鳶鳴くや稲田に影を落としつつ

「雲の峰」2024年11月号青葉集掲載

鳶は日本中どこでも見られる猛禽類。季語にはなっていない。「トンビが鷹を産む」という言葉の通り、鷹と比べれば見劣りするような言われ方をされているが、空高く輪を描きながら飛ぶ姿は実に絵になる。秋の琵琶湖周辺。早場米と通常の稲が両方実り、一面稲田が広がる。黄金色の稲田に、高く飛ぶ鳶の影が映る。いかにも秋らしい光景を詠んだ句。

鳶ほど日本中で見られる大型の鳥なら、季語になっていても不思議はない。よく晴れた秋空に、鳶が輪を描いて飛んでいる様は、いかにも秋らしい光景だが、鳶はいわゆる留鳥。一年中見られる鳥という事で、歳時記には載っていない。季語として扱われる鳥は、渡り鳥という場合が多い。しかし、事はそう単純ではない。例えば鷺。「白鷺」「青鷺」なら夏の季語だが、単なる「鷺」は歳時記に載っていない。その季節に特に見られる鳥が、季語として歳時記に掲載されている。禽獣草木に季節の移ろいを感じるというのは、日本人特有の感覚なのかもしれない。それを言葉として残す。これが俳句の世界。最近は「旬」というものがなくなってしまって、季節の変わり目は気温の変化で感じる事が多くなったが、目で見て、耳で感じる季節の移ろいというものを、もっと敏感に感じられるようになりたいものだ。

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真言を終はりし御堂つくつくし

「雲の峰」2025年11月号青葉集掲載。

「つくつくし」とはツクツクボウシの事。場所は忘れてしまったが、「真言」という言葉通り、真言宗のお寺で見た風景。恐らく東寺の御影堂か。ここでは毎朝般若心経、不動明王の真言「のうまくさんまんだ ばさらだ せんだんまかろしゃだ そわたや うんたら たかんまん」を唱えた後、南無大師遍照金剛を数回唱えて、朝のお勤めを終える。その後に残るのは、ツクツクボウシの独特の鳴き声。まだ観光客の少ない、静まり返った朝の御影堂に、蝉の声だけが響いている。そんな日常を詠んだ句。

歳時記を見てみると、ツクツクボウシは秋の季語。解説には「立秋を過ぎた頃に鳴き始める」とされている。この5連休、「ビワイチ★プロジェクト」と題して、琵琶湖一周ウォークを続けてきたが、9月も終わりだというのに、まだツクツクボウシやミンミンゼミが鳴いていた。萩が咲き、彼岸花が咲き、虫の声が聞こえるのと同時に、ツクツクボウシの声も聞こえる。昔から「暑さ寒さも彼岸まで」と言われている。今まさにその彼岸明けを迎えようとしているところ。しかし天気予報では、最高気温はいまだ30度近く。未だに熱中症アラートが飛んでくる。「昔は日本は温暖湿潤気候と習ったけど、もはや亜熱帯じゃないのか」と、誰かがポツリと漏らしていた。確かに昔と比べて気候がおかしくなっている。これ以上日本全体が暑くならないように、私たちは出来る事をするだけだ。

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台風過ぐ波は西向き東向き

「方円」2013年11月号清象集掲載。

2013年9月の台風。10年以上前の話で忘れてしまったが、調べてみたら恐らく東海・関東に大きな被害をもたらした台風18号か。過去のSNSを調べてみたが、この時に海辺に出掛けたという記録は残っていなかった。しかし、いつも買い物に出掛ける道すがらの葱畑が水没したり、それなりの被害はあったようだ。台風過ぎの波の様子を実際に見たのか映像で見たのか。それとも想像か。今となっては見当もつかない。本来台風は一方向から強風が吹き、波もそれに従う。しかし、一度立った波は、どこかにぶつかった後、風向きと反対方向に再び立つ。嵐が去った後も、そんな落ち着かない海の様子を詠んだ句。

