読書でコロナ不安に打ち克とう的な自己啓発キャンペーン、最後は、もっとも気楽に読めるミステリやSF、要するにエンターテイメント。たくさんのライブイベントが中止され、どこの国でも封鎖されたり外出禁止になったり、『ワールドウォーZ』みたいな景色が展開されていて、いよいよ、不安が不安を増幅させる事態の最終局面という感じである。もはやコロナウイルスのウイルスとしての脅威はそれほど問題ではなくなってきているのだ。いや、あのウイルスがおそろしいものであることにはちがいないのだろうが、これを増幅させて、別の局面に移行させているのは、まちがいなく人類の不安なのだ。それで、経済がまわらなくなって、新しい不況に突入しつつもあるようである。知人の見解によれば、この騒動が落ち着いたとき、必ず反動がくる、ということでもあるようだ。じっさい、この騒ぎがはじまってからも書店はヒマになるということが少しもなく、それどころか、この1週間くらいは、むしろいつもよりずとお忙しい、という状況が続いていた。外出できない・学校行けない、ということで、当初は学参や児童書などがバカ売れしていたが、この段階にきてすべてのジャンルが売れ始めているのである(洋書は除く。理由は不明。メインのお客さんがみんな母国に帰ってしまったのかもしれない)。これは、たぶん「もううんざりだ」という感想が出始めているということなのではないかとおもう。いや、それでも家にいなきゃだめだよ、というのは正論だが、その動きじたいは理解できないものではない。
とはいえ、おそらく規制はこれからも強化されていくことになるだろう。オリンピックの件もある。強行するにせよ中止するにせよ、なにか大きな決断をしなければ、それは達成されないからだ。それでも経済をまわさなければならない、その「反動」がくるまでに倒れてしまうわけにはいかない、ということで、やはりここは、重農主義的に、無からなにかを生み出す使命が、知性につかえるものにはあるのではないかと考える。身体もまた自然のいちぶだとしたとき、オーバーアチーブ、ほんの少しの働きすぎが、基本的な会社の利益を生み出すことになる。ただ賃金と労働力を交換するだけではなにも起こらない。同じことは人間の想像力についてもいえるかもしれない。作品に昇華するところまでいかなくてもいい。ほんの少し、ひとびとがクリエティブになれば、それは無からなにかが生れていくきっかけになるのではないだろうか。最初に書いたように、本来はライブイベントこそがそうした胚胎の最大規模のものだった。それがだめだというなら、本を開いて、じかにじぶんの想像力と向き合うしかないのである。
①『御手洗潔のダンス』島田荘司 講談社文庫
ぼくが最初に読んだ島田荘司の作品になる。というか、たぶん最初に読んだミステリということになるとおもう。本書は短編集だが、逆にいえばいきなり冗長な『水晶のピラミッド』とか『龍臥亭事件』とかにいかなくてよかったのかもしれない。
まず、本書に関しては奇想天外としかいいようのない、島田荘司の事件設定に度肝を抜かれた。この時点で、どうやらぼくのなかには「ミステリ」というものに対するおおまかなイメージは存在していたようである。たぶん、金田一少年が流行っていたから、漫画やドラマをみて、推理物語そのものには馴染みがあったのだ。それから、これは前後している可能性もあるが、1頁の推理クイズみたいなものもよく読んでいた気がする。これは、ご存知のかたがおられるかどうかわからないが、藤原宰太郎というかたの本を読んでいた。いまおもうと、著作権とかそういうのはどうなっていたのだろうという感じだが、このひとは、既存の推理小説の謎のぶぶんだけをクイズ化し、1冊にまとめるという、ちょっといまでは考えられないような本を出していたのだ。最近は消息を聴かないが・・・。ぼくは推理小説もおもしろければふつうに再読する人間なので問題なかったが、一般論的にいって、ミステリのトリックをバラしてしまうというのは致命的なので、当時の空気感みたいなものも気になるところである。が、ぼくに限っては、藤原宰太郎の本はおもしろくて、そこから広がっていった枝もないではない、というか、御手洗潔という探偵を知ったのも、いまおもうと、このひとの『続・世界の名探偵50人』だったような気もするのである。
うっかりいつもの調子で書き進めてしまいそうなのでここまでにする。本書の冒頭にあらわれる謎は、常日頃、ひとは空を飛べると主張していた奇想の画家が、じっさい、空を飛ぶように両手を広げたかっこうで、電線にひっかかって死んでいた、というものである。島田荘司は本格ミステリの定義というか、成立条件として、まず「幻想的な謎」ということをよくいっている。そして、そこに探偵が論理的な解決を施す。御手洗シリーズは基本的にこの原則にしたがった作劇になっており、どの事件も、ちょっと解決が考えられないような状況からスタートするのである。だが、そのなかでもこの「山高帽のイカロス」はイメージも鮮明であり、最初に読んだものがこれでほんとうによかったとおもう。
御手洗潔は探偵としてのキャラクターも立っていて、小学生のころのぼくは強い影響を受けていた。あのころ、ぼくがモダンジャズにはまることができたのも、作中で使用されるBGM的な音楽の影響があってこそである。
