午後・・・昼ねの後の目覚め・・・何時もこんなものだ。

脱力感。虚脱感。筋力低下。なんだかな~。

散歩も無し。買い物も無し。またまた ビデオ三昧。

何度も同じものを見てしまう。フアンタジー・・・現実逃避・・・・・・

足も腰も腕も痛い。気がかりはやはり 横腹の痛み。

庭の大きな木を切って以来続いている。

予定では もうそろそろ良くなってもいい頃なのだが?。

飯は結構食えてる筈なのに 何だか力が湧かない。

春呆け?。何んとも脱力感。

 

あの120日の疑惑。疑惑から確信に変わり もう全てが終わりだと思っていたのに

そうも行かない?。眠りに付くと時々 夢をみる。

元気な頃の夢だ。

遠くは遥か彼方への磯釣りの夢だ。

此の夢は楽しかった頃の夢だから 大歓迎なのだが 時々怖い夢も混じる。

得たいの知れない化け物に追われる夢だ。

やはり心の奥底に この肝硬変~肝細胞癌への恐怖が隠されているのだろう。

コイツにだけは負けてはいけない。

強い気持ちをもって立ち向かわなければ 心が潰れてしまう。えへへ・・・・・

 

でも今日は少しお疲れ気味。リポビタンでも飲んでやりぬこう~なんてね?。

明日から又峠を目指そうと思っている。

頂上へ着いてヤッホーなんて楽しいだろうな~。

 

肝硬変・・・肝機能はこんなに向上しているのに 如何して治らぬ此の倦怠感?

最近 又 部分的な健忘症も目覚めたようだ。

ビデオに収めてドラマの題名がどうしても思い出せない時がある。

此れもやはり 腹水で入院してからのものだ。

浮腫みと云い 腹水と云い 酷かったモンナ~。

もうこれ以上は耐えられ無い所まで 来てたモンナ~。 

少しでも早く きずいて治療していたらと今更ながら思うよ。

早期発見。早期治療。単なる希望だよね。

俺なんか早期発見してるのに 実行組みが動かない事には 治療は始まらない。

国の政策なんかがそうだよな~。

 

貧乏人は生活が苦しいといっているのに 消費税は上がるんだモンナ~。

お国にお金が足りないから 皆からお金を集める。

お金があって政治をするんなら 誰でも出来るんだよ。

お金が 無いところをどうやってやり抜くところに いい処があるんだよ。

感激。達成感。充実感。もう随分そんな感情にめぐり合っていない気がする。

 

いい加減 闘病にも飽きてきたところだ。

何か目新しい 目標を探さなければ このまま行けば自滅だぞ~。俺には破滅は無いけど。

でも 退屈だ。肝硬変。肝細胞癌に陥っているというのに 不謹慎かな?。

同じように 同じ病気と闘っている人達 御免なさいね。

 

反省の無い所に改善も 向上も無い。

赤嶺の場合も 其れにきずき反省しなければ 何を言っても同じこと。

薬剤の処方も入院も 俺が勝手に飲みすぎて肝硬変に成って 其れが益々悪化して

肝細胞癌に成ったといってる以上 改善も向上も望めない。

そして又同じ事を 繰り返すのだろう。・・・

こんな事は駄目だよね。なんとしても 反省して改善してもらわないと

俺なんか死んでも死に切れないよ?。

 

何とか後を託す友人でもいればいいんだか。体の不自由な今の俺にはそんな友人すら

捜しに行くことも出来ない。歯がゆいね。ふふふ

又今日もくだらない事ばかり書いてしまった。

今見ているビデオはパイレーツオブカリビアン 命の泉。メルヘンの世界だ。

さー明日からいい天気だ。新しい目標でも捜して 楽しく行こうぜ?。なんてね。てんびん座ムキーてへぺろ


リブログ・・・風化・・・見逃せません。シッカリしないと?。

さて 初診以来 三種類の肝臓の改善の薬剤として 120日間飲み続け たどり着いた先は

病院のべっどの上・・・アルブミン製剤点滴の管を付けられウ~ンウ~ン?。

其の経緯を すっかりブログに書き残し 一案心したと思ったら今日は今一不安定。

シッカリ眠れた心算だったのに 起床すると体が重い。

作夜の一時間単位での頻尿・・・・朝方の酷い咳・・・・・

起きて見ると 酷い息切れ?・・・少し動くとハーハーだ?>。

まーこんな事も一度や二度ではない 一過性のもので直ぐに治まるだろうが

其れに伴うように足、腰。肩の脱力感。此れは何だ?。

年齢から来る筋萎縮・・・・其れにしては急激な来訪だ。?

