trycomp2のブログ -494ページ目

【焦心】(中)拉致解決「日本は不変」

■“確約”にも新政権へ残る懸念…

 「どうしよう…。日本はどうなるのか」

 今月12日。拉致被害者の家族会事務局長で、増元るみ子さん=拉致当時(24)=の弟、照明さん(51)は、東京都文京区にある家族会事務所で、安倍晋三首相の辞意を伝えるテレビの速報に呆然(ぼうぜん)とした。

 事務所の電話はひっきりなしに鳴っていた。報道各社から殺到する問い合わせにも、コメントを出せないほど憔悴(しょうすい)した。

 安倍首相は昨年9月に就任すると、自らを本部長とする「拉致問題対策本部」を設置。北が核実験を実施した際には、拉致問題を理由の一つとして挙げ、即座に日本単独の制裁に踏み切った。

 「小泉首相の訪朝から4年。みなさんにもタラップで(家族を)待ち受ける感激を味わってもらいたい」

 安倍首相は昨年9月29日、就任後初めて官邸で面会した被害者家族に、涙をぬぐいながらこう語ったという。だが、「拉致問題を『鉄の意志』で解決する」と語った首相は職を辞す。

 首相の辞意を受けて、会見した家族会副代表で、田口八重子さん=同(22)=の兄、飯塚繁雄さん(69)は「拉致問題も大切だが、それよりもたくさんの問題を抱えて悩み、限界と決断したのだろう」と気遣った。その光景は切なく映った。

                □   □

 「安倍首相は被害者家族の中で非常に大きく、大切な存在だった。でもどなたが首相になられても、日本としてやっていくことは変わらない」。中山恭子首相補佐官は静かに、そう語った。

 安倍首相が拉致問題を内閣の最重要課題とする方針を受け、拉致問題担当としては初の首相補佐官に就任。7月の参院選では、「国民の代表として、拉致問題解決に取り組んでほしい」と、安倍首相から直接、要請を受けて自民党から出馬、初当選を果たした。

 安倍首相とともに拉致問題に取り組んできた立場だけに、その去就も注目される。

 「補佐官は安倍首相が任命したことですから、辞任なさると、私自身も…」とするが、「拉致問題にはずっとかかわっていく。この問題から離れるつもりはない。拉致問題の解決をテーマにして選挙に臨み、議員になっており、辞めるということは全く考えていない」と断言する。

                □   □

 ただ、中山補佐官にも家族らの落胆ぶりはひしひしと伝わる。次の首相で政府の姿勢は変わってしまうのではないか。「解決」の名の下に、安易な妥協がなされてしまうのではないか…。

 家族らが猛反対したにもかかわらず、拉致問題の「呼び水に」と、北にコメ支援を実施した内閣もあった。結果は、何も変わらなかった。家族らには、「政府に裏切られ続けた記憶」が今でも鮮明に残っている。

 「安心してください。私自身は何も心配していません」。中山補佐官は電話で家族らにこう語りかけている。

 「多くの日本の人々が、拉致問題に関心を持ち、心を痛めている。拉致問題は、妥協や取引ができる問題ではない。被害者を人質の状態に置いたままで良いと感じる政治家はいないと思う」。中山補佐官のいつもの穏やかな口調に、力がこもった。

 「救出には、あらゆることをしていかなくてはならない」との補佐官の言葉を、家族らは「変わらぬ熱意」と受け止めるが、次の内閣で「新たな動き」がみえなければ、家族の焦りはさらに増す。「拉致はあった」と北が認めはしたものの、被害者の北での足跡は途絶えたまま5年になる。あまりに長い。

「【焦心】(中)拉致解決「日本は不変」」事件です‐事件ニュース:イザ!

【焦心】(上)持ち込まれた写真の波紋

4b0f836d.jpg
≪安倍政権1年で幕 「拉致」正念場≫

 どうもひっかかる。写真撮影に神経をとがらす北朝鮮。ましてや「解決済み」と公言している日本人拉致の「被害者」が写った写真が外部に持ち出されることがあるのだろうか。

 「そもそも、あの写真がなぜ北から持ち込まれたのか…」。政府関係者は首をかしげる。

 拉致被害者を調べている特定失踪(しっそう)者問題調査会が「拉致濃厚」とする鳥取県米子市の矢倉富康さん=失跡当時(36)=と酷似する朝鮮中央放送委員会の日本語アナウンサー「慎範(シンボム)」が写った写真。

 訪朝し、写真に一緒に写った日本人ら一行が持ち帰ったものだが、今になって大きな波紋を広げている。

 調査会が矢倉さんを「拉致濃厚」としたのは今年6月初旬。昭和63年夏に一人で出漁して消息を絶った矢倉さんだが、後に日本海で発見された漁船に衝突された跡があったことなどから、北に連れ去られた可能性が浮上した。だが、この段階では「慎範」の写真は調査会にはもたらされていなかった。

