あ、正確にはお誘いいただいていません。

勝手に着いていった高尾 智仁(笑)。


やってみました。

ビルメーカー。

http://usokomaker.com/biru/




10F お寿司屋

...回らないお寿司屋さんがいいです。


9F 書店

...月に1~2度は足を運びますからねぇ。嬉しいなぁ。


8F ハンバーガーショップ

...モスバーガーがいいなぁ。


7F カフェ

...自家焙煎珈琲屋 豆煎坊 さんのようなお店を、自分で出してみたいなぁ。でも、大変だろうなぁ...!


6F ラーメン屋

...うーん...。東堀 石門子 さんがいいなぁ。


5F 占い屋

...ちょっと興味あり。


4F アダルトショップ

...あー。はいはい。セクスィー・ランジェリーでも買いますか。


3F ゲームセンター

...あの騒然とした 『音環境』 には身を置きたくないんですよね、僕。パチンコ屋さんも然り。ここ8年間ほどはお手洗いを借りにしか入ったことがないです。


2F~1F スーパーマーケット

...生活感があって、良いではないか。 先月末の 清水フード寺尾店閉店 を寂しく思っている僕には嬉しいなぁ!


B1F レンタルビデオ

...ツタヤでしょうか? 9Fの書店とカブるのが気になります。 ツタヤ。 まずは中古販売CDの 『エサ箱』 を覗いてみる僕です。 ビデオって...、ここ8年間くらい借りたことないなぁ。




そんな僕の生活。

ご参考まで。


ぢゃ、またね~

こんにちは~



ルーベンス・バリチェロ 選手 (ブラジル、1972年5月23日生まれ、 ホンダ・レーシング・F1・チーム 在籍)。

彼は今季が16年目の現役最古参ドライヴァー。

F1デビューは1993年南アフリカGP (ジョーダン・ハート)。

ベスト・ドライヴァーズ・ランキングは2002年・2004年の2位、ともにフェラーリ時代に記録。

ミハエル・シューマッハーと一番長くチームメイトであったはずだ。

今季イギリスGPでは雨の中、見事なタイア選択等の戦略により、ホンダF1にとっても彼自身にとっても久し振りの3位表彰台を獲得。

彼と (フェラーリ時代からの盟友) ロス・ブロウン とのコンビネイションは、やはり侮れないと僕は実感した。

彼もまた雨の中で光り輝くことが多く、その柔和な人柄と共に、多くのファンから支持されている。



【F1通算成績】

優勝 9回

ポール・ポジション(予選第1位) 13回

ファステスト・ラップ(決勝レース中の最速ラップ) 15回

獲得したトータル・ポイント 530





それぢゃ、またね~

コンバーンハッ!


いやぁ...ね。


本日の NHK BS-2 『BSエンターテインメント カーペンターズ・オール・リクエスト』、 皆様ご覧になりましたか?

http://www.nhk.or.jp/carpenters/


未だ興奮冷めやらぬ 高尾 智仁 です。


素晴らしい映像・演奏が多数!

今回のリクエスト、第3位 と 第2位 の曲で嗚咽をあげて涙しました。

...しかしながら曲名を忘れているというところが、なんとも僕らしい...(苦笑)。

ま、すぐに思い出しますよ、きっと☆


...うーん。

そのうちの1曲は ‘Superstar’ だったな、確か。

もう1曲は ‘I Need To Be In Love’ 邦題「青春の輝き」 だ、確か。

後者はヴィデオ・クリップだったんですけれども、これが素晴らしく せつない 仕上がり。

でも、最後にはカーペンター兄妹、笑顔なんだよ。

そういう人間に私はなりたい。


最後にスタジオで リチャード・カーペンター が ピアノ・ソロ で演奏した ‘Yesterday Once More’(だったかしらん?) では、リチャードの指先にカレンの歌声が宿っているかのように聴こえて。

また涙。


いい番組だったなぁ...☆






さ。

今夜は自分で撮った写真を掲載します。


撮影したのは...昨年の今頃だったかな。


新潟市に 阿賀野川 という河川があります。

ある日の夕方、その一番下流にある 松浜橋 を新潟市街地方面へ向けてクルマで通ったんだ。


仕事で、お客様宅を訪問した帰り道...だったか?

...その頃の俺、精力的に仕事していたっけ??

