ショート・ショート「残り時間」
一本の電話があって懐かしくてデートをすると、お互い老境に入った彼女が言った。
「月に一度は会っておかないと、だんだん醜くなっていく自分が恥ずかしい」
妻のように身近なお互いなら気づいても見慣れて許せるけど、身近の御法度な間柄には変わり果ててゆくお互いでは笑いも半分以下になってしまう。しかし時々会って見ていれば、まったく気づかないで済むわけではないけれど、まだまだ大丈夫だと苦笑いも花丸は無理でも二重丸くらいにはなるだろう。
彼は今、大恋愛中である。そう、老いらくの恋というアレ。
町内のグループホームでときどき会う彼女。彼も彼女もきっと家族に言われていくつものあちこちのホームに通っているのだろう。そんな日々のスクランブル・ランデヴー。ずっと昔の同級生。「なあんだ、こんな近くにいたのかぁ」。遠い彼の初恋。今となっては何もかも遅いけれど人生晩年、残り時間はあと少しくらいはありそう。そこで彼は告白した。
「今度生まれてきた時には必ず一緒になろう」と。
すると彼女曰く、「生まれ変わるより今すぐ死んだ方が早いわ」。
そう言ってぎゅっと握られた手にはぬめりとした汗が滲んでいた。
「月に一度は会っておかないと、だんだん醜くなっていく自分が恥ずかしい」
妻のように身近なお互いなら気づいても見慣れて許せるけど、身近の御法度な間柄には変わり果ててゆくお互いでは笑いも半分以下になってしまう。しかし時々会って見ていれば、まったく気づかないで済むわけではないけれど、まだまだ大丈夫だと苦笑いも花丸は無理でも二重丸くらいにはなるだろう。
彼は今、大恋愛中である。そう、老いらくの恋というアレ。
町内のグループホームでときどき会う彼女。彼も彼女もきっと家族に言われていくつものあちこちのホームに通っているのだろう。そんな日々のスクランブル・ランデヴー。ずっと昔の同級生。「なあんだ、こんな近くにいたのかぁ」。遠い彼の初恋。今となっては何もかも遅いけれど人生晩年、残り時間はあと少しくらいはありそう。そこで彼は告白した。
「今度生まれてきた時には必ず一緒になろう」と。
すると彼女曰く、「生まれ変わるより今すぐ死んだ方が早いわ」。
そう言ってぎゅっと握られた手にはぬめりとした汗が滲んでいた。
本との気持ち31
「箱の中」阿刀田 高
(文春文庫・円)
「箱の中」
妻は夫の思い違いを逆手に、無心男の義理の息子の殺害を思いつく。読者にもすっかり思い込ませておいて、実はラストでまったくそれが思い違いで、気づいてもいなかった恐ろしい思案が浮かび上がるというドンデン返し。夫が戻ってきた時には息子を殺した妻は逃亡してしまい、夫が現場で捕まるという結末が想像できて、他人事のように楽しい。
「暗い頭」
イラストレーターの自分の作品を学生時代に盗作したという男が「おとしまえ」と言って罰に自分を殴ってくれと言って来たので、仕方なく殴ってやった。その後そのことをエッセイに書いたら、男はそのエッセイを読んでいて、今度は「あんたも俺のことを書いて盗作したのだからおとしまえつけさせてくれ」と言って来た。男が拳にした指をポキンと鳴らしたラストが不気味だった。
「死んだ女」
不倫は人生の忘れ物を取り返しに行くけど、忘れ物はけして思い出にならない。もっと別な忘れ物を投げつけてくる……?想像と現実の狭間に迷うと結局、想像が現実を超えて身に降りかかってくる、そんなラスト。たった一つでもその記憶のほころびに誘われて我知らずに行動してしまうと、想像のままでよかったものを、現実の小さな恐怖へと導かれてしまう。そこが現実の世界だったりしてしまうそんな世界の箱の中に人は生きているというわけ。
「陽の当たる家」
平穏な生活の中の怖い記憶。恐怖は息もつかないでひそんでいる。前世も遺伝するとか。短い中にもいろんな符号や伏線を張った凝った仕掛けは阿刀田の真骨頂だ。
「強清水」
記憶の扉を小突いてくるような現実に人はいつも我を顧みる。そこにあるものは必ず小さな恐怖を宿した甘い罠のような誘惑の影がある。夢も思い出も記憶におさまると、現実の隙間で小さな恐怖が時折顔をのぞかせにくる。めぐる思案が酒の味のする水の滝の音の中で暗い影を落としてくる。
「汚れたガラス窓」
悪い結果にはそれだけでない悪いことの連鎖が理由もなく重なってゆく。思いつく節は必ずある。それはいつもささいなこと。この小説ではきれいに掃除をしないいつまでも残っているガラス窓の汚れ。汚れはいつか必ず腐るのだ。その腐る寸前には思いがけない事態が起こる。汚れには恐怖がこびり付いている!
