さあ午前11時、1時間の F1フリー走行3回目 開始予定時刻です。
ところが皆さんご存知のとおり、濃霧のため、万が一のときにメディカル・ヘリコプターが離陸できる状況ではなく、フリー走行開始はディレイ、ディレイ、ディレイ...。
場内アナウンスを通じて、確か10~15分間隔くらいで繰り返し 『遅延』 の発表がありました。
とにかく風がほとんどなく、降る雨も本当に小粒。
私は気象に関して全くの素人ですが、「もう少しだけ風が吹いて、さらには雨粒がいくらか大きくなったほうが霧は晴れやすいんじゃないかな...」などと考えていました。
しかし、FIAをはじめ大会組織が下す 『遅延』 の決定を、私は彼らの英断と捉えて待つことにしました。
『車体やコースのより良い設計等々のおかげで、自動車競技の安全性は近年飛躍的に向上している。 しかし、万が一の事態は常に起こりうると考えていなければならない。 とにかく、優先すべきは安全、万が一のときの確実な医療体制の確保なんだ。』...と。
この日の観客の中には、おそらく私と同じ気持ちを懐いていた方々も多かったことだろうと思います。
そう遠くはない過去の、ある出来事を思い出しながら...。
さかのぼること3年前。
2004年10月9日(土)、鈴鹿サーキットで予定されていたF1日本GP公式予選。
途轍もなく強大な勢力を持つ台風22号が紀伊半島に接近していたため、鈴鹿サーキットはこの日の予定を全てキャンセルにし、『観客はサーキット全域立ち入り禁止。 また、観客が足止めを食らった場合を想定して、地元自治体等に協力を要請。 体育館や公民館などを仮眠所として確保。 その際の食料・飲料も確保。』という積極的な行動に出ました。
ドライバーをはじめレース関係者の安全はもとより、観客の安全についても しっかりと考えた上での大英断。
カーグラフィック誌 (今、ひっくり返して見てみたら、2005年3月号でした。 見事 CG AWARD 2004 “Competition” を受賞したんです!) で掲載されていた記事を読んで感動したことを今でも覚えています。
話は戻って...。
もうすぐ正午になろうとしているのに、私がいた1コーナー付近では全く濃霧が晴れる気配はなし。
「このままフリー走行は中止かもしれない...」と思っていたのですが、結局4分間だけコースオープン。
この短いセッション、キミ・ライコネンは結局コースに出てこなかった。
これもまた、彼とチームクルーの英断だと思います。
私がいたところからはサーキット全体を取り巻く霧の状態は知るよしもなかったので、明言は避けなければならないのですが...、
『果たしてメディカル・ヘリコプターが安全に離陸できる状況を本当に確認できたのか?』
...という疑問が私の中にはありました。
『安全が確認できないにもかかわらず、何らかの “力” が働いたがために、半ば強行でコースオープンした...』なんていうことは決して無かったのだ!...ということを信じたいです。
その後、D席近くの仮設売店でサンドウィッチなどを買って、雨に打たれながら食べました(こんな状況でも全然つらくない!)。
午後のF1予選第3セッション、本当に最後の最後でルイス・ハミルトンがポールポジションを獲得!
D席でも歓声が湧き、目の前を通り過ぎるアタックを終えたハミルトンに惜しみない拍手を送っていたのが印象的でした。
その後、ポルシェカレラカップジャパン決勝(1)も観戦し、17時前にはツアーバスへ戻り、この日はそんなに大きな渋滞に巻き込まれることもなく、宿泊地へと向かいました。
楽しかったけれど、とにかく寒かった!です。
つづく...かどうかは判りません!(苦笑)
まあ、いいぢゃん。
日曜日の決勝レースはさぁ、観戦した人々の胸の中だけに...。
なんちゃって。
でもね、素晴らしい経験でしたよ、2007年F1日本GP。
それぢゃ、またね~☆