あ、いや。

決して精力的ではなかったな。

ただ、仕事はしていたんだな、今よりは。


夕景に心を惹かれて、阿賀野川左岸の河川敷にある公園にクルマを停め、デジタル・カメラを片手に堤防を駆け上がってみた。

堤防、少し ぬかるんでいたんだったな。

革靴、履いていたな。

それで滑って、地面に手ぇついたな(笑)。


新潟市街地方面にカメラを向けて2枚、撮ってみたんでした。


写真をクリックすると いくらか拡大できます。

お気が向かれましたらお試しあれ。


ま、下手くそらろものぉ~ (「下手くそですけれどもね」 の意です)。





ぢゃ、眠ります。


あ、今日ね、HMVから カーペンターズ の アルバム “CLOSE TO YOU” が届いたんだ。



‘We've Only Just Begun’ が聴きたくてね~!

ぢゃ、 開封してみますかねッ!

10月9日から8日間に渡って電源プラグを抜きっぱなしの自室オーディオ、久しぶりに電源を入れてみますかねッ!


時に 『音楽離れ』 してみる、昨今の 高尾 智仁 でした。


それでは、またね~


おやすみなさいませ~

こなさん、みんばんは~

いうこそ、よらっしゃいました!





ジェンソン・バトン 選手 (イギリス、1980年1月19日生まれ、 ホンダ・レーシング・F1・チーム 在籍)。

彼は今季が9年目。

このチームには B・A・R ホンダ 時代から数えて在籍6年目、ホンダ・フル・ワークス・チームとなってから3年目となる。

F1デビューは2000年オーストラリアGP (ウィリアムズ・BMW)。

ベスト・ドライヴァーズ・ランキングは2004年の3位。

2006年ハンガリーGPでは雨の中、第3期ホンダF1に初めての優勝をもたらした。



【F1通算成績】

優勝 1回

ポール・ポジション(予選第1位) 3回

ファステスト・ラップ(決勝レース中の最速ラップ) 0回

獲得したトータル・ポイント 232





このホンダ・レーシング・F1・チーム。

来季は かなり注目すべきであろう。


今季より チーム・プリンシパル兼代表 に就任した、ロス・ブロウン (一般的には 『ブラウン』 とカタカナ表記されることが多いが、実際の発音は 『ブロウン』 に近いそうだ)。

彼は ミハエル・シューマッハー とともに ベネトン や フェラーリ の黄金時代を作り上げた人物。


さらには来季からマシーンのリア・ブレーキに装着が義務付けられる予定の KERS (Kinetic Energy Recovery System 運動エネルギー回生システム)。

『市販車に比べたら非常に原始的なハイブリッド・システム』 ともいえる同システム。

このシステムについて、どうやらホンダは かなりのノウハウを蓄積しているらしい。

一部では、『ホンダはこの先行開発のために、今季後半の成績が伸び悩んでいる』 という見方もあるようだ。


現在のところ、同システムは 『電気式』 (運動エネルギーを モーター/ジェネレイター(発電機) を介して電池に蓄積し、必要なときに駆動力として放出する) を使おうとしているチームが多いそうだが、BMW・ザウバー・F1・チームでは今年7月のテストでメカニックが感電するという事故が起きている。

