魚との対話 -13ページ目

館山小学校の卒業式

私は、館山地区の区長仲間と共に来賓として、母校館山小学校の卒業式(3月17日)と入学式(4月7日)に出席した。

式典は、遠い昔の己の頃とは大きく違っていて、特に卒業式では目頭が熱くなるのを禁じ得なかった。

くしくも、2月21日に古希に続いて2年振りの館山小学校6年1組の同級会を終えたところなので、

幼馴染のクラスメートに、違いが確認できる今時の館山小学校の卒業式の模様をお伝えしようと思う。


3月17日(木)、晴れ、暖かい。 隣の本家では啓翁桜が満開だ。


啓翁桜

満開の啓翁桜  3月17日撮影


啓翁桜

満開の啓翁桜 後方は館山城  3月17日撮影


羽織袴の女の先生が指揮する吹奏楽が流れる中、会場の体育館に卒業生が入って来た。

何でも音楽の館小と呼ばれているとかで、己の頃を思うと考えられないことである。

卒業生は72名2クラスと言う。我々の頃は5クラスで230名位は居たであろう。

来賓祝辞を述べた前校長先生は女性。子供が興味を引くであろう現在活躍中の人物を登場させての  堅苦しくないスピーチは、さすがだと思った。


卒業証書は、正面の一段高い舞台で校長先生から授与されたものだが、この日は会場の真ん中に置かれた台に上がり、両親や4~5年生と向かい合う形で校長先生から授与された。

そして、一人一人選手宣誓のような口調で夢を語った。

 「僕はお父さんのように大工になって、立派な家を建てたいです」

 「私は美容師になって、皆さんに喜んでもらえるようになりたいです」

 「私は看護師になって・・・・・」 「僕はプロのサッカー選手になって・・・・・」

 現代ならではの夢もあった。「僕はゲームソフトのプログラマーになって、皆さんを楽しませたいです」

我々の頃は「プロ野球選手になりたい」などと、卒業文集に書き留める人は居たが、多くの人は何になりたいかなど分からなかったものだ。

そんな訳で、感心したり驚いたり微笑ましく思ったりしながら聞いていたら、天の声がした。

「あなたの今の夢は何ですか?」と。すぐに答えが浮かんだ。「私は、誰にも迷惑を掛けずにポックリ死ぬことです」 まさに、羽ばたく人と黄昏期の人の違いであろう。


式次第「わかれのことば」でクライマックスはやって来た。

卒業生(6年生)が次々に立って、学校行事の思い出を語る。その後、在校生(4~5年生)が次々に立って、それに対して感謝を込めた思いを語る。

続いて、6年生の女の子のピアノ伴奏で歌でのエール交換だ。見事なかけあいである。

昔は「蛍の光」と「仰げば尊し」と決まっていたものだが、それらは私の全く知らない歌であった。

その後、出席者全員での合唱へと移った。

卒業生は卒業写真を撮るが如く、正面の舞台に立った。

校歌に続いて、小林亜星作曲の「野に咲く花のように」が体育館に響き渡った。

涙をぬぐいながら歌う男の子が見える。

合唱が終わり元の席に戻った卒業生は、再び立ち上がって両親に向って「お父さん、お母さん、ありがとうございました!!」と言い深く頭を下げた。当事者でなくともグッと来る瞬間であった。

かくして、館山小学校の卒業式は終わったのであった。



サヨリ釣り~館山夕日桟橋

昨年の12月20日(日)のことであるが、私の住む岡沼区(館山市)では伊勢神宮のお神札の頒布会が

集会所であった。そこで、熱心な堤防釣りの愛好家小林さんから、館山夕日桟橋でサヨリが釣れてるよ、4.5mのノベ竿でいいよ、と教えられた。

私が、久しぶりに館山の桟橋でサヨリが釣れるという海の異変に、こおどりして喜んだのは言うまでのないことである。

そして、22日(火)「遊子の会」謝恩忘年会の折、釣り仲間のKさんにこの情報を伝えた。


穏やかな正月となった4日(月)午後、鎌倉からやって来た孫のるいちゃん(4歳)を渚の駅たてやまで、

ペッパー君(ロボット)やサカナ君ギャラリーで遊ばせた後、全長500mの桟橋を一緒に歩く。

途中の海ホタルで遊んでから釣り人で賑わう先端をのぞくと、サヨリが群れをなして泳ぎ回っているのを

認める。また、仕掛けはハゼ釣りのシモリ仕掛けでオモリを付けない、エサはアミエビでよいことが分かった。

少しして、小林さんの釣り仲間の佐藤さんに出会う。佐藤さんからは、12月は良く釣れたが今は魚がスレて来ている、群れも深めになっている、と教えられた。


それでは、私の釣り日誌を掲載することにしよう。

1月5日(火)

