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北のテロ支援国家指定解除 米「拉致解決が前提」

 【ワシントン=有元隆志】米国家安全保障会議(NSC)のワイルダー上級アジア部長は25日、日米首脳会談に関する記者団への事前説明で、北朝鮮に対するテロ支援国家指定と日本人拉致事件を「切り離すことはない」と述べ、拉致問題の進展がないまま、テロ支援国家指定を早期に解除することはないと表明した。拉致問題の解決を重視する方針に変更のないことを強調することで、日本側の懸念を払拭(ふつしよく)するねらいがあるとみられる。

 2月の6カ国協議では、北朝鮮に対する「テロ支援国家指定を解除する作業を開始する」ことが合意文書に盛り込まれた。米政府は日本人拉致事件もテロ支援国指定の理由に挙げてきたため、日本側には政策変更ではとの見方も出ていた。

 ワイルダー氏は「われわれの立場に隔たりはない」と強調したうえで、拉致問題について、「日朝2国間の作業部会が早期に再開され、解決に向けて前進することを期待している」と述べた。

 また、慰安婦問題に関しては、安倍晋三首相が訪米を前にした報道機関とのインタビューなどで謝罪したことに触れ、「日本政府の立場に変更はないことを繰り返した」と評価。「訪問の大きな課題になるとは思わない」と語った。 

 ワイルダー氏は25日午後、訪米中の拉致被害者家族会事務局長で、増元るみ子さん=拉致当時(24)=の弟、増元照明さん(51)らと会い、テロ支援国家の指定から早期に外さないとの方針を伝えた。

 同席したチャ・アジア部長は、24日にニューヨークで行われた北朝鮮の金明吉国連公使との会談について、6カ国協議の再開に向けた進展はなかったと指摘した。

 米政府はマカオの金融機関バンコ・デルタ・アジア(BDA)にある北朝鮮関連資金の凍結解除を支持する声明を出したが、北朝鮮は預金の引き出しを行っていない。これについて、チャ氏は「北朝鮮が何をもって解決と考えているか問いただしたが、明確な答えはなかった」と説明した。

 増元さんは面会後、「大統領の信念はぶれていないと感じた。(政策変更との)危惧は多少払拭された」と感想を述べた。

(2007/04/27 08:04)

北のテロ支援国家指定解除 米「拉致解決が前提」|米国|国際|Sankei WEB

2児拉致後、工作に変化 在日離反し本国人主導

北海道出身の渡辺秀子さん(当時32)の2児拉致事件は26日、警視庁と兵庫県警の共同捜査本部が主犯格とされる「洪寿恵(ホン・スヘ)」こと木下陽子容疑者(59)の逮捕状を取ったことで、北朝鮮による国家的犯罪の疑いが濃厚となった。渡辺さんも殺害された疑いが強い。拉致は東京都品川区にあった貿易会社「ユニバース・トレイディング」(既に解散)所属の工作員4人が関与したとされるが、この事件は後の70年代後半に多発した日本人拉致事件への転機になったとの見方もある。

 ユニ社の実態は、北朝鮮工作機関「統一戦線部」の指示で71年6月、当時の在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)の第1副議長が設立した工作員の活動拠点。在籍した工作員たちは対南(韓国)・対日工作を担っていたとみられるという。

 北朝鮮の対南工作は、北朝鮮特殊部隊が韓国大統領暗殺に失敗した68年の「青瓦台事件」を機に急変した。北朝鮮から韓国に工作員を送り込むことが困難になり、日本国籍を持つ在日朝鮮人を工作員にする方法に切り替わったことで、ユニ社は誕生した。捜査幹部は「韓国などに自由に渡航でき、工作活動に失敗しても『日本人』の犯行になるから」とみる。

 渡辺さん親子が被害に遭ったのは、木下容疑者がユニ社の秘密が漏れることを防ごうとしたためとみられる。木下容疑者は拉致直後、「組織の秘密を守るためには何でもする」と配下の工作員に言ったという。

 だが、秘密を守るためには非人道的な犯罪もいとわないこの姿が工作員に違和感を抱かせた。工作員は次々と離れ、78年にユニ社は閉鎖された。

 日本人拉致事件が多発したのはその頃からだ。 77年11月に新潟市の横田めぐみさん(当時13)が拉致され、78年7月には福井県の地村保志さん(51)夫妻、新潟県の蓮池薫さん(49)夫妻らと続く。

 警察当局は、北朝鮮が在日朝鮮人ではなく、本国の朝鮮人工作員を「日本人」として運営する手法に切り替えたとみる。拉致された被害者の代わりに、工作員が日本人に成りすまして日本で生活。情報収集や日本人旅券で韓国へ渡ったりした。また、日本人化教育の先生も務めさせた。「渡辺さん事件が、後の日本人拉致事件への転機になった」と捜査幹部はみる。

asahi.com:2児拉致後、工作に変化 在日離反し本国人主導 - 社会

拉致認定以外の人も国が対応

昭和48年に行方不明になった千葉県の女性の家族が北朝鮮に拉致された疑いがあるとして、国に対し拉致被害者の認定を求めていた裁判で、国が「認定された人でなくても拉致の可能性が排除できない場合は真相究明に全力で取り組む」などと文書で約束し、家族は訴えを取り下げました。

この裁判は、34年前の昭和48年、自宅を出たまま行方がわからなくなった千葉県の古川了子さん(当時18歳)の家族が、国に対し拉致被害者の認定を求めていたものです。東京地方裁判所の和解勧告を受けて話し合いが進められていましたが、26日、国が、古川さんの安否の確認に最大限努力し、拉致が確認された場合はすみやかに認定することや、認定された人でなくても、拉致の可能性が排除できない行方不明者については真相究明に全力で取り組むことなどを文書で約束しました。家族は救出に向けた前進があったとして訴えを取り下げました。記者会見した古川さんの姉の竹下珠路さんは「国が拉致の疑いのある行方不明者への誠意を示したことで、一日も早い解決につながることを期待しています」と話しました。

NHKニュース