顕正会と成仏の相
最近、よく顕正会の方が駅前でビラ配ったり拡声器で「広告文」なるものを読み上げたりしています。
どうせバリバリだから話しかけても意味ないよな~と思いつつ、謗法を弘めているのを放っておいてはいけないと思い、声を掛けました。
「私、法華講の者なんですけど~」って声を掛けた瞬間に修羅の相で追い払う婦人の人もいましたが、話を聞いてくれる人もいました。
私から伝えたことは
「顕正会には三宝のうち、僧宝がない。三宝がそろっていない顕正会は間違っている。」
「顕正会が葬儀の際に掲げている御形木導師曼荼羅は道理の上から絶対に存在しない偽本尊である。偽本尊には悪鬼魔神が宿っている。悪鬼魔神に祈っても故人は成仏できず地獄に行くだけである。」
の2点です。
当たり前なんだけど、全く反論できず。
御形木導師曼荼羅については「だったらなぜ成仏の相を現すんだ」と現証に逃げるのみです。
「成仏の相って、我々だって創価学会だって他宗だっていいますよ。どうやって区別つけるんですか?道理と文証があって初めて現証が正しいと言えるんですよ。今私は顕正会の導師曼荼羅が偽物だと道理をもって示しました。これに反論できなければ、顕正会が間違っているんですよ。『成仏の相』のように見えたってそれは魔の通力でしかないんですよ。違うというのなら道理と文証で説明してみてください。」
と言っても、あとは「現証!現証!」と言うだけでした。
最後は「上長から、時間が無駄だから話すな。と言われました。」と逃げるように去っていきました。
「 若し善比丘あつて法を壊ぶるものを見て置いて呵責し駆遣し拳処せずんば当に知るべし是の人は仏法の怨なり 」
との御金言を彼らはどう捉えるんでしょうか。
聞くところによると、「法華講員とは話すな」との指示があちらこちらでなされているとのこと。
法華講員から逃げていては、御金言の仏法中怨の誹りを受けるのはもちろんのこと、顕正会の広宣流布なんて永遠に来ないと思うんですががね。。。。
破折は簡単だけど折伏は難しいと改めて感じた次第ですが、彼らの仏性には必ず突き刺さり、いつの日か顕正会の誤りに気付いてくれるものと念願致します。
創価学会や顕正会はなぜ間違っているのか
創価学会や顕正会はなぜ間違っているのか?
前回の記事と同じになってしまいますが、やはり間違いが分かりやすいのは、
創価学会にも顕正会にも御僧侶がいないことですね。
日蓮大聖人は『四恩抄』に
「仏宝・法宝は必ず僧によて住す。譬へば薪なければ火無く、大地無ければ草木生ずべからず。」
と御教示されています。
仏宝とは日蓮大聖人のこと、法宝とは戒壇の大御本尊様のことです。
この仏宝である日蓮大聖人も法宝である戒壇の大御本尊様も、必ず御僧侶(就中歴代御法主上人猊下)によって、
今我々がいるこの世界に住することができるのです。
次の譬えが非常にわかりやすいですね。
薪(=僧宝)のないところには火(=仏宝・法宝)が消えてしまいます。
日蓮大聖人⇒日興上人⇒日目上人⇒・・・・⇒日達上人⇒日顕上人⇒日如上人
と、まさに薪を順々にくべていくように、その時代その時代を時の御法主上人猊下が継がれて今があるのです。
ですから、日達上人や日顕上人を否定して、在家だけの団体となった創価学会や顕正会にはこの「僧宝」がないので、
間違った宗教であることは明らかなのです。
これは、私が勝手に言っていることではなく、日蓮大聖人が仰せのことなのです。
創価学会の原田会長・池田会長や顕正会の浅井会長の言葉と日蓮大聖人の御言葉とあなたはどちらを正しいと思いますか?
