「お兄ちゃん」「お姉ちゃんと」呼ばないで
初めてお越しいただいた方へ
当ブログでは多少の専門用語が出てきます。
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最近少し気になる場面に遭遇しました。
ある若いお母さんが二人のまだ小さな女の子をつれて
いたのですが、そのお母さんは上の子をつかまえて、
その子のことを「お姉ちゃん」と呼んでいたのです。
ごくありふれた何気ないやりとりのように思えますが、
実は裏にはちょっとやっかいな問題を内包しています。
推察したところ、このお母さんは普段から上の子が何か
すると「お姉ちゃんでしょ」「お姉ちゃんだから●●●
しなさい」と言ってるようです。
実はこのお母さんはお姉ちゃんという呼称を用いることに
よって始終「我慢しなさい」「下の子の面倒を見なさい」
というメッセージを上の子に送っているのです。
小さな子には「お兄ちゃん」「お姉ちゃん」という言葉は
そのような意味の言葉に聞こえています。
お母さんの方でも無意識にそういった意図を込めています。
これは、お母さんが知らず知らずに「子どもであるな 」
を子どもたちに刷り込んでいくことになります。
実際長男長女にはこの禁止令を決断している
例は多くみられます。
お兄ちゃん、お姉ちゃんといっても、下の子とニ、三歳しか
違わない、私から見ればまだちっちゃな子です。
そんな小さな子にいくら無意識とはいえ、大人の役回りを
させてしまうのは、本当に大人のエゴだと思います。
無意識と言えば夫婦喧嘩もそうですね。
親が喧嘩している家の子どもは、私が下の子を守らない
といけないとか、お母さんを守らないといけないと思って
「子どもであるな 」を確実に身につけてゆきます。
それだけでなく自分は安全でないという感覚も同時に身に
つけてしまうこともあります。
当事者である親は子どもがそんな気持ちでいることに気づこう
ともしません。
少なくとも子どもにはちゃんと名前があるのですから、意識
してでもしっかりと名前で呼んであげたいものです。

今日は狂ってしまいたい気分です
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禁止令 「正気であるな」
時に統合失調症のような症状をみせるけれども、実は
精神的な疾患を発症していないという場合があります。
人はそんな時、実は「正気であるな」という禁止令を
決断していたりします。
ただしこの禁止令は本当の病気との見分けが難しい
場合もあるので、このような場合はまず専門医の診断
が必要となるでしょう。
子供が気が触れたような態度を示したときに、親が
笑って見てくれたなどの肯定的なストロークが
与えられると、さらにそういった態度をなおされないと、
子供はこの「正気であるな」を決断してしまうことが
あります。
とにかく子供はストロークが欲しいので、そのために
有効だと思えばなんでもしてしまうのです。
その結果大きくなっても、人から注目されたいときなど、
無意識に正気でないような言動・態度を示してしまいま
す。
人から注目を得たいために、人のやらないような
変わった仕事に就業するようになることもあります。
軽い正気でないような行動であれば面白い人といった
評価を得られるかもしれませんが、度の過ぎた行動は
周りから顰蹙・反感を受けることにもなります。
子供が同じことをしても、ある時はほめられたり、
ある時は怒られたりと、親の首尾一貫しない態度
に直面して、ひどく混乱してしまうときなどにも
この禁止令を決断してしまうことがあります。
特にヒステリー症状を示す親の場合、こういった
首尾一貫しない態度を示す傾向があるため、子供が
この「正気であってはいけない」を決断していることが
あります。
また、この禁止令は「愛着を感じるなと裏表の関係で
存在している場合があります。
親が愛情を与えてくれなかったことから、あまりの苦しさ・
つらさから、自分を狂わせてしまいたいと強く思って決断
することがあります。
特に虐待的な扱いやあまりに厳格な育てられ方をされた
場合には強い憎しみ、復讐心を持ってしまうこともあります。
人間がときに見せる残虐さ・冷酷さというのはこのあたり
からくるのでしょうか。
激しい怒りで傷つきます
新潟方面で心理セラピーに関心のある方へ
お知らせです
新潟で再決断療法を学ぶチャンスです
再決断療法を学ぶ講座の事前説明会が開催されます
講師は最決断療法の第一人者 倉成央先生です
日 程 3月11日(金)
当日は代替感情についてのミニセミナーがあるそうです。
詳細はこの人のブログから
http://ameblo.jp/terashima-yukimasa/