 

負けずに体を動かそうと試みるのは良い事だけど 高齢故か気持ちと心のバランすが難しい。

あれをしなければ此れもしなければと気持ちは急いているものの 衰えた筋肉ゆえに

あちこちつまずかないようにと 一歩一歩の動きになる。

正に怠け者の動きにそっくりだ。アハハ~。

何とか立ち上がって 買い物に出かけてみる。僅か2~300mの距離だが 凄く 長く感じる。

途中 顔見知りの友人たちとの 笑顔のすれ違い・・・何だか心が休まるのは何だ?。

俺は心も病んでいるのか?>肝硬変。肝癌の見えないプレッシャーも侮れないものだ。

 

昨日ようやく 肝細胞癌までの経緯を発信できたところなのに まだ何が残っているんだろうか。

俺の肝硬変?。肝細胞癌の出所はあの 初診からの120日間の薬剤の処方で決まりの

筈なのに 何か言い知れぬ此の不安はなんなんだろう。

目的をなくした不安。これから先如何すれば良いのか解らない不安?。

一旦不安に付きまとわれれば 此の不安もドンドン大きくなる。

そんな事は何度も何度も経験してきた。百戦錬磨の此の俺には通用しない筈だ。

 

こんな時は早めに切上げてゆっくり休むに限る。

ゆっくり休んで 体調管理?。

昨日までの事 もう少し振り返り 再検討してみるか。

どの道 俺の肝機能の異常な変化は 此の120日間に凝縮している事には変わりは無いが

何か見落としが無いか 考えてみるのも一興だろう?・・・ショボーンショボーンショボーンショボーンショボーンてへぺろ

 


3日ぶりの散歩に成りました。統一地方選挙の候補者の挨拶で 午前中は何も出来ず

その後の散歩で遅く成りましたが 軽い散歩で済ませ、帰って雑用も済ませ 昨日の続きに

取り掛かります。

まー云いたい事は 俺の肝硬変 肝細胞癌は 此の初診からの 薬剤の処方そして

其の薬剤の 効果を観察もせず 淡々と薬剤の処方を続けた事が 大きな原因に成っているようです。

其れはそうですよね 約4か月・・・120日間も三種類もの薬をのませ続けた結果が こうして

肝炎から肝硬変へ、肝硬変から 肝細胞癌に至ってしまった事に成ります。

この120日間 何度も 薬の停止。薬の変更のチャンスはあったのに 主事医の赤嶺は

其れを 怠ってしまった?。重大な 医療ミスになってしまいましたね。

如何決着が付くのか?。難しい所です。

 

========

さて120日間薬剤の処方を受け、飲み続けた結果。筋力低下。浮腫み。腹水と続けとうとう入院してしまった俺は

アルブミンの点滴・・・プロセミドの注射を経て 20日間の入院生活を終え ようやく退院です。

退院後の 極度の予後の悪さに 苛まれながらも 数回の検診検査を経ていよいよ転院の決断をします。

色んな 大人の事情も複雑に絡み合い・・・決断したのはある友人からの依頼でした。

そして 転院前の最後の超音波検査を受けての 転院でしたが 其の検査の概要を抜粋して 記録します。

エコーの結果では 肝のう胞(明らかな肝腫瘍とまでは行かないが肝内部不均一の為 他の検査も推奨)と

有りますが此の事は前回のCT検査の時も記載されてた言葉ですね?。

そして 胆石が数個。胆嚢ポリープも数個。初診のCT検査ではなかったものですね。

やはり何回も云いますが むくみ。腹水に至るまでの120日間 俺の肝臓が酷い状態に晒されていた事が 伺えますね。

何の手立てもせず 肝臓の悪化はドンドン進行して行ったのでしょう?。

そして入院して 治療に取り掛かっても かなりの肝臓への負担があったのでしょう・・・・・・

遂には 退院直前の CT検査では HCC(肝細胞癌の疑いまで出てきています。

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初診から 数ヶ月 僅か120日+20日で入院・・・・治療20日間。退院の期間 僅か160日で 肝癌に成った事に

成ります。おそらく俺も赤嶺さんも 悔やんでも悔やみきれないとはこの事でしょう?。

(速い。。。速すぎる。転院先の主治医もそういってましたが 其の真意は定かではありません。)

 

そして肝癌の危険をはらんだまま 次の病院へと転院していきます。

同年 転院してから血液検査を受け 此れまでの経緯やら状況を俺なりに説明して 此の病院での闘病です。

 

勿論 此れまでの前病院での 検査カルテ等も報告が言っているものと思いますが 入院前の経緯がどうも

伝わっていない。問題の120日間の経過は伝わっておらず 退院後の事だけが 報告してあるようです。

医療過誤の起こりやすい状況ですよね。其処に至った原因は伝わらず 病態だけが伝わってしまう?

もしや 先日起こった 熊大の連携ミスによる失態が甦りますね?。

 

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さて転院して 最初のMRI検査は2017年10月11日に行われました。でも大した異常は有りません。

其処から 肝機能はドンドン改善してきました。

年が明け 一月。 三月と血液検査を続けます。詳細は 一覧を添付してありますのでご覧下さい。(別ページ)

