恵翠(けいすい)書道教室 -9ページ目

恵翠(けいすい)書道教室

盛岡市のお習字教室 / 滝沢市のお習字教室  盛岡市の書道教室 / 滝沢市の書道教室  盛岡市の書道塾 / 滝沢市の書道塾

私の幼少の頃、最初に読んだ本は、アメリカ合衆国の初代大統領となったジョージ・ワシントンの伝記だった。この本の影響を受けて、私は正直に、真面目に生きることを決意した。私の魂の最大の恩人でもあるのだ。










さて、最近の1か月だけでも、私は本を教育研究のものに限定せずに20冊ほど買ってしまった。中古本も多く、絶版ものやレアなものも多い。そして、机の上に重ねて狂ったように読んでいる。ネットから入って来るものは無責任な情報に過ぎないが、本は著者と対峙できる。だから本を真剣に読み、著者と対話するのが楽しいのである。実に多くのことを学び、多くの発見があった。黙想をすることで、さらに深められてもいる。ただ、そのことはブログの記事では紹介できない。自分の中でまだ消化しきれていないからだ。

同時進行で、インターネット調査もかなりやっている。それまで私のジョージ・ワシントンへの尊敬心は、心なきネットの情報でかなり傷つけられてきた。しかし、最近ふとしたことがきっかけで、角度を変えた検索を試みた結果、私の中での彼の名誉は回復された。とても嬉しい気分になった。ほぼ同時に、他の失望しかけていた数人の偉人たちの名誉も回復したのである。いかにガセネタが多かったことだろう。

人は無知のために敵を作るものだと思い知った。無知のために誰かを責めることがないよう、自分を戒めたいものである。




恵翠書道教室 盛岡教室

恵翠書道教室 滝沢教室

北光 鳴雪支部(盛岡市みたけ)
最近の私はかなり醒めている。その前に、YouTubeで宗教に関する動画をかなり見まくった。百個なんてもんではない、千個以上見たかもしれない。

しかし、どの宗教も自分たちの正統性を主張し、他の宗教を非難しているのである。非難どころか他の宗教者を滅びの者たちと決めつけてさえいる。せっかく感動に至っても、そういうところに気が付いてしまうと、急に失望に変わってしまうのだ。

宗教なんてそんなものか。「この世に正しい宗教などあるものか」となってしまうのだ。

そこで、宗教を外して神について考えて見た。というより、宗教を外して神を考えたことがそれまでなかったように思う。

不思議なことだが、どんどんそのことに関するイメージが心に入って来たので驚いた。この視点は、良いのかもしれない。

何で私たちが霊の世界が見えないのか、何で私たちが真理を見出すことが出来ないのかが薄っすらと理解できた。霊の世界が見える人もいるのだが、何も訓練して見えるようになる必要はないようである。低い次元の霊の世界が見えたとしても、心の方向性を過去に向けるようであってはいけないのである。

真理を知りたいと思っても、「真理のようなもの」に関してはいくらでも得られるわけだし、追求する心に燃えているのなら、どんどん高度な知識へと高められていくことだろう。そのことで、魂磨きをすることにもなるだろう。私は、3年ほど前から、そういうことを学ぶための組織に所属して学習を進めている。

しかし残念ながら、真理の幻は以前よりかなり描けるようになっているのだが、真理そのものには至っていないと思えてならないのである。真理とは、死後、高い次元の霊界に入れる者にならなくては得られない知識なのかもしれない。

もちろん、私の場合は経験を通して悪霊や幽霊の存在も知っている。私を導いてくれる霊も知ってはいるが、その方は名を明かしてはくれないのである。自分は、勝手にイエス・キリスト様と思い込んではいる。多分、ある人は、そういう方にお釈迦様と名付け、ある人は、マリア様と名付けるのだろう。もし、はっきり名を明かし、誰も学んだことの無いような真理を語ったというのなら、嘘と言い切って差支えないと思う。この世の役割を考えると、そういうことは有り得ないからだ。

