父の風景「父との旅」
旅が仕事みたいな人だった。父はなぜか東北方面への旅には小さい僕を連れて行ってくれた。その父の旅は子供心にもおかしな旅だった。山あいの淋しい駅に降り立ったかと思うと、父は風景を見渡すばかりで、何をするでもなくいつまでもプラツトホームに佇んでいるのだった。
そんなところへ滑り込んで来た汽車をただ見送るようなこともあった。僕はあまりの空気のおいしさにプラットホームの上を公園がわりに飛び回っていたように覚えている。そして気の遠くなるほどの時間そうしていて、父と僕はまた汽車に乗り込むのだった。
旅の途中、父はひどく口をきかない人だった。僕はどこへ行くのだろうかとまるで人さらいに遭ってしまったかのような気がしたこともあった。汽車は夢のようにどこへまでも音もなく走り続けた。
旅先の昼問、大きな旅館に独り残されて、僕はよく番頭さんや仲居さん達と一緒に遊んでもらった。大時代な造りの旅館の中でかくれんぼして遊んだとき、戸袋にかくれて出られなくなってしまったことがあった。大騒ぎになって父が駆け付けていた。でも父はすぐにまた出かけてしまうのだった。
父の帰りは遅く、決まって酔って帰って来た。でも僕は陽気に酔う父が好きだった。酒の匂いをさせて僕を抱いてくれる父の腕の中で、僕は気持ちよく眠りにつくのだった。
父と僕の旅は長いときで一か月ぐらいのときがあった。そんな旅は退屈で仕方なかった。僕までボーツと風景を見渡すようになってしまっていた。その格好が父にそっくりで、旅館の女の人に笑われた。笑われたら僕はその女の人がちょっと好きになった。僕と遊んでほしいと思った。
旅する父を僕は松尾芭蕉のように思うときがある。三百年前と三十年前の違いはあっても、僕の中で松尾芭蕉は父みたいな人だっただろうなと思うのだ。人生は旅だ、と教えられた。
今、僕も長い旅先にいる……。
そんなところへ滑り込んで来た汽車をただ見送るようなこともあった。僕はあまりの空気のおいしさにプラットホームの上を公園がわりに飛び回っていたように覚えている。そして気の遠くなるほどの時間そうしていて、父と僕はまた汽車に乗り込むのだった。
旅の途中、父はひどく口をきかない人だった。僕はどこへ行くのだろうかとまるで人さらいに遭ってしまったかのような気がしたこともあった。汽車は夢のようにどこへまでも音もなく走り続けた。
旅先の昼問、大きな旅館に独り残されて、僕はよく番頭さんや仲居さん達と一緒に遊んでもらった。大時代な造りの旅館の中でかくれんぼして遊んだとき、戸袋にかくれて出られなくなってしまったことがあった。大騒ぎになって父が駆け付けていた。でも父はすぐにまた出かけてしまうのだった。
父の帰りは遅く、決まって酔って帰って来た。でも僕は陽気に酔う父が好きだった。酒の匂いをさせて僕を抱いてくれる父の腕の中で、僕は気持ちよく眠りにつくのだった。
父と僕の旅は長いときで一か月ぐらいのときがあった。そんな旅は退屈で仕方なかった。僕までボーツと風景を見渡すようになってしまっていた。その格好が父にそっくりで、旅館の女の人に笑われた。笑われたら僕はその女の人がちょっと好きになった。僕と遊んでほしいと思った。
旅する父を僕は松尾芭蕉のように思うときがある。三百年前と三十年前の違いはあっても、僕の中で松尾芭蕉は父みたいな人だっただろうなと思うのだ。人生は旅だ、と教えられた。
今、僕も長い旅先にいる……。
未練箱ナノっだぁ。
僕のMacOS9の右下には、ゴミ箱のすぐ上にもう一つのゴミ箱がある。その名を「未練箱」という。文字どおりゴミ箱には捨てられない、といってもそれほど大事じゃない、でもとっときたい、捨てられない。そういうゴミを待機させておく場所だ。
しかし、結構片づけ魔のくせしてこうなのだ。「仕事は、仕事をするのでなくて、仕事を片づけることである。片づけながら仕事をしろ!」な~んて昔の上司を真似て言って部下を叱ったことがある。そのくらい自分の机の上には何一つないのが自慢であった。
