本との気持ち29
「葬式は必要!」一条真也 著
(双葉新書・740円)
これよりも先に出た島田裕巳著「葬式は、要らない」(幻冬舎新書)の反論の書ではないかと、多少興奮気味に手に入れ読み始めた。
ブッダも最期は弟子達に葬儀を出してもらった。また、孔子も孟子も葬式の意義を説いている。さらに、哲学者ヘーゲルも『精神現象学』で死の恐怖を知ることによって「自己」の意識が芽生えるとして死を弔う制度ができるのは必然的だと説いている等々、案の定、昨今かまびすしい葬式無用論への反論から始まる。猿がヒトになったのは死者を埋葬した瞬間からで、ヒトにとっては葬式は人間の存在基盤である、と話は進んでゆく。
著者は冠婚葬祭業者でもある。しかし、なべて営業トークに堕していないのが好感の持てるところで、ひとえに死者を憂う遺族の心情を慮っている。悲しみにくれている心にはきちんと死者を弔う「かたち」を与えて「ちから」としなければならない。「いのち」が軽んじられ、家族、親戚、隣近所などつながりが疎遠になりがちな現代の「無縁社会」にあって、葬式について考えることには大きな深い意義があると説く。葬式の費用にしろ、贅沢でなくとも不必要であるはずがない。値段ではないのだ。弔う費用に多寡を言うのはそれこそ「さもしい」ことだろう。
島田氏のタイトル「葬式は、要らない」を著者は出版社が付けたもので、島田氏自身はその本の中で葬式の必要性を必ずしも否定はしていないと指摘。その引用が引き出され、著者一条は雀躍たる筆を振るう。しかも最後に「葬式は必要!」と雄叫びを上げて〆ている。どちらから読むか。どちらかしか読まないか。はたまたどちらも読まないか。いずれにしろ誰にもその時はやってくる。
葬式は必要! (双葉新書)/一条 真也

¥740
Amazon.co.jp
(双葉新書・740円)
これよりも先に出た島田裕巳著「葬式は、要らない」(幻冬舎新書)の反論の書ではないかと、多少興奮気味に手に入れ読み始めた。
ブッダも最期は弟子達に葬儀を出してもらった。また、孔子も孟子も葬式の意義を説いている。さらに、哲学者ヘーゲルも『精神現象学』で死の恐怖を知ることによって「自己」の意識が芽生えるとして死を弔う制度ができるのは必然的だと説いている等々、案の定、昨今かまびすしい葬式無用論への反論から始まる。猿がヒトになったのは死者を埋葬した瞬間からで、ヒトにとっては葬式は人間の存在基盤である、と話は進んでゆく。
著者は冠婚葬祭業者でもある。しかし、なべて営業トークに堕していないのが好感の持てるところで、ひとえに死者を憂う遺族の心情を慮っている。悲しみにくれている心にはきちんと死者を弔う「かたち」を与えて「ちから」としなければならない。「いのち」が軽んじられ、家族、親戚、隣近所などつながりが疎遠になりがちな現代の「無縁社会」にあって、葬式について考えることには大きな深い意義があると説く。葬式の費用にしろ、贅沢でなくとも不必要であるはずがない。値段ではないのだ。弔う費用に多寡を言うのはそれこそ「さもしい」ことだろう。
島田氏のタイトル「葬式は、要らない」を著者は出版社が付けたもので、島田氏自身はその本の中で葬式の必要性を必ずしも否定はしていないと指摘。その引用が引き出され、著者一条は雀躍たる筆を振るう。しかも最後に「葬式は必要!」と雄叫びを上げて〆ている。どちらから読むか。どちらかしか読まないか。はたまたどちらも読まないか。いずれにしろ誰にもその時はやってくる。
葬式は必要! (双葉新書)/一条 真也

¥740
Amazon.co.jp
本との気持ち27
図解「哲学」は図で考えると面白い
ーはじめての思考の手引きー 白取春彦・監修
(青春出版社、B5判96ページ、本体1050円)
「14歳の哲学」にがっかりしていたところにいい本を見つけた。それがこれ。
なんでも図や数式に置き換えてみると、思いがけなく分かりそうな気分になれるのが嬉しいよね。哲学は想像して納得するまでのフカーイ(不快じゃないよ)気分みたいなもので、学問だろうけど、今すぐ役に立たないところが、自分と似ていて味方を得たようだし、諦めてもずっと寄り添っていてくれそうだし、デカルトが哲学を宗教から解放したようにね。なんたって4世紀末ゲルマン族の大移動から、15世紀半ばにローマ帝国が君臨するまでの1000年にわたる中世の長い長い歴史の時間に横たわっていたものを立ち上がらせたのだからスゴイ。「われ思う、ゆえにわれ在り」というわけかな。あとは読んでみて下さい。「われ在り、ゆえにわれ思う」かも。
図解「哲学」は図で考えると面白い―はじめての思考の手引き/白取 春彦

¥1,050
Amazon.co.jp
ーはじめての思考の手引きー 白取春彦・監修
(青春出版社、B5判96ページ、本体1050円)
「14歳の哲学」にがっかりしていたところにいい本を見つけた。それがこれ。
なんでも図や数式に置き換えてみると、思いがけなく分かりそうな気分になれるのが嬉しいよね。哲学は想像して納得するまでのフカーイ(不快じゃないよ)気分みたいなもので、学問だろうけど、今すぐ役に立たないところが、自分と似ていて味方を得たようだし、諦めてもずっと寄り添っていてくれそうだし、デカルトが哲学を宗教から解放したようにね。なんたって4世紀末ゲルマン族の大移動から、15世紀半ばにローマ帝国が君臨するまでの1000年にわたる中世の長い長い歴史の時間に横たわっていたものを立ち上がらせたのだからスゴイ。「われ思う、ゆえにわれ在り」というわけかな。あとは読んでみて下さい。「われ在り、ゆえにわれ思う」かも。
図解「哲学」は図で考えると面白い―はじめての思考の手引き/白取 春彦

¥1,050
Amazon.co.jp