そして5月6日に胃カメラとエコー検査を 受けます。・・・・・此処で何か異変が起こったようです。

次の週に再度MRIを取る事を奨められます。・・・いよいよ来たかって感じです。

前病院でも 出たり消えたりしていたHCCの影・・・いよいよ正体を現した様です。

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2017年 5月25日MRIの検査を受けます。

診断結果は 肝細胞癌ですとの事。

早速手術の為 大学病院への転院を勧められます。

今なら肝機能も良いし 手術にも耐えられるでしょうとの事。でも此の癌は肝臓内であちこち転移しやすいそうで

切っても又直ぐ出来る可能性が有るとの事。

俺も暫しの思案です。 

高齢者であること。 熊本市内の病院へ行くとなったらその 度ごとの 交通費?・・・

我々貧困者に賄える様な金額では無いでしょう。いろんな事が脳裏を巡ります?。

そして 出した結果は 今の処何の症状も無いし 暫く様子を見ることにしました。

せっかく良くなっている 肝機能。其れを 癌だ何だといって 肝臓に此れまで以上に負担を掛けてしまった

元も子もあるまい。

高齢者の場合 癌が出来ても進行は遅いかもしれない。俺の寿命が尽きるのが速いか。癌の進行するのが速いか。

危険な賭けかも知れませんが 賭けて見ることにしました。其れで今だ 手術も抗がん剤の治療も行っていません。

 

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そして半年経って 癌になって 最初のMRIの検査です。奴は その後どんな状態に成ったのか 大きくなったのか。

11月14日 MRIの検査と血液検査。ご覧の様に血液検査の方は絶好調・・・・只腫瘍マーカーは555と高くなって

来ました。流石癌だね?。

大きさは 前回は3cmで今回は3.5cmだそうで 半年で 0.5m 大きくなってるそうです。

まー俺のほうでは 治療をしない方針なので 此の程度は 想定内ですがこれから先 どんな変化を見せるのか

不安が無いとはいえません。

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初診から 此処までおおむね2年半。大きな厄が付いてしまいました。

人生何があるか解らない。ある日赤嶺に出会った途端の この最悪な現象・・・・

どうやって拭い去れば良いのでしょう。

俺の戦いは これからです。又此処から新しい目標に向かっての旅立ちです。

波乱万丈も又楽しからずや?。

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そういったところで 俺の肝癌の軌跡は 最後の発症まで来ましたので 一応終わりますが

次回からは又正常に戻って 愚痴やら発信やら続けて活きたいと 思っています。では又・・・ムキーえーんムキーえーんムキー

 


昨日の輝く大陽。煌く光とは打って変わって 今日は曇り空。

女心と秋の空・・・・違った・・・春に三日の晴れ間無し・・・だっけ?

今日も 何時もどうり 至って快調・・・。若干の腹痛は今一解消しないけど・・・・

昨夜は 一時間おきの頻尿。快眠は得られないけれど 肝癌の影響は見られない?。

肝機能障害?・・・肝癌の成長には 大きく関わってくる筈なんだが・・・

何んとも結果が出ない事には判断できない 肝障害。出てからでは遅い気もするんだけど?。

さて 俺の肝細胞癌の 軌跡の続きですが 軌跡が奇跡に変わる事を 望みますなんてね。

 

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初診から グルチロン。プロヘパール。ウルソの三種類の肝臓の薬剤を 120日間飲み続け 

肝機能数値の悪化。筋力低下。浮腫み。腹水を経験入院し、入院中の10月8日のCT検査で 

HCCの影が確認された 訳ですが、結果 此処の120日間の状況が 

俺の肝細胞癌にも 大きく関わっている事が証明されたものと考えます。

俺の肝硬変 そして 肝細胞癌にとって 此の120日間が最悪の環境だったと考えられます。

まー其れは其れで 何度も書いていますので ここでは省略しますが これから再び 此のHCCの影は

不思議な動きをしています。不思議なのか正当なのか???======

10月 8日の検査後 正常とは 程遠い予後を過ごし 俺の生活も 大きく変わります。

内臓障害。便秘。下痢。頻尿。筋力低下により何かに掴まらなければまともに歩けない。腕立てが一度も出来ない。

そんな体で 数回の診察は 受けました。そして 此の症状の原因を追究しますが 

全てが肝硬変だからと言う返答で スルーされてしまいます。そして質問状も提示します。

そして 驚きの 返答も 伺えました。其れは カルテに書いてないから 解らない。

忙しい時は 強い訴えが無いと触診はしない。====

検査に基ずいて必要ならば触診をするんじゃないのか、強く訴えが無いと触診はしないのか?。

患者から見れば単なる手抜きの診察じゃないのか。其れに強い訴えとはなんだろう。

患者が ハッキリ 筋肉痛だ、浮腫みだと言っても 検査結果を其の場で説明してても 触診はしないのか。

色んな問答が有りましたが 只其の日だけの事。次の診察には生かされません。

そんな中での 次の診察でCT検査を 行う事に成りました。

 

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退院から およそ半年後の4月18日のCT検査。大激論の産物ですね。

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腹部単純造影CT==== 依頼医師・・・赤嶺。

前回 2016年10月8日と比較しました。

腹水は減少しています。肝表面に僅かに腹水が残存しています。

肝硬変の所見が見られます。

肝のう胞が見られますが腫瘍は明らかではありません。

脾腫。胆石。が認められます。===膵臓。脾臓。腎臓の異常は見られません。

まとめ=====

肝硬変。HCCの所見は見られません。

脾腫。腹水は減少。 動脈硬化性変化。右総腸骨動脈瑠。

 

ハイ此処では前回入院中のCT検査では見られていたHCCが見られません。

此の辺りの変化は やはり素人の 俄か判断では 何んとも解釈は 難しい・・・。

右総腸骨動脈瘤が何故出来たのかも 判断できませんね~。・・・一応肝癌発見からの経緯として記録。

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此の病院での 検査は 此れが最後に成りますが2017年7月11日

腹部超音波検査依頼報告書。    読影医 赤嶺。。。。

詳細 まとめ。コメント。

肝硬変。肝のう胞。明らかな肝腫瘍とは行かないが肝内部不均一の為他検査も推奨。?

