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北朝鮮の弾道ミサイル発射から一昼夜が過ぎた6日も、防衛庁は監視活動を続け、一部で校外行事が中止になるなど、国内では緊張状態が解けていない。各地の朝鮮学校は嫌がらせを警戒しての対応に追われた。7発のミサイルは、1カ月半前に実現した在日本大韓民国民団(民団)と在日本朝鮮人総連合会(総連)の歴史的和解も、撤回へと追い込んだ。
大阪や東京で「ワンコリアフェスティバル」を開いてきた、コリアNGOセンター(大阪市)の鄭甲寿(チョン・ガプス)代表理事(51)は「残念というしかない。できれば、うまくいって欲しかった。ミサイル発射の影響よりも、民団の内部で合意が取れなかったためだと思う」と話す。
「今後、和合を進めるためには、各階各層の在日の意思が反映されるよう、NGOや個人の意見も取り入れながら、透明な形で話し合いを進めなければいけない。時間をかけてでも、プロセスを大事にしなければならないということが、大きな教訓だ」
ノンフィクション作家、金賛汀(キム・チャンジョン)さん(69)は「こんなに早く破綻(はたん)したのは残念だが、白紙撤回は予想していた」と話す。「理念や考えが一致しないまま、一挙に8月15日の記念祝祭共催など政治的な問題に入っていったから」と指摘したうえで「お互いの考えが一致する、在日韓国・朝鮮人の権利や差別の問題から取り組めばよかった。今回の経験を生かして、また前進できるような態勢をつくってほしい」と述べた。
在日コリアン3世のルポライター姜誠(カン・ソン)さん(48)は「和解は事実上、白紙状態だっただけに、ミサイル発射は撤回表明のいい口実になった」と指摘。在日コリアンの組織離れが一層、加速するとみている。「本国で南北の和解が進んでいる中で、それぞれの組織に本気で和解しようという意識は欠けていた」と語った。
民団大阪府地方本部の鄭貴煥(チョン・グィファン)・国際部長は「今回の北朝鮮による暴挙と、総連の努力不足を考えれば和解撤回は当然だ。総連は、ミサイル発射中止を本国にアピールするなどの努力を怠ったと言わざるを得ない」と非難した。
asahi.com:和解壊したミサイル 在日コリアン思い様々?-?社会 横田めぐみさんの夫だったとされる韓国人拉致被害者、金英男(キム・ヨンナム)さん(44)は6日午前、平壌市内のホテルで日本メディアの記者団と初めて会見した。英男さんは「遺骨を偽物だとされた。非常にもどかしい」などと語ったが、めぐみさんが子どものころに交通事故に遭ったかどうかなど、説明や記憶にはあいまいな点が見られた。また、めぐみさんが帰国の希望に言及していたことも明らかにした。
めぐみさんの娘のヘギョンさん(18)が途中から同席した。
英男さんは、めぐみさんとの結婚について「彼女は人情味があって優しい女性だった。6カ月ほど付き合い、結婚を申し込むと、彼女も喜んで同意してくれた」と語った。結婚後は、平壌市太陽里(テ・ヤンリ)にある特殊機関に所属する人間が住むエリアで暮らした。同じ地区には拉致被害者の蓮池薫さん、地村保志さん両夫妻も住んでおり、「人間的に付き合った」という。
めぐみさんが拉致されたいきさつをどう知ったか、という質問に、「私は特殊機関に勤めている。みんなが守るルールがある。それは相手の過去について聞かないことだ。めぐみがいつ、どのようにここに来たのか、聞こうとも知ろうともしなかった」と述べた。
めぐみさんとの生活について、「朝鮮語が非常に上手だった」「結婚して初めての大みそかに赤ワインを買ってきてくれた。深夜あかりを消して一緒に酌み交わした」「『子どものころ、弟が欲しくて母親に頼んだら、双子の弟が生まれた』と話してくれた」などの思い出を語った。
めぐみさんが帰国を望んでいたか、という質問には、「めぐみも私も人間だ。故郷を思う気持ちは同じで、めぐみは『生まれた所、住んでいた所をもう一度見てみたい』と話していた」と述べた。
一方で、先日、北朝鮮・金剛山で開いた韓国代表取材団との記者会見や姉の金英子(キム・ヨンジャ)さんに対しての説明を、あいまいにする場面も目立った。
めぐみさんは病気で死亡したと改めて説明し、「97年春、4月の前ぐらいに火葬にする決心をした」と語った。「遺骨」について、英子さんには「火葬の過程で他人の骨が混じった可能性がある」と伝えていたが、「そんな意図で話したのではない。思い出すたびに遺骨を眺めて心を慰めた。偽物だというのは想像もできないし、納得できない」とした。
めぐみさんが幼いころ交通事故にあったと述べた点については「めぐみは小さい時、頭を打ったと言った。それが交通事故だったかどうかは記憶にない」と語った。めぐみさんの両親は、交通事故にあったことはないと否定している。
02年9月にめぐみさんの両親にあてた手紙に、めぐみさんが死亡したとされる年を「93年」としたことに関しては「急いで書いたので錯覚していた。(04年11月に訪朝した日本政府代表団の)薮中(三十二)団長(当時、外務省アジア大洋州局長)と会った時、改めて訂正した」と語った。いつ薮中氏に訂正したのかとの質問には、少し戸惑い気味に「はっきり覚えていない。手紙に93年とあったと聞かされ訂正した」と述べた。ただ、手紙は自らの筆跡が明らかになるのを避けるため、自分の書いた文章を他人に書き写してもらったという。
新たな物証については「夫である私が発言しているのに、なぜ別の物証がいるのか。偽りの発言をしていると思っているのか」といって、新たな証拠を出すつもりはないと示した。横田さん夫妻に対しては、「平壌まで来てほしい」と述べ、日本や第三国で会う考えはないことを示した。
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本社記者を含む日本メディア7社の北朝鮮取材は、在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)の提案を受けて実現した。
asahi.com:「めぐみ、帰国望んでいた」金英男氏が日本記者団に?-?社会北朝鮮が、5日行った一連のミサイルの発射について、北朝鮮の朝鮮中央通信など国営メディアは6日午後、初めてミサイルの発射は成功したとして発射の事実を認めたうえで、「今後も自衛的な抑止力を強化するためミサイルの発射訓練を続ける」と主張しました。
これは、北朝鮮の外務省スポークスマンが、北朝鮮国営の通信社に対して明らかにしたもので、「ミサイルの発射は、自衛的国防力の強化のために軍が行った軍事訓練の一環だ」としたうえで、「発射は成功した」と伝えました。そのうえで「ミサイルの発射は主権国家としての合法的権利であり、日朝ピョンヤン宣言や6か国協議の共同声明など、いかなる合意にも拘束されない」と主張しました。さらに「今後も自衛的な抑止力強化のために、ミサイルの発射訓練を続ける」と主張しました。北朝鮮が、1998年8月31日に「テポドン1号」を発射した際には、発射から2日後に、「日本でわれわれがミサイルを発射したとして騒いでいる」などとしてミサイルの発射に触れていましたが、ミサイルの発射を事実として認めたのは、発射から4日後でした。その際には「人工衛星の打ち上げに成功した」と伝えており、その時の対応と比べると、今回は発射の翌日にミサイル発射を認めたことになります。
NHKニュース
