第55話/年の功
水を足して膨らんでいくコンドームのように重さを増していく渋川剛気。合気は魔法にほかならない、と理解した巨鯨は、しかし力士として、これをちからで破り、渋川を水平に投げ飛ばすのだった。
最後におさらいするが、これはなかなか理解の難しい状況である。巨鯨が渋川に「重くなっていくコンドーム」をみたのは、そのつかみどころのなさと、「増えていく」という事態に関してである。つまり、渋川が重くて、さらにちからをこめると、今度はそれが反転して渋川の重さになってしまう、という状況だったのだ。がんばればがんばるほど事態は悪くなっていくのである。それを打破したのは、ここではいちろうちから、パワーということになっているが、見たように、それは不可能である。とすれば、あれはパワーではないことになる。なにかというと、前回きちんとしたこたえは出なかったが、もしそれが必要であるなら、複雑な力のベクトルがかたまってできている巨鯨の動作のうち、もっとも小さなベクトルを探し当てて、操作するのが渋川の技術だとしたとき、そのもっとも小さなベクトルが、彼のささやかな腕力を上回ってしまったということになるだろう。だが当ブログでは、両者の創造物としての試合、組み合い、向こう側に行こうと志向する関係性、こういう視点で見ていくことにする。
袴のすそをはためかせて渋川が飛んでいく。投擲による放物線はどんなときも同じかたちになる。それが水平に見えるということは、相当に放物線が拡大されているという状況、つまりずいぶん遠くまで飛ぶものということになる。中途、渋川は体をひっくり返し、カカトから入るようにして柵に着地、軽やかに舞い戻る。実況や観客は盛り上がるが、渋川は着地するなりどっと汗をかく。合気を破られた実感と、危なかったという冷や汗が混じったような感じだろう。見たところ技術らしい技術は用いていないので、あの柵への着地にかんしても、ふつうに足のちからを使っているようで、その運動もあるかもしれない。
バキや独歩はなにより「合気」が破られたことに衝撃を受けているようだ。特にバキと克巳は、それを巨鯨の剛力によるものだと理解しているようである。たしかに、これは、じっさいに目で見ても表現の難しいところだろう。ここでは、つまり表面の理解では、先ほどの「いちばん小さい力のベクトルが渋川の総力を上回った」説を採用しよう。でも、だとしたら、ピクルや勇次郎には合気は通用しないことになるな・・・。そんなことあるかな。
もちろん実況も合気が破られたことはわかっている。会場の雰囲気も変わってきたであろうところで、渋川は腰に手をあて、巨鯨を「逃避(にげ)たね」という。「組もう」といったのに投げつけたからだ。実況はそれを「年の功」という。この状況で、投げられたことを相手の逃げだとするのだ。さすがの試合運びである。
巨鯨は素直に「もう逃げません」とする。驚くのは、今度は渋川剛気が、親のおなかにしがみつく子どもみたいに、巨鯨のまわしに手をかけたことだ。金竜山は大相撲を嘗めた態度にイラつくようだが、渋川はなにをしているのか了解したうえでやっているようだ。例のちからがぬけていく?のか走っていくのか、電流の描写である。じぶんがやると反則になってしまう、といいつつ、渋川は巨鯨を投げるのだった。
つづく。
たしかに、この試合に限っても、合気は基本的に護身、防御の技術として使われることが多かった。だが今度は渋川から攻めていく。
その投げは、おそらく例の反射につけこんだものだろう。前回のくりかえしになるが、ひとは、生命をかけたような状況では、痛みで制することができない。原理的に動けないようにすることが、真の護身である。こういうところで、巨鯨が正しくコンドームのイメージでとらえたように、渋川剛気は相手の力にじぶんの力をわずかに添えてお返しするという、従来の合気道的方法でたたかっていった。反射につけこむ技術に剛力で勝つことはできないが、パワーをそのままお返ししていくということなら、「小さいベクトル」が渋川の腕力を上回ってしまったときに、成立しないことになる。渋川は前回の「組み合い」で、あえて反射面での技術は用いず、いってみればパワー勝負をしかけたわけである。
なぜそうしたか、ということでは、渋川にとってこの試合の最終的な目標は、合気の向こう側にいくことだった、ということがある。だから、もちろん勝つのがベストだが、負けてもいい。しかし負け方にこだわらなくてはいけない。そのひとつの可能性として、彼は、力に力返しで応え続ける、という状況を設定したのだ。
それは巨鯨にとっても、理解していなくてもちがいはなく、これまでたたかってきた力士には絶対にいなかったであろう達人とのたたかいを通して、彼はパワーの向こう側に到達した。渋川の「組む」という提案は、四つに組むということであると同時に、ふたりで向こう側に行こうというふうにも読めたのは、そうした事情からである。
こうしたうえで、渋川は「パワー返し」にも限界がある、じぶんの腕力を超える腕力で構成された巨大な腕力には通用しない、というこを確認したのである。とすれば、「合気の向こう側」は、やはり彼が本領を発揮する反射面でのやりとりになっていくはずである。
ただまあ、最後のところだけ見ていても、これがそうだとはちょっと断言できない感じはある。渋川にも相撲の経験はあったようだが、合気をつかって相撲をとると、ほぼ確実に倒せるという実感もあるようだ。しかし、重量に重量を返す、というしかたでは、前回のように「重くなる」というところが限度だろう。やはりここでは、相手がつい転倒を選んでしまうような、不思議な攻撃が行われていると考えたほうがいいかもしれない。
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