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「よど号」田中義三の入院先は千葉徳洲会病院518号室?

 田中義三受刑者の入院先が千葉徳洲会病院の518号室であるという未確認情報がある。山中幸男・救援連絡センター事務局長はマスコミを遮断しているとのこと。

 田中受刑者は射撃の名手であり、某指定暴力団が北朝鮮にて射撃訓練を受けていた際の通訳を務めていたとの情報もある。田中受刑者の「末期癌」に、どこかリトビネンコ氏殺害を連想させるものがあるといったら考えすぎだろうか。


以下は15日の読売新聞報道。

「よど号」田中義三受刑者、病気で刑執行停止 日航機「よど号」を1970年にハイジャックし、国外移送略取などの罪で懲役12年の実刑が確定し、服役中の元赤軍派メンバー、田中義三(よしみ)受刑者(58)について、東京高検は15日、刑の執行を停止することを決めた。 病状の悪化を考慮したとみられる。同日中に釈放され、千葉県内の病院に入院する見通し。 田中受刑者は熊本刑務所に服役していたが、病気のため、今年11月、大阪医療刑務所に移監されていた。 田中受刑者は70年3月、他のメンバーらとともに乗客乗員計129人が乗った羽田発福岡行きの日航機「よど号」をハイジャックし、北朝鮮に渡った。その後、偽米ドルを使用したとして、96年にカンボジア国内で身柄を拘束された。 タイに移送、起訴されたが、99年に無罪となり、タイ当局から日本へ身柄が引き渡された。02年2月、ハイジャック事件などで懲役12年の有罪判決を受け、03年6月に刑が確定した。

(2006年12月15日13時53分 読売新聞)

North Korea Today Newsblog: 「よど号」田中義三の入院先は千葉徳洲会病院518号室?

手抜き・拉致集会での首相あいさつ全文

 きょうは昭和22年の制定以来、初めて教育基本法が改正される予定で、原稿の準備に忙しいのです。おまけに、昨夜、ちょっとビールを飲み過ぎたせいか、久しぶりに気管が収縮気味(私は喘息持ちなのです)で、少し息苦しいありさまです。

 で、本日のエントリは手抜きで勘弁してもらおうと勝手なことを考えました。今朝の産経は、昨日開催された初の政府主催の拉致集会「拉致問題を考える国民の集い」の模様を報じていますが、安倍首相のあいさつがほんの一言しか載っていないので、その全文を紹介します。

 現場に行った後輩記者がテープ起こしをしたメモを転載するだけですから楽なものです。いやあ、馬齢を重ねるのにもいい面がありますね。今、テレビでは、民主党の菅直人代表代行が安倍内閣を非難し、信任できないと力説する姿が映っていますが、拉致実行犯の助命嘆願をしておいてよく言うよ、とつい思ってしまいます。

 《安倍晋三でございます(大きな拍手)「拉致問題を考える国民の集い」を開催いたしたところ、拉致被害者ご家族のみなさま、そしてタイ、韓国の拉致被害者のご家族のみなさまにご臨席いただき、また多くの国民のみなさまにもご出席いただきましたことを、まず御礼申し上げます。

 北朝鮮による拉致は未曾有の国家的犯罪であります。私は内閣総理大臣として、国民の生命、身体、財産を守るという大きな責務があるわけであります。そしてその責務はもっとも重要な責務であります。そうである以上、この拉致問題において決して譲ることはできません。そしてかならず解決をしなければならない問題であると考えています(拍手)。

 拉致問題の解決なくして国交正常化なしとの原則は、私が総理大臣である限り、必ずこの原則を守っていくということはお約束を申し上げたいと思っております(大きな拍手)。

 私がはじめて拉致問題を知ったのは、まだ父の秘書を務めているころでありました。有本恵子さんのご両親が事務所を訪ねてこられまして、「どうやら娘は北朝鮮によって拉致をされたらしいけど、なんとかならないでしょうか」というお話でありました。

 以来、この問題に取り組んできたわけでありますが2002年に小泉総理が訪朝されました。その結果5人の被害者の方々が20数年ぶりに帰国を果たすことができました。そして、それを待ち望んでいたご家族のみなさまと感激の再開を果たされたわけであります。

 なんとかこの感激を、きょうここにご出席の被害者のご家族のみなさまにも、そして全国で心配しているご家族のみなさま、何よりも救出を待っている被害者のみなさまにも味わっていただきたい。この感激を味わって頂きたいとの思いでこの問題に取り組んでまいったところです。

 19977年9月19日に、久米ゆたかさんが拉致をされました。その後、松本京子、横田めぐみさん、田中実さん、田口八重子さん、市川修一さん、増元るみこさん、曽我ミヨシさん、石岡トオルさん、松木薫さん、原タダアキさん、そして有本恵子さんが相次いで拉致をされました。そしてそれ以外にも拉致をされた方々がいるかもしれません。こうした方々のすべての救出をめざしていくことが私たちに課せられた使命であります。

 すべての拉致被害者の帰国があってはじめて拉致問題は解決されたといえるわけであります(拍手)。私は総理大臣に就任をし拉致問題対策本部の本部長に自らつきました。そして官房長官の塩崎長官を担当の大臣に指名いたしました。そして、皆様ご承知のように中山恭子さんに担当補佐官になっていただいたわけであります。

 そして、現在国際社会においてこの拉致問題にたいする理解をふかめていただくために努力をいたしております。先般のAPECの首脳会合においても、拉致問題の解決の重要性について訴え、そしてすべての首脳の方々からご理解をいただけたと思います。

