本との気持ち93
「新宿の迷宮を歩く」橋口敏男(平凡社新書)
新宿は、大学受験に失敗して予備校をサボってさまよい歩いた孤独を癒してくれた街だ。この本を手にした時に一番に探したページはピットインだった。ジャズは生まれた横浜の進駐軍の祭で初めて生演奏を聴いて以来、何となく親しんでいた。たまたま新宿の紀伊國屋書店で買うはずの参考書を諦めて、そこを出て見つけたのがピットインだった。
本書にはピットインについて、 20歳の青年が自動車好きのために始めた喫茶店と書かれていて、ジャズはBGMに流していただけであったということを初めて知った。ジャズ喫茶になったのが昭和43年だからほぼ夢中に通い始めた頃だが、店はその後ライブハウスになり、日野皓正がマイルスよろしくトランペットを時折くるりと回しながらガレスビーのごとく頬を膨らませて演奏したり、山下洋輔が鍵盤を腰を浮かせながら叩いて演奏したりしていた。その後、店は新宿二丁目から三丁目に移転した。あの当時のマッチ箱は今も、都内のいくつかのジャズ喫茶のコレクションとともに手許にある。
なぜ新宿を昔は内藤新宿と呼んだのか。それは徳川家康の戦国時代から徳川家に仕えた信濃国高遠藩の内藤氏がここに江戸屋敷を構えていたからで、その後、元禄の時代に浅草の商人たちが日本橋からの甲州街道を青梅街道へ繋げるために新しく宿場を設けたいと幕府に願い出て、その名を内藤新宿としたことに由来する。ところが往来が賑わい、街道は馬の糞だらけとなり、別名「馬糞新宿」とも揶揄された。それを物語るのが安藤広重の浮世絵にある。
新宿といえば歌舞伎町だ。賑わいと喧騒の極みはわが国最大の陥穽の坩堝と言える。19で腕時計を失態の身代わりにして以来、今も腕時計をしないままでいる。その歌舞伎町、町名は戦前に新歌舞伎座があったことに由来する。戦後は菊座という名前になり、その後経営不振で第一劇場という映画館になったが、昭和25年の東京産業文化博覧会開催で歌舞伎町一帯が遊興の街となり歌舞伎町の名が全国的に知られるようになり、また昭和31年にはコマ劇場ができ歌舞伎町の核となって賑わいを一層極めていく。思い出されるのは六大学野球の早慶戦で早稲田が勝つとその晩は多くの学生がコマ劇場前広場の噴水で騒いでいたことだ。そしてゴールデン街へ繰り出し翌朝まで呑んだくれるか、花園公園か映画館で夜を明かしたりしていた。中には二丁目のホテル街へしけ込むカップルもあったとか。映画館は昭和館が懐かしい。やくざ映画に鼓舞されてよく街を闊歩したものだ。
本書の最後の章には西口界隈のことが書かれている。そこは忘れられないもう一つの新宿の風景である。現在、京王プラザホテルや都庁の高層ビルが林立する西口周辺には、明治大正から昭和初期までには浄水場やその引き込み線、タバコ専売局やガスタンク、コニカの工場などがあったという。昭和7年、東京市によるパリに倣った近代都市建設が計画された。しかし相次ぐ戦時体制でようやく第二次世界大戦の敗戦後になって再び浮上、副都心計画として高層ビルの建設が次々と続き今日のように生まれ変わった。その寸前あたりの時期に、浄水場が整地された広大な空き地で、当時の劇団の仲間と草野球をやった思い出がある。確か京王プラザホテルが建築中で、鉄骨がまだ低く立てかけられ始めていたのを覚えている。
西口では他にジャズレコードを買い取ってくれる店があって、売ってはデート代の足しにしたり、ほんの近くの今でもある思い出横丁でホッピーを煽ったりした。フォークゲリラには不思議と興味がなかった。その少し前のことだったのだろうか、西口から東口に通じる地下道を出ると、手作りの詩集売り娘が立っていたり、駅前の狭い植木の芝に髪を伸ばしたフーテンの若者がよくたむろしていたりした。ほんのしばらくの間のことで彼らはいつのまにか自然とどこかへ消えてしまった。反体制が若者の潮流だった全学連時代の真っ最中だったというのに、週末は上京した文化服装学院の従姉妹のガードマンを押し付けられバイトも勉学もそっちのけに遊び歩いていた。
新宿は青春の幻影が偲ばれる街だ。本書でその幻影を追い求めていた。
本との気持ち92
浅田次郎「見知らぬ妻へ」(光文社文庫)
「踊子」
親に捨てられ雨の中での踊子とのキスに惑わされた少年の喧嘩と友情とセックスに明け暮れた青春のひと夏の純愛がストーリー。1番線ホームで訳も知れない別れに涙しながら見送る「僕」は大人への階段をどう登ればいいのだろう。自分に問いかける迷いのまま聞こえるのはホームを出て行く汽笛だけ…。そんなエンディングだが、踊子の世界が描かれてないので、タイトルは「ナオミ」とした方が良かったように思う。★★
「スターダスト・レヴユー」
手を切ろうと牛刀をかざしたラストが凄惨極まりなくせつない。有名指揮者の親友の妹と恋に落ちた青春を取り戻す気はなかったけれど、外人指揮者にソロの自分のチェロが「下品な音」と言われ弓を投げつけてから十年、いま自分(圭二)は赤坂のクラブで弾き語りのピアノを叩いて凌いでいる。バンド仲間の歌手の女に未練がましいチンピラと別れ恋人とも別れた自分はもうチンピラ同様の人間のカスに陥って、あとさきの知れたこの身に決着をつけようとしている。著者浅田次郎の得意とするヤクザの世界に清純な一人の男が迷い込んだ生き様を描いていて、いい悪いでなく好きな浅田のやることには非を言う気もさらさらない。何がいいって、浅田は語りとストーリーが夢性にいいのよ。★★★★
「かくれんぼ」
