向こう側が遠く

歪に変わる君の顔に

猫が問いかける


「何処へ行くんだい」


問いかけも虚しく

白線に飽和する声も

皺枯れ嘯く

境界線に溶けた


「何処へ逃げるんだい」


立ち入り禁止も

飛び越えれば

止めるモノは何もない

君が越えるなら

僕も連れて行けばいい


そして僕を殺せよ

そうすれば諦めるのに


「何処へ、」


何処へ、何処へ何処へ。


あの猫は、僕だ。

そして溺れた君の背に

突き立てた爪も

返らない声すらも

飲み干してしまえば


何も残らないよ

其処にも、何処にも


黒塗りの翼も

もいでしまえば

君は飛べずに地へ墜ちる


「何処へも、」


行かないで

逃げないで

変わり果てた鎖すらも

千切らない様にそっと

触れる事は許されない


離れない様に包んだ

踏み切りの向こうは紺碧


嗚呼、もう此処に君はいない

するりと抜けだした

両の腕に残らない温度

沈んでいくのは、僕だ



そうして呼吸を止めて


沈む彼方に君を見る


言葉を失うことを恐れた

まだ、夢を見ている


君の思考回路に

投げ込んだ石の音は

誰も気付かない

淡白な声の城壁


零れ落ちた

端くれだけ拾って

隠した片目の奥で

君が笑ってる

淡い光は

刺す様に目を覆って


愛してるよ


多分、今までもこれからも

君だけを見ているだろう

それだけの世界で

怖いものなんて

もうないんだよ



失うことに慣れて

幸せを踏み締めた


僕は、此処にいる


覚えているかな

振り払った温度だって

僕はまだ覚えてるよ


此処にいるから

幼い言葉も折り曲げて

溢れた声の音を

君の両手ですくって


愛してるよ


それだけでいいよ

それ以上は知らなくていい

ただ此処に戻っておいで

帰る場所は此処だって

覚えていて


僕はそれだけで幸せだよ


鳴りを潜めた

嘘吐きお月さま

レールを歩いて

三歩下がった


夜の底は陽炎

浮ついた感情と

泡の様な汗に

届かない声も打ち返す

溶けたんだよ

一言も聴こえないと

嘘ついて笑う癖に


揺らめく街灯も

誰もいない街中は笑う

雨降り君傘も

間違い探し繰り返す


ほこりをかぶって

嘘を重ねて

もう動かないんだよって

君に伝えるたびに

返さない返事に泣いた


白を塗り重ねて

呟いた言葉の上では

錆ついた線路すらも

長く続いて


輪郭が消えていくよ

街灯が灯る

夜がくるこの街の中

走り抜けたこの足で

石を蹴り飛ばした


必要ないと

君が笑い飛ばすたびに

動かない事を知るんだ

伝えた言葉のはずなのに

淡くなっていく輪郭と

薄れていく君の声が

謳っているよ


捨てられていく街灯と

夜に溺れた陽炎に


優しい歌を夢に描いた

この機械仕掛けの身体で


何処まで行けるだろう

何処まで愛せるだろう

分からない事だらけだ

それでもいいのかと

君に問いかける


痛い事も

嬉しい事も

苦しい事も

遠くに在る様で

単純に振舞う

それすらも

呼吸が止まりそうになる


君を傷付けた夢は

もう此処にはないよ

君が流してしまった

淡い涙すらも

もう遠くにあるのに


幸せを謳う事も

許されたんだよ

もう苦しみだけの世界は

此処にはない


居場所も何もかも

奪われてしまったけど

それでも此処に在るのは

君に与えるだけの

小さな幸せだけだ


優しい歌声と

柔らかな夢の狭間で

眠る世界の音を

聴こえない様に塞いだ


傷付かなくてもいいよ

気付かなくてもいい

吐き出した呼吸も

語った言葉も

置いていかれたって

全部笑ってあげるから


私が愛してあげる

私が見つけてあげる

君の呼吸も

私が全部与えてあげる


君に幸せを

君に優しい夢を



半分削げ落ちた様な

真顔の君を疎む

それに気付く事は

膿を孕んで痛んでいた


瞳は光を許さない

立ち上がる足も

力を込める事が叶わず

それなら振り払って

痛みも嚥下してしまえば

救いを映した薄氷も

踏み躙られる事はない


「助けてよ」

誇りを蹂躙して

この胸が危険を鳴らす

傷口が、痛む

開いた口も

閉ざした心も

行く先は同じなのに


青天は殺す白日を

広げて塗り潰した

茜の色彩はまるで傷痕

辿る意味すらも

奪い取って還らない


堕ちていくよ

救われないなら

薄らと光る目蓋の裏も

仄かに薫る君の香りも


捨てるよ

疎まれた心の許しは

誰にも得られずに


殺めた

救われたい言葉も

殺した

僕は


誰も知らない枯れた果実