「帰り道」
迷路のような帰り道、遠い記憶の街をなぞっていた。どんどん逆行していく中で不安から助けてくれたのはやっぱり母の胸、その母が死んだ。あとは感触のような記憶が迷いを感傷へと誘うだけ…。読んでいても、迷いから拭いきれない文脈がどうするの、どうすればいいのと問いかけているようだった。やっぱり行きはよいよい帰りは怖いんだ。でも懐かしい記憶に癒されることもあるけど、それは儚くて深く人知れないこと…。
その他、3編。
箱の中 (文春文庫)/阿刀田 高

¥500
Amazon.co.jp
(文春文庫・円)
「箱の中」
妻は夫の思い違いを逆手に、無心男の義理の息子の殺害を思いつく。読者にもすっかり思い込ませておいて、実はラストでまったくそれが思い違いで、気づいてもいなかった恐ろしい思案が浮かび上がるというドンデン返し。夫が戻ってきた時には息子を殺した妻は逃亡してしまい、夫が現場で捕まるという結末が想像できて、他人事のように楽しい。
「暗い頭」
イラストレーターの自分の作品を学生時代に盗作したという男が「おとしまえ」と言って罰に自分を殴ってくれと言って来たので、仕方なく殴ってやった。その後そのことをエッセイに書いたら、男はそのエッセイを読んでいて、今度は「あんたも俺のことを書いて盗作したのだからおとしまえつけさせてくれ」と言って来た。男が拳にした指をポキンと鳴らしたラストが不気味だった。
「死んだ女」
不倫は人生の忘れ物を取り返しに行くけど、忘れ物はけして思い出にならない。もっと別な忘れ物を投げつけてくる……?想像と現実の狭間に迷うと結局、想像が現実を超えて身に降りかかってくる、そんなラスト。たった一つでもその記憶のほころびに誘われて我知らずに行動してしまうと、想像のままでよかったものを、現実の小さな恐怖へと導かれてしまう。そこが現実の世界だったりしてしまうそんな世界の箱の中に人は生きているというわけ。
「陽の当たる家」
平穏な生活の中の怖い記憶。恐怖は息もつかないでひそんでいる。前世も遺伝するとか。短い中にもいろんな符号や伏線を張った凝った仕掛けは阿刀田の真骨頂だ。
「強清水」
記憶の扉を小突いてくるような現実に人はいつも我を顧みる。そこにあるものは必ず小さな恐怖を宿した甘い罠のような誘惑の影がある。夢も思い出も記憶におさまると、現実の隙間で小さな恐怖が時折顔をのぞかせにくる。めぐる思案が酒の味のする水の滝の音の中で暗い影を落としてくる。
「汚れたガラス窓」
悪い結果にはそれだけでない悪いことの連鎖が理由もなく重なってゆく。思いつく節は必ずある。それはいつもささいなこと。この小説ではきれいに掃除をしないいつまでも残っているガラス窓の汚れ。汚れはいつか必ず腐るのだ。その腐る寸前には思いがけない事態が起こる。汚れには恐怖がこびり付いている!