 天候    晴れ 少し波立つ 風なく暖かい 若潮 満潮 12:26 干潮 19:59

 釣りタイム 14:30~15:45

 釣果    25匹 24~31cm

 状況    るいちゃんが鎌倉へ帰った午後、私はいそいそと夕日桟橋へ釣行した。

        先端中央付近で、ウキ下1.5mで仕掛けを投入。少しすると付けエサの周りにサヨリがやっ

        て来てシモリのウキがスッと動く。サッと合わせるとサヨリがクネクネと体をゆすって釣り上が

        る。鉛筆サイズを脱した良型だ!その後もほぼ入れ食い状態で十分にサヨリ釣りを楽しむ

        ことが出来た。 

        夕食は妻のこえ~!こえ~!指導の下、刺身つくりを体験。

        久しぶりのサヨリの刺身は甘味があって大変美味しかった。 


サヨリ釣りの釣果

サヨリ釣り : 1月5日(火)、館山夕日桟橋にて 25匹 24~31cm


1月6日(水)

 天候     くもり 穏やか   中潮 満潮 13:19 干潮 20:41

 釣りタイム  13:30~16:00

 釣果     34匹

 状況     昨日は釣れたよ~!の電話に九重(館山市)のKさん夫婦が桟橋先端に飛んで来ていた。

         しかし、全く釣れない、と言う。確かに昨日がうそのようにサヨリの姿が見えない??

         困ったなぁ~、と呆然としているとスズキねらいの佐藤さんがやって来て、真ん中辺で釣れ

         てますよ、と教えてくれた。そこで、我等は急きょ場所替えした。

         ウキが動いたり付けエサが見えなくなったりしたら合わせて下さい、と伝え、Kさん夫婦が

         嬉々として釣り上げるのを見届けてから私も竿を出した。

         ほぼ入れ食い状態に16時までと時間を区切ってこの日の釣りを終えた。

         その夜、Kさんから夫婦で58匹 24~31cmとの感謝のメールが届いた。

         夕食では揚げ物が得意な妻により、サヨリのフライを美味しく食すことが出来た。


1月9日(土)

 天候     晴れ 穏やか  大潮 干潮 10:03 満潮 15:26

 釣りタイム  13:00~14:20  

 釣果     27匹

 状況     まだ残っているエサを使い切るつもりで釣行した。

         桟橋先端でほぼ入れ食い。しかし、タナがやや深く後半は仕掛けが流されるようになった

         ので、板オモリを使用したりハリスも少し詰めて30cm程度にする等の工夫をした。

         

         後日、桟橋近くのスーパーオドヤに並ぶサヨリが1匹65円もするのを見て、私は一人

         大もうけだ!!とほくそ笑んだのであった。


   

若潮マラソン~2016

1月31日(日)、館山の冬の風物詩若潮マラソンがくもり空の下、1万人超が参加して行われた。

私は、昨年と同じく我家から歩いて6~7分の西の浜海岸通りで応援すべく10時前に妻と一緒にカメラを

肩に家を出た。

途中、小学校の同級会の幹事仲間のT君と出くわし、一緒に和気あいあいと応援することが出来た。


フルマラソンの部


館山市民運動場前10時出発のフルマラソンの一行は、すぐにやって来た。


若潮マラソン フルの部

トップ集団 : さすが走りっぷりが違う!


トップ集団が通り過ぎると道路は人で埋め尽くされて、「遊子の会」のマラソン愛好家KUDOUさんを捜すのは容易でなくなった。結局、今年もKUDOUさんの方から声を掛けられる始末で、格好いい走りっぷりを撮ることは出来なかった。


若潮マラソン フルの部

余裕のKUDOUさん


近所のKさん夫妻も旗を持って来ていた。館山国際交流協会員として、姉妹都市のオーストラリア・ポートスティーブンス市やアメリカ・ベリンハム市からのランナーの応援に来たのだと言う。


若潮マラソン フルの部

姉妹都市オーストラリア・ポートスティーブンス市からのランナーを応援するKさん夫妻


10kmマラソンの部


館山市民運動場前10時50分出発の10kmマラソンの一行は、白バイの先導でやって来た。


若潮マラソン 10kmの部

先導の白バイとトップ集団


若潮マラソン 10kmの部

トップ集団


応援のターゲットは、野菜作りや地区の役員仲間のTさんと地区の役員仲間のSさんの奥さんのKIMIKOさんである。KIMIKOさんは、昨年ガンバレ、ガンバレの応援組として出会った人であるが、今年は友達と

出場します、と宣言したのであった。


後から後からやって来る大集団の中から、私共は黒のユニフォームのTさんを捜し求めた。

しばらくして、空色のユニフォームの人が手を上げて私共の前を通り過ぎた。あっという間の出来事だったが、その人こそTさんだったのである。何と今年はユニフォームを空色に変えたのであった。


若潮マラソン 10kmの部

昨年の黒から空色のユニフォームに変えたTさん


さて、もう一人のお目当てKIMIKOさんは、待てど暮らせどやって来ない??