あいの子のジョージをかくれんぼで鬼のまま残して帰ってしまった幼馴染みの時の妻と自分と悪ガキだった親友の三人が、今あの夕暮れに消えたジョージに向かって、思い出の丘の上から「もういいよーっ」と叫ぶラスト。何が償えるわけでもないけれど、遠すぎた歳月だけでしか三人の心は癒されない。小さな悪戯がむごい事件となり、その過去に苛まれ続けてきた者達のあいの子ジョージへの鎮魂歌のようなストーリー。やっぱり浅田はいいじゃないか。★★★★★
「金の鎖」
ストーリーは青山を舞台にした男と女の恋のもつれ合い。ある日、ヒロインが初めての男そっくりの青年に会うところから始まる。その後ヒロインは何人もの男と出会うが、ラストは昔のせつない思いを「懐かしかっただけ」と告げて別れるシーンとなる。思えば女はいくつ恋をしても初めての男は永遠なのだろう。その分、その間の男のことなんか一つも思い出せないでいる。懐かしさのためなら何度でも恋はできる。その一人一人を忘れるために、自分は男を変えるたび甦るあの懐かしさを求めている。きっと金の鎖のようにつながって、それを身に飾るのは初めての男への一途な思いを確かめるためなのかも知れない。★★★
「見知らぬ妻へ」
倒産、浮気、離婚して、今は夜の街で客引きをしながらワンルームで暮らす花田が、土橋という女手配師に玲明という中国女を紹介され偽装結婚する。しかし、久しかった女との暮らしに花田は「キスは不幸の味がする」としばし思うも、ある日のこと土橋が撃たれる事件で玲明が「再見、花サンっ」と叫びながらどこへともなくマイクロバスで捕らえられてゆく。玲明にあげた娘に贈るはずだったペンダントを玲明がバスから投げ返した。そのラストのシーンで玲明が言いたかったこととは「あなたの大切な人をだいじにしてね」という意味なのかもしれなかった。このペンダントという小物を上手くストーリーに使うあたりが浅田次郎の短編小説の堪えられない妙技であり、作品をより魅力的にしている。★★★★
ほか、3編。
![]() | 見知らぬ妻へ (光文社文庫) 605円 Amazon |
小説 あした天気になぁれ(下)
あした天気になぁれ(下)
岩城 真紀夫
4
雨が降るともうひんやりするほど肌寒い十月の連休に、僕と倉沢由美子さんは約束通りに鎌倉へ行った。
その日、僕は例の赤いセーターにジーパンだった。それに白いシューズを新調した。それだけが僕の精一杯なおしゃれだった。
前の晩、赤いセーターを下宿で着てみて、胸がドキドキするくらい興奮した。ぜんぜん違う自分のようで、しばらく半ベソをかいたような顔して箪笥の鏡の前に立ち尽くしていた。
しかし、やがて落ち着いてくると、もうけっこう似合いそうな気がし始めていた。まんざらでもない嬉しいはしゃぎ様が、てるてる坊主まで作り出した。
雨の降る窓辺で金具の物干しに吊してみると、いくらやってもてるてる坊主は逆さまに反転した。頭がのっぺらぼうだったからだと思って、できるだけ愉快な笑顔を描いているときその原因が分かった。
僕は流行の長いスカートのように作り替えてみた。すると夜の雨脚の中で、僕の願いを込めたてるてる坊主は、それでもいくらか小首を傾げた恰好でおさまった。
翌朝になると雨が上がってくれた。
僕はそのちょっぴり濡れたてるてる坊主をポケットにねじ込んで、横浜駅五番線ホームへと急いだのだった。
僕は始め、その人を倉沢由美子さんだとは気付かなかった。
地下道から階段を上がって、プラットホームに立つと、約束の場所である正面の売店の方を見た。僕の視線は彼女を捉らえてはいなかった。雑踏の中を泳ぐだけで、目はすぐに天井の丸い時計にすくい上がった。針は思ったよりも遅く、約束よりも二十分も前を指していたのだった。
その人は、売店のすぐわきで長いことじっと下を見下ろしていた。肩の上に掛かるほど長い髪で顔が隠れて見えなかった。
僕はその髪にうっとりしてしまった。そして無意識のうちに倉沢由美子さんを連想していた。
プラットホームの上には、あふれそうなくらい人の列ができていた。
それで、ともかく少しでも前に並んで待つことにした。列の後ろに並ぶには、ちょうどその人の傍を通って売店の裏へ出て行くしかなかった。
そのとき、彼女が僕の名前を力ない声で呼んだのだった。呼んだというより呟いたといった方が当たりそうなくらい小さな悲しい響きをして聞こえた。
僕はその人の顔を見た。まぎれもなく倉沢由美子さんだった。
髪をまっすぐ下ろした彼女を、僕は初めて目にした。その長い黒い髪の底に秘めやかな彼女を見たようで、僕は思わず息の詰まる思いに駆られ、何か声にならない叫びを上げたような気がした。
しかし、すぐに僕は気持ちを取り直すように、ひどく快活を装った。
「倉沢さん、お元気ですか」
そんな僕の挨拶に、倉沢由美子さんはびっくりしたように顔を上げて、
「気がつかなくて、ごめんなさい」
パッと花開いたような明るい声だった。
それから倉沢由美子さんは横須賀線の中で、プラットホームの上で考え込んでいた訳をこっそり教えてくれた。
「昨日、お見合いをしたの」
僕の方が周囲が気になった。
「でも、好きな人がいるからって断わっちゃった」
「そう言って断るのが一番です」
「それで、今日はデートなのと言って出て来たの」
「お見合いした次の日のデートが、僕だったというわけですね」
「そうね」
倉沢由美子さんの好きな人とは誰なのだろうか。僕はひた走る車中でしきりと気になっていた。
北鎌倉駅の狭いプラットホームに降り立つと、線路沿いの杉木立が雨上がりで目にすがすがしかった。倉沢由美子さんは木立を見上げて身ぶるいするように背伸びをした。僕は思った。お見合をして悩むなんてやっぱりお嬢さんなんだな、と。それで僕まで吹っ切れたような思いがしてホッとした。