「帰り道」
迷路のような帰り道、遠い記憶の街をなぞっていた。どんどん逆行していく中で不安から助けてくれたのはやっぱり母の胸、その母が死んだ。あとは感触のような記憶が迷いを感傷へと誘うだけ…。読んでいても、迷いから拭いきれない文脈がどうするの、どうすればいいのと問いかけているようだった。やっぱり行きはよいよい帰りは怖いんだ。でも懐かしい記憶に癒されることもあるけど、それは儚くて深く人知れないこと…。
その他、3編。
箱の中 (文春文庫)/阿刀田 高

¥500
Amazon.co.jp
本との気持ち30
「ガラスの肖像」阿刀田 高
(講談社文庫・509円)
「紅の火」
恐怖を滑らかなイメージに変えたストーリー。振り向いた女が男にどう映ったのか、その瞬間の描写がほしかった。夫の浮気に嫉妬した妻の狂気が口紅のいたずらで口さけ女に変身したのだろうけど、もっと恐怖の現場を表現して、お化け屋敷のような楽しみを味わさせてもらいたかった。
「夜間飛行」
浮気相手の女の悲しい死に方がやるせないものを感じさせる。女との記憶はすべて香水の匂い。死んでも今夜も現れるかもしれないと友人から聞かされ部屋を出てエレベーターに乗ろうとしてドアを開くと、誰も乗っていないはずのエレベーターの中から香水の匂いがした。さりげないエンドマークだが、なんとなく消化不良。
「不眠療法」
過去の女を1人ずつ順に思い出しながら、その数を数える。そんな不眠療法の話を、屋台の酔客から聞いた女屋台主の話。独り身の彼女も過去の男達を宝石箱の中身を確かめるように思い出しながら眠りにつく。屋台と酔客達の情景がよく伝わる一篇だ。
ところで、僕にも眠れぬ夜に羊の代わりに思い出して数える密かな内緒がある、指折り数えて……。
「モンゴル模様」
赤ん坊のお尻の紫色のシミは、妊娠中にセックスをした跡が生まれた子に現れ出たものという。良介の父は小学1年生の頃に死に、母もその後死んだ。1人の男が訪ねてきて、母は父に無理矢理されて良介を産んだのだと言うのだが、その後こっそり一人暮らししていた母をその男が訪ね産声の良介を取り上げたともいうのだ。母は男と関係したのだろうか、良介にはモンゴル模様があった。そして、自分の子供にもモンゴル斑が……。
昔、銭湯でよくそんな斑のある子供を見るとその両脇にえくぼのようなくぼみが並んでかわいいな思ったことがあるけど、もちろん僕にはなかったよね。
「靴の行方」
死にたがる靴があると、新幹線のシートの隣に座った年輩の男が言った。亜矢子は京都へ不倫相手に会いに行くところだった。京都の桜の名所・大原の奥にある翠黛山を教えられ、名刺の裏に地図を書いてくれた。不倫相手の男とその山へ行くと、あの年配の男の人が履いていた靴があった。と見上げると、年配のその男がその桜の木に首をつって死んでいた。
亜矢子はそんな暗い記憶を抱いて、今日も不倫男のいる京都へ向かって新幹線の中にいる。恋しがっている靴を履いて……。男と恋人の関係が分かると、もっとゾッとしてよかったのに。
「花の儀式」
かつてレイプされた後に体を洗った花の香りの石けん。今でも同じ石けんを使っている。だから、男たちに抱かれるたびにも使っている。北村に抱かれても、やっぱりあのレイプの記憶は石けんのようには消してくれない。レイプの屈辱と石けんの花の香りとが性の喜びを教えた……。っていうストーリーなんだけど、女の悲しい性(さが)というにはちょっと残酷。花の香りで救われてたかな。
「精霊流し」
洗足池の精霊流しへ妻の知恵子と長男洋一の三人で行った。浴衣を着た妻が美しかった。その時不吉なものを感じた。その後、妻と長男は自分の運転の事故で亡くしてしまった。今、自分は病院の床の身でいる。ある夜、窓の向こうの洗足池に灯が見えた。見舞いに来た甥と姪が自分の棺を乗せて精霊流しの洗足池を後にしてゆく。文章がいい実に文学的な短編だった。
「マンスフィールドを読む女」
おいしい不倫しているヒロイン。旅への途中、マンスフィールドを読む女と知り合った。彼女は、ヒロインの不倫の男の新しい女だった、というだけの話だが、不倫のおいしさが優しく伝わる感じが心地よい文体ににじんでいる。
「筒坂」
五反田のマンションの4階の3LDKに男はいる。そこから見える筒坂を歩いて美女が訪ねてきた。女は傘を忘れていった。フロイトの説「傘を忘れると、もう一度必ずやってくる」。そして30年が過ぎ、女は男の同じマンションを訪ね、再び別れた。悪くない小説だと思う。
そういえば、あのスナックに忘れた傘、どうしたっけ。
「それぞれの遠景」