10kmマラソンは鷹の島往復なので、道路の反対側は復路を走るランナーが続々と通り過ぎて行くというのにである。

しかし、ついにKIMIKOさんが現われた。手を振り満面の笑みで「遅くなりました~!」と言う。

そして、超明るい性格丸出しで走り抜けて行った。


若潮マラソン 10kmの部

往路のKIMIKOさん : 遅くなりました~!とハイタッチ


若潮マラソン 10kmの部

復路のKIMIKOさん : 旧安房水産高校の同窓会「うしお会」有志の大声援を受けて、丸でトップの様


お昼も近くなり、幼馴染のT君は家でお茶を飲んで行ってくれ、と言う。

私共はお言葉に甘えることにして、若潮マラソンの応援を打ち止めにしたのであった。










るいちゃんのお正月

暮れの12月28日(月)、館山駅に出迎えに行くと、4歳になった初孫のるいちゃんがほっそりした顔立ちで高速バスから降り立った。

ノロウィルスにやられて食事が取れなかったのだと言う。

ニュースで、鎌倉では手足口病~マイコプラズマ肺炎~ノロウィルスが流行っていると流れると、るいちゃんは必ず感染する。しかもお出掛けやイベントの前になるとである。


かくして、当初るいちゃんの食べ物はうどん、鍋物の鶏肉団子や豆腐、カステラ、りんごのすりおろし等と

なった。元気になるに連れてナカパンのパンを二つもパクパク食べ、今晩は焼き鳥にしようと言ったら、

青じそつくねを所望した。るいちゃん流に言えば渋いねぇ~、である。

デザートも大好物のミカンが許されて、るいちゃん用に箱で買っておいた三芳のミカン(Sサイズ)を取りに

行く係をるいに任せて、と言う。4人分だよ、と言うと両手で抱えて5個(?)持って来る。


元旦に前日にやって来たパパが見事な手さばきで刺身の握り寿司を作った。

ご飯(お米)を少ししか食べないるいちゃんはパクパクとたいらげた。

お米は青森のババちゃんから送られて来た「青天のへきれき」で私も確かに美味しいと思った。


館山のババちゃんのおせち料理では、煮物の落花生や田作りをしきりと口に入れていた。

これも渋いねぇ~、である。

帰りが近づく頃には、食欲旺盛になり、茶碗は小鉢であるが、ご飯おかわり!と言うまでになった。

病み上がりは好きな物を食べさせるのが一番のようである。


我家の庭

4歳になったるいちゃん : これからはキンカンと甘夏の収穫が楽しみである。 1月2日撮影


「でそんかみ」の母子の為に、私は連日車を走らせた。

どこに行きたい、とたずねるとジャスコと言う。お目当てはゲームセンターである。

今回は馬にまたがって色々な障害物のある道路を走るゲームにジジ(私)と一緒に挑戦した。

手綱さばきの成功、失敗にるいちゃんは楽しそうであった。


他に定番は城山公園と運動公園である。城山公園の児童遊園地では、ブランコやアスレチックはもはや余裕であるがターザンロープは必至の形相だ。
運動公園では、ジャングルジムの他に今回初めて小高い丘でソリ遊びに挑戦。

2日に続いて4日もすべったが大分上達した。4日のことであるが、4月の陽気にるいちゃんは暑い暑い、と言う。アイスクリームが食べたいのである。そこで、帰り道にあるピーナッツソフトですっかり有名になった木村ピーナッツに寄る。るいちゃんはカップのアイスクリームを黙々と食べる。

ご飯も、こんな風に食べれば、といつも思う。


運動公園 ソリ遊び

運動公園 ソリ遊び  1月2日


3日は大房岬を案内する。手つかずの自然が残る南房総国定公園の拠点だ。

展望塔に上ってから運動園地を横切り第一展望台へ。るいちゃんは元気に走り回った。


大房岬

大房岬 運動園地 : 一見速そうだが・・・・・。 1月3日


大房岬

大房岬 運動園地 : カメラ目線で走る 1月3日


それから、西芝生園地から第2展望台へと進み、一休み後ビジターセンター~少年自然の家を経由して駐車場へと戻った。


大房岬

大房岬 後方は第一展望台  1月3日


さて、家の中では、るいちゃんは朝から晩までジジの私にべったりである。

友達感覚で行動し、ゲラゲラ笑い実に楽しそうである。

帰りが近づく頃、私はジジちゃんからジジオ(爺男)と呼ばれるようになった。

そして、1月5日(火)春休みはイチゴ狩りと砂山のソリ遊びを約束して、るいちゃん母子は9時の高速バスで鎌倉へ帰ったのであった。
























洲崎沖のカワハギ釣り~2015・12

釣り仲間Kさんとは、釣行予定日になるとお互いに何かと用事が入り、今回のカワハギ釣りも11月16日の第一回目の予定日からのびのびの第5回目の予定日の12月7日(月)になって、ようやく実現した。