にわか造りのような改札口の柵を出るとすぐ目の前が円覚寺の石段だ。そこを僕と倉沢由美子さんは歩調を合わせて一段一段登った。
山門のいたる所に貼られたおびただしい千社札が二人の足を止めた。倉沢由美子さんは高い天井や柱を見上げてちょっと数えるような仕種をして、すぐにはにかんだように手を引っ込めた。でも僕はそんなおどけた自発的な彼女が楽しかった。今度は僕が先に声を出して数え始めた。すぐに彼女が声をそろえ始めた。二人でどちらからともなく数え間違えたところで、
「切りがないわ」
と、彼女が小さな失敗を分け合うようにちょっぴり舌先を出して言った。
境内を登りつめて来ると、杉木立の凛とした静けさが身にしみ入るように気分を落ち着かせた。その木深い木立に目を凝らすと、雨上がりの木漏れ陽の中に微かな縞をなしてたなびいている乳白色の靄が見えたりした。
行けども壮大な伽藍が続いた。ゆっくりと敷石の上を伝って行くと、あまり多く口をきいてはいけないような何となくストイックな禅寺の深みにはまってゆくような錯覚を覚えた。しかし、行く先々の塔頭の堂内は固く閉ざされていて、どこも立入禁止の立て札が建て掛けられてあった。軽い失意が胸を衝いた。それは倉沢由美子さんにも通じたらしく、僕たちは仕方なく今来た参道を戻った。
ふたたび山門に来て、左手の石段を指さした倉沢由美子さんが、それまでの緊張をとぎほぐすようにちょっぴり得意そうに、その向こうに漱石の『門』の帰源院があると教えてくれた。読んでいない僕は曖昧に微熱のこもったような声をして「ハイ」とだけ答えた。そんな僕に気づいたらしく、倉沢由美子さんは『門』の簡単なあらすじを、並んで歩く足並みを数えるようにゆっくり話して聞かせてくれた。
それから、踏切を渡らないで線路沿いをまっすぐ明月院へ向けて歩いた。思わぬ陽が差してきて木立を抜けると、もうすっかり雨上がりの気配も途絶えた。東慶寺の方形造りの屋根を右手に見て、やがて小川に沿った道を行く。その川伝いには家屋がほどよい感覚で連なり、どの家にも一つ一つ小さな橋が架けられてあった。道が緩やかなS字を描いてカーブする辺りに茶屋らしき家があった。僕は後で明月院を出て来たら、そこでひと休みしてみようと思い立った。
川は明月院を入るところで境内の左方向へと注いでいた。秋のすがれた紫陽花の小径を入って行くと、背後で川のせせらぎが徐々に遠のいていった。すると、どこからともなく猫の淋しげな啼き声が耳朶をかすめてきた。僕と倉沢由美子さんは思わず顔を見合わせた。
〈どこにいるんだろう……〉
そんなに遠くはないように思えた。
倉沢由美子さんは石段を駈け足で奥の方へと登って行った。僕はその後ろ姿を見て、負けるもんか、という弾んだ気持ちになって後を追った。
猫は生まれて間もない白黒の子猫だった。体を丸くしてこちらを見上げながら、ニャーンとやるせない声を何度も発した。
「ここで下を向いて啼いていたわ」
腰をかがめて背を向けたままの倉沢由美子さんが、駈けつけて来た僕にそう告げた。根元から幾本もののばす紫陽花の枝の間で身を屈ませて子猫は独りでいた。
けっきょく僕と倉沢由美子さんはしばらくの間、その子猫の傍から一歩も離れられずに初秋の陽だまりの庭の中にいた。僕も腰をかがめて彼女と二人して子猫をあやして過ごした。僕ははじめ走ってきたばかりで肩で息をしていた。しだいに休まって来ると、ときおりまどろむような気持ちが僕の胸をいっぱいにして、そのまま体が倉沢由美子さんの方へ傾きそうだった。僕は自分をきれいな花弁の上で羽を休めている蝶のように思った。
いつまでもそうしてはいられなかった。傍を何人も人が通り過ぎて覗き込んで行った。まだ境内のほんの入口だったのだ。腰を上げ、ゆっくり子猫の傍を離れた。そのとき子猫はひとしきり喉をふりしぼって啼きじゃくっているようで、とても別れ難かった。僕はその別れ際、今日のデートの終わりに僕もそんな子猫と同じ気持ちになるのだろうかと思ったりした。しかし僕はすぐに、手を差し出してきた倉沢由美子さんの小さな体温の中で、それを打ち消した。
名月院を出て同じ来た道を行く途中、倉沢由美子さんの方から先に、
「お茶屋さんに立ち寄って行きましょ」
と言い出した。その彼女の表情には、鎌倉へやって来るまでの鬱屈していた気持ちが晴れて、ゆっくり一息つきたいといった安らぎを求めている様子が見て取れた。
竹垣の門をくぐってツツジや椿の低い植木の間に並んだ飛び石の道を行くと、廊下伝いの縁側を構えた数寄屋風の家屋があった。
勝手口のような小じんまりとした玄関の框前にはすでに何足もの履物があった。僕は満員なのだろうかと思い、部屋の中へ上がるかどうかで迷った。植木の茂る庭にも茶席が設けられていたからだ。紅い天がい傘と緋毛氈の縁台、そこに腰掛けて熱い抹茶をすするなんて、ちょっぴり贅沢な気分が味わえそうで、それも好さそうに思えた。
と、そこへ
「お客さん、中へどうぞ」
と、店の女の人が上がり框の奥の縁側の方から声をかけてきた。僕と倉沢由美子さんはその人の言うとおりに中へ上がった。
廊下伝いの座敷は襖を開け放った天井の幾分高い割りと広々とした広間だった。そんな所ではどのお客も恐ろしく口数が少なく、妙にしんとした雰囲気でかしこまっているように見えた。
僕と倉沢由美子さんは雪見障子のわきの、斜めに陽が差し込む場所に案内された。