不謹慎な例えかもしれないが、何もなく平和な平日、電話すら鳴らない仕事場。オフィスに残っていた事務員さんがポツリと「嵐の前の静けさ」と呟いたりする。たいていはその後何も起こらないのだが、トラブルは時間関係なしに突然訪れる。先週末の終業直前。私は時短勤務なので知らなかったが、少しトラブルがあったらしい。もしも私がその場にいたら、どうしていいかわからず、色々な人に聞きまくるだろう。実際、その場に残っていたメンバーは「え?なんで?」という雰囲気になり、少し混乱したらしい。連休前の話。すぐに対策を講じたが、原因が分からず、連休明けに現場に赴くという。一度事が起こったら、落ち着くまでに相当な時間を要する。その時自分は落ち着いていられるだろうか。台風に例えるのは不謹慎かもしれないが、連休明け、何があっても落ち着いていたいとは思う。

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①とんばうの人恋ふ如く人に向く

②鶏頭の人恋ふ如く揺れにけり

①「方円」2022年11月号円象集掲載

②「雲の峰」2025年11月号青葉集掲載

この2句は、特別意識して詠んだわけではない。しかし、中七が全く同じ表現になってしまった。①の句、蜻蛉は高速で進んだかと思えば、急にその場でホバリングを始める。そして振り返るように方向転換する。それがあたかも、「人恋しくて人を見つけては振り返る」ように見えて詠んだ句。②は鮮やかな鶏頭の花。この花は大変大きく、そして重い。そんな重い花が、微風に揺れている。人が通った後に起こる風にも揺れている。それが、先程の蜻蛉と同じように、「人恋しくて人を見つけてはかまって欲しくて揺れる」ように見えて詠んだ句。

①の句から3年後の秋、同じようなシチュエーションで季語だけを変えた句が、何も意識せずに何故浮かんだのか。それが自分の句のスタイルと言えば格好がつくが、やはり潜在意識の中に「人恋ふ」という言葉があって、何かの拍子に表に出てくるという事だろう。①も②も、両親を失ってからの句。父が亡くなったのは2018年。母が亡くなったのは2021年。そこからは、お気楽なおひとり様を謳歌していると、自分では思っていたが、やはり意識の奥では寂しいのかもしれない。明日は母の命日。独りになってから6年目を迎える。

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露草の密かな青やつづら折

「方円」2002年11月号湖北吟行特集・12月号雑詠掲載。

2002年9月、方円関西句会のガイドにより、初めて「吟行」なるものに出掛けた。それが当時の方円主宰、故・中戸川朝人先生との出会い。この時の句会で、先生からお褒めの言葉を頂いた事により、俳句を続けていく自信が少しついた気がする。「つづら折」とは、琵琶湖の北側、つづら尾崎展望台の事。ここで琵琶湖を眺めながら、皆思い思いに句作に励む。私もああでもないこうでもないと考えていたのだが、ふと足元に露草の花が見えた。その青は、秋の青空、そして眼下の琵琶湖の広大な青と比べて、いかにも可憐で小さい。そんな時思い浮かんだ「密かな青」という言葉の響きを、そのまま用いた句。

琵琶湖周辺は、私の俳句生活にとって重要な場所。今までいろいろな所を訪れたが、琵琶湖は今までスポット的に訪れたきり。じっくりと腰を据えて対峙したことはなかった。亡父は定年後、やはりいろいろな場所を訪れているが、その中でも街道を歩く事に力を入れていた。その一つが、2012年6月から約半年かけて達成した、琵琶湖一周。私も句作かたがた、様々な角度から見た琵琶湖の風景を、この目に焼き付けたい。そんな思いで、このお盆休みから歩き始めた。JR長浜駅からスタートして、今は安土まで踏破している。父と違って始めるのが遅かったため、つづら尾崎など、雪深いところは冬季閉鎖されているかもしれない。さらに日曜は吹奏楽の練習があり、平日は仕事。歩けるとすれば土曜日か祝日ぐらい。いつ達成できるのか見当もつかないが、父が歩いた琵琶湖周辺を、是非とも歩いてみたい。

 

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