洲崎早川丸の釣果ブログの「激熱」の赤い文字に期待して、いそいそと釣行したのであった。


カワハギ釣り釣果

カワハギ釣りの釣果 : 目標達成のカワハギ20匹、イトタマガシラ1匹


 天候     :  くもり後晴れ、 出船時は波風あるも徐々におさまる。

 潮       :  若潮 、 干潮7時20分 満潮13時26分

 釣り場     : 洲崎沖の東側、 対岸の富浦ロイヤルホテルと休暇村や坂田海岸のラインで 

            水深30~40m      

 仕掛け   :  オモリ30号 3本針(5号)の胴付き仕掛け エサはアサリ

 釣りタイム :  出船6時30分 沖上がり13時30分


いざ出船波風あり、や~な感じ。しかし、釣り始めるとアタリ活発で入れ食い状態。「激熱」は本当だ!

今日は30匹は行けそうだ!とほくそ笑む。8時過ぎにはツヌケ(10匹)達成の今までにないハイペース。


しかし、私の「激熱」はそれまで。その後は色々試してみるもポツリポツリの釣果で、気を抜くとエサを取られっぱなしの釣りとなり、目標を20匹に戻さざるを得なくなった。


今回はバラシが4回もあった。その内2回はググッググッとしめ込む強烈な引きで良型間違いなしの感触にルンルン気分で巻き上げていただけに残念であった。

また、Kさんの言うオモリにも針を付けてみたが、エサの取られっぱなしが続き、こだわりの1匹をゲット出来たのは終盤になってからであった。


さて、Kさんと言えば、私のスタートダッシュにあせったそうだが、その後周囲が釣れなくなった時、一人良型を釣り上げ、終わってみれば22匹ゲットし、私はまたもや逆転されてしまった。

今回はハワセ釣りを多用したと言う。


その日の早川丸の釣果ブログには10~40枚、バラシが目立ちましたが結果はまずまず。激熱継続中とあり、さらに何と良型のカワハギを手にする私とKさんの写真がデカデカと載った。びっくりぽんである。


今回のカワハギ釣りは目標の20匹を達成し、25cmのジャンボサイズの強い引きにカワハギ釣りの醍醐味を体感出来たので「良し」としよう。




 

 

さらば「遊子の会」

「遊子の会」の主要なイベントも50回を迎え、主宰者YUさんはけじめとしての謝恩忘年会を開催した。

12月22日(火)、大房岬(南房総市)に建つ富浦ロイヤルホテルに、かつて在籍した人も含めて39名が

参加した。

私は自称専属カメラマンとして最後のご奉仕のつもりで、その模様を撮影した。

以下に式次第にそったスナップ写真を載せよう。


会場~思い出の写真展示


YUさんにより、8年間で100回程のイベントが企画・実施されたが、会場には思い出の写真やアルバムが展示されていた。


思い出の写真展示

思い出の写真展示


開会の辞・花束贈呈・乾杯


13時、100キロマラソンのKUDOUさんの司会で、宴は17時お開きの予定で始まった。


開会の辞

主宰者YUさん 開会の辞


花束贈呈

花束贈呈呼び掛け人 KANさん挨拶


花束贈呈

遊子の会一同よりYUさん夫妻にコチョウランの花鉢が贈られる。


乾杯

一同、天津(鴨川市)のHさんの音頭で乾杯。


食事・歓談・プレゼント交換


続々と運ばれて来るフランス料理を食しながら歓談後、恒例のプレゼント交換となる。

私はお正月の雑煮を意識して、宮城(館山市)の吉田商店のかつお節を用意した。

それは釣り好きのキクチの姉御に当り、喜んでもらえた。


プレゼント交換

プレゼント交換 : ミスターアウトドアKさんと料理教室のMさん


プレゼント交換

プレゼント交換 : 房州ラーメンのTさんより捕獲したばかりのイセエビをもらったYOUKOさん


記念撮影



記念撮影

イベント50回目の謝恩忘年会記念撮影 : かつて在籍した人も駆け付け39名が参加


外は夕日

会場の外は美しい夕日が : 同じテーブルのSさんとMさんの所望でパチリ


活動所感・思い出発表


YUさんより8年間の活動を振り返って、と題する話があり、終わりに「遊子の会」は中締めとさせて頂きますが、春の桜・秋の紅葉だけは来年もご希望の方々の為に企画致します、との発表がある。

