本との気持ち103
「抱擁」日野啓三
(集英社・単行本)
蔦に囲われた大きな屋敷にまつわる怪しい人々の交情を濃密な文体で綴った純文学である。村上春樹の長編を読んでいて少々食傷気味になっていたところ、本の整理をしていて出て来た読み差しの古い本であった。初版は1982年2月、内向の文学に新しい視点で取り組み高い評価を得た活字文化がまだ健在な時代の芥川賞作家の作品である。
物語は、樹木が鬱蒼と繁る世間と隔離した邸宅が並ぶ都心の高級住宅街が舞台。その内の大きな敷地の一軒の屋敷を高台から見下ろしていた主人公が不動産屋の男に仕掛けられたようにそこに住み着き、老主人を始めとした崩壊家族に翻弄されながらも自分自身の再生を図ろうとする。しかし海外で失踪した息子の娘の発狂と、後妻の若夫人の誘惑など気狂いじみた仕打ちの前に主人公は狼狽する。やがてカタストロフが当然のようにやって来るが、物語は懸命に再生を賭けて動き出してゆく。
30年以上も前に手にした本。その時に何を思ったか、最後の余白のページにこんな走り書きがあった。
「どんな限りを尽くしたその行為も時間よりも確かな終りがある。悲しみより深い虚しさが私を襲い、誰でもなくなった女だけが笑っていた。人は嬉しくなくても笑えるのだ。妙な確信が虚しさをより深いものにする。自分は何をしているのだろう。女の笑いが声になった途端、私の手は女に降りかかっていた。確かな終りが時間を逆流させ始め、終りのない苦業の扉を開いた」。
本との気持ち102
「フライパンの歌」水上 勉
(角川文庫)
本の整理をしていたら表紙のない古い文庫本、水上勉の「フライパンの歌」(角川文庫)が出てきた。43年ぶりの再読となった。
時代は終戦直後の混乱期。小出版社の収入は不安定な上、熱気と機械音に悩まされる工場の屋根裏部屋での極貧生活。そんな毎日からの脱出のために妻はダンサーとなり、自分は幼な子を連れて妻とは別の土地で小説家を目指す。家族はそれでもいつか一緒に暮らそうと夢を追って懸命に生きてゆく。
「お金がカタキなのよ」と言う妻と、「いじめられれば、いじめられるだけ根を張るみたいに、強くならなければ嘘だと思う…」と言う夫。頑張る夫婦に応えるように病弱な幼な子も元気を見せてきた。そんな小さな家族の物語だが、クリスマスイブの日、子供を抱いて街を彷徨うラストは物悲しくも美しい。
「フライパンの歌」は昭和23年に文潮社という出版社から刊行された水上勉の自伝的処女作だ。広く知られる水上の小説といえば「雁の寺」や「飢餓海峡」、「五番町夕霧楼」、「越前竹人形」などだが、この「フライパンの歌」はそれらよりも10年以上も前の作品なのである。
華々しいデビューの影にあるささやかな秀作には、いかなる希望も捨てない強さを心の底に秘めて生きる当時の水上勉の青春譜が奏でられている。瑞々しいリリシズム溢れる文体は世界に挑戦してるかのように時に激しく時に優しい。感情の発露に抑制を忘れず均衡を保ち、それでも筆は哭きながら作品に命を吹き込む。作家水上勉の発芽だ。
そして思う。心が折れそうな時でもお互いの夢を夢として生きていこうと認め合えばそれだけでいい。物語は終わらなくてもいい。夢さえ見失なわなければ、物語は夢を約束してくれるはずと…。
散歩と読書三昧の日がな、嬉しい再会であった。無聊に無駄はない。

