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“拉致問題は解決済み”という現実 大前 研一

 北朝鮮の工作員による日本人拉致問題は、小泉政権の時代に大きな展開をみた。小泉政権のあと、対北朝鮮強硬派で鳴る安倍晋三氏が首相に就任したこともあって、拉致問題はいっそう進展することが期待された。

 しかし先の参院選での自民党の大敗北、そして安倍氏の不可解かつ突然の辞任。もちろんそれだけが理由ではあるまいが、最近、拉致問題はほとんどといっていいほど動きがない。日本側が「拉致被害者を返せ」と言い、北朝鮮側が「拉致問題は解決済み」と返す、これを繰り返している状況が数年間続いているだけだ。

 一方、北朝鮮の核問題については進展があった。今回の6カ国協議で、エネルギーを支援する代償に北朝鮮は核の無能力化に合意したのである。日本政府は米国に対して、拉致問題が解決する前にテロ支援国家としての指定を解除しないよう働きかけているが、米国は明確な答えを示してはいない。

 そんな折り、中山内閣総理大臣補佐官はヒル国務次官補との会談で、「拉致問題が解決しなければ、北朝鮮へのエネルギー支援には参加できない」と述べた。そして拉致問題の進展については「国が被害者家族を帰国させることに基本認識を持ち、具体的なステップを踏み始める必要がある」という日本政府の考えを示した。また危機感を抱いた拉致被害者の家族が訪米し、ヒル国務次官補に直接陳情するなどの動きもみられる。

 これで拉致問題は再び動き出すのだろうか。わたしは正直なところ「微妙」と考えている。こういうことを書くのは拉致被害者の、あるいはその家族のお気持ちを考えると忍びないものがあるのだが、北朝鮮の言う「拉致問題は解決済み」という言葉が示す現実を考えると、そう結論せざるを得ないのだ。


 では「拉致問題は解決済み」とはどういうことか。はっきり言えば、「拉致した人はもういません」ということを意味しているのではないだろうか。少なくともわたしには「解決済み」の意味は「探しても、生きている人はもういませんよ」であるとしか考えられない。

 おそらく小泉元首相が平壌で直接交渉したときに、その辺のくだりが出てきていたはずで、もしかしたら通訳の誤訳があったのかもしれないし、お互い「解決済み」に至る解釈、あるいは定義があいまいであったのかもしれない。

 一方、米国は「解決済み」の意味を当然北朝鮮から説明されているはずで、それがなければ、北朝鮮を「テロ支援国家」のリストから外す作業に着手するとは考えられない。

 つまりわたしにはこの問題が「それを言っちゃーおしまいだよ」という言霊の世界の問題のような気がするのだ。当然、日本のマスコミもその流れに沿って自らはこの問題を深追いすることなく呪文のように「北朝鮮=拉致問題の解決が先決」という線に沿って報道している。

 そしてイラク、アフガニスタン、パキスタンなどブッシュ大統領の進めてきた中東政策が暗礁に乗り上げるなか、任期切れ前に一つでも得点を稼ぎたい米国大統領の都合で、北朝鮮問題の解決を、日本の頭越しで図る可能性が高くなっているのである。そのタイミングは年末といわれているが、日本は刻一刻と追い込まれているのではないかと危惧する。

米国としては友好国である日本の言い分も当然認めたいのだろうが、韓国も中国も明らかにこの問題を棚上げしてしまった。ロシアは最初から日本の意見を聞く立場にない。いま日本を除く5カ国は朝鮮半島の非核化に交渉のすべてのポイントを移してしまった。拉致問題を抱えている韓国は拉致被害者の家族への補償金を提示して見切り発車を断行しようとしている。

 だが、拉致された家族はそれを認めない。「まだ生きている」という思いで、「いつか帰ってくるに違いない」「早く帰せ」と活動を続けている。ここに大きなズレがあるのだ。先述のように日本は言霊信仰の国なので、日本側で「もう、生きている人はいません」と口にしてしまったら、拉致被害者の家族はがたんと気力を落として活動も終わってしまうだろう。

 だから、日本政府はその一言を口にしない。米国も日本の拉致被害者たちの心情は理解しているので、あえて日本の内政問題につながりかねないこのデリケートな問題に関しては発言しない。

 もしいまだ元気にしている人々がいるのであれば、今の北朝鮮にとってそれらの人々を帰国させるのを妨げるものはないはずだ。既に帰国している人々の立ち居振る舞いを見れば、そう北朝鮮に不利になる言動をしているわけでもない。元気でいる人々を帰国させて日本からの援助を引き出す、というメリットを上回る理由があるとは(少なくともわたしには)思えないのだ。

 そもそも小泉元首相が北朝鮮を訪問したときに交わした、正確な言葉をわたしたちは知らない。これも大きな問題だ。小泉元首相は2回北朝鮮を訪問し、5人の拉致被害者が帰国したが、そのときいったいどういう話をしたのだろうか。そのときの正確な言葉を、誰も聞いていないのだ。「まず、あの5人を帰した(生きている人はほかにもいる)」のか。それとも「生きているのは5人だけで、全員を帰した」のか。その認識が正確ではない。

 日本の認識はともかく、6カ国協議では「生存者はいない」という前提で進めている。だから日本のことは脇に置いたまま、北朝鮮の核問題はどんどん進展していく。これはきわめて憂慮すべき事態だ。国民も政治家もあずかり知らぬ間に、核問題が日本にとって不利な状況になりつつあるからだ。

 まず、現在の核問題はどうなっているのかを理解しよう。

 米国が目的としているのは、核の無能力化だ。だが、一口に「無能力化」といっても、北朝鮮側の「無能力化」の内容は評価できるものではない。原子炉や再処理施設などの稼働を停止することでとどまっているからだ。既につくってあるプルトニウム爆弾(3発くらいあるといわれている)を捨てるという話にはなっていない。

 北朝鮮のミサイルについては「核とは関係ない」と見なされている。また、北朝鮮は今になって「ウラン濃縮はしたこともないし、そういう施設はない」と言い始めている。パキスタンの協力の下にウラン濃縮をやっていたか、あるいはやろうとしていた時代があったことは間違いない。しかし、それはなかった、と言っているのだ。

 このことは何を示すのだろうか?