御手洗自信が非常に魅力的な人物であるということもあって、作品はシリーズどれもおすすめだが、短篇ではほかに講談社『御手洗潔の挨拶』、シリーズからはじゃっかんはずれるが光文社『毒を売る女』(糸ノコとジグザグ、という傑作が入っている)、長編では『暗闇坂の人喰いの木』『眩暈』(ともに講談社)などがいい。非常に長大な『アトポス』『龍臥亭事件』は、作品の展開とは離れたところにある、背景説明としての物語に半分近く割かれており、それがたいへんな読み応えである。『アトポス』にかんしては、美貌を保つために若い女性を殺して生き血を浴びていたというエリザベート・バートリ、『龍臥亭事件』ではあの「津山三十人殺し」の都井睦雄を、執拗に描いている。この猟奇・怪奇事件蒐集の趣味というか作風は、同様にして怪奇事件を蒐集して紹介していた、非常に多才な人物であった牧逸馬と重なり、『牧逸馬の世界怪奇実話』(光文社)という本の編集も行っている。これもおすすめ。
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御手洗潔のダンス (講談社文庫)
704円
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②『漱石と倫敦ミイラ殺人事件』島田荘司 光文社文庫
長文調になってきちゃったのでさくさくいきます。
御手洗シリーズ以外では吉敷竹史という刑事のシリーズも多く出ているが、それはじつをいうとあまり読んでいない。トリックの奇抜さで有名な『奇想、天を動かす』と『北の夕鶴2/3の殺人』を読んでいるくらいかも。あるいは読んでいても覚えていない。島田荘司はそればかりではなく、単発の作品も数え切れないほど出していて、そのなかでもぼくが最高傑作と考えるのはこれである。ロンドン留学時代に漱石が病んでいたことは有名である。なにかに悩んで、下宿先を転々としていたのだ。その同じ時代に、ベイカー街にはあのシャーロック・ホームズがいたのだから、相談にいかないわけがないではないか、というのが本作のアイデアである。もちろんホームズは架空の人物なので、作家的アイデアということだが、そのあとに、小説は漱石とワトソンのふたつの目線で描かれていくことになるが、ここで、島田荘司の奇抜なホームズ観が炸裂する。島田荘司の伝説のデビュー作『占星術殺人事件』でちょっとだけ触れられていたことでもあるが、ホームズの推理というのはよく考えるとへんなものが多いと。いちばん笑ってしまうのは、彼が変装を得意としており、老婆のふりなどもしていたことだ。しかしホームズは身長が190センチくらいあるのである。そんな老婆がいたら、ホームズだと気づかないとしても、たいへん注意をひきつけてしまうだろう。ホームズがコカイン中毒らしいということから、ワトソンやその他の友人たちは気をつかって、ホームズのヘンソウに気がつかないふりをしていたのではないかと、こういうはなしなのだ。で、じっさい変装をしているホームズが本書にも出てくる。漱石は、おそらく頭上にたくさんのクエスチョンマークを点灯させながら、これに「ホームズさん」と呼びかけようとしてしまい、大騒ぎになったりするのである。そのいっぽう、同じ場面を描いたワトスンの小説では、ふつうに、いつものホームズの冒険譚が描かれるという、非常にこった小説なのだ。そして、もちろんミステリとしても一級品であり、両者の視点は次第に一箇所にまとまっていくことにもなる。島田荘司じしんはあまり気に入っていないようだが、いちばん最後の、いわばオチ、書いてもいいかな、なぜ帰国後の漱石が『吾輩は猫である』を書いたのか、というところも、ぼくは大好きだ。とにかくすごい傑作なので、一読をおすすめする。
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漱石と倫敦ミイラ殺人事件 (光文社文庫)
858円
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いや、なんでぼくふつうに語っちゃってるんだ・・・。本気でさくさくいくぞ。
③『嘘でもいいから殺人事件』島田荘司 集英社文庫
意外なところでこういうユーモアミステリもある。ヤラセばかりしてクビになりそうになっている軽石というプロデューサーが孤島で殺人事件に遭遇するというおはなし。ものすごいおもしろい(ユーモアという面で)。というか、いま調べたら、倫敦ミイラもユーモアミステリのあつかいなんだな。いや、たしかにあれも笑うところは多かったけど、なにしろ小説としての巧みさが際立っていて・・・。ちなみに本書には「誘拐事件」という続編もあり、語り手の登場人物は、御手洗シリーズでもある「疾走する死者」にも、同じく語り手として登場している。いまおもうと、こんなにむかしから、クロスオーバー的な世界観で島田荘司はやっていたのだな。御手洗と吉敷の世界も同一だし。
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嘘でもいいから殺人事件 (集英社文庫)
51円
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④『殺人鬼』綾辻行人 角川文庫
綾辻行人の数ある名作のなかでこれをチョイスするのはどうかともおもうが、館シリーズなどオーソドックスなミステリを書くいっぽう、こういうのも書けるんだ、という驚きもあった一冊であった(続編もある)。グロイ描写が続くので耐性のないかたにはおすすめしないが、あまりにこの「殺人鬼」が強いので、どうやって倒すのか?みたいな、バトル漫画的な読み方も、当時のぼくのなかになかったとはいえないだろう。しかもそれでいて本格ミステリとしての仕掛けもほどこされている。
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殺人鬼 ‐‐覚醒篇 (角川文庫)
748円
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⑤『記憶の果て』浦賀和宏 講談社文庫