 写真は、矢倉さんが「拉致濃厚」と発表された直後の6月中旬から7月にかけて、報道関係者などを通じて、調査会と政府関係者に渡った。矢倉さんと、写真の「慎範」が似ていたことから、「2人は同一人物」ではとの見方が急速に広がった。

                   ◇

 実は、「慎範」の写真が最初に日本に持ち込まれたのは、3月のことだった。関係者によると、訪朝した日本人メンバーは帰国後すぐに、「この中に拉致被害者とみられる人物が写っている」と言って写真を報道関係者に渡したという。

 政府認定の被害者17人は別にして、調査会に寄せられている特定失踪者は約470人。該当する失踪者を絞り込むことはできなかった。

 「北朝鮮側のなんらかの思惑を感じざるを得ない」。公安関係者はそう指摘する。公安当局は、今回訪朝したメンバーの中に、北が国家の基本方針とする「主体(チュチェ)思想」を研究する「主体思想研究会」に関係する人物が含まれていたことを把握している。

 朝鮮映画の上映会や読書会などを通じて北のシンパを呼び込む主体研はかつて、日航機「よど号」ハイジャック犯の妻たちの多くも参加。“北への窓口”にもなった。

 訪朝メンバーの一人から写真を受け取った報道関係者は、政権中枢への取材ルートがあったという。ある政府関係者は「拉致に言及する安倍首相を嫌う北が、官邸を引っかけるために写真を持ち出させたのではないか」と話す。

 一方で、写真が持ち込まれた3月は、矢倉さんは「拉致濃厚」の失踪者には含まれておらず、矢倉さんについての情報が公表されることはほとんどなかった。その時点で、北が「矢倉さん=『慎範』」という謀略を仕掛けたかといえば、それも考えにくい。

 では、北の意図は…。

 「『拉致被害者』という言葉を使って、首相や官邸側に、水面下でコネクションを作ろうとした可能性は考えられる。写真にはそうしたメッセージが込められていたのかもしれない」。別の政府関係者はそう指摘したうえで、「北が何らかの動きをみせようとしたと受け止めている。調査会に写真が持ち込まれたことは、想定外だったのかもしれないな」と話した。

                   ◇

 北朝鮮の核問題をめぐり、米朝が歩み寄りを見せる中、北が求める「テロ支援国家」指定解除には、拉致問題での進展が変わらず含まれている。国際政治の表舞台では、「拉致は解決済み」と公言し続ける北だが、日本側との折衝を持たないことには、事態はかわらない。6カ国協議の日朝作業部会を頻繁に行うことを北朝鮮側も了承したことも、変化の兆しと受け止められる。

 小泉純一郎前首相が訪朝し、金正日総書記が拉致を認めた日朝首脳会談から5年。「拉致問題の解決」を国政の最優先課題に掲げて、政権を引き継いだ安倍晋三首相は12日、わずか1年足らずで突然、辞任を表明した。

 拉致問題はどうなっていくのか。「正念場」にいる拉致被害者家族は焦りをかくせない。

「【焦心】(上)持ち込まれた写真の波紋」事件です‐事件ニュース:イザ!

世論の動向意識? 福田氏、拉致問題への姿勢鮮明に

 自民党総裁選に立候補している福田康夫元官房長官(71)は17日、拉致問題の解決に向け、これまでになく強い意欲を表明した。福田氏が対話路線による解決を模索していることは、官房長官時代からの発言からも明らかであり、17日の発言は、対立候補の麻生太郎幹事長(66)が拉致問題の解決を断固あきらめないと述べていることや世論の動向を意識した可能性がある。

 「意欲を示したんです、意欲を! まだ私は日朝交渉の詳細を知らないんだから。具体的なことはよく話を聞いた上でやらないと…」

 福田氏は17日夕、大阪、高松の遊説から帰京直後、羽田空港で記者団に拉致問題への今後の取り組みを問われ、言葉を濁した。

 福田氏は小泉純一郎前首相が訪朝した平成14年秋以降、官房長官として、田中均外務審議官(当時)とタッグを組み、対話路線による解決を推進。「圧力」を重視する安倍晋三首相(当時は官房副長官)と激しく対立した。

 総裁選告示後も福田氏は、安倍政権の対北朝鮮外交を「時間ばかり過ぎてしまい、若干どうかと思う」(16日、報道2001)と批判した。北朝鮮は政府に、貨客船「万景峰92」の入港禁止など制裁解除を強く求めており、一連の制裁解除を交渉カードにしたいとの思いも透けてみえる。

 福田氏が対話路線に熱心な理由の一つには、日朝外交に意欲的な山崎拓元副総裁が支持を表明していることもあるようだ。

 加えて、麻生氏が16日に拉致被害者家族会の集会に飛び入り参加し、拉致問題解決への熱意をアピールした。福田氏の所属する町村派に安倍首相の「圧力重視」路線を支持する議員が多いため、陣営からは「拉致問題への姿勢を鮮明にすべきだ」(中堅)との声が上がっていた。

「世論の動向意識? 福田氏、拉致問題への姿勢鮮明に 」政治も‐政局ニュース:イザ!