漆塗りの黒い鏡のような御膳の席だった。倉沢由美子さんはまっすぐ背筋を伸ばして正座した。僕が胡座をかいて座り直すと、含み笑いをして彼女が言った。
「無理しなくってよ」
僕は声のない口を開いて応えた。
しばらくして、お店の人が注文を取りに来た。僕は朝食を食べていなかったので茶蕎麦を注文した。すると、倉沢由美子さんも同じものを言った。昼食になってもおかしくない時刻だったのだ。
そして注文が届くまでの間、僕と倉沢由美子さんはほとんど庭の方に顔を向けたままだった。僕の恥ずかしさに気を使ってそうしてくれているらしかった。
でもちょっと目が合って、小さな微笑を交わした。僕の方の微笑にはずっと多くの意味があったけれど、倉沢由美子さんはきっと僕に合わせてくれたのだろうと思う。それでも僕にとってこの上なく幸せなひとときに変わりはなかった。
厚い椿の葉の上にかかっていた雫が転がるように滑って落ちた。
「透くん、赤いセーターも似合うわ」
静かな沈黙の余白にポツンと一つ色を添えるようにして、倉沢由美子さんが言った。
僕はその柔らかな視線を感じ取るだけで精一杯だった。セーターをもらってからそれを着る季節になったのだと思うと、そうしてのんびりした気分で小卓を挟んで向かい合っていることが、まるで二人して遠い旅でもして来たように思えたりした。
茶蕎麦を音をたててすすり合いながら、時折それがおかしくて箸の手を休めて苦笑し合った。
倉沢由美子さんが靴脱ぎへ下りたとき、長い髪の片方を片手で押さえながら僕を見上げて、
「八幡様まで、また歩きましょ」
と、快活な声で言った。彼女の黒髪が揺れてあたりの空気までが払われたようで、僕の緊張していた小さな迷いもパッと晴れ渡った。
茶蕎麦の香りが口の中に残っていてそれが気にならなくなったのは、建長寺から巨福呂坂へさしかかった頃だった。
ほどなく坂道を下ってトンネルを抜け右へ大きく曲がると、鶴岡八幡宮の境内の黒い木立が見えてくる。美術館の前の流鏑馬の参道へと道を左にとって、広い通りへ出る。玉砂利を踏んで行くと人々のざわめきが、そこでは他とは違っていささか耳ざわりな気がしてくる。しかしひとたび自分もその人々の流れにのると、次第にせわしげな参拝者の一人に変わるのだ。
舞殿のわきを通って六十二段の幅広い石段を少し登った左手に銀杏の大きな樹がある。この大公孫樹が源氏を三代にして滅び去ったのだ。めくるめく大樹は、まさしく返り血を浴びて猛け狂ったように天を突いている。実朝二十八歳、公暁十九歳。僕は自分がその暗殺者と同位歳くらいだと気づいて何の脈絡もなくある感慨を持って見上げていた。
視線を戻すと、もう倉沢由美子さんは最上段から手招きしていた。僕はあわてて駆け登った。
そこまで登って来ると、かなり高いところへ来たというささやかな充実感が湧く。眼下の参道が海の方へ吸い込まれるように遠くへまっすぐ伸びている。
朱塗りの楼門をくぐって、流権現造りの社殿の前に立った。僕と倉沢由美子さんは入り乱れた人の中でお賽銭を用意しようとした。僕は彼女が後ろの人垣から押されてハンドバッグの口を開きにくそうにしているのを見て、ポケットからつまみ出した十円玉の一つを彼女の目の前に突き出した。
「ここにあるけど……」
倉沢由美子さんは少しあわてたようなはにかんだ顔をした。それでそのまま僕は十円玉をすぐに二つとも一緒に賽銭箱へ投げ込んだ。チャリンチャリンと音がして、おもしろそうに飛び跳ねながら真っ暗な底へ転がり込んで落ちた。
「ありがとう」
倉沢由美子さんが僕の方へ手を合わせながら礼を言った。そしてそのまま正面を向いて、小首を下げ目を閉じた。僕はあわてて鈴を鳴らして、彼女と同じように手を合わせて目を閉じた。なぜか僕は賽銭箱の中へ沈んだ十円玉になっていた。真っ暗な箱の底でもう一つの十円玉を探していた。迷っていると、箱の中から見上げた格子の向こうに倉沢由美子さんのきれいな白い顔がこちらをのぞいているように見えた。
僕は彼女が何を祈っているのだろうかと不安に思った。彼女と並んで手を合わせながら、そのことを神様に聞いてみたりした。しかし何かが聞こえたような瞬間すぐに聞こえなくなった。
「透くん、終わった、お祈り」
そんな声が聞こえて、僕はすぐに現実の自分に返った。
その時、いじわるな誰かが目の前から鈴縄を取り上げるようにしてけたたましく打ち鳴らした。たちまち僕と倉沢由美子さんは列から押しやられた。後ずさりしながら急いで柏手を打ち、人の列に押されるように社殿を離れた。
石段を下りて静御前が舞ったという舞殿を見て歩いてくると、源平池に掛かる太鼓橋がある。そこを二人で小走りして競うように駈け登った。ビールっ腹のお父さんが、子供たちのかわいい声援に汗をぬぐいぬぐい何度も太鼓橋に挑戦していた。そんな光景を家族で来たずっと昔にも見たように、僕は思った。
太鼓橋からは段葛の参道が続いている。
「この段葛は、海の方へ向かって少しずつ道幅が広くなっているんだ……」
僕は、それが何を意味しているのか説明しようとして思わず口をつぐんだ。
若宮大路の段葛は、頼朝が政子の安産を祈願してそうしたのだった。現在は二の鳥居のところで途切れている。もともとはその先の一の鳥居がある並木の辺りまで続いていた。明治二十一年、横須賀軍港へ通じる鉄道として今の横須賀線ができた。そして円覚寺の参道を貫いて若宮大路をまたぐように敷設されて以来、古都鎌倉の町並みも少しずつ変わっていった。
一の鳥居を過ぎて町並みがまばらになる辺りまで来ると、かすかな海鳴りが聞こえてきた。海岸沿いの信号を渡って浜辺に下りた。浜辺は波の音がするだけで不気味なほど静かで、見渡しても僕と倉沢由美子さんの二人だけだった。
