第119審/日常の犯罪②
今週は曽我部描写だ。
百井にいわれたとおり、朝イチで金を引き出している。
言われたことをやっているだけだが、売上がいいことを百井はほめる。曽我部は、ずっと気になっていた部屋の貼り紙について訊ねる。じぶんの写真を中心に貼って、車や美女など、目標とするものを、その内容を書いた文字とともに掲示するビジョンボードだという。曽我部、美女の暴動じゃないよ。
ひとは弱いから、単調な毎日に夢を埋没させてしまう。だからこうして可視化した夢を見えるところに貼っておくのだ。じぶんの部屋なのだし、多少ガキっぽくたっていいのである。「節約」って書いて貼るようなもんだろう。
成功したいならマインドを変えなきゃいけない。百井は簡単だという。というか、簡単だと思わなければいけない。成功者はいつもポジティブだから。百井のいちばんの夢は、ヒップホップのレーベルを立ち上げることだ。
ふたりが向かったキャバクラには、久我に鼻をやられた佐々木求馬がえらそうにしている。曽我部は求馬が苦手そう。ゲームをしたり、ことあるごとに一気させられてる。百井は気配すらないが、ふたりはふだんどういう感じでいるのかな。これ百井の売り上げで飲んでんのか?
飲み過ぎてゴミ置き場で眠っている曽我部を百井は待っていた。求馬はアフターに出かけていない。2時半まで百井は曽我部が起きるのを待っていたらしい。仲間は裏切らない、守る。しかし、ルールを破ったり、仲間を売るやつには制裁を加えるとも。曽我部は、裏切りはともかく、ルール違反が心配だな。
2時半まで待ってはいたが、家に帰ろうとはならなかったらしい。曽我部は中川さんという知り合いに電話して泊めてもらう。中川さんは女性だが、そういう関係はまったくないらしい。中川さんも曽我部が無害だから気に入ってるみたい。早朝に近い時間のはずだが、薬が効かなくてトロンとしたまま起きていたという。中川さんがレンジでクリームパスタを作ってくれたので曽我部も食べる。曽我部はなんかでかくておとなしい犬みたいだな。
母の再婚相手に性的対象と見られ、気持ち悪くて家出、妹の学費を稼ぐために風俗で働く青春だったそうだ。結局妹が進学でかきたのかはわからないが、そうとう稼いでたみたいだからたぶんできたんだろう。当時の彼氏、というかヒモは闇金で、人権無視で支配されていた。太ると稼げなくなるからお菓子も食べさせてもらえなかったという。楽しい思い出は少ないが、総額1000万くらいは貢いだ。怒ると下唇を引っ張る。セックスも、中川さんはレイプと呼んでいる。逃げ出した彼女を追いかけた「オレの家賃どうすんだよ?」の言葉もキツい。彼女の存在がどうこうではなく、結局金なのだった。
つづく
前に主人公だったものをまた新たにきちんと描くというのは、ウシジマくんにはなかったパターンだな。
中川さんは部屋の様子からして安定したタイプではないわけだが、優しいし曽我部は居心地が良さそう。中川さんも、男性にはずっといやなおもいをしてきたわけだが、曽我部がそのへん無害なので安心している。といっても、彼ら独自の性関係がないとも限らないわけだが、いずれにしても安心できる相手がいるのはいいことだ。
中川さんは母親の再婚相手から始まって、男性が性を行使する場面ばかり目撃してきた。風俗でもたくさんいやなものを見てきただろう。かと言っていま男性をまったく拒否しているかというと、往々にしてそうはならないわけだが、ひとまず曽我部に対してはそういう立ち位置ではない。曽我部は曽我部で、母親か姉みたいなものとして中川さんを見ているのだろう。
同様にして、曽我部と百井の関係もひとくちには言えないぶぶんがある。髪をくわせるくだりからしても、百井の態度は実利を求めたものだ。曽我部は通して大型犬みたいなあつかいだが、まさしく、コンパニオン動物をしつけるがごとき手順で百井は曽我部をあつかうのである。だが曽我部は曽我部でそこに安心や憧れを感じてもいる。曽我部が、いくら売上が上がったとほめられても、彼は金を運んだりするだけで、なにをしているわけでもない。彼が百井のようになるにはそうとうの努力と運が必要だし、運で得た機会はたやすく散逸してしまう。彼の感じる憧れは一種の夢にとどまる可能性が高い。もちろん、曽我部の努力しだいではそれもわからないのだが、問題なのは百井が、それをわかっていながら調子のいいことを述べ、飼い慣らしていることだ。彼がたとえば「そんなんじゃだめだ」というような教育的言説をとっても、それはいま行っているビジネスの円滑な進行のためでしかない。それは、曽我部に刻印される「教育」とは別のしろものなのである。
中川さんとの関係はどうだろうか。ひとにはこういう、どこにもいかない、なにも生まない場所や時間というのは必要だ。だから中川さんとの関係じたいは守ったほうがいい。丑嶋社長だってうさまくらしてたくらいなんだから。ただ、曽我部がこれを、なんというのかな、百井を慕う気持ちと連続させた、日常の場面のひとつのように考えることは、翻って彼が百井を慕いっぱなしでなんの変化も成長もない毎日を強化しそうにもおもえる。また、中川さんは中川さんで闇を抱えていて、その日常はまだつまびらかになってはいない。ただ曽我部を包容するために彼女は存在するのではない。どんな種類の闇がそこにあり、曽我部に及ぶか、まだわからない。そして曽我部はその可能性を考えていないだろう。
曽我部がすぐ相手になついてしまうのは、前回も書いたように、金本時代からの「攻撃者への同一化」が習慣化しているためだ。
曽我部ではおそらく、あまりの自己否定から、攻撃者ではないものも含めたすべての他者を「じぶんに一定以上の害をなすもの」ととらえている。優しい人間なのでそこに敵意はないのだが、要するに意識されない不信感でいっぱいなのだ。その理由は、じぶんがバカでだめなやつだから。そうやって相手に同一化して、「こんなにだめなじぶん」を客観することで、攻撃だけにとどまらない、じぶんに向いたすべての働きかけを正当化する。それが彼に大型犬のような人懐っこさを与えてもいる。しかしそこに自己肯定はないのである。主体性を欠くのである。主体性がなければ責任も生じない。こういうところに、百井のいうルール違反が起こるかもしれないのである。
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