの台座のみだが、五輪塔はそこから

移されたものではないか、と言う。

阿弥陀堂

急階段を登り、お堂左手奥の小高い場所で石仏群に出会う。それらは享保19年から文政2年までの

大日如来像や安政7年と大正10年の出羽三山供養塔という。

阿弥陀堂石仏

阿弥陀堂石仏群

日枝神社~古民家

またまた階段を登り、明治13年の奉納という山王宮の扁額が目立つ日枝神社拝殿にたどり着く。

飯沼の熊野神社の急坂の山道、阿弥陀堂の急階段に次ぐ本日三つ目の難所だ。

社殿左手高台で、明治14年に村内安全を祈願した古峯講供養塔や石棒などに出会う。

日枝神社石宮

日枝神社 供養塔や石棒

日枝神社を下りた所で、屋根の大きな古民家に出くわす。同行の人から茶房古伊万里といい、

美味しいコーヒーが飲めますよ、と教えられる。

古民家

古民家 : 茶房古伊万里

帰路は、笠沼川沿いを歩き田仲の馬頭観音群を見てから出発地の南条集会所に戻る。

5km、1万歩、3時間30分の歴史探訪であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

信仰の里・佐久間を歩く

9月22日(土)、私はまた旅倶楽部の月イチウォーキング「信仰の里・佐久間を歩く」に参加した。

過日の6月28日、鋸南町営佐久間の里の天然温泉笑楽の湯(わらくのゆ)を訪れた際、その里山風景に

魅せられたのが参加の理由である。

 

行程

 旧佐久間小学校→白幡神社→十王堂→密蔵院→往生寺・密厳院→日枝神社→金銅寺→正法院→

 光明寺→旧佐久間小学校

 

旧佐久間小学校~十王堂

 

くもり空の下、旧佐久間小学校を9時30分に出発。校庭には懐かしい二宮金次郎の像が立ち、片隅に立派な

トイレとイノシシの肉が食べられると聞くBBQハウスがあった。

十王堂

十王堂 : 鎌倉時代の創建と言われている。十王10体を安置する。

ガイドの十王信仰の話。

 十王は地獄の10人の裁判官といわれ、仏教では人が死ぬと十王の前に連れ出され生前の裁きを受けます。

 この裁判によって、六道(天・人間・修羅・畜生・餓鬼・地獄)のいずれかに行くことが決定します。

 そこで、十王像を祀ることで、少しでも罪が軽くなることを祈ったのです。

 

十王堂~往生寺・密厳院

 

十王堂を後にして密蔵院に向う。途中里山らしい光景に出くわす。石積みのアーチ橋

石積みの小さなアーチ橋

里山風景

里山風景 : 民家はまばらだ

道端の石仏

道端の石仏

続いて、往生寺・密厳院を訪ねる。

往生寺

往生寺 : 真言宗智山派の寺院で安房国札観音霊場第十番札所

 

往生寺~日枝神社

 

さらに里山を進み、日枝神社に向う。途中予想通り彼岸花の群生に出くわし、写真タイムとなる。

里山風景

里山風景

柿の木と彼岸花

写真タイム : 柿の木と彼岸花

 

日枝神社~金銅寺~旧佐久間小学校

 

日枝神社

日枝神社 : 村社で寛文7年(1667)の建立と言われている。

金銅寺

金銅寺 : 真言宗の寺院で安房国札観音霊場第十一番札所

ここで、ガイドから一度失われたものが現われるという不思議なご利益があるお寺です、との話を聞く。

 昭和13年本尊の聖観音像が盗難にあい、後に埼玉県で発見され取り戻しましたが、金ぴかに塗り替え

 られていました。梵鐘も第二次世界大戦中に金属回収令で供出されましたが、後に山梨県市川大門町の

 長生寺で発見され、昭和58年に約40年ぶりに里帰りをしました。

 