由比ヶ浜は夏ともなれば海水浴客でごった返すところだ。十月の砂浜は足元で乾いた音をたてていた。
海は雨上がりからすっかり晴れ上がった一日らしく、湖面のように静かに凪いでいた。寄せては返す波打ち際も独り言のような呟きを繰り返していた。
僕と倉沢由美子さんはその波の音に耳を傾けていた。どこかで海鳥の鳴き声がした。
僕は遠い水平線が目の高さより心持ち高いようなに見えた時、目の前にあった流木の棒切れを拾い上げて波打ち際に駆け出していた。遠い子供の頃にもしたように、波が思い切り引いたところへ棒切れを差し込んだ。そして一目散に駆け戻る。何度もそうして、乗り上げて来る波を尻目に濡れた砂浜を蹴った。
しかし砂に足をとられた時、
「早くぅっ!」
と叫ぶ倉沢由美子さんの悲鳴がした。僕は彼女を見上げあわてて体勢を取り戻し波打ち際を走った。乾いた砂浜へ踏み込んだと同時に前のめりして倒れた。
「透くんの馬鹿っ」
駆け寄った倉沢由美子さんが僕の頭を自分の胸に押しつけるようにして、そう言った。彼女の胸の息づかいが柔らかに伝わって、僕の荒いときめきと折り重なるようにしてゆっくり合わさっていった。
顔を上げた時、そこに彼女の唇があった。しかし、倉沢由美子さんは避けるように僕のこめかみ辺りで息をゆっくり吐くと体を離してそのまま白い手を僕の手の甲の上に載せた。そして、お返しのように指を絡めてきて力を込めた。
それから二人してどれだけ長い時間をそうしていたのだろう。海を遠く眺め、短い途切れがちな会話を交わした。田舎のことや兄弟のことなど。そうしているうちに、どちらからともなく立ち上がって、僕と倉沢由美子さんは無言のまま長い影を波打際に落として歩いた。
やがて長谷の海岸通りへ上がった時には、もう海は薄い夕闇の下で白い穂波を浮き上がらせていた。
そして長谷駅から江の電に乗った。小さな路面電車はくねりながら家並みの軒先を縫って走った。
終着駅の鎌倉駅のプラットホームを少し冷たい風が吹き抜けていた。浜辺を歩いた時から続いていた沈黙を押し開こうと誘いかけているようだった。
先に倉沢由美子さんの方が僕を気遣うように口を開いた。
「寒くないの、透くん」
彼女は肩をすぼめてスカーフを結び直した。僕はいきなりラジオ体操の真似をして、
「セーターのおかげで、ぜーんぜん」
と、おどけて応えた。
しばらくして長い緩やかなカーブのプラットホームに上りの横須賀線が滑り込んできた。近づいてくる前照灯の明かりを見つめる倉沢由美子さんの瞳が潤んだように輝いていた。僕は息が詰まるような小さな感動を覚えた。
およそ三十分して横浜駅に着いた。すっかり夜になっていた。
駅の東口に出て、タクシー乗り場にきた。数珠つなぎになったタクシーが二、三台前のところまできて、倉沢由美子さんが列からはみ出ている僕にお姉さんっぽいしっかりした声で言ったのだ。
「とても楽しかったわ。透くん、ありがとう」
「僕の方こそ」
僕も多少他人行儀な応え方をした。
そんなふうに礼儀を装うと、僕たちはいつもの自分たちになれそうな気がした。
しかし僕が、
「倉沢さんは、明日のおやすみ、どうしてるの」
と聞いた時だ。
「……」
彼女は何かを打ち消すように激しく頭を横に振った。そこへタクシーの列が動いて目の前でドアが開いた。
倉沢由美子さんは乗り込んだガラス窓の向こうで何か言った。僕の名前を呼んだように見えた。それは声にならない叫びのようでもあった。
僕は長い時間、そのタクシー乗り場の広場で佇んだままいろんなことを考えていた。ポケットの中で、お守りのように持ってきていたてるてる坊主がクシャクシャになった。
5
数週間、代理店の石川さんは病気ということで代わりに中年の女の人が来ていた。そしてある日、「明日からまたうちの人が伺いますから」と言い残し、重い掲載紙の束を抱えて帰って行った。
しかし、もう次の日から石川さんもその奥さんらしい女の人も現れなかった。僕はそのことを作業日誌に記しておいた。でも庶務からは何一つ言って来なかった。
三日が過ぎた。僕は、いちばんデスクに近い整理部の部長へ石川さんのことを告げた。
「そう言えば最近、石川君の出稿がないなぁ」
部長は赤鉛筆を持った手を額にかかげながら訝しげに言った。僕は「えぇ」と言って頷いた。
部長は部下のいるデスクの方へ行って、大きなベニヤ板に貼られた割付表を持ち上げ、指でその上をたどり始めた。ひととおりたどり終えると、眼鏡越しにデスクの社員に何やらたずねているふうだった。社員の人はすかさず電話機のダイヤルを回した。
僕は部長のデスクの方から二人のやり取りを眺めて気を揉んでいた。社員の人は二、三度電話をかけ直しながら、どこかへ確かめている様子だった。
部長はもう一枚の割付表を机の脇から持ち出して、さっきと同じように指でその上を虱つぶしにたどっては何度か首を傾げていた。すると、社員の人の手の受話器が音もなくゆっくりと置かれた。その彼の顔に暗いものが浮かんだ。
その日の午後、僕は部長と局の出入口で会った時、直接石川さんのことを訊いてみた。
いい知らせではなかった。知ってみると、始めからそんな気がしていたようにも思えた。
石川さんは胃潰瘍で入院していた。
「それで、どのくらい」
僕は質問していて、それが入院の期間なのか、病気の具合なのか、自分でもはっきりしなかった。部長は腕組して、
「それは分からない。酒にやられたんだな」
と、当然のように言った。そんな部長の言い方が僕を不安にした。