なんべんも紹介しているのでくりかえさないが、ぼくにとっては非常に重要な作家、浦賀和宏のデビュー作。安藤直樹という「笑わない名探偵」の最初の作品でもある。安藤シリーズでは『記号を喰う魔女』という、カニバリズムがテーマのおそるべき傑作もあるが、これは現状手に入りにくいので。浦賀和宏にかんしては以下を参照。
書評『Mの女』
https://note.com/tsucchini2/n/nb0bdad8d07de
書評『ハーフウェイハウスの殺人』
https://note.com/tsucchini2/n/nc71f96ba0f02
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記憶の果て(上) (講談社文庫)
649円
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⑥『Kの流儀』中島望 講談社ノベルス
推理小説以外も。これは紹介したばっかりなので、以下参照。
紹介記事
https://ameblo.jp/tsucchini/entry-12573088008.html
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Kの流儀―フルコンタクト・ゲーム (講談社ノベルス)
587円
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⑦『闇の貴族』新堂冬樹 幻冬舎文庫
メフィスト賞作家が続くが、これは『Kの流儀』の記事に書いてある事情による。ピカレスクロマンというのか、こういう小説を読むのはこれがはじめてのことだったので、おもしろすぎて3度ほど読み返した記憶がある。闇金のおはなしは、おもえばこれが最初だったのかもしれないなあ。加えてプロの殺し屋を要請する場面みたいのがあるのだけど、そこもすごくわくわくした。
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闇の貴族 (幻冬舎文庫)
922円
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⑧『粘膜人間』飴村行 角川ホラー文庫
『殺人鬼』がダメなひとは本書もおすすめしない。グロよりのホラーである。くわしくは以下の書評を。なにかの賞を受賞したとき、選考委員から「このひとは大丈夫なのか」みたいな心配をされたくらい、異常な小説である。時代設定は戦前、身長195センチ、体重105キロの異常な巨体をもつ雷太という小学生が中心人物である。あたまはまだ子どもなので、家庭内暴力がすさまじく、ついに父親にまで暴虐を働くことになる。追い詰められた兄たちは、村はずれにすむある異形のものたちに、この処分を依頼することになるのである。
書評
https://ameblo.jp/tsucchini/entry-11354565150.html
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粘膜人間 (角川ホラー文庫)
616円
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⑨『WORLD WAR Z』マックス・ブルックス 文春文庫
旬といえば旬だろう、ブラッド・ピット主演で映画化もされたゾンビ小説である。しかしながら、あの映画もよかったが(特に雪崩れとなって襲いかかるゾンビ描写は前代未聞だった)、本書の特質は小説でしか実現できないものでもあった。それは、このパンデミックというかなんというか、ゾンビ騒動を、ありとあらゆる立場から、視点を変えて描いていったということなのだ。その意味ではまさしくポリフォニー小説である。映画は、ポリフォニックにしようとするとどうしてもとっちらかるし、2、3時間で描けることにも限度がある。原作は、文字通り様々な立場、国や、文化、職業、社会的地位等の違いを反映するしかたで、慎重にシミュレートされているのである。ものすごい傑作なので、映画を見たひとはぜったい原作も読んだほうがいい。
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WORLD WAR Z 上 (文春文庫)
723円
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⑩『地底旅行』ジュール・ヴェルヌ 創元SF文庫
もっといっぱい紹介したいけど、ここにアマゾンリンク貼ったらそろそろ文字数オーバーになりそう・・・ということで最後。(本文はワードで書いている)
少年時代、ぼくはSFも読んだが、いわゆるSFファンではなく、ハヤカワのあの青い背表紙のやつとかは、あまり読まなかった。ぽろぽろっと、創元SF文庫の古典を読んでいただけである。たぶん、創元推理文庫でエラリー・クイーンなどの古典を教養として読み進めていたので、書店の棚でその横にあるSF文庫も気になって読んでみた、みたいなことだとおもう。ヴェルヌはほとんど読んだし、ドイルやウェルズも読んだ。が、その程度。でもどれもとってもおもしろかったし、原風景になっている。特に地底旅行は、まあ覚えてはいないんだけど、再読した記憶はあるので、気に入っていたのだろう。
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地底旅行 (創元SF文庫)
770円
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