つまり、私の語ることは真理ではなく、完全に正しいものとは言い切れないのである。ただ、私が現在生きている理由とは、死後、高い次元の霊界に入れるようになることで真理を学べる資格を得るためなのである。今、この一瞬、この一瞬を頑張らなくては、決してそこに到達できないからだ。もちろん、死後にその資格を得るに至らなかったとしても失望することはないのである。真理へ至るためのチャンス(人生)は何度でも転生することで与えられるからである。そういったことについては、この世の知識で何となくでも得られるのである。経験的に悪魔や悪霊が存在することは知っているので、地獄の存在はあり得ると考えている。

ここ十数年、私は街の書店で本を買ったことが無い。すべてインターネット書店で買っているからだ。今日は、母を2件病院に連れて行った折、ふらりと、市内の書店で立ち読みを楽しむ予定だった。ところが、興味深いタイトルの本が目に入り、つい買ってしまった。

島田裕巳著『宗教消滅 資本主義は宗教と心中する』(SB新書)

天理教63万人減・立正佼成会324万人減 創価学会でさえ信者激減!? 不安定な労働形態の拡大により、高額な葬式も墓も求められなくなり、家族葬が主流に… そして世界から全ての宗教が消えていく…


宗教消滅 [ 島田裕巳 ]
価格:864円(税込、送料無料)




人類はどこへ向かって行くのか? 人工知能の問題は? そして、これからの教育はどうあるべきなのか?

私の悩みは、こうして続くのである。 



人間ってバカみたい… (通りすがりの野良猫から)








苦しい中で、頑張る…

神が人間に求めていることって、

良くなるために、気力でもって頑張る、「意志力」なのだろうか?

この意志力がなければ、良い習慣も続かないし、今に集中できない。

苦しいけど、頑張ろう!

6月の高円宮杯の練習をしているのだが、盛岡教室の小5の女の子の一人が「平和」という課題に取り組んでいる。

単純ゆえに、味のある字が書けないで苦しんでいた。

そこで、子どもには不向きの長峰の筆で書いてもらった。

すると、いきなり作品の表現が大きく変わったのである。

下の写真は、筆を変えただけでこんなにも変わったことを示したものである。

(左が4枚目に書いたもので、右が5枚目に書いた作品である。)








ちなみに、その後、他の子にも長峰の筆で書かせてみたが、筆を上手くコントロールできず、この子以外はほぼ全員使いこなせなかった。どうしてもヘタ字になってしまうのだ。

長峰の筆は、通常の筆(短峰、および中峰の筆)よりもかなり穂先の長い筆である。芸術的表現が可能となるのは長所だが、腰が弱いので、筆を引きずるように書かなくてはならず、大変書きづらいのである。

それまであまり目立っていなかったのだが、彼女の非凡なる才能を見つけることとなった。



もう一人、滝沢教室の小6の女の子なのだが、高円宮杯に出すための「輝き」という課題で苦しんでいた。

彼女には、唐筆の玉版金丹で書いてもらった。この筆は羊毛ゆえにやはり腰が弱いのでコントロールが難しく子供には不向きの筆と言える。

しかし、下記の写真のように良い方向性を得た。

この子は努力の子で、他の子に比べて仕上げるのに時間が掛かる。しかし、いつも大きな賞を取るような作品にまで仕上げてくれる。「努力は天才に勝る」を地で行っているような子である。






恵翠書道教室 盛岡教室

恵翠書道教室 滝沢教室

北光 鳴雪支部(盛岡市みたけ)


あなたに一番近い猫は…

あなたに一番近い猫は…
苦悩することは、大変辛いが悪いことでもない。良いものを見つける過程でもあるからだ。

YouTubeでのいくつかのビデオクリップを見たことで苦悩している。つまり、自分の現在のカトリック信仰が間違っているのではないかという迷いが生じたことによる。

しかし、そのショッキングなビデオクリップを徹底検証したところ、相手側にも嘘があることに気が付いた。それが完全なるプロテスタント信仰に基づいてものゆえ、そういう意図で作られたものだと確信を得た。そのビデオクリップによると私の信仰の基盤ともなった証さえも否定されてしまうからである。