胆石。胆嚢ポリープ。胆嚢線筋症 疑い。膵のう胞。腹水無し。脾腫。

===此処では又 紛らわしい表示がされています。

明らかな肝腫瘍とまでは 行かないが、肝内部 不均一の為 他の検査も推奨だとか。

4月にCT取ったばっかジャン。

此処で 当病院 赤嶺さんの診察は全て 血液検査、胃カメラ。数回のCT検査。此れも数回受けたかもの

超音波検査を終わります。結果報告も殆ど出来たかも?。殆どとは 全てでは有りませんが

もう一枚 入院時の10月3日に 採血した あのアルブミン点滴中の検査結果が見たいのは 本音ですね。

俺の状態の 一番悪かったであろう時の 血液検査報告、みたいですね。

一体俺の体がこんな時血液検査でどんな反応が出るのか。そして このときの腹水の内容物。

腹水は 内容物を検査することで 原因が解るとされます。赤嶺は実際原因は解っているんだろうが。?・

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こうして 此の病院から離れる事に成りましたが 此の次点では まだ肝細胞癌の宣告はされていません。

怪しい影があるから 他の 検査を推奨とか。HCCの疑いが有るから 再検査をしたほうがいいとか

紛らわしい 言葉に惑わされながらも マダマダ遺恨を残しながらの転院になります。

もしかしたら 次の病院で何か 肝硬変の原因について 新しい答えが出る事を期待しながらの転院です。

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そして 転院先の 担当医から ここでも 別に何か無いか調べて見ますね?

から此の病院での診察が 始まります。 ======

此の病院では 何か 特記するような事は感じていません ご同様に 待ち時間の事ぐらいですが 

数ヵ月後に いよいよ肝細胞癌の宣告を受けるわけですが それでも尚 俺の興味は 此の肝硬変。

そして其の肝硬変の悪化によるものとされる 肝細胞癌の発症の秘密です

どうして 肝硬変に成ったのか ガンマGTOが基準値内なのに如何してアルコール性 肝硬変だと 云えるのか?。

マタマタ 俺の疑問の虫が 目を覚めしたようです。今現在 俺の肝細胞癌は あやふやな所にいます。

何時 肝細胞癌ですと 宣告されるのか楽しみですね~・・・・・では又・・・・てへぺろムキーグラサンえーんびっくり

 

 

溢れる光。こぼれる光。煌く光。そんな表現が似合いそうな 青い空、輝く太陽?・・・

朝飯食って二度寝?>目覚めてのは 午後2時。寝すぎてしまった。毎度の事だ。

頭は ボンヤリ 中々目覚めない。外へ出て太陽の光を浴びよう。ビタミンDの活性化の為に?。

 

=====

さて 5月17日。三種類の薬剤を処方された俺は 云われるままに 薬を 飲み続けます。

延々と4ヶ月 120日間も飲み続けます。途中 経過観察も 問診もありません。それでも飲み続けマス。

飲み始めて 2週間もすると 薬の効果なのか 全身の筋力低下に見舞われます?。

其のときは一過性のものだったらしく 落ち着きましたが その後少しずつ進行して行ったのでしょう。

ドンドン筋力力が奪われていくのを 記憶しています。

最初の診察のCT検査結果では 慢性肝障害。脂肪肝。脾腫の診断ですが

HCCを示唆する肝SOLは無しと記されています。さてそれから 如何して肝癌の影が現れるのか?。

其の経緯が気に成ります。

=====

7月19日 2度目の診察。此の頃は もう完全に筋力が 弱まっているのを感じていました。

診察で 赤嶺に その事を 伝えます。何の反応も示さず 薬 継続しときますね。

前回と同様の 薬に 胃薬の追加で 帰宅です。

さー此処からが 異常事態が 次々と 襲ってきます。

2度目の診察から 一週間もすると 足の甲にむくみを認めます。勿論生まれて始めての経験です。

元来船に乗って 立ちっぱなしで操船するのが俺の仕事・・・足がむくむのも仕方ない仕事です。

その内治るだろうの軽い感覚です。

すると治るところか 二週間経ち 三週間経っても 治るどころか ドンドン酷くなって行きます。

その間も三種の薬 グルチロン。プロヘパール。ウルソ。は飲み続けマス。 

このときは 感硬変の薬が 頼みの綱です。肝臓が良くなれば 浮腫みも治るだろうとの考えです。

でも一ヶ月もする頃には 治るどころかドンドン酷くなり 足の甲だけだったのが 足 太ももまでも広がり

八月に 入ると お腹まで異変が見られます。 丁度女性が妊娠した時のように お腹は 大きくなっていきます。

此れは可笑しいぞ?。大きくなったお腹に初めてそう疑問を感じました。

でもお盆前後の 仕事が一番忙しい時。我慢しながらの 日々が続きます。

どの道 もう直ぐ診察日も来る事だし 何とか耐えられそうだ?。此れが拙かったのかな~。

近くの病院へでも行ってみた方が 良かったのかも知れませんが 何とか 3回目の診察日を迎えます。

 

