コラムなタイム -19ページ目

年の瀬に

 酒代も クスリで消える お小遣い

年の瀬、忘年会やら気の早い新年会の誘いがある。
しかし先立つものの方が年の瀬の感じで、とりあえず目下の薬代へと消えていく。
よく考えれば、これも年の瀬に限ったことではないのだ。
毎月、二つ三つの病院通いはこの歳になればリクリエーションみたいなものだ。
通わなければ、病変してもっと大きな病院へ変わったかと思われてしまう。
それが嫌で通わなければ身も心も持たないのだから、何とも仕難い。
薬代がお小遣いになれば、あの世はもうそう遠くないということ。
覚悟の程が試される年代だ、とにもかくにも養生あれ。

大人の遠足

 定年後 初めての車中 浮く二人

久しぶりに夫婦二人で上京の新幹線に乗った。
初めての時を思い出して浮かんだのが、この一句。
二人はすっかり遠足気分で、食べたり飲んだり、ぺちゃくちゃと大はしゃぎ。
車窓の人気のない田んぼの景色に農作業の人を見つけて自慢し合ったり、
車内伝言板のニュース記事にいつになく大げさにびっくりしたり、
それはそれはきっと傍目には見苦しいことこの上なかったのではないかと、
今は反省しきりである。
したがって、先日の上京では二人は大人しいものでした。
というのも、目的は母の葬儀でしたが。
ふるさとはぐんと近くなったものだ。

「今日の俺」

 朝起きて 付箋メモする 「今日の俺」

仕事を準備するアマゾンの箱がある。
ちょうどいい大きさで、高さは5センチほど。
「今日の俺」と書かれた側面に、
その日にやらなければならないことをメモした四角い付箋紙を貼っている。
箱の中の仕事は溢れないうちに終わらせることにしているが、
仕事だけでないものも投げ込まれ、果ては悩みの種のたまり場と化す。
メモは引き継ぎ引き継ぎで終わらない。
だから「今日の俺」は今日も忙しい。