trycomp2のブログ -3012ページ目
曽我ひとみさんの夫、チャールズ・ジェンキンスさんが初めての著書の出版をきっかけにJNNの単独インタビューに応じました。ジェンキンスさんが日本のメディアのインタビューに応じるのは今回が初めてです。 「小さなバッグで、それにジッパーがついてて・・・。めぐみさんはバドミントンを持ち歩いていたが、ラケットはバッグに入らなくて、ユニホームを入れていた」 ジェンキンスさんは今月、初めての著書「告白」を出版しました。この中で、ジェンキンスさんは「横田めぐみさんが拉致された時に持っていた中学のバドミントン部の赤いスポーツバッグを北朝鮮で使っていた」と証言しています。 めぐみさんと約1年半、一緒に2人で住んでいた曽我ひとみさんが1980年にジェンキンスさんと一緒に暮らすことになった時、めぐみさんが「お別れに」と曽我さんにくれたもので、砂糖や卵を買った時に使っていたといいます。 「めぐみさんの名前がマジックで中に書かれていて、消えなかった。ナイロン製のバッグで白地で『17』と。『17』は切った白い布地でバッグに縫いつけてあった。一時期、このバッグを使っていた。北朝鮮では店で砂糖を買うと薄いビニール袋に入れるので破ける。砂糖を買って、このバッグに入れてジッパーを閉めれば、物も当たらないし袋も破れない。あのスポーツバッグは北朝鮮を出るまで使っていた」 また、ジェンキンスさんは著書「告白」の中で、「83年か84年、夜に外貨専用の大同江(テドンガン)百貨店で、女性店員がめぐみさんからの手紙を曽我さんに手渡した」と明かしています。 手紙は差出人の署名もなく、いきなり、「カ・ナ・タ」と朝鮮語の「あいうえお」から始まり、「朝鮮語の勉強は進んでいますか」と書いてありました。曽我さんにはすぐ横田めぐみさんからの手紙だとわかったそうです。 「小さなメモのような、手紙ではなくメモだね。私はひとみに返事を書きたいかどうか聞いたが、ひとみは『いや、危険すぎるわ』と」 「めぐみさんとひとみは姉妹のように暮らしたのだと思う。ひとみはめぐみさんのことを話す時、何度も泣いたよ。何度も自分の部屋に行ってはただただ泣いていた。会いたかったのだと思う」 ジェンキンスさん、曽我さん、幼い美花さんの3人がめぐみさんと最後に出会ったのは84年か85年。ピョンヤンの外貨デパート、楽園(ラグオン)百貨店でした。 「めぐみさんと美花を連れた私はほとんど話さなかった。指導員が『話をしてはダメ』とめぐみさんに言いに来るかと思い、私はすぐにそばを離れて、ひとみとめぐみさんを2人きりにした。(2人は話をできた?)2人は話せた。ひとみに『店員の前で話をして気づかれなかったか』と聞くと、『ううん、商品を見ながら話していたから大丈夫』と」 さらに、ジェンキンスさんは86年に同じく楽園百貨店で出会った日本人の男女がその生い立ちや写真などから、「石岡亨さん、有本恵子さんと一致する」と証言しました。 「女性は厚い眼鏡をかけていたよ。男性はとても上手に英語を話した。ただ雑談をしただけだけど」 その日本人夫婦はテープレコーダーを買いに来ていて、もっぱら男性がしゃべり、その間に女性がガラスケースの中の商品を熱心に品定めしていました。2人はじっと曽我さんのことを見つめていましたが、曽我さんはジェンキンスさんの後ろに隠れ、日本人であることを明かしませんでした。 石岡亨さんとみられる男性についての証言は今回が初めてで、著書で明らかになった拉致被害者をめぐる新事実が注目されています。(10日16:22)
ジェンキンスさん、「拉致」新証言 北朝鮮で10日、朝鮮労働党の創建60周年を記念する式典が開かれました。金正日総書記も5年ぶりに会場に姿を見せ、軍のパレードを閲兵しましたが、注目の後継者問題について表立った動きは伝えられていません。 1945年の朝鮮労働党創建60周年を祝う式典、ピョンヤン中心部の金日成広場を朝鮮人民軍の兵士らがパレードし、それを壇上から閲兵する金正日総書記の様子を地元のテレビは実況つきで放送しました。 「金正日総書記はとても満足そうな様子でした。人々に顔が見えるように歩いていました」(タス通信ピョンヤン支局 ボリボダ記者) 一方、ロシアのタス通信は先週、「この式典にあわせて、金正日総書記の後継者の指名が行われる可能性もある」と伝えましたが、今のところ、そうした報道は出ていません。 「(後継者について)あす、あさって、あるいはこの1、2週間のうちに発表があるでしょう。党の中央委員会もその間に開かれるでしょうからね」(ボリボダ記者) 金総書記は9日、北朝鮮を訪問中の中国の呉儀副首相とともに、約10万人によるマスゲームも観賞、2日連続で公の場に姿を見せましたが、後継者問題の真相は依然、やぶの中です。 「後継者に関して何一つ発表がなかったといって、後継者が決まっていないとはみていない。後継者はすでに決まっていると思います。60周年の式典を機に今後誰なのかわかってくると思う」(コリア・レポート 辺真一編集長)(10日16:45)
TBS News-i北朝鮮の朝鮮労働党が創立60年を迎えた10日、ピョンヤンでは、キム・ジョンイル総書記も出席して軍のパレードが行われましたが、注目されていたキム総書記の後継者をめぐる指名はありませんでした。朝鮮労働党の創立60年を記念するパレードは、ピョンヤンのキム・イルソン広場で行われ、軍のトップを務める、キム・ジョンイル総書記が見守るなか、朝鮮人民軍の兵士が隊列を組んで行進しました。今回のパレードにあわせて、キム総書記の3人いるとみられる息子のいずれかを後継者として指名されるのではないかという憶測も出ていましたが、10日の一連の行事の中では、息子たちを紹介するような動きはありませんでした。演説を行ったキム・イルチョル人民武力相は、「我が人民軍隊は、いかなる厳しい中でもキム総書記をはじめとする革命の首脳部を命をかけて守る」などと述べ、軍を優先する体制の維持を強調しましたが、ミサイルなどの兵器は登場しませんでした。パレードでは人文字で「六十」を表したり、市民が手にした造花を振ったりして祝賀ムードを演出していました。軍のパレードは建国から55年を迎えた2003年以来のことで、北朝鮮としては、キム・ジョンイル総書記を中心とする体制の引き締めを図る狙いがあるものとみられます。
NHKニュース