もちろん、そのビデオクリップの証自体は正しいもので、間違いなく素晴らしい体験に基づいているのだと思う。問題は、ビデオクリップを制作する過程で、多くの人の手が加わり、プロテスタント思想が盛り込まれてしまったことにあると考えられるのだ。その人の体験は、もっと単純で純粋なものであった筈だったと思う。つまり、そのまま伝えて欲しかったのだ。

3年近く研究して来たシュタイナー教育の研究なのだが、ついに挫折してしまった。

私は現在カウンセリングの研究もしているが、良いカウンセラーは、カウンセラーとしての心の引き出しに、多くの手法を持っている。そして、相談者の一人一人異なる性格に応じた手法を選んで対応するのだ。

例えば、カール・ロジャースの受容のテクニックが優れているからと言って、そのテクニックは決して万能ではない。大部分の相談者には有効なものであっても、まったく上手くいかない相談者があって当然なのである。それゆえ、カウンセラーは、多くの技法を学び、伝統的なものばかりではなく最新のものにも目を向けなくてはならないと思うのだ。

シュタイナー教育は、シュタイナー教育信奉者から完全教育と受け止められていて、一から十までシュタイナーの教えに従うのである。私は、教育者としての心の引き出しの一つとしてとらえていたかったのだが、心の引き出しのすべてを明け渡渡さなくてはならない空気に耐えられなくなったのである。

つまり、シュタイナー後の新しい教育理論も導入できなければ、教育の進化は有り得ない。世界のスタンダードな教育を創り出すには、一つの教育思想にとらわれ過ぎてはいけないと感じたのである。シュタイナー教育が世界のスタンダードな教育になり得ない理由は、そういう点にあるのではないだろうか。

不認可はわかるが、教育にあまりにお金が掛かりすぎるのも問題だと思う。後日書きたいと思うが、「貧乏の問題と教育」は重要なのである。

また、私の信仰心もネックとなった。シュタイナーが教えるキリストのイメージと、私がスタンダードなキリスト教を通して培ってきたキリストのイメージがあまりに異なっているからだ。いかにシュタイナーがずば抜けた天才であったとしても、鵜呑みにしていいのだろうか。自分の心を置いてきぼりにして、現実の中で決して確かめられないような知識で塗り固めていっていいのだろうか。

もちろん、そういうぶっ飛んだ思想を私は否定しないし、むしろ学びたいとさえ思う。優れたインスピレーションは、苦悩の中から生まれるからだ。大切なことは、腑に落ちないことは保留し、他の知識を学ぶことで解決できるかもしれないと考えることにある。無理して信じ込もうとしたり、決めつけてしまうのは真理を学ぶ姿勢とは思えない。


私の東京での学生時代、とある大衆食堂で、たいへん不愛想なウエイトレスさんが仕事をしていた。彼女の働きぶりを見てふと思ったことは、「きっと彼女は、他の店では勤まらないことだろう。この店の店主は何と優しい人なのだろう」と思ったことである。

そして、こういう人が働けるような社会こそが、優れた社会ではないだろうかと思ったのである。

こういう人の命を軽視してはいけない。見下げてはいけない。

こういう人たちを受け入れられる社会でなくては、世界は平和にならないと思う。しかし、利益を追求する考え方では、こういう人たちは除外されるしかない。

テロの悲劇が世界に広がっているが、貧困と差別が起こしているのではないだろうか。

本当に正しい宗教や正しい思想が人々を救うのだろうか?

お金持ちになるために猛烈な努力をしても、誰かを不幸にすることで成り立つ成功にどれほどの意味があるのだろうか?