ということなので、現在は同システムを取り扱う際には絶縁手袋が必要とのこと。


AT&T・ウィリアムズでは 『機械式』 KERS を開発中とのこと。

こちらのほうが より安全なのかも知れない。






それぢゃ、またね~

こんばんは~


本日は...。

朝食は、ちょっとブランデーの入っている カステラパン!...朝っぱらからねぇ...。

その後、2度寝 (...苦笑。眠りやすくしてくれるお薬 ロヒプノール を 久しぶりに2晩連続で飲みました。で、2日間とも翌朝は良い目覚めでした。)。


目覚めた後、あわてて病院へ。

今週は カウンセリング のみ。

経過、まずまず順調です。


家に戻って昼食。

かきあげ & ざるそば。


午後からは久しぶりにお客様のお宅へ訪問。

自動車保険の車両入替手続きを済ませて、帰宅。

タバコを1本。

その後、事務処理。

午後5時。


そんなペース。

まあまあまあまあ、良いではないか、良いではないか。






あ、掲載写真をクリックすると、いくらか拡大できるようです。

P.C.の場合。

お試しあれ。

あ、でも、被写体が ぼやけていますけれどもね。



エイドリアン・スーティル 選手 (ドイツ、1983年1月11日生まれ、 フォース・インディア・F1・チーム 在籍)。

彼は今季が2年目の若手。


F1デビューは2007年オーストラリアGP (スパイカー・フェラーリ)。

このスパイカーとは、フォース・インディア・F1・チームの前身である。


ベスト・ドライヴァーズ・ランキングは2007年の19位。


2008年モナコGP決勝レースでは、一時4位を走行。

残り9周。

5位を走行していたディフェンディング・チャンピオン キミ・ライコネン 選手に追突されてリタイアに追い込まれた。

TV観戦していた僕としては今季、一番悔しいレースであった。


実はスーティル選手、2006年に全日本F3選手権のチャンピオンを獲得している。

その年、富士スピードウェイでも2勝を挙げたそうだ。


2009年、鈴鹿サーキットで行なわれるF1日本GPでも、彼の雄姿を観たいと強く思っています。



【F1通算成績】

ベスト・リザルト(決勝レース最上位) 8位 (2007年、雨の富士スピードウェイでの日本GPでのことでした!)

ベスト・クオリファイ(予選最上位) 17位

ファステスト・ラップ(決勝レース中の最速ラップ) 0回

獲得したトータル・ポイント 1






それぢゃ、またね

こんばんは


あ、さて。

ちょっとした悩みを抱えている ここ3日間ほどの僕ですが、まあ、気分転換にでもね。

ブログを更新してみますか。


さあ、過日は昨年の観戦記などを書いておりましたが。


僕の過去2回のF1日本GP観戦。

2006年鈴鹿サーキット、2007年富士スピードウェイ、ともにカメラを持参しなかったんです。


今年2008年は、グランプリ・ウィークの水曜日 (僕の富士への出発前日) に小学校からの友達の1人である Oくん が勤めるスポーツ用品店で、雨ガッパのズボン、サヴァイヴァル・シート(たいそう立派なアルミ箔というか感じの、ブランケットです)、簡易座布団などを購入したら、雨を防げる小さなポーチをプレゼントしてくれたんです。

Oくん、ありがとう☆


それがあるから、今回はデジタル・カメラでも持って行ってみるか!という気分になりました。

FUJIFILM社製 FinePix A201。

ズームも効かないカメラなので、遠くに被写体がありますが、どうかご容赦ください。

しかも、私の技量・センスのなさにより、決して良い写真とは言えません。


撮影場所はタイトな最終コーナーから全長1,475mの現在のF1開催サーキットの中でも有数の長いメイン・ストレイトに入ったばかりのところ。

2速からフル・スロットルでシフト・アップを繰り返していく、スリリングなポイントです。

フェルナンド・アロンソ 選手 が 4輪ともスライドさせながら立ち上がっていく姿が とても印象的でした。





ジャンカルロ・フィジケラ 選手 (イタリア、1973年1月14日生まれ、 フォース・インディア・F1・チーム 在籍)。

彼は今季が13年目。

F1デビューは1996年オーストラリアGP (ミナルディ・フォード)。

ベスト・ドライヴァーズ・ランキングは2006年の4位。

モナコGPではF1GP参戦通算200戦目を迎えたベテラン・ドライヴァー。


【F1通算成績】

優勝3回 (雨の中のレースが多かったように僕は記憶しています。)

ポール・ポジション(予選第1位)3回

ファステスト・ラップ(決勝レース中の最速ラップ)2回

獲得したトータル・ポイント267


このフォース・インディア・F1・チーム。

本年はインド初のF1チームとして参戦し、フェラーリ・エンジンを搭載。


チーム・オーナーは、ビジェイ・マリヤ。

簡単に述べると 『インド出身の大富豪』 ということだそうだ。


車体は ほぼ3年前の設計。

それを着実に進化させて、低予算でも がんばっているチーム。

荒れたレースでは、時折上位を走行する姿も見れる。

そんなところに興奮を覚える僕。


昨年からチームに加入した 現代F1界の名デザイナー マイク・ガスコイン が より影響力を発揮するであろう 来年のマシーンに、僕は多大な期待を寄せている。

ジャンカルロには是非とも来季も、このチームで さらなる活躍をして欲しい!




ま、今日は こんなところで。


このネタでも引っ張ります!