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怒っても怒っても怒りが収まらないというのは、
実は私にもよく当てはまります。
最近そういう場面に遭遇しなかったのであまり
カウンセリングの必要性を感じていなかったの
ですが、やはりありました。
近所に駐車場があって、アイドリングを10分、
20分とし続ける人がいます。
その日はまだ朝早かったのですが、案の定
アイドリングをやり始めたのです。
おまけにスポーツタイプのエンジンを搭載している
車種の為、余計に音が響くのです。
このときは腹の底から怒りがこみ上げてくるのが
わかりました。
相手が目の前にいたらそれこそボコボコにして
しまうかもしれないくらいの勢いの怒りです。
さすがに普通ではちょっと考えられないくらいの
怒りなので、この感覚はなんとかしなくては
いけないと考え始めました。
自分の場合は、怒りを激しく感じても外に
向けられず、自分の中にためて悶々としながら、
いやな気分を味わって、自分を傷つけるという
パターンをずっと繰り返してきました。
外から見ていると優しくていい人に見えるらしいの
ですが、内面はとんでもなくいやな奴だったのです。
原因としては、「ラケット感情」(ニセモノの怒りが
本物の怒りを隠しているとか本当は悲しいなど)
かなとか、さらに見捨てられ不安はないのですが
「愛着を感じるな 」に近いものがあるの
ではないかとも考えていました。
さらに「正気であるな」等々。
子供のころによく癇癪を起こしていたという記憶が
あり、そんな気がしていたのです。
考えてばかりいてもしょうがないので、カウンセリングを
受けなければとの思いが日に日に強くなっていきました。
運のいいことに、直近で無料カウンセリングを受ける
チャンスが訪れました。
実はこの人のカウンセリングを受けてみたい
と思っていた方がいたのですが、たまたまその方の
カウンセリングを受ける機会が巡ってきたのです。
さて、私の激しく感じる怒りの原因は何だったの
でしょうか。
今回のカウンセリングでは「愛着を感じるな」
に近いワークをしてもらいました。
子どものときに自分の欲しいストローク(*)がどうしても
もらえなかった、そしてそんな気持ちもわかって
もらえなかった、そんな場面が再現されました。
私の目に映る両親は、子どもの自分がしてほしい
ことをお願いしても、「自分たちはちゃんとやっている、
そんなことを考えるお前のほうがおかしい」と言って、
まるでとりあってくれない、そんなイメージでした。
実際の両親がそうであったというわけではなく、
子どもの頃の私の目にはそう映っていたということです。
そういう自分の気持ちに答えてくれない両親を心から
追い出して、最後に理想の両親から自分が一番
ほしかったストロークをもらうというワークへと
進んでゆきます。
実は後半部分は大変で、緊張で足がガチガチに
なります。
ストロークは心の栄養といわれており、これが得られ
ないということは、子どもにとっては死を意味することと
同じことなのです。
それだけ大切なものなので、理想の両親といえども、
もしもらえなかったら、もし裏切られたらという思いが
頭をよぎります。
そんな思いを打ち消すために、理想の両親の気持ちを
確認しながら、自分を安心させてゆきます。
そうして理想の両親から暖かい人のぬくもり、愛情を
受け取ってゆくのです。
本来だと自分が理想の親となって、子どもの自分が
どうしたらそんな癇癪を起こさずにすんだろうか、と
問いかけて、その子が安心できるようにやさしく
抱っこしながら言葉をかけてあげるというセルフリペア
レンティングという手法で締めくくります。
しかし、どうやら私の中に養育的な親が十分育って
いないらしく、そこから判断して上記のようなワークを
組み立てたとのことです。
幼少期に欲しいストロークを与えられていない子は
大人になっても交流分析でいうところの自我状態の
ひとつNP(養育的な親)の働きが弱いようです。
なんとはなしに自分が思ってた通りの理想的な展開
でした。
やはりこの方のセラピーを受けることができたのは
よかったと思います。
あと数回愛着系のワークをやってみて、それから
感情の処理をやっていこうかと思っています。
これで少しは人間らしくなれるかな。v(^-^)v
しかし、まだこんなに大きな問題を心に残していたとは
我ながら意外でした。
(*)ストローク 人の存在や価値を認めるための言葉や
働き・態度・行動
(おんぶ、抱っこ、撫でる、抱きしめる、見つめる
ほほ笑む、添い寝する
ほめる、励ます、話を聞いてくれる、話しかける
等々)