石川さんは毎日赤い顔をして、多少アルコールの臭いを漂わせながらやって来ていた。それでとうとう身体を壊してしまったんだな、と僕は石川さんのことを考えた。
局の外の廊下に彼の姿があるはずがないのに、僕は廊下の陰にまで行って見回してみたりしていた。局に戻ると、部長はもうデスクで忙しいそうに朱筆を走らせていた。
石川さんの仕事は、さして新聞社に影響を及ぼすほどではさなさそうだった。だから局の誰もそれっきり石川さんのことには触れなかった。僕はいささか不満で、野中さんにそのことを話した。
「そんなもんだよ」
と、気のない返事が帰ってきた。
野中さんはこの頃用件を済ますと、さっさと局の部屋を引き上げて行くようになった。その時も僕は引き止めるような気持ちで、追い駆けた彼の背中に話し掛けたのだった。
「だからデカイところにおんぶされてるってのは嫌なんだよ」
そんなふうに投げ槍なことまで、野中さんは言った。
僕は何だか悲しくなってしまった。野中さんはひどく感情的になって、石川さんの病状のことよりも、局の人達の冷たい対応に悲観した言葉が多くなってしまっていた。最後には、「ひどすぎると思わないか」とまで吐き捨てるように言った。
そんな一言から僕も野中さんも局の出入口の外で壁にもたれながら、あるはずもない石ころを蹴飛ばすみたいに脚をブラブラさせながら黙り込むしかなかった。
いつのまにか、僕と野中さんは出入口の激しい人の出入りに押しやられて廊下の隅の方にいた。そこは意外にひんやりとした静かな場所だった。
傍で野中さんが気を取り直すように、少し声を低めて再び話し始めた。
「透くん、俺、今の代理店辞めるよ」
僕はそんな気がしていたので、あらためてその理由を聞いてみたりはしなかった。むしろやっと聞けたようで気持ちが落ち着いた。
「で、いつまで」
「うん、年末のボーナスぐらいはもらってからにしようと思うんだ」
仕方なさそうに彼は言った。僕は野中さんの歳や家庭のあることも思って、よくよく考えた末の決心に違いないと思った。
「その方がいいですよね」
そう僕が言うと、野中さんは吹っ切れたように伏せていた顔を上げた。
「透くんは来年大学に入るんだろ。この新聞社のアルバイト続けられるといいね。ここに入れてもらうといいよ。アルバイト学生はみんなそうするんだろ」
確かに他の局のアルバイト学生を見ると、必ずといっていいくらい彼らの庶務のデスクの上には、マスコミ界入社試験に必要な参考書や問題集が座右の書のように置かれている。僕はそんなものを見ても、自分もそうしなければいけないとは少しも考えていないのだった。それに僕はまだ予備校生だった。
「このまま、続けてできるなんて考えていません。それに必ず受かるというわけでもないし。実は僕は地方の大学に行きたいんです」
「どうして地方なの。どこに行くつもりなんだ」
野中さんは意外そうな感じだった。
「たとえば、東北の方とか……」
「とかって、もう来年のことだよ、透くんの将来が決まるんだよ」
野中さんはこぶしを上げて見せて、自分のことのように言った。
僕は、自分の将来はもっとずっと先のことのように思っていた。しかしよく考えてみると、子供の頃から将来何になろうという憧れが一つもなかったのに気付いた。
地方の大学は、東京が嫌だからなのではなかった。ただ長い旅先へ出掛けてみたいと思っているだけだった。
僕は、野中さんにこう言って応えるしかなかった。
「あともう少しです。がんばるだけです」
「そう、がんばるかぁ。東京にいなくなっちゃうんだ。人生いたる処に青山ありだよ。俺も代理店変わっても、がんばるからさ」」
「はい、がんばりましょう」
そう言って宣言し合った。そして野中さんは急用を思い出したらしく腕時計を見て駆け出して行った。石川さんの件については、分かり次第に入院先の病院を教えてくれるとのことだった。
その日の夜、明かりも点けないまま下宿の部屋で、僕は抱えた膝小僧に人差し指を立てていろんな独り言を綴った……。
クリスマスに近い夜、僕は一人ナルにいた。夏に一度、なぜか予備校に現われた大学生の悪い友人のデートに付き合った時以来だった。
デートの相手は一目で分かるくらいまだ幼な顔の残る女子高生らしかった。彼女を安心させるために僕は呼び出されたのだった。僕が優しく子供扱いすると下唇を噛んで目を逸らせた。悪い遊びをしておきながら拗ねてみせる素振りが僕を悲しめた。それで僕は二人の傍から逃げた。ナルにやって来たのはその晩以来のことだった。
店内にはソニー・ロリンズの嗄れたサックスが鳴り響いていた。陽気でいてどこか沈んだ音色がベースの重低音とドラムスの弾んだシェイクに拾われながらリズムに乗ってメロディーを奏でていた。僕は相変わらずレコードジャケットの心許ない和訳に挑戦中だった。曲がバラードに変わったところで、二人掛けの隣の空いた席に女の子が腰掛けた。ミニスカートの白い脚が薄暗い中に浮かんで見えた。
「あいつ、捕まったわ」
突然、彼女がそう言った。見ると、いつか僕を誘うようなことを言って大学生と店を出て行った女の子だった。あの時よりずっと大人びて綺麗だった。
「デモしていて逃げ遅れたみたい、馬鹿ね」
彼がセクトを代表する大学の学生だったことは知っていた。しかし、僕には彼が学生運動をしているとは想像できなかった。とてもマルクスやレーニンなどの思想書に感化されて反体制運動をしているようには見えなかったし、いつも女の子のお尻を追っかけているような軽い気分が彼を包んでいるのだとばかり思っていた。