それでは、また


おやすみなさい

さあ午前11時、1時間の F1フリー走行3回目 開始予定時刻です。




ところが皆さんご存知のとおり、濃霧のため、万が一のときにメディカル・ヘリコプターが離陸できる状況ではなく、フリー走行開始はディレイ、ディレイ、ディレイ...。

場内アナウンスを通じて、確か10~15分間隔くらいで繰り返し 『遅延』 の発表がありました。





とにかく風がほとんどなく、降る雨も本当に小粒。

私は気象に関して全くの素人ですが、「もう少しだけ風が吹いて、さらには雨粒がいくらか大きくなったほうが霧は晴れやすいんじゃないかな...」などと考えていました。





しかし、FIAをはじめ大会組織が下す 『遅延』 の決定を、私は彼らの英断と捉えて待つことにしました。

『車体やコースのより良い設計等々のおかげで、自動車競技の安全性は近年飛躍的に向上している。 しかし、万が一の事態は常に起こりうると考えていなければならない。 とにかく、優先すべきは安全、万が一のときの確実な医療体制の確保なんだ。』...と。


この日の観客の中には、おそらく私と同じ気持ちを懐いていた方々も多かったことだろうと思います。




そう遠くはない過去の、ある出来事を思い出しながら...。





さかのぼること3年前。

2004年10月9日(土)、鈴鹿サーキットで予定されていたF1日本GP公式予選。

途轍もなく強大な勢力を持つ台風22号が紀伊半島に接近していたため、鈴鹿サーキットはこの日の予定を全てキャンセルにし、『観客はサーキット全域立ち入り禁止。 また、観客が足止めを食らった場合を想定して、地元自治体等に協力を要請。 体育館や公民館などを仮眠所として確保。 その際の食料・飲料も確保。』という積極的な行動に出ました。

ドライバーをはじめレース関係者の安全はもとより、観客の安全についても しっかりと考えた上での大英断。

カーグラフィック誌 (今、ひっくり返して見てみたら、2005年3月号でした。 見事 CG AWARD 2004 “Competition” を受賞したんです!) で掲載されていた記事を読んで感動したことを今でも覚えています。





話は戻って...。




もうすぐ正午になろうとしているのに、私がいた1コーナー付近では全く濃霧が晴れる気配はなし。

「このままフリー走行は中止かもしれない...」と思っていたのですが、結局4分間だけコースオープン。





この短いセッション、キミ・ライコネンは結局コースに出てこなかった。

これもまた、彼とチームクルーの英断だと思います。





私がいたところからはサーキット全体を取り巻く霧の状態は知るよしもなかったので、明言は避けなければならないのですが...、


『果たしてメディカル・ヘリコプターが安全に離陸できる状況を本当に確認できたのか?』


...という疑問が私の中にはありました。




『安全が確認できないにもかかわらず、何らかの “力” が働いたがために、半ば強行でコースオープンした...』なんていうことは決して無かったのだ!...ということを信じたいです。





その後、D席近くの仮設売店でサンドウィッチなどを買って、雨に打たれながら食べました(こんな状況でも全然つらくない!)。





午後のF1予選第3セッション、本当に最後の最後でルイス・ハミルトンがポールポジションを獲得!

D席でも歓声が湧き、目の前を通り過ぎるアタックを終えたハミルトンに惜しみない拍手を送っていたのが印象的でした。





その後、ポルシェカレラカップジャパン決勝(1)も観戦し、17時前にはツアーバスへ戻り、この日はそんなに大きな渋滞に巻き込まれることもなく、宿泊地へと向かいました。


楽しかったけれど、とにかく寒かった!です。




つづく...かどうかは判りません!(苦笑)



まあ、いいぢゃん。

日曜日の決勝レースはさぁ、観戦した人々の胸の中だけに...。


なんちゃって。


でもね、素晴らしい経験でしたよ、2007年F1日本GP。


それぢゃ、またね~☆

(9月28日から ひきつづき)

ちょっとうろ覚えなのですが、確か...滑川I.C.から北陸・上信越・長野・中央の各自動車道を通って一宮御坂I.C.まで、そこから国道137号線(御坂バイパス)を通って河口湖I.C.まで、そこから再び中央自動車道・東富士五湖道路を通って須走I.C.まで、という経路で移動したように思います。

ツアーバスは途中、確か... 梓川S.A. と 境川P.A. で休憩を取りましたので、私は両エリアで しっかりとお手洗いを済ませました。






境川P.A.では、運転手さん・添乗員さんが全員分の朝食用お弁当をバスに積み込み、また、時間調整のためか いくらか長めの休憩。

ここで、「富士に到着してからでは出来ないかもな...」と思って、私は お手洗い内で 歯磨き を敢行!