 現在、北朝鮮はプルトニウム爆弾とミサイルを持っているので、そのミサイルに核を搭載することもできるだろう。となると、その標的はどこか。同じ共産圏であるロシアや中国には飛ばさないだろう。かといって、米国には届かない。お隣の韓国は、いまや北朝鮮にとって最大の援助国だ。となればターゲットとして残るのは日本、ということになる。

 つまり、北朝鮮の核問題をもっとも深刻に考えないといけないのは、実は日本なのだ。だから日本は拉致問題ばかりではなく、「ミサイルの開発を中止しろ」「既に持っている核爆弾を捨てるか取り上げる」ということを積極的に言わなくてはいけない。それなのに、その議論に日本は絡んでいないのだ。拉致問題が大前提と言っている限り、日本はこの問題を議論する段階に進めない。安全保障上の大問題である。

 日本が核問題に関与できていないのはなぜか。誤解を怖れずはっきり言おう。「拉致被害者は生きている」という建前があまりにも災いしているのだ。まず日本がやらなくてはいけないのは、「拉致問題は解決」と北朝鮮が言う理由を問いただすことである。そして、日本と北朝鮮の間にある大きなズレを修正するべきなのだ。

 にもかかわらず日本がやっているのは、米国に「拉致問題についても議題に挙げてください」とお願いすることだけ。米国は「日本の要求はいちおう伝えます」と言いながら、本当は誰もまじめに伝えていない。中国もこの問題は関係ないという態度でまじめではない。だから6カ国協議の議長声明にも拉致問題は盛り込まれていないのだ。

 だからこそ、わたしは強調しておきたい。とにかく「解決済み」の理由を明確にし、日本にとってより重要な、開発済みの原爆とそれを搭載する可能性のあるミサイルの双方を無能力化することが先決だ、と主張することである。それをしないうちは、いつまで経っても、北朝鮮が日本にとって大きな脅威であるという状況が解消されない。

 確かに、拉致された被害者のうち、数人はまだ生きている可能性はある。しかし、拉致被害者の家族が訴えるように、40数人全員が北朝鮮で生きているというのは、希望的観測に過ぎるのではなかろうか。しかしそれを口に出すことは難しい。それが日本の言霊信仰の恐ろしいところだ。

 わたしはヒル国務次官補から政府の担当者に「日本よ、いい加減に目覚めよ」と言ってほしいと思っている。それを言わないから、この問題がいつまでも終わらない。そして、日本は6カ国協議の中で他のメンバーから無視され、日本にとって本当に重要な安全保障上の問題が放置されたまま、北朝鮮と米国との国交正常化が進んでしまう可能性が高くなっているのである。

“拉致問題は解決済み”という現実 / SAFETY JAPAN [大前 研一氏] / 日経BP社

横田滋さん75歳の誕生日

 横田めぐみさんの父滋さんが14日、75歳の誕生日を迎えた。30年前のこの日、めぐみさんからプレゼントされた櫛(くし)は今もバッグに入れて持ち歩いている。きょう15日は、めぐみさん拉致事件から30年。白髪になった父は「一刻も早い救出を待ち望んでいる」と語った。

 滋さんは14日、拉致議連の訪米団を成田空港で見送った。出発前の会見で事件30年について問われ、「長いような短いような」と複雑な心境を口にした。

 「これからは、おしゃれに気を付けてね」?。そう言って、めぐみさんが拉致される前日にくれた茶色の櫛は、会見場に持ち込んだバッグに忍ばせていた。「私の中でめぐみは中学1年から全く大人になっていない。時間が止まっているので短い感じがする」。当時の記憶が鮮明だから、30年の歳月すら「短い」という。

 一方、時間は確実に過ぎ、自身も年を取った。2年前に血液の難病で入院したことも影響し、75歳を区切りとして、10年間務めた拉致被害者家族会の代表を24日に退任する。「30年という数字を見ると、非常に長い時間だと思う」と実感を込めた。

 15日は妻の早紀江さん(71)とともに新潟市で講演する。「無理はできないけど、救出活動をやめるわけではありません」。再会の日まで訴え続ける覚悟だ。


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横田滋さん、家族会代表を24日に退任

 北朝鮮による拉致被害者家族会代表の横田滋さん(75)は14日、超党派の国会議員でつくる拉致議連メンバーが訪米前に成田空港で開いた記者会見に同席し、今月24日に開かれる家族会の臨時総会で正式に退任する考えを示した。

 後任は同じ総会の席上で決まる。

 横田さんは今年4月の家族会の総会で、高齢や病気を理由に「75歳になる11月を機に代表を退任したい」と表明し、了承されていたが、具体的な時期については決まっていなかった。

横田滋さん、家族会代表を24日に退任(読売新聞) - Yahoo!ニュース