11時30分、金銅寺で昼食タイムとなるも、ついに雨が降り出し、以後カメラをリュックにしまう羽目となった。

小降りになったのを機に金銅寺を辞して、正法院~光明寺に寄ってから13時に旧佐久間小学校に戻る。

1万歩の里山ウォーキングで、歴史ある古寺・神社に出会い、佐久間の里はまさに信仰の里だ、と思った。

 

 

 

 

 

一斉に枯れた竹と水準点

隣りの本家に彼岸花や玉すだれが咲いた頃の話である。

彼岸花と玉すだれ

隣りの本家に咲く彼岸花と玉すだれ  9月20日撮影

 

一斉に枯れた竹~大寺坊ヶ下霊園の山

 

今日も本家の入口に立って、大寺坊ヶ下霊園の山の異変を見る。竹(?)が一斉に枯れているのである。

山に異変

大寺坊ヶ下霊園の山に異変  9月17日撮影

 

「竹の一生」でネット検索したら、次のような記事が目に留まった。

 モウソウチクが花を咲かせるのは67年に1度、マダケが花を咲かせるのは120年に1度と考えられています。

 そして、花は種となり周囲に散って子孫を残した後に枯れ落ちて竹の一生が終わるのです。

即ち、私の見た異変は、おおよそ60年から120年の竹の寿命による光景ということになろうか。

ならばと、大寺坊ヶ下霊園に行ってみた。やはり一斉に枯れているのは竹であった。

竹が枯れている山

一斉に枯れた竹 : 大寺坊ヶ下霊園の山  9月17日撮影

大寺坊ヶ下霊園

大寺坊ヶ下霊園 : 薬師堂とサルスベリ  9月17日撮影

 

水準点

 

房日新聞の「水準点の旅」の中で、私の住む岡沼区(館山市沼)は、三つの水準点(沼字宮田、沼字前山、

沼字毛呂尾)が紹介された。私は他の二つは承知していたが前山は知らなかった。

しかし、記事を読むと、そこは大寺坊ヶ下霊園のすぐ先であることが理解できた。

 

そこで、足を伸ばして確認することにした。水準点は大寺坊ヶ下霊園そばの道路を西側に少し進むと

大きな右カーブにぶつかるが、そこのカーブミラーのすぐ下に鉄ふたの形であった。

水準点そばの道路

大寺坊ヶ下霊園そばの道路 : 岡沼区のメイン通りで市道175号線  9月17日撮影

水準点

沼字前山の水準点 : 二等水準点 標高19.164m

 

 

 

 

 

 

岡本城跡豊岡地区を探る~鶴姫様にも会えるかも~

台風21号の影響で風が強く暑い日が続く週末の9月8日(土)、私はウォッチング南房総のガイドツアー

「岡本城跡豊岡地区を探る」に参加した。副題は「鶴姫様にも会えるかも」である。

 

富浦駅(南房総市)の北にある岡本城跡は、戦国後期に里見義頼(8代)の居城で里見水軍の拠点であった。

平成24年に館山市稲区にある戦国時代前半の姿が残っている稲村城跡とともに国の史跡文化財に

指定された。 (広報/たてやま お茶の間博物館より)

 

行程

 

川名家の醤油工場跡~観音山・観音堂(鶴姫の観音様)→かつての船の水路→海禅寺(鶴姫の観音様)→

里見氏ゆかりの供養碑→万蔵寺・川名家の墓→かつての船の水路→昔の通り→県道のトンネル→

大宮八幡宮~観音山や旧富浦漁港を望む→役場跡・旧商工会館→愛宕神社→長泉寺

 

それでは、行程を写真とともに振り返ってみよう。

 

海禅寺(鶴姫の観音様)

 