御坂バイパスに入ったあたりから霧が濃くなり始めましたが、これといった渋滞には巻き込まれもせず、予定よりも1時間ほど早い午前6時頃、富士スピードウェイ内ツアーバス専用駐車場に到着。


それから配られたお弁当とお茶をバスの中でいただき、トレッキング用(?)雨ガッパの準備を始めました...。

外は土砂降りではないものの、歩けば きっと全身がマンベンナク濡れるであろう雨模様。

空は雲に覆われ尽くしています。


「小降りにならないかな...」と しばらくの間、バスの中から外の状況を伺っていましたが、どうやらその気配は無しのようで。

意を決して、午前7時半頃、バスを離れる。





『サーキット施設内に入ったら、客席ではもちろんのこと、そこに至る人混みの中でも決して傘は差さない。使うのは雨ガッパだけ! 周りの皆さんに迷惑を掛けたら悪いからね~。』という強いポリシー(?)を持って。





スピードウェイプラザ内をしばらく散策。

スーパーアグリブースを訪ねてみるも、無料のPRグッズのみを受け取るだけでそこを離れ(...ごめんなさい!)、遠巻きに他のブースを眺めたりしました。





午前8時半頃、第1コーナーと第2コーナーの間、コースの外側に位置するD席に到着。

まだまだ人影はまばら。

雨の中、マーシャルの皆さんがコース上やランオフエリアのアスファルトを竹ぼうきなどで掃き清めているのを、感謝の念を懐きつつ眺める...。


午前9時半、30分間の 『ネッツカップヴィッツレース 公式予選』 が始まる。

前年、鈴鹿で観戦したインテグラのレースよりもグッとエグゾーストノートは控えめ。

にもかかわらず、それを観戦している自分の中で確かに興奮が生まれてきました。


ポールポジションを獲得した デパマン石渡 選手、場内アナウンスでもかなり取り上げられていて、そのエントリー名もあって強烈に印象に残りました。


ドライバーの皆さんは雨天にもかかわらず、窓に撥水処理や曇り止め処理などを入念に施し、ワイパーをオフにしたり、エンジンパワーを無駄にしないようにエアコンディショナーはもちろんデフロスターすらオフにして、さらには空気抵抗を増やさないように窓も開けずにタイムアタックするんだとか...。


『夏場のレースでは、エンジン周りの冷却が少しでも促進するように、室内ヒーターの設定温度を最高にして走るドライバーもいるんですよ!』 と、場内アナウンス。

凄まじい世界だ...、話を聞いているだけでもワクワクする...。


私の肉眼からはドライバーの皆さんの表情までは読み取れないものの、サーキットを本気で攻め、本当に楽しんでいる様子が伝わってきました。

羨ましいなぁ...。


Netz Cup Vitz Race Official Guide

http://netz-fls.broadbandgw.ne.jp/


つづく

(チケット取得編にひきつづき)




ということで、まずは新潟から富山駅を目指すという変則スケジュール。

この日は まだ富士スピードウェイには到着しませんので、観戦記というよりは 『移動記』 となります。

また、テーマが 『食・飲』 となっているも伊達じゃあありませんので(笑)、お時間ございましたら読み進めていってくださいませ~。





金曜日、仕事は午後から休みをいただき、かなり余裕を持って午後1時半ごろには自宅を出発。

平日なのに普段着でぶらぶらするのは本当に気持ちが良い(笑)。

少しだけ雨が降る中、最寄のバス停から新潟駅へ。





当時は まだ中越沖地震の影響で、柏崎駅~柿崎駅間が速度を落として運行中(60km/hくらいでしょうか? 現在は既に通常速度で運行しています。 為念。)だったのですが、それでも 特急北越8号 は通常ダイアよりも6~7分程度の遅れで、午後6時半過ぎに富山駅に到着。





ツアーバスが富山駅を出発するのは午後11時50分頃。

余裕を持ちすぎるくらいに予定を立てたので、まずは富山駅近くで夕食を取りました。

いつもよりも ちょっとだけ気張って おじゃましたお店は、





天ぷらの店 天米 県庁前店 さん

http://www1.ocn.ne.jp/~tenyone/





30年ほど前と2年ほど前の2回、お店に行ったことがある両親から評判を聞き、私も いつか訪れてみたいと思っていました。

ちょうど良い機会ができたことに感謝!





