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拉致家族 国連各国代表に訴え

拉致問題解決に向けてニューヨークを訪問している拉致被害者の家族が、ヨーロッパやアジアの国連代表部の幹部を招いた昼食会に出席し、拉致で肉親を奪われた家族の苦しみを参加者ひとりひとりに直接訴えかけました。

ニューヨークを訪問している、拉致被害者の家族会の副代表で田口八重子さんの兄の飯塚繁雄さんと増元るみ子さんの弟の照明さんらは、日本の大島国連大使が主催した昼食会に出席しました。昼食会には、オランダやルーマニア、それにタイなどヨーロッパやアジアの8か国の国連代表部の幹部が招かれました。家族らは、被害者全員の拉致の経緯について書かれた英語のパンフレットを参加者ひとりひとりに手渡しながら拉致で肉親を奪われた苦しみを訴えかけ、問題解決への協力を求めました。昼食会のあと飯塚繁雄さんは「妹が1歳と2歳の子どもを残したまま拉致されたことなど生々しい拉致の実態を直接話すことができました。私たちの気持がかなり理解されたと感じました」と話しました。増元照明さんは「被害者の家族が高齢化し残された時間が少なくなってきていることも伝えました。世界中が行動を起こしてほしいという気持でいっぱいです」と話しました。拉致被害者の家族らは、4日で6日間のニューヨーク訪問の日程をすべて終え、帰国することにしています。
NHKニュース

女工作員の監視役は4か月間

曽我ひとみさんの拉致事件で2日、国際手配された北朝鮮の工作員の女が、ピョンヤン市内の招待所で曽我さんの監視役をしていた時期は4か月間にわたっていたことがわかり、警察は、このうちどれくらいの間、横田めぐみさんといっしょにいたのかなど当時の詳しい状況を調べています。

曽我ひとみさんは、28年前の昭和53年、新潟県佐渡市の自宅近くで母親のミヨシさんといっしょに3人の男に連れ去られ、船で北朝鮮に拉致されました。警察は、曽我さんと母親のミヨシさんの拉致容疑で「キム・ミョンスク」と名のっていた北朝鮮の工作員の女の逮捕状を取り、2日夜、国際手配しました。キムと名のっていた工作員の女は、拉致の実行だけでなくピョンヤン市内の招待所で曽我さんの監視役をしていましたが、その後の調べで、女が監視役をしていた時期は4か月間にわたっていたことがわかりました。このうちの一時期、横田めぐみさんもいっしょに生活し、女はめぐみさんの監視役も兼ねていたことがわかっています。女は招待所に住み込み、曽我さんとめぐみさんの食事の世話などをしていたということです。警察は、キムと名のっていた工作員の女がどれくらいの間、横田めぐみさんといっしょにいたのかなど当時の詳しい状況を調べています。曽我ひとみさんの拉致事件で国際手配された北朝鮮の工作員の女が一時、曽我さんと横田めぐみさんの監視役をしていたことについて、めぐみさんの父親の滋さんは「これまで曽我さんからは、めぐみといっしょにいたときのさまざまなエピソードを聞かせてもらっていたが、この女が2人の監視役をしていたという話は初めて聞いたので驚いている。めぐみを拉致したシン元工作員と同じように、実行犯が監視や教育まで行っていたということだと思う」と話しています。また、母親の早紀江さんは「北朝鮮で何が起きていたのかがしだいに明らかになってきたという気がする。こうした情報が、再開される6か国協議の場などで北朝鮮に対するプレッシャーになり、拉致問題の解決につながってほしい。近く曽我さんに連絡を取って、ゆっくり話を聞いてみたい」と話しています。
NHKニュース

中川氏 核発言への批判に反論

自民党の中川政務調査会長は3日、佐賀市で講演し、核保有の必要性なども議論すべきだとしたみずからの発言に対し、党内からも懸念や批判が出ていることについて「冷戦時代の議論のままで北朝鮮に対応できるのか」と述べ、反論しました。

この中で、中川政務調査会長は「北朝鮮は日本を攻撃する意思を持っているし、テポドンなど日本を射程におさめるミサイルを保有し、攻撃能力を充実させている。それなのに、なぜ日本が攻撃されたときの対応について議論しないのか。アメリカが守ってくれるという人もいるが、同盟は絶対ではない」と述べ、日本が核を保有する必要があるかどうかを含め、安全保障政策を議論すべきだという考えを重ねて示しました。そのうえで中川氏は、自民党内からも中川氏の発言は国際社会に誤解を与えかねないとして懸念や批判が出ていることについて、「わたしの発言に『いいかげんにしろ』と思っている同僚がいるかもしれないが、冷戦時代の議論のままで、北朝鮮に対応できるのか」と述べ、懸念や批判に反論しました。
NHKニュース