富浦元気倶楽部からマイクロバスで豊岡海岸に出る。

ガイドは、川名家の醤油工場跡で裏手の山は観音山と言い、かつては観音堂があって鶴姫の観音様が祀られて

いた、と話す。それから一行は岡本城跡の北側を歩き、現在鶴姫の観音様が安置されている海禅寺に向う。

海禅寺

海禅寺 : 臨済宗の寺、鶴姫が相模から持参したと伝えられる木造十一面観音立像(鶴姫の観音様)が

       安置されている。

鶴姫は里見と北条が天正5年(1577)に和睦した時、北条家から義頼の妻として嫁いできた。

鶴姫が相模から持参したと伝えられる観音像には、次のような伝承があります。

鶴姫は観音像を、岡本浦を行き交う船が無事に航行できるようにと、岡本城から海に突き出した岬の小堂に

祀りました。岬は観音山と呼ばれ、おかげで岡本浦は栄えました。

しかし、鶴姫が亡くなり、さらに岡本城が廃城になって何年も経つと異変が起きました。

観音像が故郷を懐かしみ「相模に帰りたい」と叫んで海を荒らすようになったのです。

これを恐れた地元の人々は、海の見えない海禅寺に観音像を移し、現在も女性たちが里見観音経を唱えて

供養しています。 (広報/たてやま お茶の間博物館より)

観音山

観音山 白い塀が川名家の醤油工場跡 : 大宮八幡宮裏手の境内より撮影

海禅寺観音堂

海禅寺観音堂 : ここに観音像は移されたが、現在は本堂に安置されている。

鶴姫の観音像(修復後)

修復(平成23年)後の観音像

鶴姫の観音像(修復前)

長押に掲げられていた修復前の観音像の写真

 

里見氏ゆかりの供養碑→かつての船の水路→昔の通り

 

海禅寺を辞した一行は、元来た道を通り県道のトンネルを抜けて、岡本城跡の西側に位置する

大宮八幡宮へ向う。

里見氏ゆかりの供養碑

里見氏ゆかりの供養碑

昔の船の水路

道路脇の排水路はかつて船の水路との伝承あり、と言う。

昔の通り

昔の通り

 

大宮八幡宮~観音山や旧富浦漁港を望む

 

大宮八幡宮

大宮八幡宮 : 海抜 11.0 m

境内裏手ののすぐ下は旧富浦漁港で、観音山や遠くに大房岬や法華崎が望まれ、

岡本城が湊城でもあることが理解できる。

大房岬

手前が旧富浦漁港、遠くに大房岬を望む

法華崎

法華崎を望む

 

役場跡・旧商工会館

 

大宮八幡宮を後にして岡本城跡の登山口(車が止められる)である役場跡・旧商工会館へ向う。

そこで、一行は岡本城跡を南側から見渡すことになった。

堀切と聖山

岡本城跡 堀切(中央)と聖山(右側)

本丸跡

岡本城跡主郭部(本丸跡) : 富浦小学校付近にて撮影

 

愛宕神社→長泉寺

 

最後に里見氏関連の寺社を巡り、マイクロバスで富浦元気倶楽部に戻った。

愛宕神社

愛宕神社 : 里見義堯(5代)の久留里の愛宕神社と姉妹神社だと言う

         右側の御神木の楠木は樹齢約500年

 

長泉寺は浄土宗のお寺で、大黒天木像を祀るお堂で里見大黒天の文字入りの提灯と甲冑が見られた。

大黒天木像は非公開であったが、その案内板には次のような説明があった。

 木彫大黒天像は、元亀四年(1573)に深名村平兵衛の娘おちが、里見家乳母の役目を終えて下がる時、

 岡本城主義頼公の奥方より知行寄進状と共に拝領したものである。

長泉寺お堂

大黒天木像を祀る長泉寺のお堂

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

金谷のアジ釣り~2018・9

台風21号の影響で延期を繰り返していた、釣り友Kさんとの金谷のアジ釣りが、9月10日(月)に実現した。

断続的に雨の降るあいにくの天候であったが、アジは終始入れ食い状態。しかも予期せぬ大型の黄アジの

猛攻に、船釣りの醍醐味を満喫しながらも、すっかり疲れ果てた釣行であった。

 

アジ釣りの釣果

アジ釣りの釣果 : アジ91匹(良型48%)、カマス5匹、ハタ1匹の大漁!!