あらあら まだ肝細胞癌の 影は見えませんね~。それとも見えないのは 俺だけかも?。

=====

9月19日。 三回目の診察日です。 血液検査が 4ヶ月振りに行われました。

採血をして 暫くすると結果が出ます。 出た結果を 見ながら説明が行われます。

アルブミンが低い。ビリルビンが高い。 血小板が少ないから 肝硬変だとか何とか説明して何事も無く終わりそう。

そこで待ってましたとばかりに 足の浮腫み。腹水の現状を伝えます。

主治医の赤嶺さん。足を見るでもなく お腹を見るでも無く ≪ハイハイ薬だしときますね~≫≫・・・・・

もう見た目で 確認できるほど 大きくなった お腹を 見るでも無く 触るでも無く。薬の継続な成ります(58日分も)

足が浮腫んでいるんだから。お腹が大きくなっているんだから。薬を追加して 処方するんだから

せめて2週間ぐらいで 経過を見たほうが 良いんじゃないのかな~。(心の叫びです)

そしてその後も 良いのか 悪いのか解らぬまま 薬を飲み続けます。

朝。昼。晩。一日三回食後に 決められたとおりに きっちり飲みました。これほど真面目に薬を飲んだのは初めてだったかも知れません。元来 あまり薬の お世話になる事は無かったようなので?・・・・・・

結局 此の日の利尿剤(スピラノラクトン)の追加処方でも 回復は見られず 遂には その後20日間で入院と成りました。 ようやく入院 本格的な 浮腫み、腹水の 治療に 入りました。

 

=====

10月3日。 此の日の俺は惨めなほどにくたびれていました?。足も お腹もはれ上がり 見た目にもヨタヨタと

ようやく此処までたどり着いたって様子だったと記憶しています。まだ肝癌らしき 予兆は見られません。

早速 ベッドに付くと 治療と称してアルブミンの点滴です。そして 其のアルブミンの点滴が 終了間際に

今度は 利尿剤(プロセミド)の 注射です。 注射と云う事は 強力版ですね~。

此れが 継続して都合9日間の 適用です。

後で 聞いた 話なんですが 此のアルブミン製剤・・・保険とか適用方とかに 色んな制約が有り早々乱用は出来ないのだとか。・・・・其れを意図も簡単にドンドン使用する?。 此れも何だかな~ですよね?。

そして遅ればせながらの 血液検査。CT検査も 済ませます。

但し アルブミンの点滴しながらの 血液検査。CT検査。正確な 結果が得られるのか 不安です。

 

随分と 長くなりますが 此れも 何処で何が 肝癌の 発症の 引き金になったのか 確かめたい所なので

ご了承下さい。

そして 入院中。39.6度の高熱。 閉尿に見舞われながらも 何とか9日間の 

アルブミン点滴。プロセミドの注射版を終え 通常の入院生活に入りました。 只 食って寝て 朝夕検温をして 至れり尽くせりの経過観察ですね~。

 

=====

其の前にアルブミン点滴中の最中 再びCT検査があったのを忘れていました。

此れって入院して6日目だよね。10月8日====

  画像読影報告書 (CT)

<腹部単純造影CT)

肝臓; 肝の形態は 前回と同様(10月3日の事でしょう)肝硬変の所見です。

肝左葉に早期濃染を示す結節様所見が見られますが血管と連続しておりシャントなどを 疑います。≪キー画像1≫

肝 S7に8mm程度の結節が見られ早期濃染、washoutを示します。

HCC≪肝癌≫の可能性があると見られます。(キー画像2,3)

前回(10月3日)CTで見られた低吸収域の部分には HCC所見は明らかでは有りません。

≪まとめ≫

肝硬変。右葉のHCCを疑います。 脾腫。腹水。

さー出てきました 肝癌の影。?・・・・・依頼医師は 赤嶺さん、。撮影したのは 同病院の 専門医師。

最初5月からは えらいな変わりようですね 俺の肝臓。

あの三種類の 薬剤を 飲み続けた結果が 此れ・・・・肝臓は炎症を続け再生と繊維化を繰り返し 肝硬変に。

此れで 患者に 何が悪かったんだろうと 呟かれてもね~。俺らはまな板の鯉だもんね~ 医師の前では?。

 

======

さてようやくその影を見せてくれた 肝細胞癌の 疑いのある怪しげな影。

消えたり 浮かんだりの奇妙な行動を見せながら 成長を続けていくのですが 今回は 此れまで次回にします。

長々書いてしまいましたが 此れの俺の 肝癌の正体を 見極める為。最後までお読みくださり 有難う御座います。

結局 俺の此の肝細胞癌。初診から 数ヶ月で其の影を見せています。

薬剤の 服用による 異変に 早くきずいて 薬剤の停止なり 変更なりして 浮腫みが発症した次点で其の回復が出来ていれば 腹水に発展する事も無く 肝細胞の変異も無かったかもしれないのにと思うと 甚だ残念な結果に待ってしまっているようですね。此の怒りは 一体何処へ向ければ 良いのでしょうか。 思案の 一時です。続・・・・

 

 