それぞれ二人の女がドラムオンファイヤーを聴きながら、昔の若い頃の行きずりの男の子とを思い出している。今は、二人とも同じマンションで平凡に幸せに暮らしている。女として幸せだったのかしら、と。
その他、2編。
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(講談社文庫・509円)
「紅の火」
恐怖を滑らかなイメージに変えたストーリー。振り向いた女が男にどう映ったのか、その瞬間の描写がほしかった。夫の浮気に嫉妬した妻の狂気が口紅のいたずらで口さけ女に変身したのだろうけど、もっと恐怖の現場を表現して、お化け屋敷のような楽しみを味わさせてもらいたかった。
「夜間飛行」
浮気相手の女の悲しい死に方がやるせないものを感じさせる。女との記憶はすべて香水の匂い。死んでも今夜も現れるかもしれないと友人から聞かされ部屋を出てエレベーターに乗ろうとしてドアを開くと、誰も乗っていないはずのエレベーターの中から香水の匂いがした。さりげないエンドマークだが、なんとなく消化不良。
「不眠療法」
過去の女を1人ずつ順に思い出しながら、その数を数える。そんな不眠療法の話を、屋台の酔客から聞いた女屋台主の話。独り身の彼女も過去の男達を宝石箱の中身を確かめるように思い出しながら眠りにつく。屋台と酔客達の情景がよく伝わる一篇だ。
ところで、僕にも眠れぬ夜に羊の代わりに思い出して数える密かな内緒がある、指折り数えて……。
「モンゴル模様」
赤ん坊のお尻の紫色のシミは、妊娠中にセックスをした跡が生まれた子に現れ出たものという。良介の父は小学1年生の頃に死に、母もその後死んだ。1人の男が訪ねてきて、母は父に無理矢理されて良介を産んだのだと言うのだが、その後こっそり一人暮らししていた母をその男が訪ね産声の良介を取り上げたともいうのだ。母は男と関係したのだろうか、良介にはモンゴル模様があった。そして、自分の子供にもモンゴル斑が……。
昔、銭湯でよくそんな斑のある子供を見るとその両脇にえくぼのようなくぼみが並んでかわいいな思ったことがあるけど、もちろん僕にはなかったよね。
「靴の行方」
死にたがる靴があると、新幹線のシートの隣に座った年輩の男が言った。亜矢子は京都へ不倫相手に会いに行くところだった。京都の桜の名所・大原の奥にある翠黛山を教えられ、名刺の裏に地図を書いてくれた。不倫相手の男とその山へ行くと、あの年配の男の人が履いていた靴があった。と見上げると、年配のその男がその桜の木に首をつって死んでいた。
亜矢子はそんな暗い記憶を抱いて、今日も不倫男のいる京都へ向かって新幹線の中にいる。恋しがっている靴を履いて……。男と恋人の関係が分かると、もっとゾッとしてよかったのに。
「花の儀式」
かつてレイプされた後に体を洗った花の香りの石けん。今でも同じ石けんを使っている。だから、男たちに抱かれるたびにも使っている。北村に抱かれても、やっぱりあのレイプの記憶は石けんのようには消してくれない。レイプの屈辱と石けんの花の香りとが性の喜びを教えた……。っていうストーリーなんだけど、女の悲しい性(さが)というにはちょっと残酷。花の香りで救われてたかな。
「精霊流し」
洗足池の精霊流しへ妻の知恵子と長男洋一の三人で行った。浴衣を着た妻が美しかった。その時不吉なものを感じた。その後、妻と長男は自分の運転の事故で亡くしてしまった。今、自分は病院の床の身でいる。ある夜、窓の向こうの洗足池に灯が見えた。見舞いに来た甥と姪が自分の棺を乗せて精霊流しの洗足池を後にしてゆく。文章がいい実に文学的な短編だった。
「マンスフィールドを読む女」
おいしい不倫しているヒロイン。旅への途中、マンスフィールドを読む女と知り合った。彼女は、ヒロインの不倫の男の新しい女だった、というだけの話だが、不倫のおいしさが優しく伝わる感じが心地よい文体ににじんでいる。
「筒坂」
五反田のマンションの4階の3LDKに男はいる。そこから見える筒坂を歩いて美女が訪ねてきた。女は傘を忘れていった。フロイトの説「傘を忘れると、もう一度必ずやってくる」。そして30年が過ぎ、女は男の同じマンションを訪ね、再び別れた。悪くない小説だと思う。
そういえば、あのスナックに忘れた傘、どうしたっけ。
「それぞれの遠景」
それぞれ二人の女がドラムオンファイヤーを聴きながら、昔の若い頃の行きずりの男の子とを思い出している。今は、二人とも同じマンションで平凡に幸せに暮らしている。女として幸せだったのかしら、と。
その他、2編。
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