「一緒だったのよ、私。彼ったら転んでさ、そのまま機動隊に抑えられたの。私は並んで腕組んでた反対側の男の子に引っ張られながら逃げたわ」
得しちゃったとばかりに女の子が言った。ずるいなと言おう思ったけれど、そんな勇気は僕にはなかった。自分への言い訳のように「ずるい」は英語で何と言うのかななんて浪人の自分勝手な思案がよぎった。女の子はなおも独り言のように話し続けた。
「それでさぁ、その男の子とホテルに逃げ込んだの、こういうとこが一番安全だって言うから。ベッドの上で彼、インターなんか歌うのよ。意外にいい声してたわ」
いいのは声だけだったのだろうか。僕は小さく笑いをこらえた。
「何が可笑しいのよ、大変だったんだから。催涙弾が飛んできて咳き込みながらあんなふうに道路を逃げて走り回ったの生まれて初めてだったわ、疲っれっちゃった。だから彼のインターが子守歌になってそのまま寝込んじゃったの、あたし」
悪い女の子はすり寄るように座り直すと、こうべを僕の肩に乗せてきた。たばこ臭い店内でも女の子の長い髪は気持ちいいほど甘い香りがした。僕はもうロリンズのテナーが聞こえてなかった。きっと今夜は、ずっと前に女の子が約束してくれた僕の番になるのかもしれない。そんなことに気づいて、淡い期待と不安に胸が高鳴るのを抑えきれないでいた。
結局、二人して店を出た。それでも道々、浪人生の僕は何度か悪い女の子から逃げようと思った。でも夜道に女の子を一人残すような勝手な真似はできなかった。真っ暗な外苑をさまよい、いつしか赤いネオンの建物の下に僕と女の子はいた。
「名前、ナミっていうの、あたし」
聞いてもいないのに、彼女が乾いた声をして呟いた。
「俺、実は浪人生なんです。だからこういうとこ、ダメなんだよ」
意気地がないわけでないほどそれは現実なのに、迷いが正直な気持を心のどこかで投げやりにしていた。それにアルバイト代が入ったばかりで、あの悪い友達に誘われていることでないこともあって、初めてわき起こる誘惑に決意が試されているように感じた。
「こっちの方、先に入学しといたらいいじゃん。合格させてあげるからさ」
合格、ゴーカク。何度夢見てきた言葉だろう。僕は観念しそうだった。そしてネオンがパッと色を変えた瞬間、僕は彼女の腕を取って狭い入口をくぐった。
ナミは、意外にも夢中な僕の下で従順だった。終わって、僕を慰めるようにこんなことを言った。
「彼は捕まった後、大学退学して田舎に帰ったわ。だから、もうこの東京にはいないの。それと、あたしもあなたを最後にツッパリから卒業するわ」
「それじゃぁ、これからどうするんですか」
「貯めたお金で、絵の勉強に外国へ行こうと思ってる」
「絵を描くんだ、君」
いくら遊んでもしっかり目的を持っていたなんてことも意外だった。僕はもっと彼女について知りたくなった。しかし、それは叶わなかった。ナミとはそれきりになった。
一人の夜道、その日はなぜか僕は倉沢由美子さんのことを一つも思い出さなかったことに気づいた。それで、新聞社でも何日間か倉沢由美子さんをまっすぐ見ることができなかった。でも僕を悩ませるよりも以上に、一日一日が知らない僕の人生を予告して通り過ぎって行った。
年が改まって、正月に生家に帰ったのが家出して以来はじめてのことだった。
母は痩せた僕をしげしげと見つめ、スマートになったね、とゆったりした声で言った。父のかぶったコサックもよく似合った。兄弟や義姉たちはみな、僕の一人暮らしを興味あり気に訊ねた。僕は、一生独りでいたい、と言ってこたえた。ほんとうの気持ちだった。
生家には正月の三が日を泊まって過ごした。四日からはまた新聞社のアルバイトへ出た。
広告局は新しい年を迎えて活気が漲っていた。おめでとう、おめでとう、と誰もが新年の挨拶を口にして幾日かが過ぎた。もう石川さんの姿も野中さんの姿も局にはなかった。それが次第に僕の作業を鈍らせた。日誌が億劫になって数字を並べるだけになった。
そんな日々から、やがて正月気分も薄れ始めた頃、再び局で、おめでとう、という言葉が交わされていた。ある日、僕のデスクに倉沢由美子さんの婚約祝いのコンパをやろうという回覧がまわってきたのだった。
「透くん、どうだ出席しないか」
営業部の人だった。その木村という若い社員は一度、特異な営業促進の企画を立てて局長から表彰されたことがあった。僕は花柄をあしらった回覧の用紙を見て、一瞬戸惑った。
「どうしたんだ。透くんはタダでいいんだよ」
「違うんです」
「じゃあ、なぜ迷ってるんだ」
僕は、訝しげな彼の顔を見上げて訊ねた。
「倉沢さん、結婚しちゃうんですか」
「あぁ、結婚しちゃうんだ」
「やっぱり……」
僕はあの秋の鎌倉以来、倉沢由美子さんを見ていて、そんな気がし始めていた。
ときおり彼女は会社を休んだ。書籍課の人たちが冗談とも本当ともつかない調子で、彼女は結婚決めたらしい、とよく言っていた。僕は鎌倉の日の別れ際の彼女を思い出して、だんだんと冗談とも思えなくなった。それでほんの二、三日前から覚悟して自分に言い聞かせてきていたのだ。
「やっぱり……って、透くん知ってたのか」
いえっ、と小さく曖昧にこたえた拍子に、僕は回覧の出席の方に少しいびつな丸を囲っていた。
婚約祝いといっても、僕が出席したのだからささやかなものだった。
中華料理店の個室で十人ほどの、それも女性は当の倉沢由美子さん一人だけという小さな会だった。
顔ぶれを見渡すと彼女の熱狂的なファンばかりで、さしずめ倉沢由美子さんを守る会の発足と同時に解散会といった感じの集いだった。
