trycomp2のブログ -2399ページ目

拉致事件:米国務次官補が早期解決へ日本との連携表明

学術会議出席のため来日中のヒル米国務次官補は12日朝、横田めぐみさんの夫が韓国人拉致被害者の可能性が高いとのDNA鑑定結果について、「事件は大変過酷なものであり、(関係する)家族の方々にとっては非常に困難な問題だが、米国としてはできるだけの支援をしたい」と述べ、事件の早期解明に向け、日米両政府が引き続き連携して臨む方針を改めて示した。記者団に語った。ヒル次官補によると、11日の日本政府関係者との会談で、両国は拉致問題についても協議したという。

毎日新聞 2006年4月12日 12時23分
拉致事件:米国務次官補が早期解決へ日本との連携表明-行政:MSN毎日インタラクティブ

映画監督の申相玉さんが死去、波乱の人生閉じる

【ソウル12日聯合】映画監督の申相玉(シン・サンオク)さんが11日午後11時39分にソウル大学病院で死去、80歳。2年前に肝臓移植手術を受けてから通院治療を続けてきたが、健康が悪化し半月前から同病院に入院していた。50~70年代にトップ女優として活躍していた夫人、崔銀姫(チェ・ウニ)さんとの間に2男2女。

 26年に咸鏡北道で生まれた申監督は、京城高等普通学校を卒業後、45年に日本の東京美術学校(現・東京芸術大学)を出た。51年に映画芸術協会を設立、52年に映画「悪夜」で監督デビューを果たした。53年に映画女優の崔さんと結婚。78年に香港から北朝鮮に拉致され、86年に脱出に成功するという波乱の人生だった。

 61年の監督作品「成春香」が大ヒットし、翌年には「離れの客とお母さん」がベニス国映画祭で紹介された。北朝鮮脱出後は米国に滞在し、94年のカンヌ映画祭で審査委員を務めたり、国内で開催される映画祭などにも参加するなど、韓国映画界に貢献してきた。00年に帰国している。代表作はほかに「常緑樹」「赤いマフラー」などがある。

 告別式は映画人場で開かれ、15日に出棺の予定。
YONHAPNEWS WORLD SERVICE : JAPANESE NEWS

住民の6%だけに食糧供給  北韓、97年の食糧難に

北韓は、最悪の食糧難に陥っていた1997年に、北韓住民の6%だけに食糧を供給していたことが明らかになりました。
統一研究院が11日、まとめた「北韓人権白書」によりますと、北韓は、1995年から1997年までのいわゆる「3年災害」の時に、年間150万トンから200万トンもの食糧不足となり、1997年には、人口の6%に限って食糧を配給していたということです。
北韓が発行した「朝鮮中央年鑑」によりますと、1997年当時、北韓の人口は2235万5000人だったことから、このうち134万1000人だけが食糧供給を受けていたことになります。
このため2001年5月に中国で開かれた国際会議で、当時の北韓のチェ・スホン外務次官は、北韓では1995年から1998年の間に、22万人が餓死したと発表しており、「国境のない医師団」は同じ期間中に350万人が、また国連世界食糧計画は100万人程度が、飢餓や病気で死亡したと主張したと、北韓人権白書は指摘しています。
KBS WORLD Radio