 

天候    : くもり 断続的に雨

潮      : 大潮 満潮4時15分 干潮10時51分

釣りタイム : 6時出船 12時沖上がり

仕掛け   : オモリ60号 針8号~13号のサビキ

釣果    : アジ  小型(17cm中心) 47(匹)

              中型(21cm中心) 11

              大型(Max30cm) 33

              合計          91

         カマス   (24cm中心)  

         ハタ  良型           1  

 

先ず、カマスをフェリー乗り場沖より少し竹岡沖寄りの水深10mの浅場でねらう。

残念ながら20分位で5匹と不発に終わる。船長から、船は小刻みに移動する為、船が停止したらすぐに

釣りが出来るようにオモリは船の外に置くように、とのアナウンスあり。

 

そして、アジねらいで竹岡沖に移動。釣り場は対岸に久里浜火力発電所を見る水深20mの浅場。 

前半戦(~9時)は、流れが速く釣りずらい。仕掛けを真っ直ぐ下に落とせれば、オモリ着底後リールを

2~3回巻いてコマセを振れば、即アタリが出る。

小型アジは、ククッというアタリで3~4匹掛けで釣れる。しかし、8号針のサビキではイナダに切られてしまう。

そこで、船宿で購入した13号針や手持ちの10~11号針のサビキで釣ることになった。

大型アジは、グッーというアタリと竿を絞り込む強い引きで1匹掛けで釣れる。2匹掛かると重い!重い!

バラシが多い私に、船長からオモリごと船の中に取り込むように、とのアナウンスが出る。

9時に小休止。釣り上げた魚を数えながらバケツからクーラーに移す。アジは31匹であった。 

 

後半戦(9~12時)は、断続的な雨にカッパを着たり脱いだり。

しかし、流れはゆるくなりアジは入れ食い。根掛かりで仕掛けを失うロスも多かったが、60匹を追加する。

グッ、グッと引き込む大型の黄アジの連発に大満足だ!!

 

一方Kさんは、釣り座がミヨシの背中合わせの為、お互いに言葉を交わすことがなかったが、時々振り向くと

同じく大型アジを取り込んでいた。ある時、異変に気付き近寄ってみるとKさんの竿が大きく弧を描いている。

何だ?何だ?・・・・。私の差し出すタモ網に収まったのは、何ともどでかいウマズラだった。

釣果はアジ80匹、カマス7匹とのこと。

 

さて、前夜何故か眠れず疲れ果てて帰宅後、ひと寝してから夕方、お世話になっている人達へのアジ外交に

繰り出し、2018・金谷のアジ釣りを終えたのであった。

 

 

      

   

   

 

涼感~2018・夏

今年の夏は、日中は外に出られない程の酷暑続きであった。

そんな中、我家の庭で涼感を誘う植物を、朝食前に撮ったので書き留めておこう。

 

ゴーヤの緑のカーテン

 

8月の初め、私の願うモシャモシャの緑のカーテンは無理かなと思ったが、その後ゴーヤは頑張って

立派な緑のカーテンとなってくれた。種から育てただけに感慨もひとしおである。

ゴーヤの緑のカーテン

室内から見る上層部 : 朝日に映えて緑の濃淡が美しい 8月22日撮影

ゴーヤの緑のカーテン

次々と実を付け、知人に差し上げる程に  8月31日撮影

 

ハツユキソウ

 

ハツユキソウ

こぼれ種から生長したハツユキソウ : 今年の柿は大不作 8月22日撮影

ハツユキソウ

リビングから眺めるのに残しておいた1本  9月2日撮影

 

朝顔

 

どこからか飛んで来たのであろう。畑に琉球朝顔が1本芽を出したので、東側のフェンス際に移植。

妻がせっせと世話をしたところ、今は次の写真の通りとなった。

次々と咲く花に、妻は大満足だ。

西洋朝顔

1本の苗からの琉球朝顔 : その生命力には驚くばかり  8月31日撮影

鉢植え朝顔

リビングから眺める鉢物の朝顔 : 私は毎年種から育てている 9月2日撮影

 

*西洋朝顔と記していたものは琉球朝顔に変更します。 2018.9.26