即ち、「遊子の会」はやめるのではなく再出発という訳である。


続いて、六つのテーブルから代表者が思い出を語る。


思い出発表

思い出発表 : 二番テーブルからは格調高い(?)話しぶりのSさんが語る


最後の六番テーブルの代表Aさんは、同じく会員である夫が大きな病を発症したことを声を詰まらせて告げる。Aさん夫妻に再び襲いかかった不運と試練に、私は「負けるな、Aさん!」と叫びたくなる衝動にかられる。


余興


YUさんが歌い、皆が踊る「これから音頭」で始まった。

私も含めて四人が法被を着せられて壇上で、KUDOUさんによる振り付け指導で踊りの練習となるも、 私ごときが手本になる訳がなく、皆の総踊りへとは進まなかった。


しかし、総立ちでの合唱は盛り上がった。


思い出ソング

バスツアーの思い出ソング「紅葉」の合唱


これから音頭

これから音頭の合唱 : ♪「遊子の会で健やかに♪・・・・・・アッ、ソレ、ソレ!!


中締め


あっという間に四時間が過ぎ、宴も終わりに近づいた。

中締めを指名された私は、手締めの前に今まで十分に満足したこと、また今が自分の引き際だとして、「遊子の会」を辞することを告げた。

そして、三三三の一の一本締めで謝恩忘年会はお開きとなった。


ありがとう感謝


自宅に戻って、妻は自画自賛していた小金沢昇司の「ありがとう感謝」の一部替え歌の出番がなかった

ことをくやしがった。

というのは、私共は主宰者である湯川夫妻と皆さんへ感謝を伝えようとパソコンの前で(ユーチューブを利用)、カラオケ・アカペラに対応出来るように盛んに練習していたからです。

そういう訳ですので、ここに敢えてその歌詞を載せさせて頂きます。


       ありがとう、ありがとう

       言い尽くせない、ありがとう

       思い起こせば、数えきれない

       多くの人に出会いました

       迷惑かけたり、心配かけたり

       半人前の僕等でした

       だけど こうして 歌を唄い

       夢をつむいで こられたのは

       あなたがいるから あなたがいたから

       あなたが いつもいつも 見てくれたから

       ありがとう ありがとう

       大切な あなたへ ありがとう


       ありがとう ありがとう

       湯川さん、孝子さん、ありがとう

       ありがとう ありがとう

       湯川さん、孝子さん、ありがとう

       感謝を込めて ありがとう

                                        おわり















るいちゃんの七五三

11月11日(水)、今日は初孫るいちゃん(三歳)の七五三のお祝い日である。

私共ジジババは、日帰りで館山からるいちゃんの住む鎌倉へ行った。

鎌倉と言えば鶴岡八幡宮であるが、混雑が予想されるので家から近い御霊神社にお参りするという。


御霊(ごりょう)神社の参道には江ノ電の踏切りがあり、そのすぐ先に鳥居が建つ。

アジサイの季節には、アジサイと江ノ電の写真スポットとして有名と聞く。


御霊神社

参道に踏切りがある御霊神社


御霊とは、強く尊い祖先の御魂の意で、神社の創建は平安時代後期と伝えられています。

桓武天皇の子孫で「鎌倉武士団」を率いた鎌倉権五郎景正を祀っています。

・・・・・・・・景正は現在の鎌倉・湘南地域を開発した領主です。

地元では「権五郎さま」と呼ばれ親しまれています。・・・・・・・御霊神社境内 案内板より


江ノ電長谷駅に着くと、るいちゃんのパパが迎えに来ていて御霊神社へ案内してくれた。

るいちゃんは昨夜熱を出して心配したが、今は熱も下がり張り切っていると言う。

鳥居をくぐると赤い着物姿のるいちゃんとママが待っていた。

ババが、るいちゃん可愛い!と言うと、るいちゃんはいつもと違ってはずかしい!と言った。


御霊神社 るいちゃん

るいちゃん 三歳の七五三


皆で社殿に上がり、若い白装束の神主さんより丁寧な御祈祷を受ける。

神主さんの言う通りにるいちゃんも立ったり座ったり頭を下げたりする。主役として特別丁寧なお祓いを

受けた時、神妙な面持ちで頭を下げていたのには、そうか、幼稚園生になったもんなぁ~、と思った。


御霊神社 社殿

御霊神社 社殿


参拝を終え、神主さんから千歳飴やプレゼントをもらってご機嫌なるいちゃんの前に、仲良しのはれちゃんが現われた。実は、はれちゃんは昨日七五三のお祝いを済ませたが、るいちゃんと一緒の写真を撮りたいとやって来たのだと言う。


るいちゃんとはれちゃん

るいちゃんと友達のはれちゃん  :  どんな話をしているのだろう?