 花霞の一日です。3月23日。

昨日に続き 穏やかに過ぎています。

憂いは つむじ風?。 母の認知症の進行具合・・・・

俺はというと もう最近では 慣れてしまったのか 諦めたのか 朝の筋肉痛もさほど 気になりません。只 夜明け前の咳が酷いのが 毎日の難点かな?・・・・

散歩も 速めに出かけ コンパクトに 最短コースを済ませてきたところです。

帰宅して溜まった 紙くずを焼却炉で燃やしながら 物思いに耽っています。

以下の覚書は只単に 俺の偏見の記録ですので 興味の無い型は 飛ばしてください。

 

======感硬変の 大きな合併症=========

 ①肝不全。 ②静脈瘤。 ③肝性脳症。 ④肝癌(ステージ1か2での 発症率は0.1%~1.5%)

 それぞれ 大きな 疾患なので 詳細は各自検索してください。

 中でも 肝性脳症は 肝臓にアンモニアなどの老廃物が 溜まり 其れを 旨く肝臓が処理できず 

 異様な行動を引き起こすとされています。

 俺も 一度 変な症状に見舞われましたが 大事には至らず 現在は 完治して 薬剤も 停止になっています。

 退院後の 主事医の対応にも 違和感を持っています。

======関連項目=====

 ALT-AST=肝細胞の変性?。壊死の指標です。肝細胞の壊れた度合いです。

 ChE==蛋白の 合成。排出状態の指標・・・合成が出来ない場合で 数値は 低くなります。

 此の数値には 俺もこだわりがあって 当初入院前 三種の薬剤を赤嶺さんより処方され 120日間飲み続けた

 結果 最初の検査で(基準値220~440)の所 ≪72≫と急激な低下値を示しております。

 ChE=コリンエストラーゼは 極端に低い場合は肝障害。薬剤中毒などの可能性を示唆しています。

 そして アルブミン基準値(4.1=5.1)の所 (2.7) ビリルビン基準値(0.2~1.1]の所 (4.2) 

 血小板 基準値(12万~48万)の処 [7.5]その他・・・むくみと腹水を訴えるも 入院治療は無し・・・

 その後 薬の処方も 63日間延長と成り その後20日間を得て緊急入院と成った訳ですが。

 今思えば このとき薬剤を中止して直ぐ治療に望むのと その間薬を飲み続けて 治療に取り掛かったのでは

 後々 どんな負担が病状に関わってくるのか 微妙な所です。

 

 血清ビリルビン=血清中でアルブミンと結合し肝細胞にアルブミン受容体を介して取り込まれ胆汁中に排出される。

 アルブミンとビリルビン 浮腫む 腹水には 多大な影響を与えていそうです。

 胆汁鬱滞の指標=====

 r-GTP・・・飲酒で上昇・・・飲酒量に相関する。

 アルコール性 肝硬変と診断された 俺のr-GTP 初診以来数度の検査でも 基準値≪9~47≫・・・を一回も

 外れた事は有りません。 それなのに アルコール性肝障害とは此れいかに?。現在も確認中です。

 穿刺==呼吸困難や腹部膨脹感が極めて強い場合意外は 穿刺はしません?・・。

 其れは 腹水が溜まる原因を充分に治療しなければ 腹水は又直ぐ溜まるからです。

 それなのに 何で 俺の場合改善しつつあるのに 穿刺をしますと云われたのは 何故でしょう赤嶺さん。

 

 血小板減少= 肝硬変によって血小板が5万以下の場合 輸血も考えられますが

 血小板減少は 全てが肝硬変によって起こるわけでは 無いことを 付け加えときましょう・

 超音波検査==肝癌の大きさや 部位。或いは数などが鮮明に 観察できるそうです。

 肝癌になってしまった以上 何も 嫌なCTや MRIの検査ばかりに 頼らなくても 良いと云う事ですね~。

 良い時代に 生まれていますね。一昔前なら 肝癌は不治の病?。一旦掛れば 死は目前とされてきましたが

 それぞれに 原因も 違う。病状も違う肝癌が沢山あります。

 早く 自分に会った治療法を見つけて 完全治癒を目指しましょう・・・・。

 

大体こんな感じで 俺の記憶の記録は 赤嶺への不満探しに成ってしまいますが 此処は大事な所だ。

此処は忘れては いけない所だと思って其の都度 記憶の記録として残しています。

なんにしろ 俺の 肝硬変から肝臓に至ところは此の120日間に全てが関連しているといっても過言ではありません。

次回は 其の肝細胞癌の怪しい影が 何時からあったのか、そして其れがどのような経過を得て 発症したのか。

そこらへんの処を 確認して 記録に留めたいとおもっています。

 

今だ 脇腹痛・・・筋力減退・・・酷い咳とか 色々不穏なところもありますが まずは 思いついたことの記録が

大事だと思っております。この世に 悔いを残さぬように 爽やかにご臨終したいですからね~赤嶺さん。爆弾てへぺろ

 

 

 

 

 

 