本当に日蓮大聖人の教えを信じているというのであれば、一刻も早く創価学会や顕正会を辞め、戒壇の大御本尊様まします日蓮正宗に帰依をすべきです。
顕正会や創価学会には僧宝がない
仏教の根本に三宝という教えがあります。尊信すべき三つの宝のことで、
仏宝・法宝・僧宝のことです。
日蓮正宗でも創価学会でも顕正会でも仏宝と法宝は一応は同じです。
仏宝・・・日蓮大聖人
法宝・・・戒壇の大御本尊
ですね。
さて、僧宝についてですが、日蓮大聖人は『四恩抄』に
「仏宝・法宝は必ず僧によて住す。譬へば薪なければ火無く、大地無ければ草木生ずべからず。仏法有りといへども僧有りて習ひ伝へずんば、正法・像法・二千年過ぎて末法へも伝はるべからず。故に大集経に云はく「五箇の五百歳の後に、無智無戒なる沙門を失ありと云って是を悩ますは、この人仏法の大灯明を滅せんと思へ」と説かれたり。然れば僧の恩を報じ難し。されば三宝の恩を報じ給ふべし。」
と御指南されています。
まさにこの通りで、
薪のないところには火がつかないように、御僧侶がいないところに仏法は伝わってこないのです。
ですから、御僧侶を否定し、在家だけの団体となった創価学会も顕正会も正しくはないのです。正しくないどころか謗法の団体なのです。
その謗法の団体にいて、いくらお題目を唱えても、
「日蓮を用いぬともあしくうやまはば國亡ぶべし」
(種々御振舞御書)
とありますように功徳があるどころが罰の現証が出てくるのは明白なのです。
日蓮大聖人様の出世の本懐は戒壇の大御本尊様です。戒壇の大御本尊様から離れて、日蓮大聖人様の教えは無いのです。
創価学会も顕正会も戒壇の大御本尊様から離れて手を合わせることができないことこそが、最大の現証でしょう。
日蓮大聖人様そして戒壇の大御本尊様に信があるのであれば一刻も早く創価学会や顕正会を辞め、日蓮正宗に帰依し、戒壇の大御本尊様にお目通りをするのが筋ではないでしょうか?
創価学会を脱会する勇気を
知り合いもいない、しかも聖教新聞等で散々非難されている日蓮正宗の寺院を訪ねるのには、相当の勇気がいったことだと思います。
ですが、戒壇の大御本尊様を求める気持ちが、彼の心を揺り動かしたのでしょう。
日蓮大聖人は涅槃経を引かれて「法に依って人に依らざれ」と仰せです。
「法」とは一大秘法の戒壇の大御本尊のことですね。
「人」は原田会長かはたまた池田会長か。
前回の記事にも書きましたが、池田会長も
「大聖人の出世の本懐である一閻浮提総与の大御本尊が信心の根本であることは、これからも少しも変わらない」
と言っています。
果たして今の原田会長を頭とした創価学会の執行部が正しいのか。よくよく考えるべきだと思います。
我々のあるべき姿はあくまで「法」に依って、戒壇の大御本尊に依っていくことです。
これは私の意見ではなくて、日蓮大聖人の仰せなのです。日蓮大聖人の教えを信じているのであればこのことを信じていくことが大切です。
創価学会の皆さん、是非勇気を出して下さい。
私でよければご相談に乗りますよ。お手伝いさせて頂きます。
創価学会のニセ本尊の害毒
先日、創価学会の青年が脱会した。
創価学会に入信して2年のこの青年、一通り日蓮正宗と創価学会の違いを説明して、理解はしているようだけど何となく煮えきれない。
ん~どうしたものかと思ってふと聞いてみた。
「創価学会の本尊が家にあるの?」
ビンゴだった。まあ当然ちゃ当然か。通常のニセ本尊とペンダント型のニセ本尊の2体を持っていた。
最近の創価学会は教学が無いからあんまり難しいことを言っても理解ができないので、なるべく平易に説明した。
ニセ本尊はニセ札と一緒。紙幣は造幣局の許可があって印刷所に刷られたもの。勝手にコピーしたら犯罪でしょ?それと一緒で勝手に本尊を作ったらそれはニセ本尊なんだよ。
日蓮大聖人は
「法華を心得たる人木絵二像を開眼供養せざれば、家に主のなきに盗人が入り、人の死するに其の身に鬼神入るが如し。」
とおっしゃっていて、開眼供養しない本尊には日蓮大聖人の魂がないだけではなくて悪鬼魔神が入っているんだよ。だから拝めば拝む程不幸になるんだよ。もし功徳を感じたと思うなら、それは魔の通力といって、君を創価学会から辞めさせないように功徳のようなもを与えているんだよ。
パチンコに通うとたまに当たって儲かるでしょ?その成功体験があるからまた当たるかもってどんどんお金を注ぎ込むけど、普通の人はトータルではマイナス なる。これはパチンコ中毒だけど、ニセ本尊も一緒だよ。一瞬功徳のようなものはあっても、1年5年10年と経つうちにどんどん生命力を奪われて不幸になるよ。
要点だけだとこんな感じ。
結局、本人も創価学会に2年いる間に仕事も失い今ではその日暮らしの苦しい生活を送っているという自覚があって、創価学会はおかしいとは理解した。
でもやっぱり踏ん切りがつかないんだよね。
まさにニセ本尊の通力と感じた。彼が正しい道を取れないように邪魔をするんだね。
だから、まずニセ本尊をお寺に預けて、真っ新にして。それからもう一度考えようと説得し、まずはニセ本尊を彼の家から取り除いた。
そしたら、すっきりしたんだろうね。当初は1週間考えさせて欲しいって言ってたのに、次の日もお寺にやってきて、脱会した。
彼はすんなり脱会できた方だと思うけど、まだニセ本尊の害毒から抜け出せない人達に、一刻も早く抜け出して欲しい。
日蓮大聖人の出世の本懐は戒壇の大御本尊様。
これね、今の創価学会は否定するけど、日蓮正宗から破門された後の平成5年にも池田会長が
「大聖人の出世の本懐である一閻浮提総与の大御本尊が信心の根本であることは、これからも少しも変わらない」
と言ってるの。
今の創価学会の指導部はこの池田会長の指導も否定してるんだよね。
戒壇の大御本尊から遠ざけていてるのは創価学会の指導部だし、ニセ本尊の魔の通力だね。
「本門戒壇の大御本尊を信じ奉らない者は、すべて謗法として禁じなければならない」(戸田城聖全集5-156)
早くニセ本尊を捨てて、戸田会長時代の正しい信仰に戻って欲しい。そして戒壇の大御本尊様の下へ帰ってきて欲しいと思う。
創価学会はもう沈み掛けた泥船では?