お店のご主人と店員さん(奥様かしらん?)に案内されつつ、カウンター席に座り、 『天ぷら定食 梅』 と ウィスキーをロック で注文。





その日は富山でも雨が降っていたせいか、『今日は まだお客さんが あまり入ってきてくださらないですね~。』とご主人。

そうやって気さくに話しかけてくださるご主人が、目の前で一品ずつ天ぷらを揚げてくれます。





こういうお店に慣れていない私は少々ドキドキ...そんな感覚もまた楽しみつつ。





天ぷらは天つゆ か お塩、またはそのお塩にレモンを搾っていただきます。

油が全く気にならないと言うか、とにかく 「いくらでも食べられそう!」 といった感じで、その他にも 『きす』 『穴子』 『しゃこ』 などなど、追加注文もしてしまったほどでした。





大満足でお店をあとにし、小雨降る中、富山駅前を少々散歩。





途中、城址大通り沿いの 『喫茶&レストラン 小馬』 さんではアイスコーヒーをいただき煙草を一服。





また、駅の反対側まで足を伸ばして、富岩運河環水公園も歩いてみました。

http://www8.city.toyama.toyama.jp/kanko/album_detail.phtml?Record_ID=eaa99998a16a54dd759ff8fa87253e80&TGenre_ID=210





そんなこんなで適度の 腹ごなし もしつつ、午後11時半過ぎにツアーバス到着場所へ。





先に到着していた添乗員さんから 『F1のかたですか?』 と優しくお声掛けいただき、無事バスに乗り込む。





しかし残念ながらお手洗いの付いていないバスでした...。

「さっき済ませておいて良かった...」とは思ったものの、ちょっと気が気じゃない(笑)。





シート配置は『2座 - 通路 - 2座』。

リクライニング可能なシートでしたが、私は単独行。

隣りの座席には誰も座らなかったので、いくらか余裕がありました。

そんなこともあってちょっとだけ遠慮をして、しばらくは背もたれを倒さずに姿勢をよくして過ごしました。


その後、ジリジリと少しずつ少しずつ背もたれを倒していったのは言うまでもありません(笑)。





途中、うつらうつらしながら、特別に深い眠りにつくこともなく、来たるべきグランプリはどのようなレースになるのだろう...と 心ときめかせつつ、車内を過ごしたわけです...。





つづく

遅ればせながら...ですが、書いてみようと思います。


まずはチケット取得から。

一昨年、2006年の鈴鹿のチケットは、佐藤 琢磨 選手の公式ファンクラブ “Takuma Club” を通じて比較的容易に取得できました。

昨年、2007年も...と期待していたところ。2007年2月23日、Takuma Club 事務局 から次のような発表がありました。


-----------------------------------------------------

~前略~

2007年9月28日~30日に開催されますF1日本GPに際し、Takuma Club 事務局では従来のような「琢磨応援席」を設定する方向で主催者の富士スピードウェイと交渉を重ねて参りましたが、皆様にご満足いただける内容での販売が非常に困難であると判断されたため、このたび、やむなく2007年は応援席の設定を取りやめることとなりました。皆様にはご期待に沿うことができず、誠に申し訳ありませんでした。

また、2008年以降につきましては実施に向けてより一層の努力続けていく所存ですので、皆様のご理解を賜ることができれば幸甚に存じます。

~後略~

-----------------------------------------------------


ぢゃあ2007年は あきらめようか...とも思ったのですが、結局は JTB さんを通じて、富山県発のツアーバス (土・日曜日観戦) のチケットを取得することができました(最少催行人数に達するまでは確約できないとのことでしたが、4月末くらいのことだったと思います)。


そこまでの紆余曲折。


新潟県発のツアーバスは日曜日しか観戦できないので、ひとまず却下。

少なくとも土・日曜日、2日間は観戦したかったので...!



次に隣県発の便を探したのですが、群馬県をはじめ関東圏発の 『2~3日間観戦』 の便は確か全てが満席でした。


ちょっと通り過ぎて、名古屋あたり発の便も探したのですが、やはり 『2~3日間観戦』 の便は確か全て満席でした。


そんな中から、まだ空席があった 富山県発 の 『2日間観戦』 の便が浮上してきたわけです。


つづく