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恵翠(けいすい)書道教室

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ツクヨミは、東日本大震災・熊本地震復興支援 第45回 盛岡芸術祭声楽部門演奏会に出演いたします。

日時:平成28年6月4日(土)午後1時半開演
会場:盛岡市民文化ホール(マリオス) 小ホール
入場料:無料(震災復興支援募金あり)

子供たちと一緒に震災復興募金箱を作りました。子供たちには絵を担当してもらいました。素敵な募金箱ができました。今年も、1977年の夏に人気絶頂の中で突然引退した女性3人組のアイドルグループ、キャンディーのスーちゃんも描かれています。彼女は、東日本大震災の直後に癌で亡くなりましたが、復興のために協力したいと全力で話されていた様子のビデオクリップを子供たちに見てもらい絵にしてもらいました。来られる方は、ぜひ募金協力をお願いいたします。

私は、最後から2番目に歌う予定です。歌う曲目等については、下記(プログラム)をご覧ください。

















世界でいちばん貧しい大統領 ムヒカ来日緊急特番~日本人は本当に幸せですか~










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深い眠り(暗闇のイメージ)   …意識の遮断、身体の修復
浅い眠り(夢を見る、啓示的な夢)…覚醒する前の準備段階、修行者は意味のある夢を見る?
瞑想状態(インスピレーション) …意志を現実ではなく霊界に向ける
意識状態(普段の生活レベル)  …意志を現実に向ける


意識には、「脳による意識」と「魂による意識」があり、一般的にその違いを知ることは難しい。ただし、身体に障害を持つ人の臨死体験にその違いを見出すことができる。つまり、体から離れた魂の意識では、身体的障害が無くなるので、例えば目の見えない人の場合、臨死状態では目が見えるようになるという。

そこで問題なのだが、

深い眠りの時に、脳による意識は身体の修復のために遮断されているのだが、その時、魂による意識はどうなっているのだろうか?

実は、私たちの行いの全てが記録されているアカシックレコード(聖書でいう「命の書」)が訓練された者にしか見られないように、深い眠りの時の世界は、訓練なしには見られないとのことである。人は前世の記憶が消されているように、現実世界で生きることに集中できるように、あえて、あれこれ見えなくされているのではないだろうか。

ただ、見えないから都合が良いことなわけなので、安易に見ようとすることは宇宙の法則に反することになる。多分、修行者は、悟りの境地を得た上で、そういった修業に取り組んでいると思われるが、そうでない場合は修行者に大きな危険が生じてくると考えられる。

眠っている時、魂による意識は、霊界に帰っているのだという。しっかり霊界で魂がリフレッシュできているのなら、わずか2時間程度の睡眠でも元気に過ごせるのだという。

問題は、脳による意識と魂による意識に大きなズレが生じている場合である。

つまり脳(ハード)に障害があるため、その直前まで理知的だった人が、廃人のようになってしまった例である。脳の意識は、低レベルでしか機能していないが、魂による意識は正常を維持しているだろうと考えられるからだ。もし、脳の障害が完全に治ったとするなら、また一致した状態になることだろう。

つまり、魂による意識は正常でも、脳が壊れているため、そのままに表現できない状態にあるという考え方である。

脳に障害の持つ高齢者を見ていて、そのズレについて考えさせられている。見た目には狂った老人そのものにではなく、目には見えないが確実に存在する魂による意識に話しかけるようにしているのである。すると、わずかにその魂からの返事が返ってくる感触を得られるようである。




今日は無理して結論ぽいことを書いてしまいましたが、実は、研究中の問題ではあります。

このことに関する知識を持っている方。どうか教えてくださるとうれしく思います。




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アンチ巨人は多く存在すると思うのだが、アンチ・オリックスというのは、珍しいかもしれない。

私は、オリックスが死ぬほど嫌いなのである。

今から3年ほど前、盛岡教室の近くに進学塾ができたことで、次々に塾生を奪われてしまった。盛岡教室は、塾生の数が一気に四分の一にまで減らしてしまった。

そこで、私は経営の立て直しのためにインターネットでオリックス銀行から、わずか50万円を借りる手続きをしたのである。すぐに担当者から電話が入り、指示に従い前年度の青色申告のコピーを送った。その後、また担当者から電話が掛かってきた。それは大変屈辱的な内容だった。

「あなたは日本一最低な経営者です」とやじられ、大変人を小馬鹿にした口調で「経営を立て直すのにいかなる努力をしてきたのですか」と尋ねられた。それでいろいろ話したのだが、返ってきた言葉は、「あなたの会社は、ままごと遊びをしているようなものです。お金を融資するとかというような問題ではなく、あなたは会社を経営する資格など全くありません。すぐに会社を辞められた方が世の中のためになります。まるでお話になりません。あなたは社会人としても最低です。あなたのような最低な人と話している時間など私どもにはないのです」と、随分人を見下げたような口調でののしられた挙句、一方的に電話を切られてしまったのだ。

仕方ないので、それから約2年間、副業として新聞配達をすることになった(実際は、副業にもならないほど僅かな収入しか得られなかった)。特に、北国ゆえに、二冬の配達の経験は、実に苦しい体験だった。その間に、母の介護と父の介護と続き、寝不足のため、書道教室の指導中に何度も居眠りをすることになった。