創価学会の実体は私は内部の者ではないので判らないが、教義に的には既に破綻しきっていると思う。
抑も、創価学会のベースは戸田会長が戦後に立ち上げたものである。
日蓮正宗の一在家団体という形であり、もちろん教義は日蓮正宗の教義と同じであったはずだ。少なくとも日興上人の流れをくみ、その教義的中心(というかオリジナル性)には
戒壇の大御本尊様と唯受一人の血脈相承
があったはずである。
唯受一人の血脈相承は日蓮正宗から破門されてすぐに捨てた。
そして、戒壇の大御本尊様への信仰もつい数年前に捨てた。
更に、創価学会教学部顧問である創価大学の宮田教授の研究を見ていると
日蓮本仏論を捨てるのも時間の問題だ。
もはや日蓮宗とさほど変わらない。かつて小樽問答で日蓮宗と対峙した創価学会はどこにいったのか?
かつての戸田会長との指導とは180度違う。
池田会長の指導とも違う。
池田会長が表に出なくなってしまって久しいが、直接戒壇の大御本尊様を否定したことはないでしょう。
「大聖人の出世の本懐である一閻浮提総与の大御本尊が信心の根本であることは、これからも少しも変わらない」
これは平成5年、つまり破門後の池田会長の指導である。
果たして、原田会長をトップとする今の創価学会指導は正しいのか?
甚だ疑わしい。
かつて日蓮正宗創価学会だった頃は、民衆を広宣流布・一生成仏に導く
大船であった。それがいつの間にか別の方向に舵を切り、どこに向かっているのかも判らず、もはや沈没寸前である。
沈没する前に一刻も早く創価学会という幽霊船から抜け出すことを願うばかりである。
創価学会と選挙
今、都議選で大忙しみたいですね。
「F取り」ですか?
創価学会員の皆さん、本当にそれでいいんですか?
日蓮大聖人の仏法と選挙活動に何の関係があるんでしょうか?
関係ないですよ。
もちろん、「仏法は体、世法は影」ですから、全くの無関係ではないでしょう。
でも、選挙は仏法ではないですよ。
御書に選挙活動に功徳があるとは、どこにも書いていないですよね?
しかも、これだけ苦労して選挙活動して、公明党って何してるんでしょう?
国政では自民党と組み、都政では自民党と争い、わけからんですね。
創価学会はどこに向かっているんでしょうか?
創価学会がやること。
・選挙
・新聞啓蒙
・財務
これが「日蓮大聖人の仏法」ですか?
日蓮大聖人様の出世の本懐である戒壇の大御本尊様を信仰の対象から外して、本当に日蓮大聖人の仏法ですか?
創価学会が勝手に作った偽物の本尊を拝んで本当に大丈夫ですか?
一生懸命拝んでいるはずなのに、いろいろとおかしくなっていませんか?
おかしくなっているのは、創価学会が間違っているから。
戒壇の大御本尊様を否定して、日蓮大 聖人の仏法はありません。
あるのは魔の通力と罰だけです。
大石寺登山と御開扉 つづき
さて、早速前回の続きを書いていきます。
もちろん大石寺へ参詣したので、御開扉を頂いてきました。
無事、奉安堂にまします戒壇の大御本尊様にお目通りし、広宣流布の御祈念と自身の諸願の御祈念をさせて頂きました。
御開扉を受け、戒壇の大御本尊様に手を合わせている中で、「なぜ、創価学会・顕正会の人々は戒壇の大御本尊様に素直に手を合わせることができないのだろう?」とふと考えてしまいました。
それが今回久しぶりに記事を上げた起因です。
古参の会員になってしまうかもしれませんが、かつて創価学会員も顕正会員(当時は妙信講ですが)も戒壇の大御本尊様を拝してきました。
それが今、かたや創価学会は「戒壇の大御本尊は受持の対象としない」として信仰の対象から除外し、他方顕正会も口では戒壇の大御本尊様を信ずるようなことは言いいながら、あーでもないこーでもないと理由を付けて結局拝もうとしません。
創価学会も顕正会も一応は広宣流布を目指しています。
一応は「日蓮大聖人様の仏法を弘める」と言います。
では、広宣流布とは何を弘めることなのでしょうか?日蓮大聖人の仏法を弘めるとは何を弘めることなのでしょうか?