二人はカメラマンの注文で再びお参りすることになった。


二人で参拝

二人でお参り


手を合わせる二人の姿は、まことに可愛らしく様になっていたが、お賽銭を投げ入れてからの二人は賽銭箱に興味津々。やはり幼子である。


賽銭箱に興味津々

お賽銭の行方に興味津々の二人


御霊神社を辞し、我々は歩いて会食会場である長谷の中華レストラン華正樓に向かった。

長谷寺への観光客から可愛いはねぇ~と声を掛けられて、ママは満足の様子。


華正樓(かせいろう)は、旧華族の別荘とかで落ち着いた佇まいだ。

湘南の海が望める三階の個室に通され、るいちゃんはすっかりリラックスしていつもの愛嬌をふりまく。


華正樓 桃の饅頭

桃の饅頭をぱくつくるいちゃん : お店からるいちゃんにメッセージカードと桃の饅頭のプレゼントあり。


コース料理の最後はデザートだ。期待するるいちゃんに何だと思うかと聞くと、大声でプリンと言う。

ジジはラーメンだと思うと言うと、るいちゃんは違うよ、それはご飯だよ、とゲラゲラ笑う。

結果は手作りのアンニンドウフだった。

いつもこんな具合なので、館山に来るとジジはるいちゃんの一番の遊び相手なのである。


家に戻った私共にママ(私共の娘)からお礼の電話が入る。その中で、ママが七五三で何が一番良かったかと聞いたら、るいちゃんはジジちゃんに会えたこと、と答えたと言う。

多忙(たまたま)の中、日帰りで館山から鎌倉まで行った甲斐があったというものである。













ガーデニング~2015年・秋

庭仕事


10月、この時期花が少ない我家の庭で柿の実と競演で咲くのはシオンとフジバカマだ。

共に秋らしい趣で、私は気に入っている。


柿とフジバカマ

柿とフジバカマ  10月13日撮影


シオン

シオン  10月13日撮影


柿と言えば、今年は大豊作であった。当初はヘタムシにやられた為か、ビヨビヨになって落下するものが相次いで心配したが、葉っぱの落下と共に生き残った柿がジャンジャン姿を現した。

10月20日から本格的に収穫を始めた。私が高枝鋏で枝を切り、妻が下で釣り用のタモ網で受け取る共同作業で、色付きの濃い柿から順に連日取りまくった。そして、11月7日に収穫を終えた。


差し上げた人からは喜ばれ、私も美味しく食したのだが、妻はいつもより甘味が弱いと言う。

そこで、過日の館山地区神社総代会研修旅行で、柿を出荷している幼馴染のS君から有益な情報を得たので、来年はそれを参考にして柿の手入れをしようと思う。


畑仕事


例年やわたんまち(今年は9月19~20日)を境に秋冬野菜の準備に取り掛かるのだが、今年は本格的に始めたのは10月に入ってからであった。


種をまいたもの  :  ダイコン、シュンギク、コマツナ、ちぢみホウレン草、スナックエンドウ、

               グリーンピース、サヤエンドウ


苗を植えたもの  :  ハクサイ、ブロッコリー、茎ブロッコリー、サニーレタス、ナバナ、ワケギ(球根)

               玉ネギ


上記の秋冬野菜は概ね順調であったが、ちぢみホウレン草は試しに去年の種をまいたところ、1週間後

(10月21日)も発芽を認めないので、新たに種を購入して再度まいたら10日後に多くの発芽を認めた。

ホウレン草は色々工夫しても、新しい種でないと駄目なようである。


我家の畑

秋冬野菜の我家の畑、順調!  :  11月1日撮影


我家の畑

秋冬野菜の我家の畑、順調!  :  11月1日撮影


さて、収穫の話に移ろう。今まで満足な結果が得られなかったエダマメであるが、昨年SANADAさんより

チッソ肥料を投与せず土作り時に過リン酸石灰を投与すると良い、とのアドバイスを受けた私は熔リンを

使用。かつ、大きくなるにつれ転倒防止に支柱を入れたり、株元回りの枯れ葉を除いたりしてダンゴ虫の

害を減らすように努めた。


結果は実付きが良く10月25日の初収穫では、エダマメらしい美味しさを堪能することが出来た。

その後、週に一度の間隔で11月10日まで収穫した。

しかし、徐々に実入り悪く、実に傷(虫食い?)があるものが多くなっていった。

来年は2列植えを止めて一列植えとし、光と風通しを良くする対策を取ってみようと思う。


現在は、毎朝のようにサニーレタスとシュンギクの野菜サラダが食卓に上がり、大変重宝している。

昨日(11月29日)はダイコンを収穫した。味と大きさは申し分ないのだが、今年は地上部に穴ぼこ(虫食い?)ありのものが多い。ネッキリ虫の仕業のような気がするのだが・・・?困ったものである。