いかなる人をも受け入れる人々の優しさこそが最も大切なのではないのだろうか。

私は、子供たちに字の上手な子になって欲しいと教えているが、助け合うことの大切さを理解できる子供に育って欲しいと願い指導している。

私は現在苦悩の中にあって、何も結論は出ていない。

優れたものを学ぼうとして飛び込んだ先には、いつも失望が待っている。しかし、そういった失望を重ねながら真理に近づいている感じを得ているのも事実である。真理が、私の数々のコンプレックスを取り除いているのだけは確かだからだ(コンプレックスを基盤としている社会に騙されてきたことにようやく気が付いてきている)。

私は、自分の心にだけは嘘をつきたくない。自分に嘘をついてまで信じることはできない。

依然わからないことだらけの状態だが、諦めないで進むのなら、きっともっと優れた世界に出会えるような気がする。生きていて、どこまで真理を見つけられるのか…

苦悩の中ゆえ、誰とも話をしたくない状態にある。とはいえ、素晴らしい時間が流れている実感はある。




P.S.(4月2日、夜)
残念ながら、昨年11月の日野市小4首吊り死の原因は、未だ分からないままです。あまりに衝撃的な出来事ゆえに、その間、いろいろ考えてきました。時間は流れ、当塾では、シュタイナー教育という看板は下ろすこととなり、その教育理論を他の教育理論と交えて柔軟に考えていくこととしました。

そのことでは、あまりに苦悩したため健康を害してしまい、未だに癒えてはいません。実は、一昨日、滝沢教室で深夜遅くまで気を失って倒れていました。その後、無気力な状態が続き、何もしたくない状態に苦しんでいます。しばしの休養と、病院での治療が必要なのかもしれません。

シュタイナー教育は、優れた教育システムであると思うことに変わりはありません。現在あるシュタイナーの教育施設は、存続していって欲しいと願います。しかし、不認可校ゆえ授業料が高額となり、お金持ちのご子息しか受けられないのが現状となっており、そういったことが世界のスタンダードな教育にはなり得ないでいる理由の一つになっているような気がします。

世界の80%の人が貧困にあえいでいます。もちろん日本人は、富裕層である20%の側です。分かりやすく言うと、日本国内で月の手取り20万円をあなたの世帯が得ようとすれば、8割の世帯の人たちは月12,500円しか得られないという現実なのです。

貧しくても、幸せが得られる。貧しくても豊かになれる。そういうことを教えることこそが、今、最も望まれている教育と言えるのではないかと思うのです。読み書きができることで仕事には就けるかもしれませんが、心の持ち方がしっかりしていないと幸せを感じる力とならないからです。こういう教育は、いじめを無くする効果もあることでしょう。

現代社会は、金持ちでも、ある日突然貧乏の側に転落する可能性は決して少なくない不安定な時代なのです。ですから、貧しくても豊かになれる教育を受けているのなら、きっと笑顔で乗り越えていける筈です。私は、世界中の子ども達がそういった知恵が学べるようなシステムができるよう呼びかけ活動していきたいと思います。

共に知恵を出し合い、新しい教育法を作り上げていきませんか。教育に情熱を持っている方を当研究室(フロック研究室)では、いつも歓迎しております。ご連絡お待ちしております。





恵翠書道教室 盛岡教室

恵翠書道教室 滝沢教室

本日午後、母と県書写コンを見に行きました(岩手県民会館 展示室)。車いすの母が痛々しかったのか、八木橋哲夫会長が私たちを親切にエスコートしてくださいました。八木橋会長の話によると、一昨日、1点の作品に家族や親族13人も集まったとのことで、子どもの入選作品を通してそういった一族の絆が深まっていることについて話してくださいました。





当塾生の成績は、特別賞が1名(毛筆:1)。推薦が10名(硬筆:5、毛筆:5)、特選6名(硬筆:5、毛筆:1)でした。特別賞と特選の数は減ったものの、推薦の数は増えました。

下記は、当塾の塾生の特別賞と推薦の作品です。





















































































































































































































恵翠書道教室 盛岡教室

恵翠書道教室 滝沢教室