ところがどうだ。その机の引き出しの中は、すさまじい混雑ようなのであった。子供が親に見せられない宝物をいっぱい隠し持っているようなもの。ずっと古い癖がそのままいい大人になっても抜けないでいるのだろうか。というよりも身に付いてしまったのであろう。そう言うと、いいことのように聞こえるが、悪い癖と言ったほうがいいかもしれない。部下を叱っているのだから、その部下からすれば、ろくな癖じゃない。もっと人間くさいといいのに、潔癖を装ってる、そう思われてもしかたない。
よくも悪くも体質的に習慣になってしまっているのだろう。しかし、すべてを捨てることはできないのである。その割合はどの程度かと聞かれても、恐ろしくて答えられない。そんな気持ちを満たしてくれるのが「未練箱」なのである。
女房が言った。「あんたの部屋、結構きれいなのに、どうして大きなゴミ箱が3つもあるのかしら」
亭主の僕が言った。「一週間ごとに一つずつ古いほうから捨ててるんだ。書き捨ての原稿だし、一応ね」
どうして、こうも女房に断定的なものの言いようができないのだろうかとか、原稿だし仕事だからしかたないじゃないかとか、中途半端で言いわけがましいんだろうか。失望は未練の後遺症である。重病になれば自殺しかない。胸の中で考えていたら、書かなければならないコラムに使おうと、失望、未練、自殺とお経を唱えるみたいにつぶやきながら、食卓を退散した。
「未練箱」の中にはテキストファイルやら、アプリケーションファイルやら、画像ファイルやら、MP3ファイルやら、圧縮ファイルやら、中身を見るのも恥ずかしいフォルダやら、とにかく雑多なものが入っている。優に100に迫った数だ。それまで何をしていたのか、と自分が情けなくなる思いに駆られるのである。だから、ふだんはあまり覗かないようにしている。未練の裡には人知れぬどろどろとしたものが宿っている。そんな意味の演歌が聞こえてきそうだ。
中身は、いつか捨てることにしている。「いつか」を「ことにしている」のだから、捨てるのもいつになるのか、至極いい加減だ。「雨が霙に変わるように あたしは貴方を捨てた」なんて、やっぱり演歌が聞こえてきてしまうのである。
捨てるときは供養もせねばなるまい。そうだ、供養塔もいるじゃなうか。なんて、また「未練箱」の中に「供養塔」ができあがる。その次は「棺桶」ができたり、「火葬場」ができたり、はたまた「菩提寺」ができかねないのである。前に記した「中身を見るのも恥ずかしいフォルダ」の正体がそれらである。
この「未練箱」の誕生は、「未練たらたら たたら踏んで どこへ行く」なんてコピーを書いて、大きな土建屋さんの社長に怒られたときからである。たしかに飲み屋の女の子と話していて思いついたコピーで、その晩もしたたか飲んでひとしおいい気分で演歌を歌った。翌日社長の怒りが飛んできて、その怨みを帰った晩のメールチェックでデスクトップに張り込んだ。それが「未練箱」のフォルダだ。生誕、何年になるのだろうか。
しかし、この「未練箱」のおかげで助かったこともある。「未練箱」は外付けのハードディスクに連動しているので、たとえパソコン本体がダメになってもちゃんと保存されている。なくならないことになっている。捨てるには本体のゴミ箱に入れて空にしない限り大丈夫なのである。となると、パソコン本体は未練箱の親みたいなもので、やっぱりゴミの生みの親というわけだ。
この仕組みには女房も関心してくれて、こんなことを言った。「この家もあんたのそのパソコンみたいなものね。私がいて、あんたがいて。あたしはいつまで置いとくの? ゴミ箱はあんた。未練箱はあたし。外付けのハードディスクのように、そろそろ実家に帰らせてもらおうかしら」と。