そんな訳で、38本の内26本をタクワン用として、天日干しをスタートした。

果たして納得のいくタクワンが出来るであろうか。




錦秋の奥日光・丸沼高原のバス旅行(2)

二日目 10月23日(金) くもり時々晴れ


行程


 丸沼温泉・環湖荘(9時発)→日光白根山ロープウエイ→幸田露伴文学碑→吹割の滝、昼食→大沼・

 赤城神社→関越自動車道・赤城 IC→首都高、アクアライン→旧館山市民センター駐車場(20時着)

 

それでは、写真と共に二日目の行程を振り返ってみよう。


丸沼温泉・環湖荘


宿泊先の丸沼温泉・環湖荘の出発前に、写真タイムがとられた。集合写真に続き、各部屋毎やブルーコメッツの三原綱木に似ているホテル従業員を囲んでの写真撮影は、晩秋の静寂な丸沼のほとりをぱっと

明るくしてしまった。


丸沼のほとり

丸沼のほとり


丸沼のほとり

丸沼のほとりで集合写真を撮る : 標高1,430m


日光白根山ロープウエイ


丸沼高原に到着。辺りは錦秋の佇まいだ!


丸沼高原の紅葉

丸沼高原の紅葉


日光白根山ロープウエイは、山麓駅(1,400m)と山頂駅(2,000m)間、全長2,500m高低差600mを15分で結ぶ。
車中、我々は流れる雲を見下ろしたり雲の中に突っ込み何も見えなくなったり、と山の天気の激しい変化を体感する。

山頂に下り立ち、夏には高山植物が咲き競うであろうロックガーデンを巡ってから天空の足湯につかる。


天空の足湯

丸沼高原 天空の足湯 : 標高2,000mの足湯は格別だ!


天空の足湯

丸沼高原 天空の足湯 : この日は雲の中であったが、後方に関東以北最高峰2,578mの日光白根

                 山がそびえ立つという。


幸田露伴文学碑


幸田露伴文学碑は、尾瀬の入口片品村への山道道端にあった。

主宰者YUさんは、文学碑を前に22歳の時露伴が日光湯元から金精峠を越えてこの地に来ての作品「対髑髏」について語る。何とも怪奇なあらすじであった。


幸田露伴文学碑

幸田露伴文学碑 : 主宰者YUさん、「対髑髏」を語る。


吹割の滝


吹割の滝駐車場周辺は、土産物売場や食事処が軒を連ねている。味処「つくし」にて蕎麦定食の昼食後、吹割渓谷散策へと移る。

遊歩道を進むと獅子岩と呼ばれるそそり立つ断崖に続き、東洋のナイヤガラと言われる吹割の滝が現われる。予想だにしなかった雄大な景観に圧倒される。


吹割渓谷

吹割渓谷 獅子岩


吹割の滝

吹割の滝 : 高さ7m、幅30m 片品川の清流の浸蝕による川床の割れ目という。


吹割の滝

吹割の滝と獅子岩


大沼・赤城神社


吹割の滝を辞して老神温泉を通り、最後の訪問地 赤城山の大沼へ向う。車中、YUさんは国定忠治の

人物像を「博徒と義賊」と話す。

大沼湖畔の赤城神社駐車場に到着。そして、赤城神社~鳥居~朱塗りの啄木鳥(キツツキ)橋~駐車場

と巡る。

後で分かったのだが、赤城神社は大沼に突き出す小さな半島に位置しているので、参拝としては逆コースであった。


赤城神社

赤城神社拝殿参拝


赤城神社は主祭神に赤城山と湖の神様「赤城大明神」をお祀りしております。湖の神様である「赤城姫」という女神さまは女性の願掛けに大変御利益があるとされています。~赤城神社公式サイトより


赤城神社

赤城神社鳥居(境内入口) : 疲れを知らぬ専属モデルトリオ


赤城神社

朱塗りの啄木鳥(キツツキ)橋 : 晴天なれば大沼を取り囲む赤城の山々の紅葉が見事であろう? 