花曇の一日に成りました。少し肌寒いかな~。

今朝はそれほどの筋肉痛もなく ストレスも無く 清清しい気分です。

やはり 俺には 病院診察の日を迎える事は過度のストレスに成るようです。

当日 病院へ行って採血をおえたのは10時10分 お~今日は早くすみそうだゾ・・・・

気分も一新うきうき気分で 待合室へ・・・・・

こんなもんだよね~。こんな日に限っては無いけれど待てど暮らせど 

俺の順番は回ってきません。

とうとう呼ばれたのは 待合室の人影も疎らになった午後1時30分 ・・・

結局何時もと同じ時刻になり 2時前のバスにようやく間に合い 事なきを得ましたが・・・

毎回此の待ち時間は病院通いの最大のストレス。・・・・まいりますよね~。

せっかくの大病院なのに やたらと待ち時間は不規則?・・・

せめて 順番でも表示してくれて おおむね 何時頃の診察なのか 解るようにしてくれれば 良いのに それも解らずまま 今か今かと待たされる この身に成ってほしいよ?。

 

まー其れは毎度の事 改善を期待しましょう・・・

バスを降り 薬を貰いに 薬局へ・・・・

なんと 吊り看板に 感硬変の事が大きく出ていました。

其の文字の中に 肝機能低下にならない為にはお酒の飲みすぎ等々の中に

 薬の飲みすぎにも注意が必要ですと 書かれていました。

薬を売るための薬局なのに 最近では 薬の飲みすぎに 注意しましょう。なんて

斬新さを 感じました。・・・・薬害性肝炎なんてのも 最近注目されていますからね~。

 

俺の最大の 疑問?。俺の肝機能障害は グルチロン。プロへパール。ウルソ。の併用によって 起こったと考えていますからね~。

それも 主事医赤嶺の 経過観察を怠った事が原因と 今でも 思っていますからね~。

良い表示だと思いました。

 

そして 薬を貰います。検査によりアンモニアの数値も安定と 云う事で ポルトラック原末を停止。返りの荷物も随分と軽くなりました。まー殆ど 飲む時は無かったけど 一応 お医者さんの処方してる薬だから 貰ってこないわけには いかないもんね~。

今回は 意を決して あまり飲まないからと云う事を申告して 受け入れてもらったわけですが

相変らず ウルソ。レバミビト。レチコランB12。スピラノラクトン。リーパクトは健在。

これらが全て無くなる日は来るのでしょうか?。

リーバクトでさえも 飲みすぎには 注意が必要なほど 今の薬は 強烈なのが多いですからね~。

 

そんなカンダで 何とか最終便で 帰宅。我が家に着いたら ほっとしますね。

でも船中で聞いた話では 向こう三軒のおばさん 年末に自転車と衝突して入院したまま

もう3ヶ月にも成るのに 退院してこない?。

そして俺の友人の俺より若いあんまりお酒も飲まない人が吐血して入院して これまた未だに退院できないで いるって・・・・一体何の病気なんだって事だよ。

病気なんて 肝硬変とか肝臓がんばかりじゃないんだよなって事だよ。

誰が どんな病気に成るなんて事は神様でも解らない?・・・・作られる病気だって有るもんね~。・・・特に竹の子医者に関わったが最後。俺は知りません。カルテには書いてありませんなんていってる間には肝硬変から肝癌だよ・・・医者の権威も落ちたモンダよ。(愚痴?。)

 

まー とにかく肝機能は 劇的に改善に向かっている。

只 肝癌は 何んとも云えません。私は専門医では有りませんので?・・・・・

癌の 告知を受けたのは昨年の 5月。3cmだったと記憶しています。

それから 半年後のMRIの検査では 3,5cmだったそうです。

半年で0.5mmの進行・・・此れって早いのでしょうか 遅いのでしょうか?。

サルコぺニア=筋肉量の減少。筋力低下をきたした 肝疾患の患者では 病気の進行が早いと云う事ですが。俺の場合・・・最初から 筋力低下と 筋肉現象に見舞われていますので 

気がかりですが・・・まー今日明日死ぬと云う事は無さそうなので 

ノンビリ治療したいと考えます。まずは 肝癌が生まれた時期を追及です。グラサングラサングラサンてへぺろムキー


今日はあいにくの雨に成りました。

昨日は2ヶ月に一回の定期診察日。勿論血液検査もしてもらいます。結果は下に表示しました。

ブラウザが正しく表示してくれれば 良いのだけれど?。

 

肝機能は 極めて良好・・・高いのは 血清血糖・・・前日 甘い物攻撃には逆らえません?。

そして ChE=コリンエステラーゼ。肝障害。薬物中毒などで低下します。

それに 蛋白の合成不可にも大きく関わっています。

すなわち コイツの数値が低いと 蛋白の合成も旨く行われず 筋肉の増強も出来ていない事に成ります。

入院前の検査では(基準値220~440)の所 (72)と大きく 低下しています。

5月から グルチロン。プロヘパール。ウルソ。を 120日間 飲み続けた結果が 此れでした。

そして現在もう基準値内にも手の届く所まで 回復しています。

此れが何を意味するかと云うと 入院してからその時処方された三種類の薬剤の内 知らぬ間に

プロヘパールと グルチロンが 停止されていると云う事です。

表向きは アルコールの摂取を禁止したから 肝機能が良くなった事に成っていますが

実は 裏ではこっそり グルチロン、とプロヘパールが 処方停止になっていたんですね?。何の説明も無く?。

 