しかし、結構片づけ魔のくせしてこうなのだ。「仕事は、仕事をするのでなくて、仕事を片づけることである。片づけながら仕事をしろ!」な~んて昔の上司を真似て言って部下を叱ったことがある。そのくらい自分の机の上には何一つないのが自慢であった。
ところがどうだ。その机の引き出しの中は、すさまじい混雑ようなのであった。子供が親に見せられない宝物をいっぱい隠し持っているようなもの。ずっと古い癖がそのままいい大人になっても抜けないでいるのだろうか。というよりも身に付いてしまったのであろう。そう言うと、いいことのように聞こえるが、悪い癖と言ったほうがいいかもしれない。部下を叱っているのだから、その部下からすれば、ろくな癖じゃない。もっと人間くさいといいのに、潔癖を装ってる、そう思われてもしかたない。
よくも悪くも体質的に習慣になってしまっているのだろう。しかし、すべてを捨てることはできないのである。その割合はどの程度かと聞かれても、恐ろしくて答えられない。そんな気持ちを満たしてくれるのが「未練箱」なのである。
女房が言った。「あんたの部屋、結構きれいなのに、どうして大きなゴミ箱が3つもあるのかしら」
亭主の僕が言った。「一週間ごとに一つずつ古いほうから捨ててるんだ。書き捨ての原稿だし、一応ね」
どうして、こうも女房に断定的なものの言いようができないのだろうかとか、原稿だし仕事だからしかたないじゃないかとか、中途半端で言いわけがましいんだろうか。失望は未練の後遺症である。重病になれば自殺しかない。胸の中で考えていたら、書かなければならないコラムに使おうと、失望、未練、自殺とお経を唱えるみたいにつぶやきながら、食卓を退散した。
「未練箱」の中にはテキストファイルやら、アプリケーションファイルやら、画像ファイルやら、MP3ファイルやら、圧縮ファイルやら、中身を見るのも恥ずかしいフォルダやら、とにかく雑多なものが入っている。優に100に迫った数だ。それまで何をしていたのか、と自分が情けなくなる思いに駆られるのである。だから、ふだんはあまり覗かないようにしている。未練の裡には人知れぬどろどろとしたものが宿っている。そんな意味の演歌が聞こえてきそうだ。
中身は、いつか捨てることにしている。「いつか」を「ことにしている」のだから、捨てるのもいつになるのか、至極いい加減だ。「雨が霙に変わるように あたしは貴方を捨てた」なんて、やっぱり演歌が聞こえてきてしまうのである。
捨てるときは供養もせねばなるまい。そうだ、供養塔もいるじゃなうか。なんて、また「未練箱」の中に「供養塔」ができあがる。その次は「棺桶」ができたり、「火葬場」ができたり、はたまた「菩提寺」ができかねないのである。前に記した「中身を見るのも恥ずかしいフォルダ」の正体がそれらである。
この「未練箱」の誕生は、「未練たらたら たたら踏んで どこへ行く」なんてコピーを書いて、大きな土建屋さんの社長に怒られたときからである。たしかに飲み屋の女の子と話していて思いついたコピーで、その晩もしたたか飲んでひとしおいい気分で演歌を歌った。翌日社長の怒りが飛んできて、その怨みを帰った晩のメールチェックでデスクトップに張り込んだ。それが「未練箱」のフォルダだ。生誕、何年になるのだろうか。
しかし、この「未練箱」のおかげで助かったこともある。「未練箱」は外付けのハードディスクに連動しているので、たとえパソコン本体がダメになってもちゃんと保存されている。なくならないことになっている。捨てるには本体のゴミ箱に入れて空にしない限り大丈夫なのである。となると、パソコン本体は未練箱の親みたいなもので、やっぱりゴミの生みの親というわけだ。
この仕組みには女房も関心してくれて、こんなことを言った。「この家もあんたのそのパソコンみたいなものね。私がいて、あんたがいて。あたしはいつまで置いとくの? ゴミ箱はあんた。未練箱はあたし。外付けのハードディスクのように、そろそろ実家に帰らせてもらおうかしら」と。
50を過ぎたら身辺整理を趣味にすると良い!?
