コラムなタイム -26ページ目

本との気持ち71

「ユダヤの力」加瀬英明
(三笠書房・知的いきかた文庫・500円)

 かのアインシュタインもフロイトも、大金持ちのロスチャイルド家も成功者や天才の多くはユダヤ人だということがよく言われる。そのユダヤの強みの“なぜ”に答えてくれるのがこの本だ。副題には「ユダヤ人はなぜ頭がいいのか、なぜ成功するのか! 」とある。
 筆者は1936年生まれ、エール大学とコロンビア大学を出て、『ブリタニカ国際百科事典』の初代編集長として活躍したユダヤ問題の研究家で、『ユダヤ5000年の知恵』などの著書がある。
 ユダヤ人は紀元前18世紀、今のイラクの首都・バグダッドからイスラエルのカナン(後のパレスチナ)でユダヤ国家を築いたが、度重なる権力闘争の国家興亡のなか飢饉などから逃れるためにエジプトへ渡る。しかしほとんどのユダヤ人が奴隷としてバビロニアに連行され、後に解放されて国家再興を果たすも紀元70年には最期のユダヤ国家がローマ軍に滅ぼされてしまう。そしてユダヤ人は全世界へと四散、1948年建国まで迫害「ディアスポラ」の歴史を歩んだ。
 しかし、ユダヤ人は生き残るための強い思考法を自然に身につけていった。もともとユダヤ教はキリスト教の「祈る宗教」に対し「学ぶ宗教」で、ユダヤ人は神の「選民」として「完成された存在」と書かれ「聖書の民」と呼ばれていた。歴史的にも長年国土を持たなかったので、歴史の辛酸をなめ尽くしたユダヤ人は「疑問点を持つ」という思考力に長け、「疑うことは知性の入口だ」と考えた。そこには「学ぶことは神に近づくこと」という信仰があったからだ。
 その教えを伝えるものには、聖書の他に『タルムード』がある。その本は「新しいものを創造する」ということがテーマとされている「ユダヤ人の教科書」で、「知恵は武器に勝る」とか「質問は真実を引き出すカギである」とかの多くの格言が書かれている。そしてそのどれからも、世界を渡り歩いた移民だっただけに敗北の日を忘れず権威に盲従することを戒めてきたユダヤ人の強みが伺える。それが世界の冠たる彼らの無敵の哲学と商法を生んだのだ。
 それにしても、ユダヤの格言に「歳をとってから初めて学ぼうとする者は、若い妻をもらった老人と変わらない」という言葉があるという発見にはちょっとショックであった。アインシュタインの「教育とは忘れた後に残ったもの」という言葉も引用され、何ともダブルショックであった。還暦を越え、ようやく自由な勉強の時間が出来たと思ったところでの気づきであった。年をとることも与えられた試練のうちということか。しかし思い出した。「乗り越えられない試練を神は与えない」。そう、たしか聖書にあった教えではなかったか。


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本との気持ち70

「怖い絵」久世光彦
(文春文庫・693円)

 青春とは大人への入口だ。何重にもある襞を剥ぎ取りながら最後の一歩へ踏み出して行く入口だ。そこには必ず秘めた「事件」がある。それはベックリンの「死の鳥」やビアズリーの〈サロメ〉、クノップスの「死都ブリュージュ」などに出会うたびに起こった。著者にとってはその泰西絵画の「怖い絵」のどれにも、思春期から青春期に身近にいた女性達に寄せた性欲的な思い出がつきまとっていた。それらは親友が邪魔をするように仕掛けてくる大人びた行為に翻弄されながら、ますますその恐怖度を増殖していった。久世の恐怖心には性への好奇心が同居していて、知性までもが性欲的な求愛を帯びた。それは成就できない恋のもどかしさにも酷似して、ときめく彼の感傷的な美意識を刺激するのだった。そして彼は知る。「絵が怖いのではない。絵を見て怖いと思う自分が怖いのだ」、と。
 それにしても、アントナン・アルトーの『ヴァン・ゴッホ』のようなとんだ甘い毒のある本だった。途中で何度も読み捨ててしまおうかと思った。しかし捨て切れなかったのは、こうした著者と同じ幼児体験が男の誰にも少なからずあるからだろう。夢精を懐かしむと言ったら、そんな読後感を著者は何と思うだろう。


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本との気持ち69

「木暮荘物語」三浦しおん
(祥伝社・1575円)

 本のタイトルは古風な感じで古いアパートの住人達の人情噺と思いきや、近頃の若い小説家さんは何ともスゴイものですね。随所にある官能小説を超えたリアルな語彙には参りました。特に最後の『嘘の味』にある「嘘をついたときは砂の味、浮気していたら泥の味」とか「粘膜に粘膜で触れたこと」とか「恋心と下半身が直結しにくい」とか、下ネタ小説かって怒りたくなることもあったけど、アハン、最後の読み切りまでイケました。
 というのも、セックスって男だけがいつも考えてばかりいることだと思っていたけれど、女性もけっこう凄いこと考えてるんだなぁって、このたびは改めて思い知らされた次第なのです。まぁ、総じてオジさんの煩悩を刺激するようで大変に結構でした。女性もみんなスケベェなんですね。安心しちゃいました。
 本書は7つの短編連作集で、一気に読める快感的な読書体験が味わえます。陽気な三角関係の『シンプリーヘブン』、大家の木暮老人のセックス願望を描いた『心身』、プラットホームの柱の男根をめぐる男と女の出会いがファンタジックな『柱の実り』、夫の浮気の現場に踏み込んで土下座をさせる『黒い飲み物』、のぞきがバレたら「いいよ」なんて言われちゃうどっちもどっちって感じの『穴』、友達から預かった赤ちゃんとの別れが愛しい『ピース』、それに未練がましいストーカーがセレブと暮らす『嘘の味』。帯にある書店員さん達のコメントは分かりやすくて良かったし、とにかくしおんさんはスゴイんだね。

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