まーとにかく 肝機能の改善は喜ばしい事ですが 反対に腫瘍マーカーは じわじわと高値を示しています。

肝癌が 大きくなるから 腫瘍マーカーが上がるわけでは無く 肝癌が 活発に活動している事を示しているそう・・

肝癌が 大きくなってくると 段々と肝機能にも不具合が生じてくるそうなので その内 何らかの症状も出てくるものと思われます。

 

そこで 気に成るのが 此の肝細胞癌?・・・何処でどうして生まれたのか?。

肝癌は 数年の肝硬変の悪化により肝癌として発症するとされています。

現に 俺の主治医も 何でこんなに急に肝癌が 大きくなったのか 不思議がっていました。

大学病院で手術をしてみれば 何が原因かも解るそうですが・・・・なんだかね~といった所です。

でも今の主事医は熱心に 手術或いは治療を奨めてくれます。

俺の 腹のうちは 肝癌をあまりいじって 

此れまでの疑問の 肝硬変に成った経緯の 痕跡が消えてしまう事が嫌で 治療は 拒んでいます。

薬剤の処方 筋力低下。浮腫み。腹水。そして其の治療による肝臓の急激な悪化が 此の肝癌ももたらしたものと

考えているからです。

此の薬剤処方に始まり 此の肝癌に至るまでの経緯・・・其れが一番重要と考えます。

基礎疾患を確かめる為にね。

基礎疾患が解らぬまま闇雲に治療を続けても 決して改善には繋がらない・・・其れが本当と思うからです。

 

肝細胞癌。早期発見は 患者の命ずな。 お陰で 早期に発見してもらって 今の主治医には感謝していますが

其の分 前回までの 主事医。。。赤嶺の 稚拙な処置所作の飽きれるところ。

なんと云っても 薬剤を処方したなら皆が皆 経過観察は 行いますよね。

其れを此の赤嶺と 来たら 4ヶ月間も ほったらかし・・・此れで薬剤が 効いているのか 悪さをしているのか

解る筈もない?。 筋力低下も。浮腫みも 腹水も 肝機能障害の合併作用だと知らないわけでも有るまいし・・・

決して俺は赤嶺を 許す事はないでしょう・・・・・此の肝癌の進行と共にね~。

 

 

 


すっかり今日は遅くなってしまいました。

見たところ 今日のリブログ。重要項目みたいなので明日の為に リブログ更新です。

今日の検査・・・及び診察の詳細は明日報告したいと思います。悪しからず御願いします。

其れになるべく 風化を避ける為に 毎日更新しなければ?・・・グラサングラサングラサングラサングラサン

 

昨夜は大変な事が?・・・・・

夜中は 丑3刻に目覚めると 母が 起きている。

聞くと 先日行方不明になった 金庫の暗証番号を 探しているという・・・

なんだって>。・・・こんな夜中に何を馬鹿な事を?・・・

何て思いつつもツイツイ付き合ってしまった。仲は悪いが親子の仲。

そうそう 無碍にも出来ません・・・・

幸い 俺が手伝うと 直ぐに見つかり なんと宝物ゲットだ。良かった良かった。

 

だが其の後が悪かった。

予期せぬ時に目覚め 予期せぬ行動を取った為か 中々寝付けない?。

遂にそのまま夜明けを向かえ・・・・暫く仮眠するとマタマタ母登場・・・・?

(金庫を開けよと)せがむ?。対して大切なものは入ってないのに?。(笑い)

渋々眠い目をこすりながら顔を洗い 一旦起床・・・・・

流石は文明の機器>・・・・暗証番号を 指示通りに数回動かし 主キーを回すと パッカーン・・・此れが当然なのだが・・・此れには驚きました。

なんせ俺は 此の家庭用の金庫 暗証番号を 操って開けるのは初めての事。

其の金庫の潔さに改めて尊敬の念が・・・・・

と云った所で目出度く開錠・・・・・開きましておめでとう御座います。なんてね。ハハハ・・・・

でも こうまで簡単に開くとは思わなかったものだから 実際自分の手際の良さに ビックリです。二度と 暗証番号は無くさないように 俺のほうでもきっちり 記録して保存???。

 

そして 安心した母も 颯爽とお寺参りに出かけて行きます。

何だか久々に 親孝行出来たかも知れません。

とにかく 暗証番号が無い事には 金庫には手も足も出ませんからね~。(大笑い)

 

そうして俺もホット一息?。 寝不足も手伝ってそのまま 又眠りに付きます?。

作夜から 何だか 微熱っぽく 咳も酷く頭も クラクラの最中に 細かな重労働。

流石に疲れたのか 再び目覚めたのは 午後5時・・・・午後5時~~~~~~。

此れは困った寝すぎてしまった ウサギと亀のウサギさん?・・・・

もう何をするにも 手遅れだ。

其れに明日は 病院診察の予定日。仕方ないので 形ばかりのグログの更新でもして

明日の準備でもして 又寝て 明日に備えます。

 

これからの 方針は 明日の検査の結果次第・・・・

差しより 今夜まともに眠れるかが問題。

検査には 体調万全で望みたいですからね~。

 

そんな感じで テンヤワンヤの一日と成りました。

なので 又明日は検査報告と云う事で失礼します。お休みなさいかな~?。てへぺろてへぺろ音符