小生、団塊世代。再就職やら年金やら保険やら、はたまた女房との日々のやりとりやら、もう身も心ももやもやしてばかりいて、何もかもが遅々と進まず、いっそのこと消えてしまいたいと思うこともあるのだが、それでもとにかく一日一日を一生懸命生きるしかないのである。50をとうに過ぎて、何が趣味なのかわからずにいたら気が付いた。そう、身辺整理だ。それをしようと思い始めた。しかし、である。いつもアイデアはすばらしい小生。小説を書いてもタイトルと出だしばかりなように、身辺整理も裏ビデオの始末をどうしたものかと考えあぐんでいたら、悪い友達からの電話だ。「今夜どうだ、一杯やらないか」。女房はちょうど宿直の日。身辺整理もとん挫した。で、ひとしきり飲んでしまい、お金の整理、と相成った次第だ。肝心な身辺整理は、そう明日があるじゃないか。僕にも未来があったのだ。そんな夢を抱いて床につく。翌朝、生きているから目覚める。全身で自己嫌悪を感じる。「一生懸命」の四文字を女房の顔と一緒に思い出す。一番楽なことから始めた。新聞を眺める。
3月10日毎日新聞の「暮らしWORLD」におもしろい記事があった。上大岡トメという何とも時代劇のお婆さん役のようなお名前のきれいなイラストレーターに、最近出版して106万部も売れてるという「キッパリ!たった5分で自分を変える方法」(幻冬舎)という本についてインタビュー取材した記事。引っ越しシーズンに当てた内容で、小生に引っ越しは当面用事がないのだが、なんとなく女優さんのような彼女がテンコポーズをとった元気はつらつな写真が目に入ったのがきっかけ。次に彼女の漫画。その上手でないみたいな心憎いタッチが目が離せなくなるくらいの親しみがこもっていて、僕はこういうの嫌いじゃない。でもね、一つ注文していいかな、吹き出しの言葉。細かい作業が嫌いなめんどうくさがり屋の鉢巻きをした主婦が、汗を吹き出しながら茶碗などの食器を段ボールに詰め込んでいる図。彼女はきっとトメさん。その吹き出し。「大丈夫!引っ越しの日は決まってるから」のもう一つの「できるはず!」のほう。「できるはず!」じゃなく、「終えるはず!」に僕はしたい。そのほうが楽に進みそう。死ななければまだ時間はたっぷりあるのだし、やめないで続けていればとりあえずラストは向こうからやってくる。僕はそう信じてる。そういう自分を信じることにしている。だから、できる自分より、終えられる自分のほうがずっと確か。できなかったらどうしよう、なんて心配、もう勘弁してほしいの。勝手なこと言いました、トメさん。読んでみると、引っ越しや身辺整理に役立つうれしいお助け言葉が星のように散りばめられていました。「中身を見ずにさっと束ねる」「やらなきゃいけないことをすべて書き出す」「粗大ゴミの日を確認して要らないものを始末する」「一覧表にして優先順序をつけ、目に付くところに張っておく」「大きい変化は小さい変化から」「急に変化するのは無理だから、昨日しなかったことを一つしよう」などなど。
その日の晩、帰ってきた女房が新聞を読んでいたので「キッパリ!」の記事のことを話したら、「私も始めようかしら。そうねぇ、まずは粗大ゴミよね。それも生ゴミ」と言って、彼女は僕をとても潤んだ瞳で見つめた。
3月10日毎日新聞の「暮らしWORLD」におもしろい記事があった。上大岡トメという何とも時代劇のお婆さん役のようなお名前のきれいなイラストレーターに、最近出版して106万部も売れてるという「キッパリ!たった5分で自分を変える方法」(幻冬舎)という本についてインタビュー取材した記事。引っ越しシーズンに当てた内容で、小生に引っ越しは当面用事がないのだが、なんとなく女優さんのような彼女がテンコポーズをとった元気はつらつな写真が目に入ったのがきっかけ。次に彼女の漫画。その上手でないみたいな心憎いタッチが目が離せなくなるくらいの親しみがこもっていて、僕はこういうの嫌いじゃない。でもね、一つ注文していいかな、吹き出しの言葉。細かい作業が嫌いなめんどうくさがり屋の鉢巻きをした主婦が、汗を吹き出しながら茶碗などの食器を段ボールに詰め込んでいる図。彼女はきっとトメさん。その吹き出し。「大丈夫!引っ越しの日は決まってるから」のもう一つの「できるはず!」のほう。「できるはず!」じゃなく、「終えるはず!」に僕はしたい。そのほうが楽に進みそう。死ななければまだ時間はたっぷりあるのだし、やめないで続けていればとりあえずラストは向こうからやってくる。僕はそう信じてる。そういう自分を信じることにしている。だから、できる自分より、終えられる自分のほうがずっと確か。できなかったらどうしよう、なんて心配、もう勘弁してほしいの。勝手なこと言いました、トメさん。読んでみると、引っ越しや身辺整理に役立つうれしいお助け言葉が星のように散りばめられていました。「中身を見ずにさっと束ねる」「やらなきゃいけないことをすべて書き出す」「粗大ゴミの日を確認して要らないものを始末する」「一覧表にして優先順序をつけ、目に付くところに張っておく」「大きい変化は小さい変化から」「急に変化するのは無理だから、昨日しなかったことを一つしよう」などなど。
その日の晩、帰ってきた女房が新聞を読んでいたので「キッパリ!」の記事のことを話したら、「私も始めようかしら。そうねぇ、まずは粗大ゴミよね。それも生ゴミ」と言って、彼女は僕をとても潤んだ瞳で見つめた。