俯くや社の脇の水仙花
「方円」2009年3月号雑詠掲載。
水仙は冬の季語。淡路島の黒岩水仙峡など、海岸近くに群生したり、切り花用に栽培されたりしているのをよく見かける、ごくありふれた花。とある神社の脇の花壇に、この水仙が植えられている。冬になり、一斉に白い可憐な花を咲かせているが、軒並み下向きに咲いている。場所は折しも神社の脇。本殿に傅いているようにも、敷地の脇でいじけているようにも見えて、「俯く」という表現を用いた句。
今の結社は、「あまり擬人を多用しない方がいい」というコンセプトだ。「絶対にダメ」と言っている訳ではない。この句でも「水仙が俯く」という表現を用いているが、水仙は水仙で堂々と生き、堂々と咲いている訳で、「ほっといてくれ」という心境かもしれない。そう見えるからそう表現するというのは、人間が見た目で判断するいわば「決めつけ」と言えなくもない。SNSが発達したこのご時世、決めつけが暴走する様子をよく見る。そう考えると、擬人も決めつけではないかという、やや乱暴な考えも、一方向から見た決めつけであり、絶対正当化させるべきものとは限らない。言論でも詩歌でも、あらゆる「決めつけ」というタガを外して、多方向から見てこそ、いい表現が生まれる場合がある。私も、擬人にばかり頼るという昔からの癖から、そろそろ脱却したいとは思う。
(絵はAIによる創作です)
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