戸田会長や池田会長がおかしくなる前は何と指導していたでしょうか?
それは、戒壇の大御本尊様です。
戒壇の大御本尊様を世界に弘めることが広宣流布です。
それ以外は邪義・邪宗です。
邪義・邪宗を信じた先は、不幸の道しかありません。
かつての良き時代の創価学会・顕正会の姿は、今はもう無いのです。
戒壇の大御本尊様を現実に世に弘めている宗派は日蓮正宗ただ一つです。
創価学会員・顕正会員の皆様、もしあなたに、本当に日蓮大聖人の教えつまり戒壇の大御本尊様を信じる心がありましたら、速やかに退会することをお勧めします。
「汝早く信仰の寸心を改めて速やかに実乗の一善に帰せよ。」(立正安国論)
「かかる不思議なる法華経の行者の住処なれば、いかでか霊山浄土に劣るべき。(中略)参詣遥に中絶せり。急ぎ急ぎ来臨を企つべし。是にて待ち入って候うべし。(四条金吾殿御返事)
大聖人様があなたのことを待っておられますよ。
大石寺登山と御開扉
完全に不定期ブログ化してしまった。当ブログですが、気まぐれで今しばらく続けていきます。
先週の土日、日蓮正宗総本山大石寺に参詣してきました。
何度参詣しても、大石寺の清浄とそして厳粛とした空気を感じます。
仕事で悩殺されてヘトヘトでも大石寺に参詣すると心が洗われた気がして、また明日から頑張ろうという気持ちが芽生えてきます。
「いかでか霊山浄土に劣るべき」(南条殿ご返事)
「仏菩薩の住み給ふ功徳聚の砌なり」(四条金吾殿ご返事9
の一端を感じ入るものであります。
よく創価学会員や顕正会員は、各々の機関紙を鵜呑みにして「大石寺は謗法の地だ」云々と言ってきますが、ご自身の目で見て確かめてきたらよろしいと思う。
まあ大抵の方は勇気がないのだと思いますがね。
最近私の所属寺院に自ら創価学会・顕正会を辞めたいと相談に来られる方の中には、一人で大石寺に見学に来られて、真実を目の当たりにして、創価学会・顕正会の間違いに気付かれる方も見受けられる。もし迷われている方がいたらおすすめします。
さて、実は今までが前振 りで、本題をこれからと思ったのですが、久々にブログを書いたらこの量でも結構大変なので、続きは近日中に書こうと思います。
内容は自ずと「御開扉」就中「戒壇の大御本尊様」のことです。
では。
創価学会員との対話
タイトルを「対話」としたのは敢えてです。
10数年振り会ったので最初は近況報告から。
大学当時から優秀な方でしたが、変わらず優秀でまだ研究をされていた。
研究に賭ける情熱がもの凄いと感じました。
信仰にもそのくらい情熱をかければいいのにと感じてしまうのが(信仰にはそこまで熱心ではない)残念なところ。
今年の会則変更の事も知らなかったので、2年前の戒壇の大御本尊の否定の事も含めてご説明しました。
なぜ日蓮正宗信徒が学会員に創価学会の会則変更のことを説明しているのかという敢えてスルーで(笑)
合わせて日蓮本仏論を否定して釈迦本仏論を主張する創価大学教授で創価学会教学部顧問の宮田教授のことも教えて差し上げた。
これには流石に苦笑して「おかしいですね。」と言っていました。
全体の流れとしては
・池田会長が直接指導しなくなった今、創価学会執行部が指導していることが正しいとは限らない。(戒壇の大御本尊の否定も今回の創価学会仏の話も池田会長の直接の指導ではない。)
・であるならば、このまま創価学会の信仰を続けていくことが正しいとは限らない。
とお伝えしたつもりです。
ご本人もその点には納得されていました。
戒壇の大御本尊を否定し、自らを仏と名乗るような団体にもはや正義など存在しないでしょう。
内部で創価学会を正そうという動きもあるようですが、もう元に戻ることはないでしょう。
創価学会という沈没船にいつまでもしがみついているのは得策ではありません。
いち早く脱出するのが賢明かと思います。