おわりに


「遊子の会」としてのバスツアーは今回が最後とのことだが、二日目の群馬の旅は錦秋あり壮観ありの上に、私としては全て初めて訪れた観光スポットということもあり印象深い旅となった。

YUさん、ありがとうございました。皆さん、お疲れ様でした。












錦秋の奥日光・丸沼高原のバス旅行(1)

「遊子の会」は、10月22日(木)~23日(金)にかけて、あわみなみ交通の貸切りバスで、25名が参加

して「錦秋の奥日光・丸沼高原のバス旅行」と題する旅に出た。


一日目 10月22日(木) 晴れ後くもり


行程


 旧館山市民センター駐車場(7時発)→アクアライン→東北自動車道・宇都宮IC→日光杉並木→

 日光甚五郎煎餅、(株)石田屋今市工場→神橋、あさやにてゆば料理の昼食→いろは坂→華厳ノ滝→

 中禅寺・立木観音→戦場ケ原→金精峠→丸沼温泉・環湖荘(16時着)


バス車中、主宰者YUさんによる日光の解説は、杉並木から日光の成り立ちへと移り、勝道上人が開き

天海僧都と徳川家が盤石にしたと語る。他にも地理や伝説に及び、おかげ様で修学旅行で訪れた懐かしい地も新たな眼で楽しむことが出来た。


神橋、あさやにてゆば料理の昼食


神橋に到着。我々はゆばレストランあさやにて、神橋を窓越しに眺めながら予約済のゆばづくしの雅の膳

を食す。


神橋

神橋 : 近くに天海僧都と板垣退助の銅像が建つ。何故板垣退助かとの問いに、YUさんは戊辰戦争の

      折、日光を戦火から守った功労者だからと答える。


いろは坂→華厳ノ滝


黄葉の連なりのいろは坂をほぼ上り切った所にある明智平は観光客の車がびっしり。ここからロープウェイに乗って3分で到着する標高1,473mの明智平展望台は、日光を代表する人気の展望スポットとか。

しかし、混雑と雲がたちこめる状況に立ち寄りを断念する。


奥日光に入り、華厳ノ滝に到着。くもり空ながら、我々は中禅寺湖から豪快に流れ落ちる様を堪能することが出来た。


華厳の滝

華厳ノ滝 : 観瀑台からの眺め。高さ97m、幅7m。

        那智の滝、袋田の滝と並ぶ日本三大名瀑の一つという。


華厳の滝

華厳ノ滝 : 黄葉の樹木越しの眺め


華厳の滝

華厳ノ滝 : 黄葉の樹木越しの眺め


中禅寺・立木観音


中禅寺湖畔にある中禅寺は、勝道上人による創建で坂東33観音霊場第18番札所。

ご本尊は、勝道上人が湖上に千手観音をご覧になり、その姿を桂の立木に彫られたことから立木観音と

称されている。また、立木は現在も根をはっているという。


我々は本堂に入り立木観音に手を合わせる。見ごたえのある観音様である。

それから、五大堂に上がるも、中禅寺湖と男体山の絶景は雲の中であった。


中禅寺の紅葉

中禅寺本堂(立木観音堂)と五大堂 : 紅葉に出合う


身代わりの瘤

中禅寺 身代わりのこぶ : 案内板には、このこぶは皆様の病気を身代わりになって出来たこぶ也、と

                  記されていた。

コ(古)ギャル達は、先日は天津神明宮(鴨川市)で先程は神橋そばで、長生きの水を飲んだばかりというのに、身体の至るところを触ってからこぶに触れる。恐ろしく長生きしそうである。!!


戦場ヶ原→金精峠


中禅寺を辞した後、やはり中禅寺湖畔で二荒山神社中宮祠を車窓から眺め、戦場ヶ原へ。

YUさんは、下野国(栃木県)の二荒神と上野国(群馬県)の赤城神が大蛇(男体山)と大ムカデ(赤城山)に化けて戦ったところ、と面白く話す。

晩秋のたたずまいの戦場ヶ原を後にして、湯ノ湖を通り過ぎると栃木と群馬の境という金精峠に到着。


丸沼温泉・環湖荘


丸沼の前に菅沼(すげぬま)なる湖が現われる。共に日光白根山の溶岩によるせき止め湖という。

我々は湖畔の売店で休憩後、宿泊先である丸沼湖畔に佇む一軒宿の丸沼温泉・環湖荘に向う。

16時に到着。辺りは早くも薄暗く晩秋の静寂に包まれていた。

早速温泉につかり、19時からの夕食に続き、22時30分までどこまでも元気なコギャル達と懇親を深めたのであった。


環湖荘

環湖荘の朝 :翌朝7時10分撮影


丸沼

朝の丸沼 : 翌朝7時10分撮影