そうやって危機を乗り越えてきたが、その間、羨望の目で見るしかなかった筈の世の中の最先端を行くような会社がいくつも倒産に追い込まれ消えていった。ままごと遊びをしているような私の書道塾は、それでも続いているのだから不思議である。

最近の会社は、派手にやっていても長続きがしないケースが多いようである。「3か月で結果を出さないとクビにする」などと社員にプレッシャーを掛けるなどして、短期間に膨大な売り上げを上げるのだが、やはり時間を掛けて作り上げたものではないゆえ、どうしても脆さが出てしまうようである。目先で人の心を掴むことができても、信頼までは得られていないのである。

あの電話のことを思い出すだけでも腹が立つ。そして、オリックスという言葉を聞いただけで腹が立つのである。

というのは、半年くらい前までのこと。ここ半年、特にインスピレーションが冴え、素晴らしい友との出会い、良い本にも多く恵まれ、人生で最も素晴らしい学びを得ているゆえ、腹を立てることが全くなくなった。

つまりオリックスなど、私の眼中には無いと言った感じだろうか。


三週間前のレッスンで、小4のA君がふざけて小5のB君の手をドアに挟めて怪我をさせてしまった。小6の女の子数名と小6の男の子がA君をあおったことにも原因があったと思う。

左手の親指だった。利き手でなかったことが幸いだった。ただ出血が酷く、すぐに消毒をしたのだが傷が深くて血がなかなか止まらなかった。

30分ほどして、小4のA君のおばあさんがお迎えにやって来た。私は、事の一部始終を話し、小5のB君怪我の様子を見てもらった。

おばあさんはショックで青ざめた表情になり、小5のB君のお母さんが迎えに来るまでここで待たせて欲しいと言われたのでそうしてもらった。

それから20分ほどして、小5のB君のお母さんが迎えに来た。小4のA君のおばあさんは、何度も深々と頭を下げ謝罪し、掛かった医療費を請求してくださいと話していた。A君は、自分が大変なことをしたと思ったらしく、こわばった表情でその様子をじっと見ていた。そして、何度もB君とB君のお母さんに謝っていた。

このB君、全く落ち着きが無く、上手くなりたいという向上心に乏しく、なかなかお手本を見て書いてくれない。そのためヘタ字から脱出できないでいた。なかなか級が上がらず、昇級の成績表には、一番ビリが彼の定位置になっていた。

私がどんなに指導法を駆使しても、なかなか効果が出ずに悩まされていた。以前に、この子と大変似たケースの男の子がいたが、母親が教師でプライドが高く、そのことで医者と激しく喧嘩したと聞かされたこともあって、良いことしか報告できなかった。硬筆はなかなか上がらなかったが、毛筆は、何度も写真版に載るなどの活躍はしたのだが、学習塾に入れるとのことで、お習字を突然やめてしまった。私は彼のために何もできず、後悔だけが残った。

その子もそうだったが、A君とも、教師(私)との信頼関係はしっかり築けていて、どちらの子も、塾に来るのが楽しくてしょうがないようだった。二人共、インフルエンザ以外では休んだことがないのである。ただ、道徳的な言葉によるアプローチはほとんど役に立たず、非言語によるアプローチは無いものかと研究しては何度もアプローチを繰り返した。しかし、あまり有効な方法が見いだせないでいた。


さて、翌週のことである。A君は別人と思えるほどに変わったのである。人間として大きく進化したと思えるほどであった。周りがどんなに騒いでも、彼は口をぐっと閉じて、ひたすら書道に打ち込んだのだ。するとどうだろう、彼の書いた字は、それまでの2倍どころか、10倍も良くなったのではと思えるほどに変貌したのである。その翌週も、彼は真面目にお習字に取り組んだ。

私は、彼が怪我をさせた時、激しく怒らなくてよかったと思った。静かな口調で、どうして怪我をさせたのか状況の説明だけさせるに留めた。そして、B君の傷の手当てに集中したのである。

滝沢教室では、子供たちにせがまれて、休み時間に塾のあるアパートと隣接する空き地で遊ばせることもある。その際に、すり傷等の怪我をする子が多いので傷の治療のための一式を切らさないようにしている。ただ、道路には出ないように厳しく指導と監視をするようにしている。

こうなるとアクシデントは素晴らしいチャンスになるように思えてきた。こういう子の場合、個人レッスンでやるより、大勢の中でいろいろやった方が良くなるためのチャンスが訪れるのかもしれないと感じられた。

この子が良くなることで、こういった落ち着かない子への指導について、かなり自信が持ててきた。前もって計画を立てて行えるような指導法ではないが、マニュアル通りとかシナリオ通りというものではなく、自然の成り行き(チャンス)を味方に付けるやり方が、とても有効な教育法なのかもしれない。




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北光 鳴雪支部(盛岡市みたけ)












運が良くなってきたと言うことは、宇宙の法則(神)と繋がっていると言うこと。

そして、魂のレベルが上がってきているという証でもある。

ただ、これだけ。


宇宙の法則は、魂を進化させる者には運という導きを与え。

退化させるような生き方をしている者には不幸という警告を与える。


イライラ、ピリピリという心の状態ではいけない。

まずは、大らかさを身に着けることが第一。「できない」を「できる」に変えることで良くなるわけではない。

何事も損をしていると思わずに、大らかな気持ちで、運の貯金をすることが重要なのだと思うのだ。




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