 また私は、首脳会談を行うごとに拉致問題の存在、そして、この問題を解決をしなければならないその重要性について、訴えている次第であります。段々と世界の国々において理解と、そして北朝鮮に対する国際社会の圧力は高まってきていると思います。

 本年、北朝鮮はミサイルを発射し、そしてまた核実験を強行しました。そういった暴挙に対して我が国は制裁措置を行いました。ミサイル発射の際の、制裁措置に対して、私はこれはミサイルに対しての制裁と同時に拉致問題に対して誠意ある対応をとっていないことに対する日本の意思表示であるということも申し上げた次第であります。

 北朝鮮には核、ミサイル、そして、拉致問題を解決をしなければ、決して国際社会から受け入れられることはないということを認識してもらわなければならないと思っています。

 被害者のご家族のみなさま方も段々年を重ねておられます。一日も早く、我々はこの問題を解決をしていかなければなりません。私の内閣におきまして最重要課題として、全力をもって、この問題に取り組んでまいりますことをお誓いを申し上げる次第でございます。

 ご来場の皆様方、国民のみなさま方のご理解とご支援のほどをお願いもうしあげまして、ごあいさつとさせていただきたいと思います。どうぞよろしくお願いします。ありがとうございました(拍手)》

 熱のこもったいいあいさつだと思います。

手抜き・拉致集会での首相あいさつ全文-国を憂い、われとわが身を甘やかすの記:イザ!

ドーハで働く北朝鮮労働者は「仕事熱心」

12日午後1時(韓国時間午後7時)、カタール・ドーハ市内のハマド病院救急外来。前日の晩、頭に重傷を負い担ぎ込まれた北朝鮮人1人が横になっている。名前はユン・グァンホ、30歳だという。「木を植えに来たんです」と北朝鮮なまりの言葉で答えた。意識がもうろうとしている様子だったが、自分は4人兄弟の3番目で、中国を経てカタールに来たということは覚えていた。「祖国の知性金星合弁会社で肉体労働をしていた」という彼は、1カ月の予定でカタールの造園事業に携わっているそうだ。

 現在、カタールには1000人以上の北朝鮮労働者がいる。そのほとんどが建設現場で作業している。こうした労働者たちは約3年前から目立ち始めたが、今年に入り大幅に増えた。北朝鮮はクウェートの人材会社を通じ、カタールの建築・道路・造園事業現場に労働者を派遣している。アラブ首長国連邦のドバイには北朝鮮の造園会社の支社がある。ユン・グァンホさんもその1人で、カタールに到着してから3日経つそうだ。いつ、どんな事故に遭ったかは憶えていない。「大勢の人に押されて…」と言うだけだ。「一緒に来た同僚たちは、警察と共にユン・グァンホさんを病院の救急外来に搬送、彼の身のまわりの品を置いたままいなくなった」と看護婦は話す。連絡先も渡されていない。救急外来の患者リストにはパク・チャンチョルというでたらめな名前が書かれていた。

 一方、ドーハから南に約40キロ離れているメサイドのカタール石油(QP)従業員住宅建設現場。真っ黒に日焼けした顔の北朝鮮労働者たちが工事中のコンクリートに座り、昼食をとり始めていた。ステンレスのどんぶりにご飯がうず高く盛られ、おかずはキムチなど2~3種類。ここではカタールの建設会社アルジャバー・グループに雇われている北朝鮮労働者243人が2階建の集合住宅164棟を建てている。

 ほとんどが大工と鉄筋工で、建物の骨組をしている。午前7時から最低12時間働き、ひと月250-300ドル(約2万9200-3万5000円)を受け取る。コンクリートが現場に入る日は徹夜で作業する。カタールへ来て8カ月になるという労働者は、「暑さに耐えるのは大変だが、仕事はどこでも同じ」と言った。写真を撮ろうとすると「許可を受けたのか? きつい仕事をしているのに、同じ民族同士でそんなことをするな」と阻止された。現場監督のモハマド・ナデルさんは「管理職クラスのエンジニアたちは全員、北朝鮮の“大統領”の顔が入ったバッジをしている」と話してくれた。そこでその“大統領”はもう死んだと言うと、「ここで働く人たちは死んだのではなく、眠っているだけだと言っていたが…」と言いながら笑った。

 北朝鮮の労働者たちはカタールの建設会社に人気がある。ネパール・バングラデシュ・インド人労働者よりも人件費が安いのに、仕事ができるからだそうだ。アルジャバー・グループのアル・アジナ・ジヤド社長は「作業の成果が高く、とても熱心に働く。もっと多くの北朝鮮労働者を雇いたい」と話す。

 週末には数人ずつでドーハ市内に行くこともある。市内には韓国レストランが2店あるが、ときどき北朝鮮の労働者が来て「キムチを少し分けてもらえないか」と聞くそうだ。10日ほど前には3-4人が来て、メニューを見つめただけでそのまま立ち去ったという。「予約する」というイタズラ電話もあるそうだ。こうした北朝鮮の労働者は、今回のアジア大会に雇用企業の許可を得て作業を早々に終わらせ、集団で応援に来ている。アルジャバー・グループ系列のチョンシン建設チョ・ナムシク部長は「支給される賃金のうち、北の労働者自身が手にする金額はいくらもない。指導員により、ほとんどが本国に送金されていると聞いている」と教えてくれた。

朝鮮日報/朝鮮日報JNS
朝鮮日報 Chosunilbo (Japanese Edition)