その夜、倉沢由美子さんは会社が引けてから少し遅れて宴席に現れると、鎌倉の時のように髪をダラリと長く垂らして来て、参加した男性軍をアッと驚かせた。
僕は初めてではなかったので声を上げたりはしなかったけど、髪を長くしている彼女を知っているのは自分だけにしておきたかったから、何となく淋しい気がした。それに、とうとう石川さんに会えないでしまったのが残念だった。掲げた乾杯のグラスが少しばかり重く感じた。
「元気がないじゃないか、透くん」
幹事役の木村さんが老酒のグラスの徳利をつまんで、僕の席へやって来た。
「そんなことないです」
そう言って、僕は自分をごまかした。
「よし、そうか。じゃあ、グイッといけよ」
僕は自分を打ち消すために三度も続けて彼のお酌を受けてしまったのだ。
次第に体が熱くなって、倉沢由美子さんの方へ目をやってみると彼女がぼんやりと揺れて見えた。彼女は右に左にと向きを変えながら、順番に男性達の質問責めに明るく応えているようだった。
ひとしおして初めの騒ぎがおさまると、一同は箸を伸ばしたり、グラスのお酒を飲んだりしてしばし目の前の料理を楽しんだ。
そんな隙に、僕はいちばん奥に離れた真向いの席にいる倉沢由美子さんへ声を掛けた。
「倉沢さん、……やっばりだったんですね」
口ごもりながら、語尾が断定するような硬い調子になった。声も少し大きかったかもしれない。
倉沢由美子さんは、象牙の長い箸をきちんと両手で箸置きに置いてから、しゃんとした感じで頷いた。
「分かってた? 透くん」
「はい、なんとなく……」
その後に何を言おうとしたのだろう。
軽い酔いの中で、浜辺での出来事が遠い夢のように思い出された。でも、あの時の彼女と今結婚しようとしている彼女とは違うのだと自分に言い聞かせた。あの時の倉沢由美子さんはあの時だけで、僕だけの彼女なのだと考えた。それは、僕を少しばかり大人にしたと思う。
倉沢由美子さんは、ありがとうなのか、ごめんなさいなのか、ともかく彼女は小さく頭を垂れた。僕は彼女の髪が料理の小皿に触れそうになるのを、あの時伸ばしかけた手を引っ込めたように、かみしめるような熱い気持ちで眺めた。
そんな僕と倉沢由美子さんのやり取りは、少なからずみんなのいる宴席の空気を幾分震わせてしまったようだ。
「オヤッ、どういう訳なんだ?」
「おい、透くん、君は許せない!」
それから彼ら男性軍はおどけた様子で僕に詰め寄った。それで僕は、実は僕と彼女はとても遠い親戚なんだなんて嘘をついた。どの位遠いのか、酔った勢いで後ろに転げそうな位大きく両腕を開いて見せた。いささか大げさな振る舞いになっておとっと、すぐに話題は途方もない方向へ広がっていった。それで、そんなに遠い関係ならばと誰も彼もが名乗り出て、みんなが仲良く倉沢由美子さんの親戚ということになった。
やがて、ささやかな宴席は最高潮に盛り上がった。
二時間ばかりして、幹事の木村さんが様子を伺いながら、居ずまいをただして立ち上がった。手にグラスがあった。
「それではみなさん、今夜はこれでそろそろお開きにしたいと思います。かえすがえすも残念ではありますが、わがQ新聞社広告局書籍広告課倉沢由美子さんのご婚約を祝って、さいごにみなさんで大きな声でバンザイを三唱し、彼女の今後の幸福を……」
そこまで木村さんが割と緊張して言って同僚の仲間に目配せをすると、一同の中からしゃがれた大きな声が発せられた。
「バンザーイッ!」
木村さんも挨拶を途中で止してみんなと一緒になって叫んだ。びっくりしたように倉沢由美子さんが立ち上がって、恥ずかしそうに手にしていたハンカチを口もとに当てながら笑顔で会釈した。
それからガヤガヤと言い合いながら会場の中華料理店を後にした。
東京駅へ向かってゾロゾロと歩いている途中、倉沢由美子さんを胴上げしよう、という発言があった。彼女が逃げるように駆け出した。男性軍は止まっては駆け出す彼女を追い掛けた。そんな和気あいあいとしたざわめきをまき散らして、僕ら一同はビル街の夜道を帰った。
かなり冷たい夜だった。駅前の信号で立ち止まると、みんな白い息を膨らませて足踏みをしていた。
そして、飛び込んだ駅の構内がもうみんなの別れ道になった。ほとんどの男性軍は銀座の街へ二次会に向かった。
「透くん、帰るの横浜でもいいんでしょ。一緒に帰りましょ」
改札の前で、取り残されてはぐれたように後ろから連いて行く僕を振り返って、倉沢由美子さんが言った。その誘うような声音は、西洋館の高い天井の駅の構内で女神のような優しい響きをして聞こえた。
すると、その天井から降ってきたように、「さようなら」という僕の声がした。自分が言ったようには思えなかった。僕は片手を上げて小さく手を振っていた。
倉沢由美子さんは手のひらをかざして見せた。そして僕の方へ少しばかり歩み寄ると、
「忘れないから」
と、語尾をしっかり結んだはっきりとした声で言った。
僕は彼女の手のひらに自分の手のひらを重ねた。冷たかった。もう記憶をこごらせて、しまい込んだように何も伝えてこないみたいだった。
僕は握手した手に少しばかり力を込めた。
「あったかい」
と、倉沢由美子さんが瞳を輝かせた。
それから、僕らはその場で別れた。僕の方が先に握手した手をほどいたのだと思う。僕は、あの鎌倉からの帰りに横浜駅でタクシーへ乗り込んで行ったときの彼女のように激しく頭を振って、涙をこらえるかわりにその場から別のほうへ走り出していた。後ろで倉沢由美子さんが、透くん、と僕の名を呼んだのが確かに聞こえた。
僕は悲しくて駆け出したのではなかった。僕は、どこへでもなくたった独りで駆け出してみたかったのだ。
(終わり)

